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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
200/373

決闘、因縁、困った土産

 オルタと相手の周りにやや広めの円状のスペースが出来上がっていた。

 大型船の甲板上、その相手の場違いさに周囲の敵兵も引いている。と、いう訳ではなさそうだ。

 先ほどネージュに傷を与えた剣閃を見ればわかる。巻き込まれない様に、そしてその相手の邪魔をしないようにと言う配慮だろう。

 相手は……フルアーメットの金属鎧。しかも見るからに相当気合の入った逸品だ。ここが草原の真ん中で繰り広げられる軍同士の戦場であったなら、まさに“強敵”という感じである。

 だがしかし、ここは戦場ではなく船上。海水の上に浮かぶ限られたスペースの上だ。

「騎士か?船上で全身金属鎧のアホは初めてだ。この船に余程の自信があるのか……」

 オルタが呟く。『アホ』という言葉に一瞬動揺したように見える。

 オルタは相手の反応を見るつもりだったが、思いの外強い動揺を見せた為か、一気に詰め寄り一当てしようとする。

 敵騎士はカイトーシールドでそれを防ぐと、ゴーンという激しい低めの金属音が鳴る。そして音が響くと同時に鋭い斬撃のカウンターをオルタに浴びせかけた。

「うおっ!?」

 早い。オルタはとっさに剣(鈍器)でそれを受けると、慌てて距離を取った。防具も武器も相当な業物だ。

 もしこの場にアデルがいたなら、相手の正体――は無理としても、その存在にはすぐに気付いただろう。その騎士の装備が、ローザが身に纏っていたものと同じ聖騎士鎧、それもアカデミーをトップクラスで卒業した者のみに贈られる形式のものであることに。だがオルタにはその存在を知らない。“聖騎士鎧”という言葉は知っていても実物を見たことはなく、またその中でも特別な聖騎士鎧などと分かろうはずもない。


 オルタの動きが止まったことを契機に今度は相手が動き出す。到底、金属の全身鎧を見に纏っているとは思えない速さだ。剣の速度、特に連撃の早さや鋭さは間違いなくラウルやディアスよりも上だ。

(こりゃやばいのが出て来たぞ……)

 オルタは何とか相手の剣戟を捌きつつ、慎重に相手を探る。相当な手練れだ。ただ、それでもやはり海戦、船上戦の経験はまだ少ないと見える。オルタは相手の剣の振り下ろしを狙い剣を振り上げ、払い除ける。剣の質量だけは間違いなくオルタの方が上だ。すぐに返す刀で相手の肩口を狙うが、それはすぐ楯で防がれる。だがそこまではオルタの読み通りだ。

 オルタは一瞬でしゃがむと、不慣れな船上戦でバランス取りに苦慮している相手の軸足を自分の足で思いきり払う。側面から蹴り倒す“足払い”ではなく、しゃがんだ状態での回し蹴りとでも言える己の脚力と遠心力を加えたものだ。

 軸足を綺麗に払われた騎士はたまらず転倒する。周囲の敵兵の表情が凍り付いたのが意識の外からでもオルタの視界に入った。

 敵騎士はゴリゴロと甲板を転がりながらも適切に距離を取ろうとする。勿論オルタもその様子を眺めて見てはいない。間合いを計り、転がって離脱する相手の位置を予測しながら駆け寄ると、低めのジャンプから重い一撃を見舞うべく剣を振り下ろす。

 ゴーンと低い音が響く。オルタが高き付けたのは――狙った騎士の鳩尾ではなく楯だった。騎士はオルタの跳躍を見た瞬間、危機を察知し一度丸くなった後、尻を突いた状態で楯を構えたのだ。その上で、先ほどの仕返しとばかりに強めの足払いをすると、剣を持つ右手を軸につき、スピンの勢いで立ち上がると、足払いを避ける形で少し下がっていたオルタに踏み込みからの連撃を放つ。

 劣勢からの形勢逆転に周囲の兵士から歓声が上がり始めている。

(仕方ないか……)

 この手の立ち合いには流れと言うものが存在することをよく理解しているオルタは、ここを凌がねば己の命が危ないと腹を決めた。


 差し込まれながらも連撃を捌き切ったオルタはついに剣を抜いた。

「実戦で抜くことになったは初めてだぜ……」

 オルタはそれまで両手で構えていた剣を右手に、鋼鉄製の鞘を左手に逆手に持つと、一気に踏み込んだ。

 敵騎士はすぐに状況を飲み込めなかったようだが、直観か何かでオルタの“剣”を楯で受けた。騎士にはまだオルタの剣が刀身は見えていない。しかし、そこにあるのは確実と咄嗟に楯を構えたのだ。

 騎士には先ほどまでのオルタの動きが刷り込まれている。ここから連撃を加えれば追い込める。そう感じたのだろう。ほぼ反射的に楯で隠しながらの突きを放つ。オルタにしてみればアデルやラウルに何度かしてやられた攻撃だ。だがそれは訓練での話だ。今その訓練が実る。

 オルタは冷静に、いや、狙いすましたかの様なタイミングでその突きを左手の鞘で軽く払いあげると、右手の剣でその伸び切った敵騎士の肘部分の鎧の継ぎ目を貫く。

 一瞬遅れて2人の周囲に赤い雨が降り注いだ。


「ぐあああああああああああああ」

 フルフェイスの兜の奥から男とも女ともつかぬ微妙な音域のくぐもった音が響いてくる。

 オルタの剣の透明な刃は腕を貫くどころか、そのまま鎧を切断し腕から先を宙へと浮かせていた。

 ほんの少し遅れて騎士の右腕と剣が甲板に落下した。


「で……殿下ぁぁぁぁぁっ!?」

 聞き捨てならない言葉を吐きつつ、数名の兵士が駆け寄って来る。そのうちの数名の手が何か球を握っていることに気付く。

(つい最近見た。ってゆーか自分で使ったものと同じ。煙幕弾か!)

 オルタはその球と兵士の意図に気付くと上空へ向かって叫ぶ。

「レイラ!羽ばたきで煙を散らしてくれ!離脱だ!」

『シエラ1だ!』という突っ込みは流石に来ない。煙が周囲に充満しだす。レイラはオルタの要請に素早く応じすぐに低空に降りて強く羽ばたく。

(剣まで見せてここで痛み分けとか流石にな……)

 追い詰められ、虎の子を見せたのに外野の闖入で流れ試合というのはオルタ的に許せなかった。

 レイラの羽ばたきによるダウンウォッシュでごく短い間ながらもオルタの足元周辺の煙は飛ばされていた。その中で身体を摺られるように動かされている敵騎士の足首が見えた。

 レイラがオルタを掴むべく手――前足を伸ばしてくる中、オルタは素早く剣を戻すと、置いて行かれた敵騎士の腕と剣を回収しレイラの前足につかまった。

 煙に包まれる中、オルタの身体が甲板から離れる。

「マル1は回収した!弓隊、放て!」

 レイラの精霊の声と同時に輸送艦のすぐ脇迄接近していた4隻の中型船が一斉に輸送艦の甲板へと矢の雨を降らせた。味方がいなければ煙幕だろうがお構いなしに斉射ができる。

 甲板上の敵兵士たちの悲鳴が聞こえる。中にはたまらずに海へ飛び込もうとする者もいた。


 程なくして煙が晴れると同時に、大き破砕音が響く。すると甲板が崩れ落ち中から意外なものが飛び出した。

「なっ!?」

「いや、ブリュンヴィンドじゃない!別のやつだ!」

 その意外なものにレイラが一瞬驚く。甲板を突き破る様にして現れたのは子供のグリフォンのだったのだ。

 しかしレイラの足にしがみ付いているオルタはそれがすぐに自分たちの知るグリフォンではないと告げる。

 現れたのは毛の色が焦げ茶色の通常種、大きさもブリュンヴィンドよりも一回りは小さい。だが、その背中に先ほどの騎士が乗せられているのが見えた。

「あいつ!逃げるぞ!」

 オルタが叫ぶと、そのグリフォンはあり得ない速度で急上昇すると、嵐の様な風を巻き起こして船上から離脱する。

「風の精霊……しかも相当な奴の加護だな。」

 自身も扱うのか、相手の擁する風の精霊の実力をレイラは見抜いた。恐らくは上位の《精霊使エレメンタラーい》がいる様だ。況して、オルタを足にしがみ付かせている状況では追うのは難しそうだ。

 しかも輸送船や岸壁からは敵兵がこれでもかとばかり弓を撃ち上げてくる。

 レイラは追跡を諦めると、一度旗艦に戻り、ネージュの様子を確認しつつ、オルタを再び背中に戻す。戦力数的にはすでに勝敗は決していた。あとは輸送艦に乗り移り制圧するだけだ。

 ネージュの傷は旗艦に控えていた水の《精霊使い》により、応急処置は施されていた。

「こいつを氷漬けにしておいてくれ。」

 オルタが先ほどの騎士の腕をネージュに投げ手渡す。

「“殿下”と呼ばれていたからな。大物の可能性がでかい。それなりの価値にはなりそうだ。」

 オルタの発言にネージュは竜の顔でも読み取れるほど渋い表情を、眉間に皺を寄せつつもその指示に従った。

「総員、敵輸送艦を制圧に掛かれ!」

 レイラの声が響く。

「私らは適当に大掃除だ。」

 レイラがネージュに声を掛けた。

 ネージュは頷いて再度発艦すると……

 ブレスとテイルスウィープで金属鎧を装備した敵兵を次々と海へと落としていった。




 勝敗はあっけなく決まっていた。輸送艦にはやはり最低限の数の精鋭護衛兵がいるのみだったが、船上戦慣れしたテンペスト私掠船団の船員たちに大きな抵抗が出来る訳もなく、そのほとんどが拘束された。

 例の騎士とグリフォンが離脱し視界から消えると、砦や護衛艦から脱出出来ていた兵たちは一目散に逃げだす。レイラはそれらの追撃は行わなかった。

 代わりにベルンの海洋基地をブレスで徹底的に破壊し、輸送艦を奪って帰途に就いたのだ。

 大型艦はそれだけでも大きな財産である。甲板や弩が壊されたとはいえ、修理をすれば充分に再利用が可能だ。やはり外洋を意識していたのだろう。大型のマストを持ち、補助として50名くらいの船奴の人力でも航行が可能なようになっていた。

 帰路の中、レイラはいつになく上機嫌だった。元々外洋に出てきたところを襲うつもりだったのだが、オルタとネージュを参加させることで目障りな海洋基地ごと排除することが出来た上に、大型艦1隻が多少の損傷程度で乗員ごと奪い取ることが出来たのだ。これ以上の戦果はあるまい。


 程なくして戻ったネージュにレイラは先ほどの戦闘の評価と反省点、そこから通じる竜化しての空中戦でいくつか注意すべき点を丁寧に教えた。

 竜化中は体躯が大型化している為、腹の下から狙撃に狙われやすい事。特に海戦に於いては火砲よりも弩の攻撃が危険である事。最終局面で1対1くらいになっているならともかく、それ以外は先ほどの様な一定の場所で単調な行動を取っていると思わぬ攻撃を食らいやすい事。敵騎士の力量もさることながら、あの被弾はレイラ的にはお説教案件であったらしい。

 その代わり、攻め手に関しては褒める箇所も多かった。特に、ほぼ初めての竜化でブレスの拡散と収束をコントロールし、適材適所的な攻撃が行えたこと。氷結による敵の足の固定や門の固定、門の外の移動妨害の氷塊など、普通の竜人には思いもつかない、また思いついても真似のできないオンリーワンの能力はレイラも手放しに褒めたたえた。

 同時に、船の構造、船が浮く理由、傾きと水の侵入による影響等は今後オルタからしっかり教わるようにとの注文も貰う。

 オルタとしては、単独でも相当な戦力である竜人が2体いた場合のヤバさ具合に半ば呆れつつ、ネージュに海戦を教えろというレイラに内心で『欲張りめ。』とつぶやく。


「そう言えばあの騎士、“殿下”って呼ばれてたけど、誰だか分かってるのか?」

 オルタがふと思い出してレイラに確認する。

「いや。あんなのがいるとは思ってもみなかった。」

 と、レイラは否定する。

「いやいやいやいや。船の上にあの全身金属鎧がいたら目立つだろう?」

「騎士ぽいのがいるとは報告にあったが、乗艦していたのは予想外だ。私はてっきり、基地司令なのだろうと思っていたが。そもそも本当に“殿下”であるなら、外洋に向かう船に乗り込まずに基地司令をしててしかるべきだろう。」

 レイラの言い分も確かだ。外交にでも行くつもりでなければ“殿下”と呼ばれる人間がわざわざ重装備で船の上にいるとは考え付かない。

「あっちの大陸のどこかと外交でも始める気だったのかね?」

「……可能性は無きにしも非ずだな。捕虜や船奴から事情を聞いてみるとしよう。それに腕を奪ったのであれば、本当に“殿下”であるなら、すぐに正体もわかるだろう。今のベルンシュタットは――体調不良の国王の他に、王子と王女が3人ずつだった筈だ。武門らしく全員テラリアのアカデミーに留学を経験しているらしいぞ。」

「そりゃあまためんどくさそうな話だな。本当に大丈夫なのか?」

「どうだろうなぁ。王族の右腕が奪われたとなったら、面子の為にもフィンにケンカを売ってくるかもしれんな。」

 まるで他人事かの様にレイラは笑う。実際、この時点ではレイラは他人事……仮に何かあってもフィンの国力があればなんとでもなると思っていた。

 しかし、あとで掠奪した輸送船の積み荷を見て頭を抱えることになるのである。そして連座するかのようにオルタもまた、頭を抱えることになる。


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