ドルケン情勢~疑念
ミリアとポールが訪ねてきた日の翌朝、日の出とともにハンナをソフィーに預けると、アデルとアンナはワイバーンでドルケンへ、オルタとネージュはブリュンヴィンドに乗りフィンへと飛びだった。
まずはドルケン、アデルとアンナだ。昼過ぎにはドルケン王都へと到着し、ベックマンとの会談を申し入れると、30分ほど待たされたところで面会の為に王城内の少々小さい部屋に通された。そこは今まで彼等との面談に使われていた会議室ではなく、それよりも一回り小さい部屋だった。
「よく来てくれた。」
中でアデル達をそう出迎えたのはベックマンではなく、国王グスタフだった。
「え?あ、突然に申し訳ありません。」
予想外の大物の登場にアデルは面を食らい少し呆けてしまったがすぐに気を取り直す。
「掛けたまえ。先にそちらの要件を聞こう。」
部屋にいたのは国王グスタフの他、軍務大臣のベックマン、そして国務大臣のマルクの3人だけだった。少なくとも部屋の中には護衛すらいない。アデルは少々の違和感を覚える。しかし着席と要件を促されればそれに従うしかない。
「報告が3点に、相談が2点あります。先に報告から……
まず1つ目。既にご存知とは思いますが、イスタから派遣されていたコローナ東部の蛮族の南拠点の制圧が無事完了しました。敵の首領はトロール、他にガーゴイルが2体、ギガースが2体、ケンタウロスが多数という感じでした。詳細が必要でしたら相談事にも関わってくるのでその時にでも。
2つ目、ネージュが再度竜化しました。こちらも少々ややこしい事になってきているのでご相談の最後に。
3つ目、イスタの領主代行、総督として、ドルケンの駐留部隊とも懇意にさせて頂いていた、カミーユ・エルランジェ伯ですが、明日あたりに離任することになったそうです。表向きには本来の自領の政治に専念する為とのことですが、本人は対蛮族戦線から外される形になったと。」
アデルが一息に報告をすると、初めの2つにはさほど関心を示さなかった3人だがカミーユの離任については少し表情を険しくした。
「彼ほどの者が……ここまでの交流は彼の功績が大きいと思っていたのだがな。具体的な――本来の理由は聞いたのか?」
グスタフがアデルに尋ねる。
「将軍の話ですと、今回の東征の戦果か損害かが王太子殿下の想定よりも悪かったのだろうと仰っていました。」
「……勝ったのだろうがそんなに内容が悪かったのか?」
「その辺の話は聞いていませんが、損害は全体で死者が450人中50人ほど――確かにこうまとめると少なくはないか……エーテル弾というものをご存知ですか?」
アデルの言葉にグスタフはベックマンと顔を見合わせ首を横に振って見せる。
それに対応し、アデルがエーテル弾の説明をした。形状はドルケンの火炎樽に近い物だが、燃料が油でなく、爆発性が高いエーテルであること。威力の説明をしたところで、ベックマンとマルクが表情を険しくした。
「そんなものを隠し持っていたのか。内容は大体わかった。しかし、蛮族の連中が自力でエーテルを用意し、精製までできるとは考えにくい。恐らくは――」
「やはり青国とつながっている様ですな。」
ドルケンのトップ3が互いの顔を見合わせ険しい表情をする。
「そこで相談事その1です。この度コローナとドルケンで魔の森の蛮族勢力掃討を計画していると聞きました。それと同時にコローナはグランからの要請によりグランディア奪還の軍も派遣するとの事で、その両方、或いはどちらかに参加する様にと非公式の打診がありまして……ただ、状況が少し複雑でして――」
と、アデルは東征軍を襲ったネヴァンとその言葉の影響、さらにタイミングが悪く、アンナが味方の攻撃で負傷し、それにネージュが激怒し竜化、騎士爵を含む友軍数名を死傷させた事、その為対蛮族に向かうであろう味方から警戒と疑念を持たれている事を順を追って説明した。
途中、アンナの負傷の所でグスタフとアンナが非常に渋い顔をしたのだが、アデルは一気にそこまで説明をした。そして参加時の報酬である“密約”の話も加える。
一通り話を聞いたところでグスタフが険しめの表情で答える。
「君が必要と判断するなら、アンジェリナの保護やネージュを含めた君たち全員のドルケンへの受け入れは歓迎する。こちらとしても君達の様な斥候、遊撃はぜひとも軍に欲しいところだしな。まあ、コローナと比べれば空軍も充実しているし、パーティ個での活躍の場は減るかもしれんがね。あとグリフォンに乗るのが前提となると少し相談も必要になるとは思うが……。冒険者にこだわるなら……確かに、冒険者としての仕事もコローナよりは減るだろう。こちらでは魔獣討伐が主になるだろうし、護衛が必要になる大きな商会もない。北東部の例のアレの討伐依頼は出せるかもしれないが、それは下手な従軍より危険を伴いかねない。商売に関しては、まあ確かにドルケンが関わる戦で十分な功績があれば、交易に関しても配慮する。それに関して少し確認したい事もあるのだが、それは後でいいだろう。」
グスタフはそこで一息つくとさらに続ける。
「もし君達がグランに向かうというならそれはそれで後押ししたい。グランの安定化、そしてグランの新しい政権とのパイプを持つ者が身近にいるというのは我が王宮としても有り難いことだ。正直な話、フィンと直接やりあうのはコローナとグランになるだからな。現状で北に専念できるのは我が国にとって悪い話ではない。“私個人”としては、なるべく君達の希望に沿えるようにしたいとは思っている。もう一つの相談事とは?」
「グランで活動するとした場合に、ワイバーンの扱いはどうなるのだろうかと。翼竜を正規に運用しているのはドルケンだけ――一応コローナにも5騎いる事にはなるのか。――その場合、借り物であるワイバーンをグラン方面での活動に使っても良いのだろうかと。」
「なるほど……その懸念は尤もだな。翼竜騎士団がグランとフィンの戦争に関わっているという誤解は避けたい所ではある。尤も、“対北”で共同戦線を取ることでコローナへ協力しているという事実は曲げられんがね。コローナとグランは正規に同盟を結ぶとの事だが、我が国とコローナのそれはまだ“同盟”ではないからな。元々、同盟とまで踏み込んだ者を結ぶつもりもないのだがね。その辺りをフィンやテラリア、連邦がどう解釈するかにもよるかもしれん。こちらは各大臣としっかりとした話し合いをする必要がある。仮にもし認められないとした場合はどうするつもりだ?」
「……状況によって俺かオルタを地上部隊として運用する。ですかね。今回の東征の折、ケンタウロスを1体弟子に取る事になりましたので……」
「ケンタウロス?」
「まあ、うちのパーティでの奇襲で捕えた捕虜を丸投げされた形ですが……弓の腕は超一流、格闘戦も相当な伸びしろがあると見ています。本人の意志も強く、鍛えれば魔の森からテラリア西部の偵察には使えるようになるだろうと。連携ができるならば、空の部隊のサポートとしても有用かと。」
「……流石にネージュに騎乗という訳にはいかないか。」
「状況が揃えば本人は吝かではないと思いますが、仮に竜化した場合装備や他の隊との問題も出てきますので……」
「そうか。ワイバーンに関してはなるべく使える方向で調整したいとは思う。」
「よろしくお願いします。」
グスタフの言葉にアデルは頭を下げた。
「うむ。さて次はこちらの要件だ。こちらも『相談事が2つ』と言ったところでな……」
グスタフはそこでまず、ベックマンと顔を見合わせる。軍事絡みのことなのだろう。
「魔の森と、コローナ北部に展開する蛮族軍に関して知っている事を全て教えてもらいたい。」
ベックマンがそう言う。
「わかりました――」
これにはアデルは迷いなく答える。
竜人は少なく見積もって6体、ケンタウロスリーダーに従うケンタウロスが3氏族――このうち1つは今回の東征でコローナが排除したが――存在し、各氏族の下っ端は従軍をあまり良く思っていないとのこと。ケンタウロスリーダーとコローナ北拠点首領との不仲、ケンタウロスリーダーの実力とケンタウロスたちが持つ疑念、同様に呪いで束縛されている巨人族が1部族。エーテル弾の詳細と使用状況。蛮族対テラリアの状況などだ。
アデルの言葉をベックマンが一つ一つメモに取ると、ベックマンはカミーユの後任についても訊ねてきた。
アデルはイベール子爵の東征軍での役割と評価、カミーユからの評価を伝える。
「エルランジェ伯より武闘派と言った感じか。」
とグスタフが頷いた。
「傭兵団や複数の冒険者パーティの管理や管轄もしていた様なので、それなりの調整能力もある者と思います……が、どうやら俺達は嫌われたみたいな情報がありましてね。」
アデルはそう言いながら、ロベールを絡めた事情と懸念を伝える。この懸念はすぐに実害として影響が出てくるのだがそれはもう少し後の話だ。
「そのうち我々が直接会う機会もあるだろう。その時に改めて人物を見せてもらうとするか。」
グスタフはやはりベックマンと顔を見合わせながら頷いた。
「さて、もう一つの相談事だが……」
グスタフはそう切り出すと表情を険しくする。
「突然おかしなことを言うように聞こえるかもしれないが……我々は君たちを全面的に信頼している。その上で尋ねたい。」
グスタフは今度はマルクに視線を送る。視線を受けたマルクは頷くと、一つ深めの呼吸をしてアデルに尋ねた。
「カイナン商事……あのナミとか言う者について知っていることを話してほしい。」
両者、随分と真剣……深刻な表情だ。これにはアデルも表情を険しくせざるを得ない。
「何か……あったんですか?」
「不自然に姿を消した。商会の店舗自体は王都に残ったまま営業をしている様だが、本人はここしばらく姿を見せないらしい。ダールグレン侯が問い合わせても消息がつかめないそうだ。商会の方も当初予定していた鉄鉱石や魔石よりも、最近は武器防具の現物を買い漁っている様子だとか。その辺りがある程度飽和気味の我が国の武具職人たちにとっては有難い話ではあるのだが、数が尋常でないらしい。コローナやグランには正規軍の装備がある筈だし、どこで誰を相手に商売をしているのか……」
マルクがそこで言葉を止め、アデルに視線を送る。
「……グランの民兵あたりですかね?ナミさん、というか、側近のヴェンさん始め、あの商会の主要な人達は元々グランで反フィンの傭兵を続けてグランの全軍務大臣、現在、解放軍とやらを率いているファントーニ侯の信頼を得ていた様ですし。フィーメ傭兵団とか言ったかな?それ以上のことはわかりません。」
「ふむ。勿論、ピンキリはあるが、グランの民兵らが我が国の本格的な防具を買い、扱えるとは考えにくいのだが……商売そっちのけで支援する気でもあるまいに。」
「うーん、その辺はどうでしょう。実際、グランの辺境の兵士や部隊には無償で食料やらなにやら配っていたこともありましたし。フィンに対して何かあるのかもしれませんね。」
「いや、重装備の訓練を積んだ兵士や騎士が扱うような装備をそれなりの量買い込んで行ったとの報告でな。フィーメ傭兵団か……少し調べてみるとしよう。君たちには何か話は来ていないか?」
「言われてみれば……イスタに移住してからだいぶご無沙汰状態ですね。そう言えば……ナミさんの指示――依頼でグランからコローナへ連れ出したファントーニ侯の娘さんが近々レオナール王太子の側妃として迎えられるという話を聞きましたが。」
「ファントーニ侯の娘?ふむ……」
ドルケントップ組は互いの顔を見合い首を軽く傾げて見せる。
「その辺も色々調べてみるとしよう。もし何か話があったらなるべく速やかに教えてくれ。」
「……わかりました。」
彼らの深刻な表情に、アデルは不穏な物を感じつつ、そう答えた。




