お風呂!
王都編あらすじ
そうだ、王都行こう→熊うめぇ!→護衛依頼うめぇ!→護衛依頼受ける→バレた!?
→実はとっくにバレてた→魔石集めろ。さもなきゃキマイラ10体な。→
なんだ?何かがおかしい……気がする。→
嵌められた!? ←今ココ
襲撃の一件以降の旅程は何事もなく、何事もなかったかのように続いた。
昼の間は馬車10台+1台の縦列で進み、夜には開けたところで夜営をする。その準備の指示も今まで通りだ。
その中でアデル達とオラン達は何とも言えない微妙な表情でそれに従っていた。逆にナミの方は何故か上機嫌の様子だった。
使い捨てのつもりで雇った低ランクが意外な掘り出し物であったことに気をよくしたのだろうか。
アデルの方は、今回の仕打ちはきっちりとブラバドに伝えておこうと心に決め、あとはどれくらい“危険手当”を積むかが問題だななどと考えている。
オラン達は自分たちの強さを見せつけることが出来て少し得意げになったようだ。実際、賊を仕留めた数はアデル達の倍に近い。賊を追い払う最大の功績者であったと自認したのか、ナナは前にも増して偉そうになった。時々、アデルにもわがままを言おうとしてくるが、アデルはうまく矛先をオランに誘導しつつ適当に受け流している。
ナミ以外の手下は本当に何事もなかったかのように振舞っている。ただ、ネージュの首に刃を突き付けた男は知らぬ間に姿を消していた。アデルは機嫌の良さそうなナミにそれとなく聞いてみると、隠すこともなく、個人で雇っているレベル32の《暗殺者》であると教えてくれた。《暗殺者》というクラスに商会の人間は『ほう』と返した理由はその辺りにあったようだ。
それを聞いたネージュは『へぇ……』と感心したように声を漏らすのみだったが、全く気付かない間に背後に、首筋に迫られたことがかなり悔しかった様子だ。夜、見張りに就いている時は今まで以上に神経を尖らせるようになった。この辺はアデルよりもストイックなのかもしれない。
旅程の方はほぼ問題なく進行している。そもそも50人を超える規模の賊がそうそうあちこちにいる訳でもなく、かと言ってこの規模の隊商を10人やそこらの賊が襲い掛かる訳もなく……だ。
アデルが意外に思ったのは、途中立ち寄った村で乞われ、馬車の荷物を少しずつ施して回ったことだった。
「グランのお偉方の袖の下に入れるんじゃないんですか?」
アデルが問うと、
「バカだね。お偉方にはゲンナマの方が効くに決まってるだろ?村にも施して回ってるって訳じゃないよ。……金の代わりに情報を貰ったり流してもらったりするのさ。」
「村に情報?」
「国境付近の兵数。辺境地域の国に対する噂、大規模な賊の発生や活動の噂などだね。逆にこちらの都合の良い情報を流してもらうってこともある。『損して得取れ』って聞いたことないかい?」
「意味はよく分かりませんが聞いたことはあります。でも、それじゃやっぱり……」
「……まあね。あの辺りで規模の大きな賊があるって話は聞いていたさ。信じるか信じないかは勝手だが、一応フォローに入る態勢は取ってあったんだけどね。あの程度の賊に後れを取るような奴はうちにはいないよ。」
「でしょうね……皆商人というよりは傭兵って感じですし。故に最初の指示にはこっちが虚をつかれてしまいましたがね。」
「まあ、奴らの戦力分析をする時間稼ぎってのもあったんだが……まあいいか。あんたたちはともかく、あいつらは仕事を舐めてた雰囲気があったからね。ちょっと脅かしてやろうかと思ったが……逆効果だったな。まあ、思った以上にしっかりやれるようだけど。」
(やっぱりそこまで見抜かれてたわけだ。)
「まあ、危険手当に期待しておきます。馬が怪我をしてたらそれどころじゃなかったでしょうけどね。」
アデルは疑わしいとばかりに目を細めてそう言う。
「そうしてくれ。悪いようにはしないさ。」
アデルの言は、『今回の一件はそれで手打ちにするが、もしそれで被害がでるようなら店に言いつけるからな?』という意味である。そしてナミは正しくそれを理解し答えたのであった。
(『組織やモノを動かすことに長けた戦略家』ブラバドが言っていたのはこう云う事なんだろうか。)
アデルは心の内でそう呟いた。
王都コローナを出発してから20日弱。まずはグラン王国の王都であるグランディアに到着した。国境を越えて5日、グラン王国の面積がコローナ王国の半分弱と言ったところだそうなので、越境後はやはり少しペースは落ちていたことになる。まあ、わざと立ち寄る必要のなさそうな村によって食料を配って回っていたのだから当然と言えば当然か。食料を施すことに疑問を挟む者はアデル以外にはいなかった。隊商の者は当然最初から知っているし、オラン隊他、護衛の冒険者たちもその辺にはあまり興味がないらしい。疑問に思ったアデルも理由を聞き、一応は納得している。
立ち寄ってきた村の状況を鑑みれば、王都グランディアはかなり恵まれているように思える。それでも多くの住民の表情は一様に暗く、商業区を除けばその雰囲気が重いと云うのがアデルにもわかった。
その商業区のカイナン商事グラン支店で残った荷物を降ろすとナミが冒険者たちにこう告げた。
「私はこっちの王都で回らなければならない場所が多い。ここから先はこのヴェンの指示に従って貿易港であるグラマーまで馬車の護衛をしてもらう。そちらで1日積み込み作業をして、またこの場所戻ってきた時点で依頼は完了だ。復路の再契約をするも良し、海でのんびりするもよしだ。グランならコローナの冒険者ギルドのカードがあれば簡単な審査で国境は越えられるからね。積み込みの1日はあんたたちは休日だよ。自分の金で買って帰りたいものがあるなら好きにすると良い。但し、あんまり欲張ると面倒ごとが増えるよ。特に馬持ちのアデル。あんたなら今言った言葉の意味が分かるだろう。」
突然の名指しにアデルはびっくりするが、ナミの言うことは理解できた。港で資金の許す限り交易品を買い漁り、無事にコローナまで運べれば相当額の利益になるだろう。ただアデルは越境の手続きや税に関してはまるで無知だ。“土産”程度なら問題ないが“交易”と認められるような量となるとその辺の厄介事が増えるというのだろう。
「と、いうことでここから先は俺の指示に従ってもらう。まずは引き続きグラマーまで頼むよ。2日もあれば到着するし、この辺りで“うちを敵に回そう”とする奴もそうはいないだろうから気楽に考えてくれ。」
ヴェンと紹介されたのは、最初アデル達がナミの部屋に入ったときに扉を開けて出て行った男だ。恐らく商会の番頭的な存在なのだろう。
「明日の朝には出発するから今日はゆっくりするなり、グランディアを見て回るなり好きにしてくれ。ただ感じている通り今のグランディアはよそ者に対して雰囲気が悪いから下手なことはしない様にしてくれよ。」
そう注意があり解散となった。
カイナン商事の者たちはそのまま引き続き作業に戻る。他の護衛冒険者たちは一様に名物・名酒を味わおうと繁華街に繰り出した。アデルはひとまず今日はプルルを労いつつゆっくりすることにした。ネージュもそれに倣う。プルルをブラッシングし、ちょっと贅沢な食事をさせてやると、ネージュを連れて少しだけ繁華街に出て露店であまり見たことがない、美味しそうな匂いのするものを適当にピックアップして購入し、カイナン商事の用意した部屋に戻って二人で食べた。
「ん。なんか辛い。」
「香辛料をふんだんに使ってますって感じだな。うむ。大人の味だ。」
「はぁ?」
「いや、何でもない。」
それ以外、特に会話もなく黙々と食事をとる二人。
食事を終え、一息ついたところで窓の外を眺め、アデルが呟く。
「海で地名がグラマーか。楽しみだな。」
「何が?」
「いや、別に。まあ、港町らしいし、リゾートや観光の海とはまた違うか。」
「???」
「まあ、楽しみだなっと。そう言えば風呂があるって言ってたな。せっかくだし使わせてもらうか。」
彼らに宛がわれたのは風呂付の2人用の個室とのことだった。商会がそこそこの相手を接客するときに使う部屋らしい。上客やお偉方用にもう1ランク上の部屋も別の場所にあるらしいが、この部屋でもアデル達には破格の待遇といえる。尤も、使えるのは今夜限りであるが。
「風呂?」
「ああ、ネージュは知らんのか……まあ、俺もお世話になる機会はあんまりないからな……」
お風呂というか、お湯は贅沢品である。駆け出し冒険者ではまず利用することはできないだろう。普段は基本的に桶を借りて水を貰い、布で体を拭き清めるくらいがせいぜいだ。
アデルは早速浴場を確認する。浴槽は大人一人が膝を少し曲げて寝転がれるくらいの大きさだ。洗い場もほぼ同様。蛇口があったので捻ってみると水が出てきた。
「何これ凄い」
蛇口と言う物を初めて見たネージュが感嘆の声を上げる。冒険者の店で水が欲しい時は1階の井戸のある水場からその都度水を運ばねばならなかったからだ。
仕組みはわからなかったが、恐らくは魔具を用いているのだろう。ただ、これをお湯に変える装置がアデルにはわからなかった。
「どうやって温めるんだろう?ちょっと聞いてくる。まだ脱ぐなよ?」
アデルはそう言い残すと、一旦部屋を出て廊下に出る。程なくして出会った使用人らしき女性に尋ねる。
「すみません。部屋のお風呂はどのように使えばいいんですか?」
アデルが尋ねると女性は丁寧に応対してくれた。浴槽に水を溜め終わったら受付で加熱用の魔具を借りるようにとのことだ。水の出し方はわかったと告げると、では魔具を用意しますとのことだ。
部屋の番号を告げると、ほどなくして先ほどの女性が拳大の石のようなものを持ってくる。
(これが魔石を加工したものか。というか大きいな……こんなのどんな魔物からとれるんだ?)
今後のために魔石を集めろと言われていたアデルはまずその魔石の大きさ、そしてその加工品である魔具をしげしげと見つめてしまった。
「このサイズの魔具を見るのは初めてですか?お察しの通り大変な貴重品ですので使い終わったら必ず受付まで返してください。」
アデルの様子を見た使用人はそう告げると、魔具を発動させる詠唱に代わる言葉、コマンドワードを唱え魔具に封じられた魔法を発動させるとそれを浴槽の足の方に置く。
「1度の発動で四半時間稼働します。その頃には少し熱めのお湯になっていると思うので適宜水でうめてください。その後はなるべく冷めないうちに入ってしまってくださいね。」
使用人はそう言い残し、部屋の外に出ていった。
「さて……」
それから15分後、アデルは浴槽に手を入れてみる。確かに少々熱い。水を少しずつ入れつつ撹拌棒でかき回しながら温度を確認する。
「この辺りだな。お前も入ってみるか?」
アデルがネージュに尋ねると、ネージュはおっかなびっくりといった感じで浴槽に手を入れてみる。ネージュは湯温を確かめると、
「入ってみる。どうやって?」
と聞いてくる。
「念のため部屋の鍵を閉めてくるから、先に脱いで待ってろ。」
そう言ってアデルが部屋の入口の鍵を閉めると、さっそくとネージュが装備、衣服をすぽぽぽんと脱ぎだす。
「せっかくだし残り湯で洗濯までしちまうか……着替えとタオルを用意しとけ。」
アデルはそう言いながら自分の分の着替えとタオルを用意すると、服を脱いで先に浴室に入るとすぐにネージュも入ってくる。もともと普段からネージュの身体を拭いているのはアデルだ。風呂場だからと特別な色気を感じることはなかった。
(着替え用意しろって言ったんだがな……)
仕方ない奴。と思いながらもアデルはまずは自分の体を洗う。浴室には固めのスポンジと石鹸も備えてあった。風呂なんて何年ぶりだろうか?子供の頃、隣家のおじさんにテラリアの中核都市に連れて行ってもらって以来だ。昔の記憶を頼りに、スポンジを湿らせ、石鹸をつけて洗う。
(あの時はおじさんとフラムも一緒にいたっけな……)
当時、自分が獣人であることを隠していた“妹”を思い出してしんみりする。
湧き立つ泡を不思議そうに眺めながらネージュは翼を畳んで大人しくアデルの様子を見ている。
「よし。お前の番だ。」
アデルはネージュの腕を取り、緩めにスポンジを動かすと、『くすぐったい』と言われる。
「痛かったら言えよ。」
そう言いながら圧を強めていくと、『これくらいがいい』という当たりで強さをキープし、腕、胸、腹と洗ってやる。
(あと5~6年もすれば見られるような体になるのかね……)
平面を磨き上げながらそんなことぼんやりと考えるアデルであった。
お風呂回!そして次回は海回になる予定!
なお色気……。




