次なる“戦い”
ミリアムの――ファントーニの要請書を受け取ったレオナールの行動は素早かった。
元々そのつもりで準備を進めていただけあって、軍や大臣への根回しは既に完了していた。
ただ、予定と違っていたのは、ファントーニがグランの正統な後継者としてコローナに承認を求めてきた点と、その対価に長女を差し出すという話だ。思いの外貪欲であると評価を変えざるを得ない。これは流石にレオナールの一存だけでは決めかねる。こちらには相応の時間が必要となるだろうと説明しミリアムを下がらせると、レオナールはすぐに軍務大臣と元帥の所に話を持って行った。
レオナール達はすぐに派遣する将官と部隊の選別へと移る。
コローナとフィンは南にかなり長い国境線を抱えており、南部の貴族たちを動かすことは難しい。国境を抱える南部の貴族に対する防衛の支援をしつつ、同時にフィンを混乱させ足止めさせる工作をさらに加速させる。そして今迄手薄となっていたグラン方面には、内地で良い意味で燻っている武官らを派遣するつもりでいる。
そこでまずは今回の東伐の報告を受けて、レオナールらはコローナ王国軍としての現況の分析と洗い出しを行う。
遠征に活用すべき点として、若い騎士達やまだ昇爵から日の浅い下級貴族の意欲の高さが挙げられた。
近年、コローナで発生している“戦”は北部の実のない小競り合いと西部の散発的な蛮族侵攻からの防衛、そして今回の蛮族の侵攻対策の3つでそれ以外には戦場というものはない。
勿論、貴族達が細心の注意を持って行うべきは健全な領地経営であるが、そちらは成果や結果が伴うまで数年~数十年規模の時間が掛かる。今回の東部各領の安全保障的な失態は別として、それ以外に現在、喫緊で評価を出す様な事案はない。それはつまり、ほぼ現状通りという事であり、余程の発明品でもない限り下級貴族たちが成り上がる機会はないと言えた。
その為、領地の少ない下級貴族が今回、東西北の戦にのめり込むのはある意味で仕方のない事と言える。
今回の東征に於いて大きく評価を上げた者がデュラン子爵家イベール、アルシェ子爵家ポール、それにアタル子爵家ヴィクトル、ディオール男爵家エドガーだ。
逆に若干評価を下げたのがエルランジェ伯爵家カミーユと、エストリア辺境伯家クロードといえる。
ただカミーユに関しては『損害を嫌う傾向が一際強く、短期間で決着をつけたい遠征の将軍としては不向き』という点、クロードは『危機管理、情報管理に関して疎か』という点が下がった評価で、どちらも実務能力や内政能力は優秀である事に変わりはない。つまりこの2名を遠征軍トップに据えることはない。
カミーユは北部の安定と発展、クロードは東部の安定と国・軍への信頼の回復、そして早期の蛮族勢力排除を第一とさせるつもりである。
また、ポールに関しては自身も神官、そして司祭に師事していた経歴があり、やはり地母神レアの教会のネットワークを生かした情報収集が適任だろう。ただ、ポールに関しては出来ればレオナール自身に近いところに配置し、各地の情報の統括と分析を主な仕事とさせたい。そうなると、グラン方面には専属の情報武官を配置したいところだ。
グラン遠征にあたり、頭角を現した若い騎士――特に下級貴族の嫡子たちを将軍、又は軍団長として競わせ、活躍できれば良し、活躍できねばその程度、戦死するならそれまでとしようと考える。
あとはそれらを纏め管理させる大将軍を誰にするか。
レオナールらの中でコローナ南東防衛軍、そしてグラン遠征軍の指揮・指令層の枠が埋まっていく。
しかしその過程でレオナールを悩ませる存在に気づく。
傭兵と冒険者だ。傭兵団は団の、冒険者はパーティの、ひいては個人の特性がある。また、徴兵制を取っていないコローナでは況して臨時徴用などできる筈もない。高ランクには強制依頼的な力技もあるが、基本的に防衛以外では碌な結果にならない。特に東部ではエストリア辺境伯がやらかしたばかりで、リスクの方が大きい。レオナールにとって都合が良かったのは、今回東征に参加した彼らの大半が貪欲なことだ。
しかし中には例外もいる。特に扱いが面倒そうなBランク。総合力は並み。客観的に評価をすれば中の上といったところだろうか。しかしながら、特定分野において比類なき能力を持つ。なれど、敵勢力出身者を複数抱え、軍への参加に後ろ向きであると同時に、軍の一部からも疑念と懸念浴びせられているパーティ。
少々ひねくれた価値観を持ち、保身の為か、億劫な性格ゆえか欲を余りださないが、我が国以外にも複数の隣国、勢力と浅からぬ結びつきを持ち、良くも悪くも“国境”というものが意味をなさない存在。彼らをどう取り込み、組み込むか。レオナールは早速、アルシェ家ポールを呼び出すことにした。
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東征に赴いた部隊が戦勝からイスタに帰還して5日が過ぎていた。
帰還翌日には報告会と凱旋行進、祝勝会が行われ、その翌日には戦死者達の合同慰霊祭が行われた。
そちらには東征軍の将官全員に他、冒険者ギルドの重役、冒険者の店の店主等も出席し、兵士、冒険者、傭兵身分を問わず慰霊が行われた。
ロベール他貴族、ジーン他騎士の葬儀はそれぞれの故郷、家に送られてからそちらで行われるとの事であった。
アデルとしても分っていたことだが、重度の戦傷者や遺族に対する扱いはやはり、軍・兵と冒険者、傭兵団で大きく違った。兵士や遺族には見舞い金と今後の年金が支給されるとの事だが、傭兵には傭兵団への見舞い金、冒険者に関しては所属パーティがあればそちら、なければ冒険者の店へとわずかばかりの一時金が支給される程度だそうだ。
アデル達のパーティにもいくつかの問題が残された。
簡単に対処できる順にあげれば、まずは預けられたハンナら3体のケンタウロスである。
一応希望を聞いてみた所、基本的に決闘で勝つまで従うという話だったが、ネージュに従うとした2体は竜化が可能になったネージュとケンタウロスでは最早本気の決闘など出来ようはずもなく、(ネージュ経由の)アデルの命で、ケンタウロスリーダーの情報収集という仕事を与えられ、実質的には解放(放逐ともいう)された。
仮に彼らが約束を反故にしたとしても裏切り者の裏切りと分かる人間はいないだろう。
一方で、オルタに敗れたハンナはオルタやアデルの元での修行と人族の勉強を強く望んだため、彼等で受け入れる運びとなった。
ハンナの射撃能力、それと肉体的なポテンシャルと負けん気、向上心はアデル達も買っており今後戦力として鍛えるつもりでいた。
そして不安が高まったのがアンナだ。事故扱いとは言え、深手を負った事で以前よりも臆病になりつつある。怪我が完治しても尚、以前のように単独で前線近くに出るのが怖くなっている様だ。
偵察を主任務としたアデル達のパーティに於いて、アンナはすでに不可欠な人員となっている。本人もまた今の所離脱する気はないようだが、土壇場で動きが鈍る様な事があっては困る。
アデルとしては、支援は欲しいものの、前線に立つようなことはなるべく減らす様になんとか考えねばと思うと同時に、場合によってはドルケン王グスタフに相談するのもありかも知れないと考えた。
そして最も大きな問題がネージュだ。
竜玉がなくても竜化できることが東征軍を始めとして知れ渡る事となってしまった。
これに対する反応は3つに分かれ、それがどれも露骨となりアデルとして苦慮する事になっている。
1つはカミーユを除いた将官らだ。
『使いどころを制御できる』のであればこれ以上ない戦力となることから、積極的にネージュ(ら)を軍に組み込もうという者達である。こちらはアデルが軍への参加に消極的である事、カミーユが『それでは蛮族が巨人に対して行っている事と大差ない』と否定的であるために保留とされている。
2つ目は、ヴィクトル達や傭兵団、一部国軍兵士ら警戒感や疑念を強める者たちだ。
戦の最終盤で一気に戦況を決定づけたその能力だが、『力のコントロールが出来ない』ことを懸念し、周囲への巻き込みの懸念は勿論、今迄竜化できないとしていたが実はできた事、それにネヴァンが残した言葉により兵士たちが疑心暗鬼になっている等の不安が挙げられている。尤も、ヴィクトルとしては手柄を横取り、独占される事に対して警戒しているだけのように見えるが、それ以外は明確に“敵性種族の者”として警戒している様子だ。
そして3つめ。ジーンの様に明確に“敵”と認識している者たちだ。経緯も何も無視し、ただロベールを殺したと認識し、さらに悪いことにそれを吹聴しようとする者たちだ。これはカミーユや、国軍が公式に否定しているが、個々の囁く噂を押し止めることはできない。特にハンナを連れ帰ってきたこともあり、兵士以外の住民からもごくごく一部だがそう言う話が出つつあるようだ。
当のネージュはというと、信頼と実績の神経の図太さでその手の声をほぼ無視している。すべて実力で示せば良いと言い、戦場では情報と戦果を、実力行使には実力で応えるとラウルやディアスら他パーティの者やギルドの者に言い張っている。
また、竜化に関してはパーティ外には伝えていないが、『何となくコツは掴んだ』そうで、人気のないところで何回か再現が出来るようになっていた。ただ、他の竜人の様に一瞬で姿を変えたりというのはまだまだ難しいようで、要練習としているが、練習時以外では1着300ゴルトのスーツを破壊することになるので思い付きで実行することはできない。ただ確実にその精度、竜化までの所要時間は練習の限り徐々に上がってきている。
そんな中、彼らに不穏な空気が近寄って来る。
イスタ帰還から1週間が経過したある日、シャルロットと名乗る女性がイスタのアデルの家に訪ねてきた。




