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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
191/373

墜落

 本隊は上から強い圧力を受け徐々に押し戻されつつも、重装部隊をサポートする形で連携した歩兵が味方の隙間をうまく活かして敵の数を徐々に減らしていく。

 ネージュとアンナが敵本隊の頭上や背後を脅かす形で結果として本隊支援に回ると、その速度は徐々に加速していった。

 一方で第2部隊は高機動力部隊が歩兵部隊の到着を待たずに丘を駆け上がると、鎧袖一触で敵第2部隊と遊撃をほぼ駆逐していた。第2部隊先行隊は存分に敵の2陣を食い散らかすと、膠着している本隊の戦いの側面を突こうと南へと向きを変える。

 時刻は正午を少し回ったころ。南を向けば第2部隊と敵本隊の中間付近でそそり立つ巨大な影と飛び回る翼竜の影が攻防を繰り返している。

 否、“攻防”は起きていないか。周りを飛び回る邪魔者を払い落とそうと巨人が武器を振り回すと、それを縫うように翼竜が飛行しつつ、その背中の上から伸びる槍が巨人に腕や首に傷を負わせていく。どちらもガードなしでただ攻めている状況だ。

 しかしその翼竜の攻撃を妨げようと本隊から小さな影――飽くまで翼竜と比べれば、だが――が空から翼竜に襲い掛かった。



 敵将トロールの両脇に控えていた石像が2体同時に空へと浮かんだ。

「石像動き出しました!」

ガーゴイルの動きを最初に察知したのは周囲警戒を主任務としていたアンナだ。

 2体のガーゴイルはそれぞれ、ギガースとケンタウロスの残りを支援すべく乾いた砂と共に舞い上がる。

「ブリュンヴィンド!」

 ギガースと少し離れたところで遊撃の雑兵を相手にしていたオルタが叫びながら左手でブリュンヴィンドを呼び寄せる。

「アンナ!ブリュンヴィンドが着地したら乗り込む瞬間に煙幕弾を頼む!」

 周囲に敵が少ない場所を選んでブリュンヴィンドが着地するとオルタは敵遊撃との乱戦を離脱してブリュンヴィンドに乗り込む。オーガがその無防備となる一瞬を攻撃しようと駆け寄ろうとするがそこにアンナが注文通りの煙幕弾を投げつけた。

「石像相手なら俺の方が有利っしょ?石像は任せて!」

 オルタは素早く離陸を済ませると、アデルの近くに移動して声を掛けた。

「頼んだ。釣りだせるようなら釣りだしてくれ。」

 半径の小さい旋回からギガースの懐に潜り込もうとしたワイバーンを後方上部からガーゴイルが狙う。しかしそのガーゴイルの側面をオルタが剣の鞘でぶっ叩く。金属製の重厚な鞘は下手な鈍器よりも打撃力に優れる。矢や安物の剣など意に介さない石の身体もこれには相当なダメージになる筈だ。

 ガーゴイルは中空を数メートル吹き飛ばされ、体勢を大きく崩したが致命打という訳ではなかった様だ。ギガースの影に隠れて体勢を整えると、再度浮揚しアデル達の上を取ろうとする。

 しかしそこは石の魔物だ。風の精霊の加護も受けたブリュンヴィンドの機動力に敵うべくもない。アデルを狙おうとするなら常にオルタ達がその背後を脅かす構図になった。

 これがネヴァンやハルピュイアなど己の意思を持つ魔物なら相当のプレッシャーになる筈だ。しかし、石像の魔物は指示された標的以外見向きもしない。

「空の敵は任せる。巨人はこちらで受け持とう!」

 アンナの放った煙幕弾の効果が切れると同時にラウル達とヴィクトル達が駆け寄ってくる。

「フン。巨人と石像は任せた。大将は俺が貰う!」

 注意が完全にアデルに向いているギガースの隙を縫い、ヴィクトルが脹脛に一太刀浴びせつつその横を抜けていく。

「負けてられるかぁ!」

 ヴィクトルの後ろをジャンとジーンも抜けていく。彼らはそのまま大将首を狙う様だ。

 ヴィクトルの攻撃の傷をブレーズが更に抉ると、ギガースの注意は完全にそちらに移る。

 咄嗟の反応と行動が生死を分ける巨人相手にほんのわずかの時間でも行動――移動までにラグが生じる騎乗戦闘は危険と踏んだか、ラウルとジルベールはブレーズに注意が移った時にはすでに馬を降りて巨人の膝から太腿辺りに激しい攻撃を加えていた。


 一方空の方、ガーゴイルはというと、トロールの命令に忠実の様で飽くまでギガースのサポートを行う様だ。ギガースを直接攻撃する者を狙うように動く。ガーゴイルはアデルやオルタに構うことなく、ギガースの棍棒を最小限の移動で避けた筈のラウルの頭上に石の拳を叩き込もうとした。

 ガキィーンと硬い音が響くと、相当な力なのだろうかラウルの楯が押された。想像以上の力だったのかラウルが体勢を崩す。

 ガーゴイルの力と重力に任せた拳の振り下ろしに、ラウルの膝のバネが少し押さえつけられたところを狙いギガースの蹴り上げが襲う。

「あぶねぇ!」

 ジルベールは思わず両手を空け、咄嗟にラウルに飛びつきラウルごと転がる様に蹴り上げのラインから出る。しかしそこへ狙いを付けたかのようにガーゴイルが追撃を行う。

 ガーゴイルの拳がジルベールの無防備となった背中を叩きつける直前。

「させるか!」

 オルタがガーゴイルを掬いあげる様に、降下の勢いという助走を加えたゴルフのティーショット、或いはポロかと思わせる様な全力スイングをガーゴイルに見舞う。

 それが腕を突きのばしていたガーゴイルの無防備な側頭部に炸裂すると、頑丈が取り柄のガーゴイルも吹き飛ぶ間もなく頭部が完全に砕けていた。

「ちょっ!?」

 頭部を失い、身体を動かす能力を失ったか、ガーゴイルはそのままただの壊れた石造に戻り地に落下する。真下で体勢を崩したまま攻撃に晒されていたジルベール達だが、オルタの強烈な打撃の衝撃で降下・落下の軌道がずれたおかげでなんとか巻き込まれずに済んだ。そのすぐ足元に頭部のない石像が重い音と共に落下する。。

「直撃貰うよりいいけどさ!?」

 慌てて武具を拾いなおしながらもジルベールが口を尖らせる。その間にラウルは起き上がり武具を持ち直す。その間にアデルは蹴り上げで無防備になったギガースの軸足の内腿に深く長い傷を与えて離脱していた。

 内腿という比較的表皮が弱いところを切り裂かれるとギガースは大量の鮮血を噴き出させる。体勢を立て直したラウル達もすぐにその足に攻撃を加えると、ギガースはついに自重を支える力を失い膝から崩れ落ちる。ガーゴイルの邪魔もなく、こうなれば地上部隊だけもで処理は容易だ。

「見事だ。後は任せてくれ。あっちの支援を!」

 膝をつき、左腕で自重を支えるギガースをラウルが攻め立てる。苦し紛れに右手の棍棒を振り回すがその動きに先ほどまでの勢いはもうない。残酷だがこうなればあとは解体作業だ。トロールと連携が出来ていれば或いは治療魔法の支援もあったかもしれないが、そのトロールには既にヴィクトル達が襲い掛かっていた。

 トロールの指揮に精彩が欠けてくると本隊も次第に東征軍有利となって来る。前線のラインも徐々に押しあがりすでに坂を乗り超え比較的平坦な頂上部に移っている。あれほど厄介だったケンタウロスの群れもネージュやアンナの攪乱と支援のもと、重装騎兵が力で捻じ伏せていた。


 状況はすでに押せ押せムードになりつつある。ラウルの言う通りギガースや敵側面部隊は後続に任せ、アデルとオルタは本隊の側面支援に向かうべくそれぞれの騎獣を浮揚させると左右に分かれ2人で半周ずつ、一つの大きめの円を描くような機動でトロールの側面を脅かしに行く。

 トロールはギガース程大きくないものの、体高は3メートルを優に超えている。人間なら両手で何とか扱えるという様な剣を右手で振るい、左手には重装騎兵が装備する様な大型のタワーシールドが握られていた。

 ヴィクトルやジーン、ジャンの他何人かの兵士が大将首を取ろうと殺到していたが、雑な突撃は踏み込みからの一閃で全て薙ぎ払われた。金属鎧をまとっている複数の兵士が大剣の一閃で真っ二つにされてしまう。

 大将首が欲しいのは皆同じだ。しかし、中途半端な実力の者が挑み返り討ちに合うのは逆に味方に迷惑だとも言えた。

 最初に接敵しつつも、慎重に間合いを計り隙を詰めてトロールを追い込んでいた筈のヴィクトルやジーンは勢いに任せトロールに群がる味方の位置取りに少々苛立ち始めていた。

 そこへ空から挟み込むように接近する敵にトロールが反応する。トロールの注意が空の2方向へと向けられた隙に一気に勝負を掛けようと何人もの兵士、そしてジャンが詰め寄る。


 トロールが嗤った気がした。

 ヴィクトルは直感で素早くトロールから距離を取る。トロールは左手の楯でジャンたちの攻撃を易々と受け止めると、反対側を剣で薙ぐ。例によってあっけなく3人が真っ二つになるが、大将首を前にした兵士たちは止まらない。その3人の死を前提としていたかのように距離を詰めると一斉に武器をトロールに突き伸ばした。

 しかしそれは罠だったのだ。トロールは空中に気を取られた振りをしながらわざと隙を作って見せただけだったのだ。

 次の瞬間――トロールを中心に、エーテル弾をも凌ぐ強烈な爆発が“トロールの周囲”を襲った。


 “神力爆発”。火の神、武の神マーズが己を信仰し、自らを鍛え抜いた者に授けると言われる、投射能力のない爆発魔法だ。射程を持たない代償なのか、その破壊力は凄まじかった。

 直前に直感で距離を取り構えていたヴィクトルでさえ、爆風で数メートル吹き飛ばされ、その熱で浅からぬ火傷を負う。


 炎の渦が消え、ヴィクトルの視界に周囲の映像が戻った時、そこにあったのは半径にして3メートルほどのクレーターとその中央で仁王立ちするトロールの姿だった。

「なっ……」

 トロールに詰め寄っていた兵士、そしてジャンは跡形もなく消えていた。その光景にジーンは呆けたようにフラフラと後ろ下がると、尻餅をつきうつろな表情を浮かべていた。




 その時だ。事件――後に事故と処理されることになるが――が起きる。


 周囲が綺麗に吹き飛ばされ、ニヤリと嗤うトロールに東征軍のあらゆる追撃の手が止まったのを尻目に上からネージュが飛び込みトロールの右腕に蛇腹剣を絡める。

「あっ!」

 状況を確認しつつ、攻め方を考えていたヴィクトルが思わず声を上げ、動き出そうとした瞬間、ネージュは今迄ディアスやラウルにやられた逆をして蛇腹剣の縮みを利用して一気に背後に回ると、勢いそのままに左手のミスリルソードで一突きにしようとするその時だった。

 5本の矢がトロールの背後を、ネージュを狙うように放たれた。

「「「え?」」」

 多くの者がその光景を疑問符と共に一瞬呆けて見届けてしまう。

 咄嗟に反応したのはアンナだ。アンナは楯を構え自らその射線を塞ごうとする。


 5本の矢の内、1本は事前に使われていた“矢避け”の風魔法に逸らされた。

 2本の矢はアンナの決して大きくはない丸楯に弾かれた。

 そして1本はアンナから逸れトロールの足元に突き刺さった。

 しかし――

 5本のうちの1本が楯を外れ、そのままアンナの脇腹に突き刺さり背中まで突き抜けた。

「「「なっ…!?」」」

 次の瞬間、アンナの身体は地面に落下すると、落下の弾みで口から大量の血が吐き出される。



 周囲の空気が凍り付いた。

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