グラン介入~密約
午後、アデル達がそれぞれ、ドルケン、フィンに向かおうかと思って準備を進めていた所で意外な組み合わせの人物がアデルの家に訪ねてた。
訪ねてきたのはミリアとポールだ。この二人が並ぶ姿は見たことがない。
ミリアを目にしたオルタはその美貌に思わず「へぇ……」とつぶやき、アデルをチラ見していた。
アデルが見ても最後に分かれた時よりも大分雰囲気が変わっている。いつの間にか髪色がブロンドに戻っており、華やかすぎる受付嬢の時よりもさらに気品に磨きがかかっている。アデルがチラリとアンナを見ると、アンナは『あっ……』という表情を見せた。
「……アンナさん?」
アデルが目を細めてアンナに確認をすると、先日カミーユの速達の書状を渡しに行ったときに出会い、その時に魔法を解除したと言った。
「以前はお世話になりました。この度――私、ミリアム・ファントーニはコローナ王国王太子、レオナール様の側妃として婚姻の話が決まりました。生きてこうしていられるのもあなた方のお蔭とご無理をお願いして改めてお礼に伺いました。」
「なんですとっ!?」
唐突なミリアの話にアデルは目を丸くした。
再度アンナをちらりと見るが、今度はアンナもふるふると左右に振るのみだった。
アデルがポールに視線を送ると、ポールは静かに頷いた。冗談の類でなく、本気の本気の様だ。と、同時にそれならポールが同伴していることにも納得がいく。
「それはそれはおめでとうございます?わざわざこのような所にお越しいただかなくても……」
アデルが半分疑問形で返すとミリアは儚げに笑みを浮かべて言う。
「まだ正式発表はなされていないので、今はまだコローナの1市民ですし?」
「正式発表はまだ先なのか。しかしまあ……結局“王太子妃”という運命――肩書?からは逃れられないみたいだけど……いいのか?というのも変か。ファントーニ侯の娘としての婚姻だよね?」
アデル達としては安全な国外脱出のためとは言え、一度縁切りに近い形で家を放逐され、暗殺者にまで狙われた事情を知っている分、少々複雑な感じがした。
「ええ。その辺りの事情はコローナにも伝わっていた様ですが……改めて話し合った結果、この様な形になりました。あなたがあの時“ヘタれ”ていなかったら、違っていたかもしれませんのにね?」
ミリアが少しはにかんだような表情でそう言う。
「ちょ……コホン。その話はもうなしにしましょう。」
あの時のヘタれと言うのは、自暴自棄になって身分その他をかなぐり捨て、ただ純粋に人のぬくもりが欲しいとアデルに迫った時のことだろう。思わずむせ返るアデルにネージュとアンナがそれぞれに言葉を投げる。
「ヘタれめ。」
「命拾いしましたね……」
その様子に、オルタとポールが首を傾げ怪訝な表情を向ける。
「まあ、とにかくお茶でも……?アンナ。」
アデルは表情を隠しながらアンナに言うと、アンナはそれに応える様に奥へと入っていく。
アデルはミリアとポールを居間へと案内するが、その居間の先客を見て2人がぎょっとした表情を見せた。
居間で膝を折ってゴロゴロしていたのは昼食後のハンナとブリュンヴィンドだ。
どちらも体高は仔馬のサイズを超え、一般的な人間向けの部屋の広さではそろそろ限界が近そうだ。
「ハンナはともかく……ミリアはブリュンヴィンドも初めてか。」
アデルは居間からハンナとブリュンヴィンドを追い出すと、部屋とテーブルの上を片付け、2人を座らせる。
「もしかして、その為だけにイスタまで?」
アデルの問いかけにミリアとポールは互いに顔を見合わると、ポールがミリアに向けて頷いた。
「いいえ。別の話もあるのです。」
アンナが用意したお茶を一口口に含むと、ポールは真剣な表情になって口を開いた。
「ミリアム様のご婚姻でお察しとは思うが……この度、コローナはグランと正式な同盟を結び、グランに対して一定の責任を担うことになった。」
要するにコローナ軍が正式にグランに介入するぞという話だ。この手の話はドルケン王宮やナミらの予測通りなのでそれほどの驚きはない。勿論、そのきっかけというか代価にミリアの結婚が関わるとは思わなかったが。
「噂は聞いています。で、俺らへのご用件は?」
「まあ、待ってくれ。それと同時に、ドルケンとも対東部――ドルケンも含むなら、対魔の森だな。の蛮族軍に対する共同作戦を行うことも決まった。そのどちらか、或いは両方に君達も参加してもらいたい。」
ポールの言葉にアンナが悲痛な表情を浮かべる。
「冒険者ギルドを通さずに?」
「いや、いずれは通して正式な指名依頼とするだろうが、今回はミリアム様の挨拶に合せた事前調整だ。」
「事前調整?依頼主は殿下?」
「殿下……王太子殿下だな。そして君達の“現状”も伝え聞いている。軍の“一部から敬遠されている”ね。それも踏まえ、君たちに対する最大限の“報酬”も用意した。ただこちらは殿下の提案する“密約”だ。ギルドへは通常の指名依頼と同様の報酬を提示することになる。」
「……どういう事ですか?」
色々物騒な単語を聞いた気がしてアデルはすぐに聞き返した。
「金額に関してはいずれギルドから提示されるであろう。指名依頼となるから、一般的なBランクの相場に少々色を付けた金額になるだろう。それよりも……だ。」
ポールはそこで一旦言葉を止め、アデル達の反応を窺った。
アデルは少々怪訝そうな表情を浮かべるのみだ。オルタとネージュはほぼ無関心、アンナだけが“家族”の危険を不安に思う表情を覗かせている。
「コローナとグランの国境における、人と物のフリーパス権だ。」
アデルはポールの言葉をすぐに理解できなかったが、オルタが真っ先にそれに食いつく。
「ははは、人と“物”のフリーパスね。確かにそりゃ破格だ。」
アデルの理解を促す様にオルタがポールに確認する。
「俺らの通行許可の審査だけでなく、持ち込む物もフリーパスってことっすよね?」
「持込に関してはそうなる。」
「持込に関してはとは?」
「グランからコローナに持ち込む分には構わないが、コローナからグランへ持ち出して、あちらで売りさばくというのなら、あちらの許可が必要になるだろう。」
「なるほど……往来と輸入が自由になると。」
「その理解で間違いない。」
オルタとポールがやり取りをする。普段そんなそぶりは見せないが、オルタはやはり“商会員”だ。しかも、ただの大店ではなく、海を股に掛ける大商会の、である。
そこでようやくアデルも理解する。事実上の交易許可だ。ナミがドルケンに於いてその取り付けに半年以上かけてようやく掴んだ権利をあちらからくれるというのである。もちろん、タダではないが。
「人と物の数的な限度は?」
オルタがさらに詳しく尋ねた。
「人は最低保証として“依頼”を受けた者は確定だ。その後は応相談。将来、もし君達が本気で商会を持つつもりならその従業員も事前審査の後に許可が下りる様になるだろう。物に関してはある程度本格的な規模になる様なら、他の商会と同様の手続きは踏んでもらう。個人――精々馬車1~2台で持ち込める程度の物なら“禁制品”以外なら問わないとのことだ。」
ミリアがレオナールに伝えたのか?それともカミーユの配慮か、それとも別の何かか。アデルが交易を前提とした商売に興味があるという話が伝わっている様だ。
「依頼の内容は?」
こちらはアデルが質問した。
「魔の森の蛮族軍掃討、或いはグランディア解放までの従軍となる。従軍と一言で言っても、君達パーティに求められるのは“武功”よりも“情報”になるだろうがね。是か非かは別として、調査の結果、やはり軍部の一部が君たちを敬遠している事実も踏まえている。恐らくはコローナの軍本隊とは別行動となるだろう。」
是か非かは別、というところにアデルは少々思うところがあったがそれ以上に気になったところを確認する。
「ん?魔の森の蛮族勢力に対しては、東北部の奪還でなく、魔の森の掃討なんですね?どのあたりまでのエリアを想定しています?」
「……流石に君はそこに食いつくか。それはまだ確定ではないが……恐らく『魔の森の大半』ということになると思う。」
「……緩衝地帯でなく、明確なコローナ領と?」
「そこはドルケンとの話し合いだ。ただ魔の森はコローナ、テラリア、ドルケン以外にも連邦青国が関わってくるからな……その辺はすぐには決まらないだろう。」
「テラリアがコローナに、青国がドルケンに悪さしてるみたいですしね……」
「まあ、な。」
「で、グランの方は――グランディア?」
「うむ。ファントーニ侯と連携してグランディアの奪還を目指す。まずは、フィン軍の補給路となる旧グランの西の制圧からだろうな。こちらは今回君達が参加した戦とはまさに桁が変わる。恐らく万対万の戦になるだろうことは覚悟してほしい。尤も先程も述べたが、君達に求めるものは“武功”ではなく“情報”になるだろうがね。こちらに参加してもらえるなら、ファントーニ侯からの覚えも良くなるだろう。殿下とミリアム様を通してコローナへの輸入以外にも色々な権利を配慮してもらえることにはなると思う。対して魔の森の方はドルケンとも絡む。ドルケンの軍務卿とも友誼のある君達にはそれ相応の仕事と報酬があるだろう。が、少々残念なことに、今回の東征軍を中心に対蛮族攻めに際して竜人――ネージュに懸念を持つ者がいる。その辺りも考慮して良く考えてみてくれ。」
「いつ頃までに?」
「来週には正式に発表があり、具体的な行動は月明けからになると思う。特にグランの方には実際に出陣するのは年明けになるだろう。」
現在、11月の半ばである。実際に動きがあるのは半月から一月半後となる様だ。
「……わかりました。前向きに検討したいと思います。」
「うむ。」
アデルの返事に、一定以上の成果を感じたかポールは満足げにうなずくとお茶のお礼を述べ、ミリアと共に席を立つ。
アデルとオルタ、そしてアンナが出て行く彼らを見送った。
「だ、そうだ。」
ミリアとポールを送りだした後、部屋に戻ったアデルは家族ともいえる仲間たちにそう言った。
「……」
不快というほどでもないが、面白くないといった表情で沈黙するのはネージュだった。
「まあ、あの口ぶりからして、グラン遠征に向かわせたい感じだろうけどな。」
「まあ、ドルケンのお偉方と話してみてからでいいんじゃない?俺としてはやっぱり“南”を希望するけど。いや、そうなるとフィンの敵に回る事になるのか。レインフォール商会とグランの新政権がどんな関係を結べるかわからないしなぁ。」
アデルの言葉にオルタが答えた。
「むしろ、商会が占領軍を支援する事はないのか?」
「ないとは思うけど……その辺も踏まえてやっぱりレイラに話を聞く必要がありそうだ。明日、明後日でその辺の話を聞いてくるってことでどうだい?俺とネージュがレインのところへ。兄ちゃんとアンナがドルケンへ。」
「……ハンナは?」
「……留守番?」
「まあ、そうだな……そうしておこう。」
オルタの提案をアデルは改めて承認した。尚、ハンナは一晩ソフィーの元に預けられる事となった。




