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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
194/373

報告書と要請書

 コローナ王都、コローナ王宮の一室。

 王太子レオナールの手元に2通の書状が届けられていた。


 一つは自らが東部方面隊司令に任命したカミーユ・エルランジェ伯から届けられたコローナ東部の戦況に関する報告書。

 もう一つは旧グラン王国の残党、パトリツィオ・ファントーニ侯爵から、旧王都グランディア奪還に関する協力の要請書だ。



 報告書には敵軍拠点を取り巻く支援陣地の全ての制圧に成功し、明日には本命である南拠点に攻めかかるというものである。

 その状況とは別に、軍、傭兵、冒険者の間で戦功に関して意見の齟齬が生じ、今後の運用に課題が残るとの懸念も伝えられており、また事前情報にない敵の行動と兵器により被害の拡大が生じているとの報告もあった。



 要請書の方は、敵に占領されている旧グラン王都、グランディアの奪還の為、まずはフィン軍の補給路である旧グラン東部への軍事介入の要請である。

 同時に現在グラマーに結集しているファントーニ侯爵率いる“解放軍”を正式なグラン王国の後継政府として承認する様にとの要請もあった。

 この書状を届けに来たのは、ミリアム・ファントーニ、ファントーニ侯の長女と名乗る女性だ。

 普段はその冷酷――もとい。冷静沈着な振舞いから氷の王子と標榜されるレオナールであったが、ミリアムを目にした時はしばしその目を奪われていた。


 ――綺麗な女性だ。レオナールとしては珍しくそのような感想を持つ。

 整った顔立ちに明るめの栗色の髪をもつその女性は、軽装ではあるが王太子を前にしてその真直ぐに伸び毅然とした姿勢、物腰からただの娘ではないと直感したが、ファントーニ侯の娘であると言うのはすぐには認められなかった。

 前軍務大臣の娘は王太子の婚約者であったが醜聞――どうやら陰謀であったようだが――に巻き込まれて勘当されていた筈だ。それがなぜこの時期にコローナに?そう考えたが、ミリアムの届けた書面にはファントーニ侯直筆とされるサインが認められていた。現在、ファントーニ侯を知る者にそのサインの真偽を確かめさせているところである。

 また書面の内容については、コローナ軍のグラン東部介入に関しては内密に手はずを整えている為、最早さほどの準備は必要ない。しかし、“解放軍”をグラン王国の正当な後継、即ちファントーニ侯を新たなグラン王と認めると言うのはレオナールの一存では決められない案件だった。

 ただそこには、娘の潔白の証明と共に、その暁には娘を側妃として差し出すという旨も記されていた。レオナールは既にコローナの侯爵家の長女を正妃として迎えて3年が経過しているがまだ子供はいない。

 グラン王太子の婚約者だったファントーニ侯の娘。それをレオナールに差し出すというのだ。


 これには2つの意味を持つことにレオナールもすぐに気付いた。

 1つ目――表向きとしては解放軍がコローナ王国の協力を仰ぎ約定の保証の担保として、いわば人質である。

 しかし、ファントーニ侯が正式にグランの後継者と認められるとなると、グランの国内手続きはファントーニがどうにかするとして、新たな王の娘を側妃として迎える事になる。それは両国の友好をより強固にすることは間違いないが、そこまで肩入れした場合、コローナもフィンに対して引くに引けなくなるのは確実だ。

 当初はグラン東部の敵兵站の破壊程度を入り口としてグランディア、引いてはグラン全体の解放まで足を突っ込まざるを得なくなる可能性が出てくる。勿論それが叶えばコローナにしてみれば大きな利益となるが、それ以後も無法軍事国家フィンと恒久的な戦いになりかねないとなればハイリスク・ハイリターンであるのも事実だ。現在、それほど重要な物ではないと言えフィンから輸入している物資も少なくはない。


「そなたはこの手紙の内容を承知しているのか?」

 レオナールは静かにミリアムに尋ねた。

「はい。」

「……思う所はないのか?」

「…………」

 ミリアムは長い沈黙の後口を開く。

「全くないと言えば嘘になりますが、それがグランと貴国の、そして当家の為となるのであれば否やは御座いません。」

「ふむ。」

 最初の沈黙は長かったが、一度口から言葉が出てしまえば後は何の言い淀みもなかった。

「申し訳ないが、現在このサインの真偽を紋章官に確認させている。それが確認されればコローナ王国として正式にこの要請を議論することになる。私としては軍の派遣については吝かでないが――グランの国としての後継問題に関しては我が一存では決めかねる。それなりの時間は必要となるだろう。」

「承知しております。」

「……グランの国境付近は既に各方面閉鎖されていると聞く。この書状をどのようにして持って来られた?」

「私はフィンの侵攻の直前にコローナに脱出しておりました。この書状はコローナにある、父と深い交誼のある商家の手で私の所に届けられました。」

 この返事にレオナールは視線で脇に控えるポールに確認をするとポールは小さく頷いた。裏が取れているのだろう。ポールならその商家の特定も済ませている筈だ。

 で、あるならどのような見返りを要求すべきか。レオナールはすでにその様なことを考え始めていた。



 そこへ、新たな来客を伝える伝令が現われる。

 伝令によると、東部戦線のカミーユから“速達”の知らせが届いたと言う。

 時刻は朝8時前、本格的な公務を始める前のわずかな時間の内にミリアムとの非公式の面談をしていたのだが、そこへ“速達”の知らせとは尋常ではない。

 レオナールはミリアムに一言詫びを入れ、少し部屋の隅に移動する様に言うとすぐに伝令に知らせるように命令を出す。

「はっ。只今。」

 伝令が何かを言うのかと思ったが伝令は一度扉の外に出、1人の少女を連れて戻ってくる。

 レオナールにも見覚えのある少女だ。

 ミリアムとは少し別の方向に綺麗な少女だった。だが、最大の特徴はその独特の恰好と今は小さく畳まれているが背中から覗いている翼である。アンナだ。

「む?そなたは……いや、速達と言うのであればそうなるのか。何があった。」

 部屋に入ったアンナは“偉い人”として見覚えのあるレオナールとポールに深くお辞儀をすると、数歩前に出てカミーユから預かった書状をレオナールに渡す。

 封筒を開き中の確認を始めたレオナールはまず最初に安堵の表情を見せ、程なくして少々眉間に皺を寄せた。

「なるほど。まずはご苦労だった。そなた1人か?」

「はい。すでに拠点の片付けは済んでいて、夜明けと共に全体で帰路につくとは聞いていますが……」

 アンナはそこで横に控えている人物をチラ見してその正体に気づく。

「あら?」

 そこでミリアム――アンナが知る名は『ミリア』であったが――も、その伝令の正体にようやく気づいた。


(このタイミングで……ぼーっとしていたわ。)

 そこでミリアムは己の心がここになかったという事を自覚した。思う所はやはりあったのだ。しかし。

「丁度良かったわ。髪色の魔法、解除してもらえるかしら?」

「え?あ、はい。」

 何故ミリアムがここにいたのかを知らないアンナは突然の申し出に少し驚きつつもその依頼に従う。

「おおお?」

 一瞬、淡い光に覆われた後に、ミリアムが本来の髪色に戻る。その姿にレオナールとポールも感嘆の声を上げていた。

 ミリアムの雰囲気が一気に変わっていた。先程までの明るめの栗色の髪だったときは、綺麗ではあるが少々控えめで品があるという印象であったが、輝くブロンドの髪に戻った瞬間に、周囲の雰囲気ごと華やかに変え、流石は元王太子妃候補と誰もが納得する美しさに変わる。顔は全く変わっていない。髪色と髪の輝きだけでこうまで印象が変わる物なのかと、これには流石のレオナールもしばし目を奪われることになったが、眺めるのは今である必要がないと我に返るとすぐに意識をアンナに戻す。


「そなたの怪我はもう大丈夫なのか?」

 レオナールが改めてアンナに声を掛ける。

「……ええ。怪我の方は……」

 アンナは表情を曇らせながら小さく返す。

「何か懸念する事があるのか?」

「……今は特に。ただ、後遺症が出る恐れがあるので無理は絶対にするなと言われました。」

「なんだと!?何ということだ……」

 アンナの言葉にレオナールが驚愕する。

 コローナでも女性の兵士や冒険者は多くはないが、珍しいという程ではない。アンナの言葉に驚いたのはそれが翼人という極めて稀な存在だからだろうか?レオナールは自分の驚愕に少々驚いたが、気を取り直して話を続ける。

「そなたはこの書状の内容を把握しているのか?」

 レオナールの問いにアンナは少し思案する様子を見せる。

「戦勝と事後処理の連絡とは聞いていますが、詳しい内容は……」

 アンナは書状の中身を見ていない。しかし、先程自分の怪我の具合を確かめた事を考えると、恐らくアンナの怪我の経緯も書かれていたのだろうと推察できた。

「何かありましたか?」

 少し不安になるアンナにレオナールは静かに答える。

「いや。戦勝の報告と事k……今後と課題――問題に近くなるか?――についてだ。当面の処遇についてはカミーユに任せると伝えてくれ。」

 レオナールは“事故”という言葉を飲み込み、アンナにそう伝える。

「わかりました。それではこれで……」

「いや、待て。あの竜人の娘が竜化し行方をくらませたまま戻っていないというのは真か?」

 やはり触れられていた様だ。アンナ自身が詳しく聞かされていない状況でどうした物かと思案する。

「本当です。」

「あやつは――竜化できたのか?」

「以前、一度だけ。グリフォンに襲われ、アデルさんが大怪我、そしてプルル――えーっと、アデルさんの馬が殺された時に暴発するように竜化していますが、自分でコントロールは出来ない様です。」

「なんだと……?ふむ。アデルは何か言っていたか?」

「ブリュンヴィンド――グリフォンの方は書かれていないのですか?」

「記述はないな。」

「そうなのですか。ブリュンヴィンドがネージュを誘うように北東へと向かいましたので、竜化が解けるまでグリフォンの巣に向ったのだろうと。その間、私は気を失って倒れていまして……その辺りについて詳しい話はまだ聞かされていません。」

 アンナは一切嘘はつかずに、当たり障りのない範囲を答え、詳しくは知らないと予防線を張る。

「アデル自身は特に問題視はしていないのだな?」

「その様ですが。ただ、他の皆さんは違うようです。戦に勝ったのに、軍の雰囲気が良くありませんでしたし、アデルさんもその件に関して異様に口数が少なかったですから。」

「ふむ……。ご苦労だった。何かあれば真っ先に知らせるようにと伝えよ。」

「わかりました。」

「うむ。護衛を付けてやりたいところだが君に急がせるとなればそうもいかない。イスタで誰か着くようにさせるか?」

「何かあったのですか?」

 レオナールの言動に何かを感じたかポールがレオナールに尋ねた。

 レオナールが無言で書状をポールに渡すと、ポールもレオナールが受け取った時と同じ表情を見せ苦々しそうに口元をゆがめる。

「ポール、ロゼールを呼べ。いや、この者をロゼールの所に連れて行き、治療させろ。カミーユの所に戻す前にロゼールの治療を受けさせた方が皆安心だろう。」

「……かしこまりました。」

 ポールはレオナール意を汲むとレオナールとミリアムに一礼をし、アンナを促しつつ部屋を退出して行く。

 それを見送ったレオナールは――愉快気に口元を綻ばせた

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