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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
192/373

煌く風~無色の戦勝

 落下し動かなくなったアンナの周囲に赤い水たまりが広がっていく。

 ほんの数秒の出来事だったが、アデルは感覚が圧縮されたかの様にその数倍の時間経過を感じていた。しかし。

「貴様らー!」

 状況を認識し、時間の流れが元に戻った瞬間、アデルは叫び声とともにワイバーンを駆り出していた。


 矢の軌道からすぐに発射元と思われる弓兵小隊を見つけると、槍を片手に切り込もうとする。

 すると当然だがそれを守っていた重装歩兵が2人、その前を塞ぐように大楯を構えた。

「どけやぁ!」

 アデルは怒りが渦巻く熱と共に大声を発すると、槍の刃のない部分で重装歩兵の足を払う。更に手綱でワイバーンにテイルスイープの指示を出す。丸太程の太さの訓練されたワイバーンの尻尾はしなりを伴い兵士を襲う。その一凪は如何に重装の歩兵とは言えその衝撃を防ぎきる事は出来ない。

「ぬおぉ!?」

 重装歩兵が弾き飛ばされた。

「やめろ!落ち付け!」

 アデルの次に行動に移ったのはロベールであった。

 ロベールはアデルと弓兵の間に割り込むと、怒声をあげ、武具を捨て両手を広げてアデルの進行を妨げる。

「チッ」

 アデルは一度舌打ちし、ロベールを避けるべく高度を上げようとしたところで気付く。

 先ほどまで晴れていた空は灰色に変わり、粒の大きな雪が降りだしていることに。凶事の前触れだろうか?嫌な予感がする。

 テラリア大陸の中でも比較的暖かいコローナ南東部、況して湿った風がぶつかるような山もないこの地域に雪など前代未聞だろう。

 それが今、小高い丘に降り注いでいる。張り詰めた冷たい空気が肌を刺すと同時に、嫌な緊張感が一気に高まる。


「ひ、ひぃぃぃぃ~~~!?」

 アデルの後を見ていた弓兵が悲鳴と共に矢を番える。

 恐慌というものは伝播するものである。況して直前にそれに特化した精神系の闇の精霊魔法を受けた者たちには些細なことでその恐怖が揺り戻す可能性が高い。

 魔法自体の効果時間はとうに過ぎていたとしても、その時に覚えた得体の知れぬ恐怖は何かの拍子にすぐまた呼び起されてしまうのだ。

 それがその時だった。

 弓兵はロベールの静止も聞かず、いや、聞こえていなかったのか次の矢を構え、でたらめに射た。

 でたらめに――と、言うのは間違いか。当初の弓兵5人のほか、さらに数人の弓兵も同様に、何かを追い払うかのような鬼気迫る表情でほぼ一点に向かって矢を放つ。

「む?」

 アデルは楯を構え、矢の飛来に備えたが、矢はアデルを襲うことなく、低空にいるアデルをさらに飛び越え、アデルの背後へと向かっていく。

 その次の瞬間、アデルの背後から強烈な冷気が巻き起こると、アデルは頭上や脇を白くキラキラと輝きを帯びた風が吹き抜けていくのを見た。


 そこはコローナには珍しい銀世界が広がっていた。

 寒気は決して精神的な負圧から来たものではなかった。そしてアデルがその光景を見たのはこれで2度目だ。

 最初にワイバーンの尻尾で吹っ飛ばされた重装歩兵は幸運だったのかもしれない。

 アデルが見たのは、地面から腰下までを氷漬けにされ、上半身には無数の細かい氷の棘が突き立てられた弓兵が数名。そして仁王立ちし、両手を広げたまま凍っているロベールだった。

「何をしている!先に治療を急げ!」

 後方から怒声が聞こえる。

 寒気と圧倒的な冷気に頭を冷やされたアデルが後を振り返ると、ヴィクトルが楯を構え、第2波の弓を防ぎつつ、アンナを引きずって後退していた。

 地表が薄く白い雪に覆われる中、負傷した者を引き摺って動かしたためか、アンナの周囲だけが赤く色がついている。


 トロールは!?

 ネージュが攻撃され、アンナが落ちた時点でトロールに止めはさせていなかった筈だ。アデルははっとトロールが作った小さなクレーターに目を向けた。

 トロールは立っていた。後を振り返り両手を広げ、何かを語りかけている。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 蛮族語なのだろうか?アデルには何を言っているのか全くわからなかった。

 トロールが見上げているのは体高5メートル、体長や翼長ならその倍はあろうかという白竜だ。

 白竜はトロールの言葉が鬱陶しいとばかりに眉間に皺を寄せると、そのままその上半身を噛み千切った。


『竜人が――お前たちを――破滅へ導く。』

 その言葉がフラッシュバックしたか、残りの弓兵や数人の魔術師が一斉に白竜へと攻撃を図る。近接部隊はまだ状況が飲み込めていないか、或いは初めて目にする竜に怯んでいるのか行動に移れない。

 詠唱が進み、魔法発動の前兆現象が現れると、白竜は咥えていたトロールの上半身を吐きつけ、2人の魔術師をなぎ倒すと、自身を攻撃しようとする者“のみ”を正確に狙い、仕留めていく。

 動ける弓兵がいなくなったところで周囲はさらに凍りつく。

 状況を――理解したのだ。


 白竜がアンナに首を向けると、アデルも我に返りすぐにアンナの元へ移動する。

 アンナはヴィクトルに抱えられ、ブランシュの治療を受けていた。

「対応が適切でしたので命は大丈夫だと思います。が……」

 ブランシュはアデルにそう言うと白竜に視線を向けた。

 最初に空気を読めたのはブリュンヴィンドだ。

 ブリュンヴィンドはオルタを乗せたまま白竜に近づくと軽く飛び上がり、白竜の頭を軽くつつく。そしてそのまま、誘導する様に東へと羽ばたく。

「え?え?ちょっと!?」

 背中に乗せられたまま、飛び下りる機会をなくしたオルタが困惑の声を上げるが――

 ブリュンヴィンドは白竜を伴い東へと飛んで行った。




 制圧目標であった南陣地は完全に陥落していた。

 大将であったトロールも上半身を噛み千切られては生きている訳もなく、それ以外の敵兵も総て淘汰されている。

 残されたのは東征軍と両陣営の死者・負傷者、そして数体の氷像だ。

「砦は陥落した!中隊長は損害の状況を纏めろ!その他の者は負傷者の治療と、敵兵の止めに掛かれ!」

 そこには戦勝の興奮はなかった。ただカミーユの指示がいつも以上に響いた瞬間、ロベールだったモノが崩れ落ちた。



「貴様~!!!」

 戦闘に生き残った者たちが次の行動に移ろうとした瞬間、ジーンが怒声を上げてアデルを殴りつけた。

 半ば放心状態だったアデルは虚を突かれ、それを回避できずに食らいよろめくとジーンを睨み返して無言で槍を構えた。

「やめろ!」

「やめないか!」

 ジーンをヴィクトルが、アデルをラウルが止める。

「貴様ら!何をしている!やめろ!」

 その様子に気づいたイベールが慌てて掛け寄ってくる。

「貴様が!貴様らが!ジャンとロベール様をっ!」

 ジーンが声を荒げる。

「……ジャン?あいつは完全に自滅だろ?ロベールさんには……確かに申し訳ないが、先に仕掛けてきたのはそっちだ。」

 突き放すようにアデルが答える。

「なっ!?」

「「やめろ!」」

 アデルの答えに反応したジーンがヴィクトルの拘束を振り切ろうと暴れるが、ヴィクトルの方が上だった。イベールも同時に2人の争いを止めようとする。

「ヴィクトル、エドガー、こいつを連れていけ。それからアデルだったか?頭を冷やしたらあとでエルランジュ将軍の所に出頭しろ。」

「…………」

 ヴィクトルとエドガーがその指示に従いジーンを連行する。アデルは黙ってイベールを睨むだけだった。

「アデルさん。少なくともアンナさんが死ぬことはないと思います。少し落ち着いて、あなたに確認したいことがいくつかあります。」

 ブランシュがそう声を掛けると、アデルは伸縮槍をたたみ、しまう。それを見てイベールは本来の仕事へと戻っていった。

「確認したいこと?」

 アデルはブランシュにそう返事をした。


 ブランシュはまず、アデルに座るように促すと、アデルの膝にアンナを返した。アンナのレザースーツの左脇腹部分には矢が貫通していたことを示す穴が前後に開いていた。

 アデルは周囲の視線を遮るように身体全体で極力アンナの姿を覆い隠しながら、スーツのファスナーを下げて傷口を確認する。

 その様子にラウルやブランシュは驚いたようだが、ラウルは気を使ったか、あえて視線を別の方向へと向けた。

 少なくとも前側の傷は塞がっているようだった。背面を見るにはスーツを全部脱がせる必要が出てくるのでこの場ではやめておく。

「助かった。有難う。」

 アデルはブランシュに礼を述べる。

「礼には及びません。これが私の役割ですので。ですが……」

 ブランシュは微かに首を横に振りながら言う。

「場所があまり良くありません。もしかしたら後遺症が出る恐れがあります。絶対に無理はさせない様にしてください。」

 ブランシュの言葉にアデルはゾっとした。

「後遺症……?」

「飽くまで可能性です。もし目を覚ました後、変調を訴えるようでしたらすぐに神官か医者に相談してください。」

 ブランシュによると、貫通した箇所が重要な臓器がある部分との事で、内臓機能低下や不妊になる恐れがあるという。命には代えられないが……大いに不安が残る。

「さて、確認したいことなのですが……」

 アデルがアンナのスーツをもとに戻すとブランシュはそう切り出した。


 ブランシュの質問とアデルの答えはこうだ。

「ネージュの竜化について何か知っていますか?」

「――竜化はこれが2回目。少なくとも任意で竜化はできない様だが……前回は俺が死にかけた時で今回がアンナが死にかけているからその辺りの何らかの感情がトリガーだと思う。」

「先ほどのトロールが『シルビア様の様に美しい、見事な造形だ』などと言ってましたが心当たりは?」

 どうやらトロールが何を言っていたか……つまりは蛮族の言葉をある程度は聞き取れるらしい。

「知らない名前だが……元々あの魔の森の竜人勢力の中でいびり倒されていた様だから関係者くらいはいるだろう。」

「なるほど……」

「グリフォンと共に去ったようですが、心当たりは?」

「方角からして、グルド山、ブリュンヴィンドの生まれ故郷のグリフォンの群れの巣だと思う。」

「彼女らは戻ってくると思いますか?」

「……少なくとも1度は戻ってくると思う。明日の朝には竜化も解けているだろうしな。」

「任意で制御できなくても……ですか?」

「……ぶっちゃけ、意識を手放すと――深く眠るだけでも元に戻るっぽい。」

「そうですか……ですが……」

 ブランシュはネージュの事情を理解したような雰囲気で言いながら最後にこう言った。

「あの子は竜人ではないのかもしれません。少なくとも“普通”の竜人とは考えにくいです。」

「どういうこと?」

 予想だにしなかったブランシュの言葉にアデルは眉を寄せる。

「竜人よりも、本物の竜に近い気がします。少なくとも、氷を吐き、ごく狭い範囲とは言え天候を操る竜人など聞いたこともありません。竜ならば珍しくもない話ですがね。」

「竜が人間に化けているとでも?だとしたら今迄の逆ってことか。竜化が稀にしか行えないのだから。いや、普段は能力を抑え隠している?……ないな。」 

 ブランシュの言葉にアデルは竜化と人化の比率が逆なのかという説をイメージするがすぐに否定した。氷を吐き、周囲を北国の冬の姿に変えるとう竜人が本当に存在しないならレイラが別の答えを出していた筈だ。

 レイラはネージュの竜化を『珍しい』と評したが、否定は一切しなかった。ブランシュのその辺りの知識の広さは目を瞠るものがあるが、竜人に関してはレイラの方が上だとアデルは考える。また、能力を隠しているという部分も初回のネージュの様子、自分でも驚いた上にかなり困惑していた様子を思い起こせば考えにくい。

「まあ、参考にはさせてもらう。もしまた話す機会があればそれとなく探ってみようとは思うけど。現時点では何とも。」

 アデルはブランシュに肩を竦めて見せた。


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