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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
201/373

嵐の予感

評価&ブクマ有難うございます。


今回から動乱編その2が始まります。


土産を“伴って”帰還したオルタにいくつもの冷たい視線――白い目が降り注いだ。

「……うん。誤解があるようだ。説明は大事だよね。」

 ブリュンヴィンドを先に遣いとしてイスタに戻していた為、オルタは竜化したネージュに騎乗する形でイスタに帰還していた。

 レイラとの訓練(?)の結果、ネージュも即時とはいかないが、ある程度の時間――と、言ってもほんの数十秒程度だが。――で、竜化とその解除まで出来るようになっていた。

 その時、アデルはちょっとした違和に気づいた。人の姿に戻っても裸に戻っていないのだ。装備を付けなおしたところも見てはいない。

 いくら本人があまり気にしないとはいえ、年頃っぽく見える娘が屋外で全裸と言うのは悪目立ちする。最近は胸部装甲もアンナと同程度には成長しており、同じ年頃の男子が見れば目を奪われるくらいのことにはなるだろう。

 出立前の竜化は破損防止のため、毎度スーツを脱いでからの竜化をしていたため、戻る時も裸になっていたのだが、今回はそうはならなかった。

 レイラからの“報酬”らしい。

 元々は人間用の“幻装”の魔具の首輪を、竜人の角に装着できるようにした魔具であるそうだ。

 効果は文字通り、体の表面に違和感の無いような衣服・装備品の“幻”を身にまとわせるものである。実際に何かを装備する訳ではないため、対視線以外の防御力は皆無だ。要するに裸の上に装備の幻を被せ、周囲から裸とは悟られないようにするための、ある意味竜人御用達の魔具である。元々は外で解放感を味わいたいという、やんごとない方々の為に開発されたものだということだが、その辺りの経緯はアデルの理解を超えていた。

「じゃ。着替えてくる。」

 ネージュはそう言うと、固まりかけているオルタを尻目にスタスタと屋敷へと入っていった。

「……まあ、立ち話も難だ。詳し話を聞こうじゃないか。」

 アデルは若干ニヤニヤした表情でオルタ達を中へと促した。


 オルタが持ち帰った土産は主に3つ。

 1つ目は剣……というか、騎士の腕と剣だ。

 今回、レイラの要請で攻め落としたベルンシュタットの輸送船に乗っていた騎士の物だという。

 剣は工業国であるベルンシュタットの技術の結晶とも言えるくらいの業物だった。

 素材はおそらくミスリル、もしかしたらその上位のオリハルコンかもしれない。単純に剣としての鋭い刃を具えているがそこへさらに強化と重量軽減の魔法付与エンチャントも施されている様だ。

 そして腕。何故か冷凍保存されているが、その鎧を見てアデルは驚く。

「おいこれ……聖騎士の――しかも、アカデミー上位卒業者の物じゃないのか?」

 流石はアデルだ。良くも悪くも鋭敏にその鎧――手甲と言うべきか――の正体を見破る。

「……え?」

 その言葉に驚いたかオルタの方が聞き返した。レイラですらそんなことは一言も言っていない。確かに、ベルンシュタットの現王の子女はテラリアのアカデミーに留学経験があるとは言っていたが。

「俺が実物を見るのは3回目かな。1つ目は俺の師匠の騎士団長。と言っても聖騎士団や近衛じゃなくて、各地を転戦する実戦部隊の騎士団だったけどな。で、2つ目は昨年――1年半くらいかな?遺跡探索に俺とネージュを雇ったローザとかいうカミーユさんの遠戚の三女だったかね。多分だが、1対1で本気でやりあえばあのラウルすら仕留めうる使い手だ。で、これが3回目だ。持ち主は分っているのか?」

 アデルの問いにオルタは渋い表情を浮かべ、それを拾った経緯を改めて説明した。オルタとしても正直関わり合いになりたくない相手と言わざるを得ない。

 レイラの誘いでベルンシュタットの海洋基地と輸送艦隊を強襲したこと。その際敵の大型艦、恐らく旗艦なのだろう、にいたネージュに浅からぬ傷を与えた騎士。船上戦のオルタであっても、普段通りでは攻撃、防御が到底間に合わず、実戦で初めて剣を抜くことになったというから相当の手練れであろう。少なくともラウルやディアス以上の剣の使い手である事は間違いない。相手が船上戦に不慣れだったから何とか無事にもぎ取って帰れたというのがオルタの弁だ。

「持ち主は個人の特定までは行ってない。ただ周りの兵たちが“殿下”と呼び、グリフォンに乗って離脱したのは間違いない。」

「殿下って……大丈夫なのかそれ。まあ、相手するのはレイラさんなんだろうけど。それよりグリフォン?」

「ベルンの輸送艦の中から甲板をぶち破って逃げて行ったのさ。ただ恐らくはその騎士の騎乗用ってわけじゃなかったんだろうって話だがね。他にも艦の中から5つくらいのグリフォンの卵が出てきた。」

「密輸?いや、殿下とやらが関わっているなら公認のものか。確かブランシュがグルド山の他にベルンとフィンの国境付近の山にもグリフォンの群生地があるって言ってたしな。」

「ああ、なるほど。確かに言ってたな。じゃあ、そこのグリフォンだろう。ブリュンヴィンドみたいに“王種”とやらじゃなかった様だし。」

 オルタの言葉に2人はちょっとだけ妙な優越感に浸る。


「で、もう一つの土産がこれ。アンナ用になるけど……」

 オルタは2つ目の土産を取り出し、アンナに渡す。

「え?いいの?凄そうだけどこれ。」

 受け取るアンナも、それを見たアデルも一様に驚く。

 アンナに渡された物は、シンプルなデザインながら複雑な紋様の彫刻が施された銀の腕輪。

 決して大きくはないものの、パッと見ただけでも相当の純度の、価値がありそうな宝石が複数埋め込まれたそれは、《精霊使い》がより多くの、上位の精霊と契約するときのための魔力を帯びた宝石だという。

「確かにアンナ様だな。」

 満場一致でアンナ用と認められる。ただ一人、現状部外者と言えるのだろうか、オルタが“伴って”きた3つ目の土産とやらがその様子を羨むように見つめた。

 ネージュもその場に戻ってきており、全員がそれに気づく。

「……で?」

 代表してアデルがオルタに説明を求めた。



 オルタが伴ってきた3つ目の土産。それは何と――翼人の少女だった。

 歳はネージュと同じくらいだろうか。同族となるアンナより明らかに若い。

 そして、アデル達の目が白む理由がその白い細腕に刻まれていた。

 奴隷である事を示す焼き印だ。レイラ曰く、奴隷の中でも犯罪奴隷と呼ばれる者達に押される烙印であるという。その言葉を聞いたアデル達はみな『まさか』と言わんばかりの表情を見せたが、オルタが事前に受けていた説明を始めた。


 説明はこうだ。

 少女は元々は連邦青国の由緒ある家格の家の娘だったそうだ。連邦でも珍しい、翼人の家系で両親ともに翼人。家は古くから伝わる青国の武家で、初代は連邦になる前のオーレリア、即ち戦国時代の様に連邦の領土内で国が乱立し群雄割拠していた時代の青国の拡大に相当な武功を打ち立てた家系であるとのことだ。

 しかし、何者か――恐らくは謀略だろうと言う。――により家が襲撃され、その間に自分は拉致されてしまい、その後連邦の地下奴隷商人の手に渡り、連邦を連れ出され、ベルンシュタットの貴族に買われ、夜伽をさせられそうになったところを、噛みついて逃げ出そうとしたが、捕えられ、自分のせいで他の娘も巻き込んでどこかへ出荷されそうになっていたところを、オルタ達に回収されたというのだ。

 オルタの話によると、少女――“ユナ”という名前らしい。――の他にも同年代の少女が4人ほど監禁されていたという。ただ、彼女らは“貴族の夜の相手”を受けいれていたらしく、ユナに巻き込まれる形となって奴隷化され、売られそうになっていたことに関して強くユナを恨んでいる様で、一緒に置いておくのは難しいとレイラが判断したため、翼人がいるオルタ達の所で引き取らせるようにしたとのことだ。アンナに贈られた《精霊使い》の腕輪にはそれに対する委託料的な意味も含まれているんじゃないかいう話だった。

(遣り繰りするの俺なんだけどなぁ……)

 とアデルは思ったが、流石に空気を呼んで口には出さない。代わりにアデルはふと思ったことをユナに尋ねる。

「ん?待てよ?それなら、家に帰るという選択肢もあるんじゃないのか?」

と。

 それに対してユナとオルタの答えはNOだった。

「現時点で体力的に厳しいという点と、戻ったところで受け入れられるかわからないという不安もあるそうだ。武門として、騒ぎに乗じて娘を攫われたとあっては家名に瑕がつくと、いなかった、或いは、戦闘の上死亡したとされているかもしれない。むしろその可能性の方が高いという。それに加え、もしかしたらベルンからも探される恐れがあるかもって話だしな……」

「いやいや、流石に親としてそれはないだろう?」

 とアデルが言うが、連邦では他の国よりも『人間の命が安い』と言う。そんな話をアデルも聞いてはいるが、貴族の娘にまで当てはまるとは思っていなかった。


「事情は理解したが……現時点で保留だな。うちは留守が多いから。しっかしまあ……」

 そこでふとアデルはユナ達の体つきを観察した。

 胸のサイズ的には、カミラ>>ミリア≧ナミ>ヒルダ>>カタリナ≧ロゼール=ハンナ>>>越えられない壁>>>ローザ>ネージュ≧アンナ>ユラといったところか。現在手の届く範囲にあるうち最大級がハンナなのかと、アデルはユラ、アンナ、ネージュ、ハンナと見て小さく溜息をもらす。

 ハンナ以外がその溜息に気づいた様子で、アデルに先ほどまでオルタに浴びせていたものよりも冷たい視線を向ける。

「いやいやいやいや。違うからな?そのベルンの貴族とやらも、同じくらいの子供だったのかな?と、ね?」

 アデルの言葉にもう一度白い目を浴びせた後、視線がユナに向く。

「いいえ。20前後だったと思います。周囲の人間や、一緒に捕えられた人達は“殿下”と呼んでいた様ですが……」

「「まじかよ……」」

 ユナの言葉にアデルとオルタはさらに深く頭を抱え込んだ。

 オルタの説明が終わった時にはユナとアンナは泣きそうな表情になっていた。

 ネージュは同年代の飛べる妹分を気に入ったのか、『オルタの嫁』と呼びながらにやにやしている。 ハンナやブリュンヴィンドにその辺の事情が分かる訳もなく、アデルはただ頭を抱えていた。


 とりあえず、現状受け入れるしかないとして、アデルはまずアンナにその“火傷”の治療を出来ないか尋ねた。しかし、オルタが言うには奴隷紋は通常の回復魔法での治療は難しいらしい。真皮と言われる皮膚の深いところまで届いているその残酷な焼き印は、上から新たな傷を付けて回復させようとしてもまた浮かび上がって来てしまうとのことだ。

 どうしてもというのであれば、その印が刻み込まれている部分まで“切除”し、そこからそれを治療しうる高位の回復魔法を施す必要があるとのことだ。とんでもない苦痛と、それを成しうる回復術師、則ち相当高位な神官に依頼する“お布施”が必要となる。

「色々困ったぞ?その印、イスタの人間に見られてないだろうな?」

 アデルの言葉の意味が解らずにオルタは困惑する。

「いや、その様子だと知らないか気付いていない様だが、コローナじゃ個人による奴隷所持は禁じられている。下手な噂を立てられると、とんでもないことになるぞ。しかもこの時期に。」

「……あっ!?」

 アデルの言葉の意味をようやく理解したオルタが頭を抱えた。

 今現在、彼らのパーティはネージュの“味方殺し”に対する偏見でイスタにいても少々苦しい立場にいる。そこにこのような事案を持ち込めば当然、何かしら悪い方向へと傾くのは確かだ。

 アデルは次善策としてアンナに腕の奴隷紋を光の魔法で覆うなり誤魔化せないか?と尋ねた。アンナは返事もせずにすぐに実行する。結果、魔法は一応効果を発揮し、若干不自然ながらもその紋の表面を隠すことが出来た。ユナはその様子に少し驚き、そして少し安堵の表情を見せた。ユナとてその烙印の意味は分かっている。治療できたわけではないが、少なくとも常に腕を隠し続けるという負担は減る。

 ものはついでに髪色も変える。相談の結果、翼人内でも珍しいらしい、アンナの本来の色でアンナとユナを統一し、ユナを妹として扱う事に決めた。こうしてパーティ内に、オルタの嫁とグスタフ王の義理の隠し子が誕生する。

 体力もほとんど残ってなく、戦闘能力もかなり微妙と言わざるを得ないものとなっているようだ。山賊から解放された時のアンナと同様、自身の翼での飛行もままならなくなっている様子で、その辺りはネージュとアンナでサポートすることになった。武技に関しては武門の子女らしく、剣の基本の型は出来る様だが、実戦経験はなく、オルタが一通り責任を持って教えるとのことだ。しかしどちらにしろすぐに冒険者として登録し活動する事は難しいだろう。その場合もしかしたらグスタフかベックマンに侍女として雇ってもらうという案もどうかと出たが、現在のドルケンとユナの出身地である連邦青国との関係を考えるとそれはそれで難しそうだ。下手をすれば、ドルケンがユナの家を襲った犯人にされかねない。


 そしてさらにアデル達への試練というか苦難はさらに別の所からもやって来た。

 イスタの総督がカミーユからイベールになったのはともかくとして、よりによってというか、国軍の管理がジーンになったとのことだ。

 カミーユが懸念していたことが現実となって着実にアデル達に迫って来る。

 まずは国軍からの実質的な排除だった。

 今迄、参加が許されていた国軍との共同訓練からアデル達は排除されることになった。

 名目的には『国軍の機密保持』として、人族以外の参加者を一切認めないという触れだ。要するに実質ネージュとハンナを名指し同然で排除した形となる。

 これは今の所、国軍主催の訓練のみが該当する為、イスタの地方部隊やドルケンの派遣部隊との訓練は可能となっているが、ジーンやイベールの様子からみれば少なくともイスタの地方軍からも遠からず排除されることになりそうだ。

 アデル自身が“准騎士”の身分を持ち、軍務卿や国王とも懇意にしていること、イスタの派遣部隊の隊長は引き続きスヴェンであるので、ドルケンの部隊単独との訓練は可能だろうが、規模的にはどうしてもコローナ国軍の訓練よりは規模が小さなものとなる。勿論、ネージュ、アンナ、そしてハンナにとっては十二分に有難いものであるが。


 そんな動きが目立つよう――対象がアデル達だけなので、目立つというよりは露骨と言うべきか。――になってきた辺りでアデルの元に意外な、いや、到底予想の出来なかった人物が訪ねてくる。

 グラン介入が間近に迫ってくる中、コローナ国軍、東部部隊、そしてアデル達にも再編の動きが加速することになりそうである。


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