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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
199/373

大陸南部情勢~海戦

「なるほどねぇ。あの王太子が色に負けたか。どんな上玉なのか興味あるね。」

 レインフォール商会――別名テンペスト武装商船団の旗艦の一室でオルタの報告を受けたレイラが呟いた。

「そりゃあまあ、なんちゅーか。フィンやコローナの姫様方とはレベルが違ったぜ。しっかし、レイラとしても予想外ってこと?」

 オルタがミリアムの事を思い出しながらそう言う。

「婚姻迄いくとは予想できなかったね。適当に支援しつつ自分の手下を潜り込ませて、何か適当ないちゃもんでも吹っ掛けて子飼いと首を挿げ替えるかと思っていたけど。婚姻てことは、ファントーニにグランを任せる気でいるってことだろ?しかし、流石に娘の輿入れがグラン介入への条件じゃないんだろ?」

「まだそこまで詳しくは聞けてないよ。レオナールとファントーニの娘との婚姻すらまだ未発表なんだ。」

「ふむ。まあ、あのファントーニってのも強欲みたいだしな。火遊びをしているのは一体どちらか。まあいい。で、お前らはどうするつもりなんだ?」

「多分グランの解放軍に混ざるんじゃないかなぁ?細々稼ぐにはいい条件が貰えそうだし、北方面はなんか、キナ臭いし。」

 オルタがネージュをちらりと見る。

「ふん。随分と嫌われたみたいだねぇ。まあ、力を利用しようと中途半端なことされるよりはマシかもしれんがね。あんただって親とやりあう気はないのだろ?」

 レイラがネージュに声を掛ける。ネージュはややむくれ気味に口を曲げ被りを振る。

「別に親に未練も思い入れもないけどね。敵か味方か?まあ、親の竜化するところは一度見ておきたい気がしないでもないけど。」

「ふむ。確かに氷竜への竜化ってのは珍しいしねぇ。親が普通の竜人ならやっぱり先祖返りあたりか。まあ、後で少し見てやろう。他に変わった話は?」

「ドルケンがコローナと合同で魔の森征伐に乗り出すんだと。まあ、あそこの竜人勢力と連邦の一部がつながっていることは明白だしね。レイラはエーテル弾って知ってる?」

「聞いたことはないがまあ、名前から想像は付く。火炎樽のエーテル版だろ?」

「ああ。サイズの割に結構やばい威力だった。投石機に乗せられるようになれば海戦がだいぶ楽になると思うぜ。」

「液体エーテルに引火誘爆させてるのか?」

「ん~どちらかというと、気体の状態で爆発してるっぽいんだよなぁ。」

「エーテルと空気をうまく混合させてる感じか。私もいっぺん見てみたいもんだね。」

「うん。入手できる機会があったら狙ってみるよ。」

 オルタ達が物騒なことを言い出した。


「フィンの姫様方と言えば……所在は全員把握できてるのかい?」

「何人いると思ってるんだ?」

「妾の娘も含めて8人だっけ?」

「最近、また1人増えたぞ……まったく今代は……オーク並みの繁殖力だな。」

 オルタの問いにレイラが呆れるように呟く。

「まあ、仮にも国王だし、いないよりは?それに物欲よりは色欲に狂ってくれてたほうが、領内は落ち着くんじゃない?」

「……その為に国ごと奪われてポイ捨てされたカールフェルトはたまったものではないだろうな。まあ、お前に言うのも難か。」

「まあそうだね。で、所在は?」

「随分とこだわるな?どうした?」

「一人、怪しいのを見かけてね。」

「ほう。まあ、全9人中、所在がはっきりしているのは、第2,3,4,6,7,9王女だ。そのうち王城にいるのが2,3,6,9だな。」

「と、なると怪しいのは第1か。“生きていれば”いくつくらい?」

「18~19くらいだろう。」

「名前と、所在が分からない原因は?」

「名前はビアンカとかそんな感じだ。行方不明の原因は……ちょっと待ってな。」

 レイラは机の引き出しから本革張りの古そうな手帳を引っ張り出して中を確認する。

「うむ。名前はビアンカで合っている。5年前にベルン国境付近の地方領に静養に行ったまま随伴ごと行方不明とあるな。当然ながらその領主はすでにこの世にはいない。」

「ふーん……」

 あれほど執拗に聞いておきながら、最後はいつものそっけない反応に戻る。オルタの反応はいつもこんなものなのでレイラもほとんど気にはかけなかった。

「フィンの国内は平和なんだ?」

「フィンは“フィン的平和”そのものさ。むしろ旧ブリーズ三国がきな臭くなってきた感じかね。コローナ、ベルン、それにグランも色々工作をしているみたいだ。最近、イフナスにやたらと質が高い武具が運び込まれているらしい。」

「……ブリーズ三国ってなんだっけ?」

 オルタの言葉にレイラが呆れた。

「お前な……前にもちらっと話しただろう?今のフィン王が乗っ取ったブリーズ地方の3か国。カールフェルトとイフナス、それにタルキーニだ。」

「ああ、そんな話聞いたね。質が高い武具ってことは……解放だか再独立のためのスポンサーでも見つけたってところ?イフナスは元々金持ってたんだっけ?」

「余程うまく隠していない限り、フィンの奴らの目を出し抜いて羽振りの良い真似は出来んだろうよ。と、なるとそんなところだろうな。あのカイナン商事とかいう商会がイフナスに影響力を持ち始めているようだ。コローナの1商会にそんな力や金があるとは考えにくいのだが。」

「ん?カイナン商事?兄ちゃんのスポンサーじゃないか。ってことは……ドルケン?」

「質のいい装備……あり得そうだが、ドルケンがイフナスに肩入れする理由が思いつかん。ドルケンならタルキーニの方が商売はし易そうだしな。」

「元々グランの商会なんだろ?ドルケンでの交易許可は最近ようやく下り始めたみたいなことを聞いてたけど。まさか横流しするために交易許可取った訳でもないだろうし。」

「フィーメ傭兵団だったかな?なんかフィンに恨みでもあるような感じだったけど。」

 オルタ達の会話の成り行きを見守っていたネージュだが、不意に自分の知ってる言葉が出てきたので口を挟んでみる。

「フィーメ傭兵団?この界隈じゃ聞いたことないね。」

「えー……グランじゃそこそこ有名みたいだったけど?」

「それじゃあ、前回フィンがグランにちょっかいかけた時に撃退で功績があった感じかね。確かにファントーニとはだいぶ懇意にしているみたいだしね。コローナもカールフェルトに何かちょっかいを出してるみたいだし……集団火遊びで大延焼しなきゃいいんだけどねぇ……まあ、いいか。続報はまた持ち寄ろう。それよりオルタ。滞在を3日程延ばすことはできないか?」

「ん?3日?」

「せっかくだ。ネージュを連れて“遊びに行こう”と思ってな?」

 レイラはネージュを見てにやりと笑った。



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「待て待て待て待て待て。これは流石にやばくないか?」

 望遠鏡を覗きこんだオルタが珍しく動揺するそぶりを見せた。

「だからブリュンヴィンドにはお土産を持たせて先に返したんじゃないか。」

「そう言う事かよ……てか、そう言う意味で言ってるんじゃないっての。」

 昨日の会談後、レイラはオルタとネージュに3日間の滞在延長の同意を得ると、ブリュンヴィンドにその旨を記す手紙と単眼の牛の魔物の生肉が詰まった小型の魔具冷凍庫を持たせて先にイスタへと向かわせた。

 ブリュンヴィンドにとっては魔獣の生肉が、アデル達にとっては魔具冷凍庫そのものが土産としては十分すぎる価値を持つ。オルタは当初、帰宅が遅れるのを知らせるためにブリュンヴィンドを先に戻したのかと思ったが、レイラの考えはそれだけではなかったらしい。

「場所的に蛮族領か?あれ、ちょっとした砦くらいの防備だと思うが……」

 海に10キロメートルほど突き出る形になっている半島の先端に人工の石造りの施設が見える。大型船数隻分の広さの港と、その内側を守る城砦の様な施設だ。

「ベルンシュタットがしばらく前にこの辺りを制圧したようでな。しばらく前にできたベルンの海洋基地だ。最近ちょいちょいうちの商売の邪魔をしてくるようになったからね。少しお返しをしたいと思っていたのさ。」

「海戦ならともかく……あの規模の施設を?さすがに厳しいだろ?」

 今回動員されたテンペスト武装商船団はレイラの旗艦の他に、大型の帆船1隻に中型のガレー船5隻、戦闘員400人弱と言ったところだろうか。国以外でこれだけの戦力をそろえられる集団はテラリア大陸に於いても片手で数えられる程度だろう。テンペスト武装商船団としての約7割、レインフォール商会全体の人数としては船奴等の奴隷を除き約3割くらいだろうか。コローナやベルンシュタットの上位貴族であっても単独の私兵だけでこれだけを揃えられる存在はそうはいない。レイラが“女帝”たる所以の一つでもある。

 それでも、今回の相手は“国”だ。目標施設の規模や停泊している船舶の規模からすると推定される敵兵数は基地に300、大型船や護衛船を入れれば500くらいにはなると思われる。

「もともと、明後日くらいにはあの船と護衛船が外洋に出てくるって情報はあったんだ。そこで始末するつもりだったんだがね?」

「そりゃ海戦なら余裕だろうよ。でも船だけを沈めるつもりで来たんじゃないんだろ?」

「まあ、ね。何やら面白いものを積んでるって情報だ。出来ればあのアデルってやつの実力も見れたら良かったんだけど……」

「だったら、ブリュンヴィンドの手紙で呼び出せば良かったんじゃないか?」

「ドルケンに行ってるんだろ?今日戻って来たとして、明日早朝からこちらへ向かうとしても間に合うかどうか。向こうがこちらの動きを察知して事前に動く可能性もゼロじゃない。いつの時代も先制攻撃は有効だ。」

「フィンとベルンで戦争になったりしないだろうな?」

「なったらなったで楽しそうだがな。どちらにしろあの基地は急造だ。今のうちに潰せばまた対蛮族との戦闘に逆戻りになるだろう。」

「蛮族って……レイラが言うかね。」

「少なくとも竜人はいないっぽいしな。オーガとかミノタウロス、知能がありそうなのはトロールくらいだ。ところで、オルタ。今からお前の名は“マル1”だ。」

「……は?」

「私が、“シエラ1”、ネージュは“シエラ2”な。間違えない様に気を付けろ?」

「ん?」

 唐突なレイラの発言にオルタもネージュも面食らう。

「流石に全滅させるのは難しいだろうし、名前があっちに漏れるのはまずいだろう?ブリュンヴィンドを先に戻した理由はそっちだ。」

「ああ、うん。なんとなくわかった……」

 流石に付き合いが長いか、オルタはレイラの発言の意図をくみ取る。

「シエラ2?」

「まあ、“空その2”って意味と思えばいい。」

 ネージュは色々わからないらしく、聞き返すとレイラがそう答えた。

「海賊なのに空なのか……」

「海賊内の私らだからこそ、空なのさ。さっさと竜化しな。あの大きな船以外手加減は不要だよ。」

「……なるほど。」

 海賊という言葉を否定せずにレイラがそう返すとネージュは何となく納得した気になってスーツを脱ぎだす。

「おお?」

「…………」

 いそいそとスーツを脱ぎだすネージュを見て、レイラの副官だろう大男が目を丸くするが、オルタが呆れただけで誰も反応を見せなかった。

「へぇ……ほぉ……こりゃ確かに涼しくて良さそうだ。」

 10秒くらいの時間を掛けて竜化したネージュを見てレイラが軽く笑った。

「セイス。あとの指揮は任せたよ。私も久しぶりに暴れてくる。」

「は……ははッ!」

 セイスと呼ばれた副官の大男は一瞬引いた素振りをみせつつも、にやりとした表情で返答した。

「私が竜化を終えたらマル1は私に騎乗しろ。シエラ2は私の目の届きそうな場所で適当に暴れていればいい。今までの分と、今後しばらく鬱陶しい目に会うだろう分も含めて今のうちにスッキリしておきな!」

「そりゃあまた……ハハハ。」

 レイラはそう言うと少し離れ、甲板上の広いスペースに移動して竜玉を握ると一瞬で竜化をする。首を持ち上げる様にオルタに乗るように指示を出した。



 天候は晴れ。これだけの大船団を見れば当然ベルンシュタットの基地の方でも敵襲に気付く。鐘の音が鳴りだすと同時に待機中の数十人が二手に分かれ、停泊中だった2隻の中型護衛船に乗り込んでいく。元々それなりの人数の乗員が待機していたのであろう、2隻の護衛艦は地上待機の部隊を乗せると、間を置かずにスムーズに動き出す。大型船の火砲を警戒したか、どうやら港に入れたくない様子で港の入り口を封鎖すべく前に出る。入り口を封鎖すれば地上部隊との連携で何とか防げるという判断だろうか。

 セイスが船団に陸地接近の指示を出す。大型艦を中心に据え、護衛するように前側の左右と両翼に中型船を配置する。旗艦であるレイラたちの船はその大型船の後ろだ。

「あちらの大型船は輸送艦だ。こっちの船に取りつかれたくないんだろうね。」

 竜形態の筈のレイラから言葉が寄せられる。ネージュは一瞬戸惑ったが、既に何度かレイラによるエアレイドを経験しているオルタは驚かずにネージュに説明を聞かせる。

「竜の喉で発声しているわけではなく、風の精霊を仲介して言葉にしているらしい。だから、わずかだけど実際の発言よりも遅れるみたいだからそこは気を付けてくれ。」

「GYO.」

 竜の喉からでは人間――人族の声は出せない様だ。ただある程度付き合いのできているオルタは、雰囲気から今の声がネージュの了解を示す「りょ。」であろうことは理解できた。

「馬鹿な奴らだ。それじゃ、それぞれで一隻ずつ本気のブレスを見せてやろうじゃないか。」

 レイラの声が周囲に届く頃にはレイラはすでに身体を浮かせていた。恐らくは風の精霊の力だろう。ブリュンヴィンドと比べると若干重そうだが、不慣れなネージュでは到底真似できない速度で空に上がると相手を威嚇するように船団の上を一周旋回し、護衛船に向けて飛行を開始した。

 ネージュも負けじと発艦を試みる。風の精霊の支援を持たないネージュは不安定な船からの飛翔にいつも以上に手間取ったが、そこはテンペスト私掠船団の旗艦。見事な安定性でネージュの発艦を支援した。

 出だしが遅れたネージュはレイラの様な旋回などせずに真っすぐにレイラの後ろに接近する。オルタを乗せたまま悠然と飛行するレイラにネージュが何とか追いつくとレイラから声を掛けられる。

「輸送艦と味方艦以外は全部ぶち壊すつもりでいい。真下からの弓矢に気を付けて存分に暴れてきな!」

 レイラはそう言うと、一気に加速し、敵護衛艦まで50メートル程の距離まで接近すると、竜人特有の光熱の塊を吐きつけ、そのまますぐに左斜め上方――浅めのシャンデルの態勢に移る。

 吐き出された光球は敵護衛艦の甲板前部に着弾するとパァーンと小気味の良い音を立てて周囲の木材と甲板前方で警備に当たっていた敵兵数名を吹き飛ばす。敵兵が敵を理解し、慌てて防空体制を取ろうとするが、その時にはレイラはすでにターンを済ませ、敵護衛艦の右舷に向けて2発目のブレスを吐き出ていた。


 流石に慣れている。2発目のブレスは敵護衛艦の右舷に大穴を空けると、船が大きく傾く。するとそこから浸水が始まった。

 海戦どころか船の造りも水に浮く原理も碌に理解していないネージュは真正面から吹き付ける様に氷のブレスを吐きつける。最初は拡散型――吹雪タイプのブレスだ。レイラの先制攻撃を受けて、もう一隻の方も弓兵が対空戦闘の準備を始めていた。ゆっくりはしていられない。ネージュは加速すると同時に身にまとった冷気や鋭い氷片を叩きつけると同時に、羽ばたきで乱気流を発生させ、私掠船団の旗艦と比べると2周りは小さい敵護衛艦の甲板を大きく揺さぶる。ネージュの方もレイラに負けじとそのまま垂直真上に向けてピッチを上げると、ループからの反転を終えた円の頂上付近から2発目のブレスを叩き込む。

 今度は収束型の巨大な氷の岩だ。吐きつける勢いに重力も乗せ、巨大な質量の塊を敵護衛艦のブリッジに叩き込む。いくら他と比べて頑丈に作られているとはいえ所詮木造。巨大な質量に耐えられるわけもなく、2隻目の敵護衛艦も艦橋ごと大破した。ただそこは軍用船。すぐに沈没するようなことはない。

「航行中の船を狙うなら真上の甲板よりも船の側面を狙うと良い。まあいいか。」

 レイラがネージュにそう声を掛けたが、ネージュはほとんど聞いていなかった。今の一撃で船に十分な打撃を与えられると判断していたのか、垂直から水平へ姿勢を戻すと、頭を上げ次は敵地上施設へと向かう。

 低めの石壁を見ると確かに急造の砦の様だ。石壁の高さは5メートル程で、その内側や高い場所は木の骨組みに板を張り合わせたもので補っている様だ。ネージュは空から砦の内側を覗くと、門の内側で数騎の騎士と騎兵が200人くらいの歩兵や50人くらいの弓兵に指揮をし戦闘準備をしているのが見えた。沈みかけの護衛船はともかく、輸送艦とはいえ大型艦にもそれなりの戦力はいるだろう。地上部隊と連携されるよりはと一計を案じる。

 ネージュは高度を下げると、門の正面から吹雪のブレスを吐きつけた。敵地上部隊が出撃準備中だった為か、突撃のタイミングを計っていのかは知らないが、門の閂が通したままだったのが幸いした。幅5メートル、高さ3メートルほどの鉄と板を組み合わせた門の表面が凍り付くと同時に、門の外側にも敵の突撃を邪魔するように大きめの氷塊を発生させる。

「へぇ……」

 ある意味、搦め手とも取れるネージュの敵門封鎖にオルタが少し感心した声を上げた。

「他の竜人との差別化でも狙ったか?」

 レイラも小さく反応するが、オルタはそれを否定する。

「まあ、《斥候》が本職だったり、大剣より蛇腹剣とかテクニカルな武器を好んだりだしなぁ。育ちと兄ちゃんの教育の賜物だろうよ。」

「ふむ……守りの敵の門を封鎖か。思った以上に楽しいことになりそうだ。」

 レイラはそう言い、数秒間息を溜めると先程船に大穴を開けたものよりも大きい、巨大な光球を吐き出した。

 光球はふわりと準備を整えた敵が並ぶ砦内の兵たちの上に移動すると、そこで炸裂し、小さいながらも灼熱の光の弾が封鎖された石壁の中に降り注ぐ。

 船に穴をあけた光球がロケット弾だとするとこちらはクラスター爆弾と言ったところか。人相手なら十分な殺傷力を持つ光弾が広範囲に降り注いだ。

 降り注いだ光弾はその熱を以て浴びた兵士の皮膚に甚大な損傷を与えると、革や布などの可燃物に次々と引火して行く。

 当然ながら砦の内側は大混乱だ。レイラが左旋回から再度2発目を放つと、敵兵たちは灼熱地獄から我先にと逃げ出すべく門の所に殺到する。門の守衛が慌てて閂を外し、門を開放しようとするが……

 隙間と接地部が纏めて氷で覆われ、人間数人が押す程度では門はびくとも動かない。

 開かない門と管理する守衛に、石壁の内側からは盛大な怒声が溢れかえる。しかし2発目の光球が炸裂すると同時にそれらは消え、代わりに断末魔の悲鳴へと変わる。

 守る砦の内側に門をぶち破る為の攻城兵器などある訳もなく……数機の投石器はある様だが、それは自分の砦の門に攻撃できるような配置にはなっていない。

 色んな意味で『思いの外』強固な扉にたちまち砦内部は逃げる場のない灼熱地獄と化し、それでも尚石壁を乗り越え自分だけでも逃げ出そうとする者たちの押し合い踏みあいで圧死者がでるというまさに地獄の釜状態となっていた。


 だが、敵もやられっぱなしではなかった。

 沈められた護衛船から脱出できた者が地上から、輸送艦の護衛達が甲板上から頭上を飛びかう2体の竜に射撃を始める。

「シエラ2!輸送艦甲板のから打ち上げてくる、下からの弩の攻撃に気を付けな!水平以下か、垂直付近には向けられないから飛行ルートを考えて飛ぶと良い。」

 レイラがネージュに言う。ネージュはチラリと輸送艦の甲板を見て2機の弩の位置を確認すると、一気に高度を下げ、大型艦の甲板より低い位置に移動する。

 ネージュとしてもテンションが上がっていたか、輸送艦左舷に氷塊をぶつけてやろうと息を吸い込んだが、輸送艦に対しての攻撃は禁じられているのを思い出し、とっさに首を曲げて護衛艦から脱出を図っている数隻の離脱用の小舟に狙いを変えた。

 急遽適当にぶん投げる形となった収束型の氷塊ブレスは中途半端な大きさながらも小舟数隻を破壊するには十分だった。

 その頃にはテンペストの船団も多少陣形を変えつつ、中型船を先陣として基地の港湾部へと侵入してきていた。

「マル1、先に掃除してきな!」

 レイラはオルタにそう指示をすると、敵輸送艦甲板へと接近する。

「あいよ。」

 オルタはそのまま甲板に飛び下りると、弓を構える敵兵へと襲い掛かる。テンペストの船団とはまだ若干距離があるため、最初は射ち合いを想定していたのだろう。まさか単身、竜から人が降りて吶喊してくるとは思ってもみなかったらしく、格闘戦を考慮していない弓兵は次々と薙ぎ払われていく。敵兵が槍や剣を装備した所でオルタは弩の1機に走り寄り、勢いそのままにその剣(鈍器)で弩の軸となる部分を叩き折る。

 オルタは敵兵に扇状に囲まれるが、慌てるようなそぶりは見せない。今迄外洋に出る港を持っていなかったベルンシュタットだ。急造の海軍なのだろう、オルタから見れば敵兵は明らかに船上戦に慣れていない。揺れに対する構えもなく、ただ陸と同じような構えで武器を握っていた。

 オルタはその中でも簡単に突破できそうな場所を見繕うと剣を構え――たものの、突撃はしなかった。

 場違いな冷気を感じたからだ。この海の上でそんなものが発生する理由は一つしかない。

 オルタが突撃を仕掛けようとした瞬間、オルタにばかり気を取られていた敵兵集団を棘となり、薄い刃となった無数の氷辺が襲い掛かる。さらにおまけとばかり、敵兵の足元を凍らせ、船上に固定してしまう。こうなれば最早戦闘というよりも伐倒作業だ。

 ネージュは甲板上ぎりぎりの高さでホバリングをすると、先日、東征の折にアデルがワイバーンでしてみせたテイルスイングを真似てみる。

 2度3度と尻尾を往復させると、足元が固定され逃げることができない敵兵が次々となぎ倒されていく。中には凍った足首から上ががぽっきりと折られながら吹き飛ばされる兵士もおり、傍から見た愉快さの反面、そうとうエグい事になっていた。

「むっ!?避けろ!」

 ビタンビタンと楽しそうに尻尾を振るうネージュに、鋭い殺気が迫る。オルタは素早く察知したが、防具を持たないオルタはそれを受け止めるわけにも行かず、ただ姿勢を低くし避けると、その剣閃はネージュの胸部に届き、その表面に浅からぬ傷を負わせた。


 ネージュの胸部から赤い血しぶきが噴き出る。

 テイルスイープの楽しさにすっかり気を取られていたか、思わぬ負傷にネージュは吠え、それを放った相手に氷の柱を飛ばす。 

 放ったのは凡そと場違いと言わざるを得ない人影だ。ネージュの氷塊を容易く両断し、大型の楯を持ってそれを弾くとネージュに向かって接近する。

「させるか!」

 オルタがその進路を塞ぎつつ剣でその大楯を叩くとその場違いさんは足を止めた。

「シエラ2、そこまでだ!旗艦に戻れ。治療と反省はその後だ!」

 微妙に切迫感がないレイラの怒声が響く。風の精霊はレイラの“声”を放出する際、音量のみを再現し切迫加減はイマイチ再現できてなかった。尤も実体もなく常にふわふわしている精霊にひっ迫感を出せというのも無理な話である。

 ネージュは反論しようとしたがまともな声が出せない。振り向けばテンペストの旗艦もすでに入港し攻撃態勢に入っている。自分がこのスペースを占有するのも都合が悪いかと、敵輸送艦から飛び降りるように脱出し、そのまま滑空から浮揚し旗艦へと戻る。その間も胸からはボタボタと血が落ち、海面に赤い花を咲かせて行く。


「さて、どうしたもんかね……」

 対峙する場違い感満載の相手に対し、オルタは苦笑を浮かべた。


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