ふたりの事情
推敲をしようとしたら丸々没になっていた。一体何を(ry
竜人幼女に保護の約束をした後、アデルは馬を走らせていた。
開拓村で主に荷運び用に使っていた馬は、足は速くはないが力と体力はあるため、人間ひとり半と一人分の荷物くらいなら問題なく乗せることができた。
ただ、もともと走ることに慣れていないため、途中何度か休憩を取らせることにしつつ、暗くなるまで走らせた結果、当初の今日の予定の1.5倍は進んだ気がする。
道は辛うじて街道と呼べるものではあったが、アデルの故郷であるテラリア皇国と目的地であるコローナ王国はもともとあまり仲の良い国同士でもなく、今はその間に広がる“魔の森”と呼ばれる大型の肉食獣やら魔物、さらに近年はコブリン(小鬼)やオーク(豚人)、オーガ(人喰鬼)等の妖魔の類も確認されるようになっているため、現在この街道を使う者はいない。故に両国ともに普段人の移動のない区間の道を警備する巡回兵なども出していない。実質的にこの魔の森が両国の緩衝地帯となっている現状がある。
アデルは火打石で火を起こし松明を地面に突き刺すと、連れてきた竜人幼女を座らせ、まずは干し肉を食べさせる。
「で、お前さん名前は?」
「……名前?ないよ。」
「え?規模は知らんが集団の中にいたんだろ?名前くらいあるんじゃないのか?」
「単純に、『白いの』って呼ばれてた……」
「お、おう……」
親のプライドもあるのだろうが、生まれそこないとしてそこまで徹底して酷く扱うものなんだろうか?
「うーん……白か……アルブ、ニクス、ネージュ、ブラン、あとシルクとか?あたりから好きな名前を選ばせてやろう。好きな響きを選ぶと良い。」
ちょっと偉そうに言ってみるアデル。幼女はしばし顎に人差し指をあてて考え込む。
――カワイイ。
不覚にもそう思ってしまうアデルであった。
アデルにしても、ひとり以外で過ごす夜はもう遠い過去のように感じている。
しばらくの思案の末、彼女の名前は“ネージュ”に決まった。
アデルの故郷である集落――名前すらない開拓村が妖魔の襲撃により壊滅したのは半月前だった。
人口は100人程。せいぜい30世帯にも満たない小さな集落は、妖魔共の大規模な襲撃受けた。
はぐれのゴブリンやらオークやらが5~6体程度で村の物を奪いに来ることは度々あったが、その都度村の男たちが撃退していた。
細々と日夜開拓に明け暮れる彼らに、傭兵やら冒険者やらを常雇する力はなかったのだ。
そんな中、村に100に届こうかという規模の妖魔が突然襲ってきたのだ。
奴らは森の方から大挙して押し寄せてきて、村の外れに住まわされていたアデルの家族――アデルと両親だけだったが……は真っ先に戦闘に巻き込まれてしまった。
見張りは何してたんだと怒鳴りつけたい気持ちが沸き起こるが、大声は逆に敵の注意を引くだけだと我慢した。
妖魔単体の能力はそれほどでもなく、アデルや父親、近所の男衆により一度は柵の外まで押し戻せたが、数が違いすぎた。
決して得意ではない、『命の奪い合い』に村の男たちは体も心も相当の速さで消耗していく。
それに対し、妖魔共は数に物を言わせ、さらに妖魔は死が怖いという概念がないようで、次々と捨て身の攻撃をしてくる。
数十分の死闘の末、生き残ったのはアデル達開拓村の人族であった。しかし、戦闘能力を持つ、即ち力仕事や荒事担当である青壮年男性の大半が死亡するという、決して“勝利”と呼べるものでもなかった。
また、戦線が出来る前に巻き込まれたアデルの母含む一部の女性・子供も少なくない数の死者を出しており、これ以上“開拓村”として存続していくことは不可能という判断が彼らのリーダー、村長(扱い)から下され、生き延びた村人は各々家財、それに家族ごと全滅した家の家財を分配し、近くの村、町へ移住することとなった。
アデルの両親も死亡し、アデルは残された荷馬1頭と保存の利く食料、着替え等をまとめ村を出ることになった。
いくつかの家が『アデルも一緒に』と申し出てくれたが、もともと村に良い印象がないアデルはそれを辞退し、他の家の準備が整う前に早めに飛び出したのだ。
(馬と人手が目当てだって顔にしっかり書いてあるんだよ……)
他からみれば問題にならない筈の慣習や差別からアデルの“妹的存在”を追い出した村、国に未練も希望も持てなかった。
アデルには一つ下の幼馴染の少女がいた。
名前をフラムといった。アデルやフラムの家族は隣家としてとても仲が良く、アデルとフラムも兄妹のように過ごしていた。
ところが、フラムが10歳になろうかというところで、事件が起きる。
他の同年代の子供たちと遊んでいたさなか、何かに驚いたフラムに突然、耳と尻尾が生えたのである。
アデルや他の子供たちは一瞬呆然としていたが、当のフラムは真っ青な顔で家に走り去っていく。
その翌日からすべてが狂いだした。
彼女は“獣人”、すなわち“亜人”と呼ばれる種族で中でも人族から警戒される“狐人”であったらしい。
“獣人”にもいくつか種類が存在するが、姿を偽れるという特殊な能力を持つ“狐人”は獣人の中でも上位、“亜人”としても中の上くらいの危険度とされる種族である。他部族や他国の密偵として活動することが多いためだ。
基本的に人族の親同士から亜人の子供が生まれることはない。即ち、彼らの両親の少なくともどちらかが“狐人”であるのを隠して村で生活していたことになる。
そして彼らの故国、聖テラリア皇国は“人族至上主義”であり、“亜人”を排斥、あるいは隷属させ使役しようとさせる傾向が非常に強い。そんな中“狐人”が最初から“狐人”として生活できる訳もないのに、隠していたとして、彼女らの家族は密偵の疑惑があるとして追放されることになる。
こんなド田舎に長年何の密偵だよ!?と、その辺りを理解できなかったアデルは猛反対したが、彼の家族含めアデル以外に追放に反対する者はなく、彼女の家族は着の身着のままの状態で村を追い出されることになった。
その彼女が最後に見せた表情が、先ほどのネージュ(当時“白いの”)が見せた表情とほぼ同じだったのだ。
アデルはぼんやり思い出す様にネージュにその話を聞かせていた。そして最後に、
「俺の槍の師匠はその隣のおじさんだったんだ……おじさんを追放してなきゃ、村の被害はもっともっと少なかっただろうにな……」
目を細め、吐き出すようにそう呟いた。
ネージュはアデルの目を見つめながら話を聞いている風だったが……
ただ、ひたすら干し肉を咀嚼していたのであった。
「おい、待てお前それいくつ目だ!?」
アデルが慌てて保存食を入れた袋の中身を確認すると、保存食の量は半分以下になっていた。
「喉乾いた。」
「そりゃ、しょっぱいだけの干し肉それだけ平らげりゃあな!?」
「水頂戴?」
「最近雨もの少ないし余裕ねーよ!ある程度回復したなら空から川でも探してみろよ?飛ぶくらいなら出来るんだろ?」
「この服じゃ無理。」
「そりゃ、翼前提に作られてないからな。てか、翼見られたら大問題だってわかってるんだよな?」
「今、飛んでみろっていったのお兄ちゃんじゃん……」
「おぅぷす」
アデルは残された保存食と水の量を確認し、残りの日数を計算する。消費量は今までの倍以上。うん。心もとない。
「とりあえず、追手はなさそうだし今夜はここで野宿だな。お前見張りくらいは出来るよな?」
「うん?得意。」
「え?得意?……ああ、うん、そうか。なら交代で見張りながら少し寝とくぞ。先に寝るか?」
「あとでいい。」
「あ、そう。じゃあ何かあったらすぐ起こしてくれ。それから残りの距離を考えると、水と食料はぎりぎりだからな?勝手に飲み食いするなよ?ってかこうすりゃいいか」
アデルは馬を木に、すぐほどける縛り方で結ぶと食料袋を枕にして薄布を掛け就寝した。
火に揺れるネージュの姿をぼんやりと見つめながら、“亜人”最高位の出来損ないとの今後に不安と希望を見ながらしばしまどろむのであった。