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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
190/373

駆け上がる

 第4陣地、午前8時前。

 カミーユの“お遣い”を全て無事に済ませたアデルは仲間とケンタウロス3体、ラウル隊、そして何故かイベールやヴィクトル、その他第4陣地の多くの者と共に陣地の外れにいた。

 カミーユの書状をイベールに渡したことで、最終決戦が正午開始に再設定されたこと、そして攻撃開始の手筈は周知された。

 これから王宮の軍需物資管理官から預かった8個の煙幕弾の内1つを試用しようとしたところで、『抜駆け部隊が何かやらかす』と噂を立てられ、多くの者が集まることになってしまったのだ。


「まあ、いいけどさ。せっかく1つを使うなら実際多くの味方に効果は知ってもらった方がいいしな……」

 口ではそう言うが内心深いため息をつきつつアデルが言う。

「使い方はこの安全ピンを引き抜いた後に強い衝撃を加えることだそうだ。ピンを抜けば簡単な衝撃で発動するらしいから、地面に叩きつけたり投擲するかで起動する筈だ。」

 アデルは仲間に聞かされた使い方の説明をした。勿論、聞かされただけで実際にそれを目にしたわけではない。やはり試用許可は取っておいてよかった。

「さて、使いどころはお察しの通りだ。ハンナと……」

「ピートとウルシュラだって。」

 アデルの意図をすぐに理解したネージュがそう伝える。

「よし、その3人はそこに並んで弓を構え、空弦を撃つ準備をしてくれ。ネージュは好きなタイミングでそれを使い、離脱を想定してみろ。3人はそれをどれだけ追えるかテストだ。」

「りょ。」

 ネージュはテニスボールほどの大きさの煙幕弾を左手に握り準備する。一方煙幕弾をぶち込まれてテストされるケンタウロス勢は嫌そうな表情だ。

「安全性は高いらしいから毒はないと思うが……」

「ん?これ意外と使いにくい。」

 アデルが少し口を開いたところでネージュが眉をしかめた。

「剣を振り回した後、ピン抜いて叩きつけるんでしょ?手が一本足りない。」

「むう。確かに……改良の余地はありそうだが……今回は仕方ないだろ。ピン自体は長めでも引き抜きだけなら口で加えてでも抜けるらしいから一度イメージして練習してみるしかないな。」

 ネージュの言葉にその手の内に収まっている煙幕弾をのぞき込んだアデルが言う。確かに右手が塞がっている状況で、特に離脱が必要な緊急時にこの前動作は少々不便だ。

「ふむ。よし。やろう。」

 一連の動作のイメージが出来たか、ネージュは訓練用の蛇腹剣を手に取り、煙幕弾をベルトのポケットにしまい浮揚した。

 ケンタウロスを少し離れた場所に移動させ、試用を開始する。


 ネージュは空中で一振り、着地して一振り蛇腹剣を伸ばさず、ケンタウロスに当てない様に薙ぐ動作をし、左手で煙幕弾を取り出し、ピンの端、輪になっている部分を口で咥えて引き抜くと、強めに足元へ叩きつける。

 着地した煙幕弾はブワッと一瞬で周囲数メートルに煙を展開した。ネージュは地面を蹴り羽ばたきながら離脱をする。

 煙幕の範囲と濃度は範囲内の者の視界を塞ぐには充分。しかし、ネージュが羽ばたく毎にその風で周囲の煙が1秒ほど押し出されてしまった。煙はその位置にとどまるようにできているのかすぐに復元されるように周囲の煙がそのスペースを埋めなおしたが、飛行による離脱には少し問題が出そうだ。

 ハンナらケンタウロスからも、視界は完全に塞がったが、風を追えばある程度の狙いは付けられるのではないか?と言われた。ただし、最初の攻撃で負傷したなら話は変わるとのことだ。

 上空から俯瞰していたアンナは『範囲は半径も高さも5メートルくらい。高さがある分、羽ばたいても上からは見えないけど』と伝えた。

「……わかった。」

 彼女らの評価を聞いてネージュは少し思案して言う。

「イメージは掴めた。あっちの密度次第だけど、3体くらいは処理したい感じかなぁ。あんまり欲張らない方がいいかも。」

 ネージュの結論はこんな感じだった。



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 正午からの総攻撃に向かうべく、第4陣地にいた第2部隊は少し早めの昼食を取り、決戦の場へと向かった。

 敵拠点のある丘の手前500メートル程、打ち合わせ済みだったのだろう。昨晩の戦闘シミュレーションの配置図の第2部隊初期位置と思われる位置に第2部隊は集合していた。

 先頭はヴィクトルやジーンの他、少数の騎士・騎兵が陣取っている。その後ろに国軍歩兵中隊が待機し、そのすべてを見渡せる位置で騎乗したイベールが軍全体を統括している。

 国軍とは少し離れて傭兵団が陣北側左翼、ラウルらを含む冒険者が陣南側右翼、それらを中隊として扱い、その指揮を執る副官がそれぞれの位置に配置されていた。

 アデルらは本隊北側、ちょうど味方に隠れる位置に徒歩で従軍していた。ハンナ達アデル傘下のケンタウロス3体は軽めの拘束の上、兵士数名の監視の下待機とした。今回の相手は彼らの氏族長であるため、一度は離反を決めたとはいえ、元々の族長に檄を飛ばされたら寝返りかねないという東征軍の懸念と、ハンナの出来れば同氏族とは戦いたくないとの言葉に対する双方への配慮だ。


 望遠鏡で南を確認すると、700メートルほど南、やはり昨晩の配置図の本隊の予定位置に本隊200人余りが待機しているようだ。

 程なくして最終確認的な偵察に上がっていたネージュが第2部隊に戻って来る。敵軍もすでに配置を済ませており、拠点で防衛を行う様だ。こちらに合わせて布陣を大きく分けて3つに分けているという。トロールはこちらの本隊と正面からぶつかる敵本隊の中央に、2体の有翼の魔物に守られるように陣取っている様だ。ブランシュによると、ケンタウロスが“石の魔物”と発言していたことからガーゴイルではないかと話である。

 ガーゴイルは石像に化ける有翼の魔物で、石像化していなくても表皮は石の様に固く刃物武器が効きにくく、魔法にも一定の耐性を持つという魔物だそうだ。力もあり、小間遣いと油断はできないとのことだ。

 その本隊が凡そ100、他にこちらの正面に第2防衛隊50、中間に遊撃に30とギガースが1体。現時点でガーゴイル以外の有翼種は見当たらなかったとの事だ。


 同様の報を本隊に伝えた後にアンナが戻って来る。これを以て作戦開始だ。

 

 作戦の初めは行軍ではない。イベールの案で北部から強襲しに来たケンタウロスの捕虜4体の本隊への護送完了を以て行軍開始の合図となる。敵ケンタウロスに対する揺さぶりだ。

 恐らくケンタウロスの視力なら、個人迄特定できなくとも同族が捕らえられ護送されている姿は確認できるだろう。自分の氏族の者ではないので動かない可能性が高いが、万一でも釣りだせればラッキーと言ったところか。

 敵味方の意識がそちらに向いている間にアデル達は準備を進める。

 まずは煙幕弾を分ける。オルタに1、それ以外の3人に2個ずつだ。また王宮からの戻りに寄ったイスタでダメもとで打診した火炎樽を2つ譲ってもらえることになり、専用のハーネスと共にワイバーンに装着している。この為、ワイバーンに騎乗するのはアデルとなる。ブリュンヴィンドはオルタに任せる。オルタは場合により飛び降りて地上戦を行うことも想定していた。発声を含む、他者に干渉しようとするだけで効果が切れてしまう“不可視”の魔法を理解でき、運用できる騎獣がブリュンヴィンドだけであるため、敵陣に突っ込むのはオルタになる。奇襲攻撃はネージュが行い、オルタが攪乱、アンナが離脱の支援を行う。

 アデルは相手の注意を引き付けるべく、敢えて“不可視”なしでケンタウロスの射程外と思われる位置(距離・高さ)で待機することにした。



 アデル達がこっそりと準備を整える間に護送は完了したようだ。やはり敵は動かない。しかし、捕虜の受け入れを以て行動開始とばかりに本隊が移動を開始する。本隊の正面を担うのは重装槍兵、その両翼に重装騎兵が槍兵のペースに合わせて進む。大楯と長槍で固めた前線のすぐ後ろを弓兵や魔術師など数少ない遠距離攻撃が可能な者が続き、彼らとすぐに交代できる位置に歩兵が続く。アデルが昨日取った策だ。


 丘の100メートル手前で前衛部隊が加速した。突撃開始の合図だ。

 丘の傾斜は200メートルほどで高さが70~80メートルほど上がる。勾配率は約40パーセント、傾斜20度を超える急坂だが、先陣を行く重装兵は気勢を上げると楯を掲げて一気に駆け上がっていく。

 重装兵が丘を登り始めたタイミングで上から矢が真っすぐに飛んでくる。金属すらも貫く必殺の矢だが、矢に対して垂直に受け止めるのではなく、なるべく楯を傾け矢を逸らす様にして進む。普通に構えるよりも相当疲れる姿勢での突撃となるが、敵陣に着くまでに負傷しては元も子もないのだ。

 矢は物量に任せた矢の雨ではなく、まさに確殺を狙う必殺の矢だ。中には逸らしきれず楯を貫く矢もあるが、そこは最強装備の重装兵、楯を抜かれても鎧や兜で止める。幸い最初の斉射による犠牲者は出なかった様だ。

 

 ケンタウロスたちの最初の斉射が終わったあたりで列のその中央から煙が上がる。煙幕弾だ。

 ケンタウロスの指揮を執っていた者が狙いを付けて矢を放ち、その結果を確認しつつ矢筒に手を伸ばした瞬間をネージュが襲ったのだ。

「むっ!?」

「チッ」

 しかし結果は芳しくない。風を読んだかリーダーはすぐにネージュに反応し回避を行った。幸いだったのはネージュの武器が変則的な間合いを持つ武器だったため、その背に多少のダメージを与え驚かせたことだろう。ケンタウロスが一瞬怯んだ隙にネージュの当初のイメージとは少しずれたが下段の攻撃を行う。リーダー以外に巻き込まれた3体は避けきれずに4本の足の1~2本に深めの傷を負う。もう1度追撃をと考えたネージュだったが、リーダーの動きは思いの外素早く、弓を捨て剣を抜き突きの態勢をとられたところでネージュはそれ以上の攻撃を断念し、離脱に移った。

 蛇腹剣の戻りを待たずにバックステップすると同時に左手で煙幕弾をケンタウロスのいる地面に叩きつけると、羽ばたきで煙をケンタウロスたちの方に吹きつけ、次の跳躍で斜め後方へと離脱した。

 10秒ほどで煙が晴れると、上空にやはり不可視で隠れていたオルタが次弾となる2発を隙間の空かない様にうまく着弾させた。

「どうだった?」

 オルタの問いにネージュは険しい顔で首を横に振った。結局1人も仕留めることは出来ずに奇襲は失敗に終わる。

「大物を狙ったんだろう?しゃーない、残りの煙幕弾で狙撃を邪魔して一度戻ろう。」

「ん。」

 その立ち上る煙を確認して第2部隊も突撃を開始する。同時に動き出したのがアデルだ。軍にとっても、そして自分たちにとっても何より一番の脅威はケンタウロスの狙撃だ。

 オルタの落とした煙幕が晴れないうちに高度を一気に速度へと変え、滑空すると、十分な高さからワイバーンのハーネスの部品を外し、ワイバーン右脇に搭載していた火炎樽を投下する。


 火炎樽は飽くまで可燃性の液体に衝撃で発火する着火剤で火を付け周囲に飛び散らすと言った物でエーテル弾の様な破壊力や殺傷力はない。

 譲り受ける時に駐留軍司令のスヴェンにエーテル弾の話を聞かせたらかなりの関心を見せていた。詳しく聞かせれば火炎樽のお礼の土産話にはなるだろうが、それは無事に仕事を終え帰還してからだ。

 さて、その火炎樽だが派手さはないがいい仕事をしてくれた。

 エーテル弾は一瞬で周囲に破壊をもたらし効果が消えるのに対し、火炎樽は半径こそ広くはないが、その場所に一定時間、1メートルほどの高さの炎を維持することが出来る。その間に他の物に引火すれば火はさらに長い時間その場に残ることになる。


 煙幕が晴れて視界が戻ると、下はなかなか酷い状況になっていた。

 1体のケンタウロスの下半身に引火し、炎の上で転げまわっている。それを助けようと別の2体のケンタウロスが火の領域から引き摺り出そうとしていた。アデルとしてはこれを許すつもりはない。心を鬼にしつつ、もう一方の火炎樽を投下する。

 ケンタウロスのリーダーがそれに気づいたか、すぐに剣を弓に持ち替え、樽が落下する前に撃墜を試みた。しかしそれが仇になる。火炎樽は空中で破壊され引火した液体を周囲に飛び散らせながら落ちていく。

 分散したため火勢はないが、その分広範囲に火の雨が降り注ぐ。アデルはここぞと煙幕弾も投下し、敵の救出を阻害し更なる時間を稼ぐと、パーティに離脱を指示した。


 奇襲で敵の数を減らす事こそ失敗した者の、結果として3発の煙幕と2発の火炎樽の効果で狙撃が1分近く止んでいた。その間に味方重装歩兵もかなりの距離を稼いでおり、すぐ後ろの弓隊や魔術師隊が有効射程に飛び込んだか、遠距離攻撃を開始する。

 散発的な爆発魔法と矢の俄か雨は殺傷力こそそれほどではなかったものの、ケンタウロス隊、そして周囲の敵中隊の動きを阻害するには十分だった。

 遠距離攻撃隊は自分の仕事を終えるとすぐに後ろへ下がり、代わりに歩兵が重装歩兵と共に勢いを付けて接近すると、ここぞとばかりに花形である両翼の重装騎兵隊が突撃を仕掛けた。

 丘の上へ登り切ろうとする東征軍本隊に対し、蛮族軍はリーダーであるトロールの指示で2~3小隊が武器を構え丘を駆け下りてきた。特に重量のあるオークの突撃は上を取った者の強みとばかり強烈な圧力を東征隊へと加える。最前の重装歩兵らはなんとかそれを受け止めたが、そこで東征隊の勢いが止まると、敵後続の一部も突撃を開始し、丘を登りきる前に本隊同士の本格的な激突が始まってしまった。

 足元の障害となるような物はないが、上向きに行わざるを得ない攻撃と、上から重さを活かした敵の攻撃は地味に前衛の体力を削っていく。



 一方、第2部隊はヴィクトルを始めとする騎士・騎兵が先陣を務めた。ケンタウロスが本隊の迎撃に向かっていたためこちらはゴブリンの投石と少数の弓矢程度の遠距離攻撃しかこない。その程度で一騎当千を地で行く彼らの突撃を妨げることは不可能だ。その少し後方からラウル隊も猛烈な勢いで加速し、あっという間に丘の上に駆け上がった。

 しかしそれはカミーユや他の副官、そしてアデルやシャルも予想しなかった敵の行動を招くきっかけになってしまう。

 蛮族側の敵本隊、つまりは東征軍本隊の側面を狙うだろうという敵遊撃部隊の矛先が第2部隊先行部隊に向いてしまったのだ。

 エリートを多く配した第2部隊の騎馬隊の突破力は目を瞠るものがあり、ラウル達が到着し一当てした時には、敵第2防衛隊50をあっという間に半壊させていた。しかし、その勢いに釣られてギガースを含む敵遊撃30がその騎馬隊の側面を襲うように動き出したのだ。

 第2部隊の歩兵はだいぶ後方に置いていかれている。勿論、ラウルやヴィクトルらがオーガごときに後れを取るとは思えないが、中途半端な数でギガースを迎え撃つのは逆に被害を増やすことになりかねない。


 それを察したアデルは即座に行動を起こす。昨晩のシミュレーションでは本隊側面を想定していたのだが、矛先が変わったところで彼らがやる事は一緒だ。敵遊撃の味方部隊への接触を防ぐように進路を塞ぎ、群がって来る雑魚を掃討する。

「俺とオルタで遊撃の雑魚は減らせるだけ減らす。ネージュは弓を持ってるやつを探して始末だ。アンナは戦況を確認しつつ、潰せそうな飛び道具持ちを潰してくれ。」

 アデルの言葉に仲間らは即座に行動に移る。

 ワイバーンとブリュンヴィンドは高度を下げ、鋭い爪の一薙ぎでゴブリンの雑兵を纏めて切り裂く。オルタは高度を下げたブリュンヴィンドから飛び降りると剣(鈍器)を振り回しあっという間に残りのゴブリンとオークを吹き飛ばす。

 ネージュは奇襲失敗が余程癪にさわったのか、『弓を持ち狙え』の指示にここぞとばかりに重装騎兵とやりあっているケンタウロスに背後から襲い掛かった。騎士道精神?その様な物あろう筈がない。

 アンナも不可視を解除しつつケンタウロスのリーダーの真上から高圧水流を解き放つ。

 周囲の状況を見たアデルは、敵第2部隊はヴィクトル達で、残った遊撃雑兵はオルタ1人で充分と判断するとワイバーンを操り再び高度を上げるとギガースの首筋真横から槍を伸ばした。ギガースもそれを察知するとその巨体からはなかなか想像できない様な身のこなしで首への攻撃を回避する。この時、ギガースの注意は完全にアデル1人に移っていた。


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