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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
189/373

俯瞰と傍観

 進軍継続の報は決断と同時に各方面に伝えられた。

 アデル以外の会議の場にいた将官らは概ね攻勢継続に賛成の様でカミーユの決断の後すぐに次の行動へと移っていった。

 アデルは夜間の移動力を買われ、更なる不測の事態に備えてそのまま第3陣地にて待機を命じられる。ネージュやアンナ、それにハンナの対応にやや不安が残るが、その辺はオルタやブリュンヴィンド、そしてラウルらがサポートしてくれるだろう。何かと突っかかって来るヴィクトルの様子がやや不安ではあるが。


 兵卒の方は第4>第3>第5と士気にかなりの差が見られるようだ。日付が変わる前には第5陣地を制圧していたカルヴェ子爵らが生き残りたちを連れて第3陣地に到着し優先的に休ませられた。彼らは拠点戦の折は前線から外され、救護や輸送等の支援任務に切り替えられる様だが、傭兵団や冒険者の希望者は報酬の為にも前線への参加を希望した。それでも惨状を目にした為か、気力は十分とは言えなさそうな感じだ。

 当初、アデルと共に第7陣地待機予定だったイスタの小隊からも5人の犠牲者が出たとのことだった。深く関わっていないとはいえ、顔見知りらの死者が出るのは久しぶり、況して同じイスタ民、それを守る為に参加していた者たちの犠牲はいつになくアデルの気分も沈ませた。

 遅い時間の有事に備え、アデルはワイバーンと共に先に休ませてもらえることになった。何事もなければそのまま朝まで休んでも良いとの事ではあるが、何かあればその後は明日の決着がつくまでろくに休める機会はなくなるかもしれない。遊撃組は今日1日でも相当の行動を消化しており、テントの用意もせずに風よけと毛布だけですぐに眠ってしまった。




 早朝――というよりはまだ“未明”と呼ばれる時間だろうか?アデルの所に女性がやってきて、『緊急事態ではないが……』とカミーユが呼んでいるとの連絡を受けた。

 アデルは半分……4分の1くらいはまだ寝ぼけたままな感じで女性に伴われて指揮所へと出向く。

 指揮所にはカミーユ以外の姿は見当たらなかった。カミーユは仄かな灯りの中、テーブルの上に敵陣の見取り図を広げ、敵味方の部隊に見立てた2色の凸型の駒を並べて懸命に思案していた。

「将軍。アデルを連れてまいりました。」

 カミーユは机上の脇に置いてあったカップを呷り空にすると、アデルを伴ってきた女性に声を掛ける。

「ご苦労。あと――済まないがもう一杯頼む。彼の分も用意してやってくれ。」

 カミーユが女性に告げると、女性はほんの一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべた。副官とも違う、今迄見たことのない――正確には認識、記憶にないというべきか――人物だ。

 装備からして騎士、否、従士と言ったところだろう。従士とは言え、戦場に立つ伯爵級の将軍に仕える者となれば出身は間違いなくアデルよりも上であることだろう。

「承知致しました。」

 女性はカミーユが空にしたカップを盆の上に戻し立ち去っていく。

「徹夜ですか……?」

 最初に出たアデルの問いにカミーユは苦笑を浮かべる。

「まあな。勿論、これが終わったら明日に支障の出ない様に休むつもりでいるが。」

 カミーユはアデルを自分の正面に座るように促す。アデルが座って改めて図面を確認したところで先ほどの女性が盆にカップを3つ乗せて戻ってきた。

「済まないな。」

 カミーユはそう言いながらそのうちの一つを取る。

「これで最後にしてくださいよ?いくらシミュレーションをしたところで実戦で動けなければ本末転倒です。」

「分かっている。」

 まるで小言を受け流すかのようにカミーユは女性に答えた。女性はカップをアデルに差し出すと、自分の分も机に置き着席した。

「眠気覚ましのコーヒーだ。甘くしたければその小瓶のミルクを注ぐと言い。」

「……有難うございます?」

 カミーユがアデルにコーヒーを勧める。その意図が良くわからずにアデルは少し疑問形で答え、一口口に含む。この時間から眠気覚ましの濃い目のコーヒーを貰うとなると、これ以上の睡眠は望めないだろうとアデルは覚悟を決めた。

「さて、2人ともこの図面の見方は分かるな?」

「勿論です。」

「そりゃあ、まあ……」

 カミーユの問いに女性とアデルがそれぞれ答える。

「先に確認しておくか。この図で問題なさそうか?」

 カミーユがアデルに問いかけた。

「……最新の情報は分かりませんが……ハルピュイア以外に出入りの形跡がないならこんなものかと。」

「うむ。では君たちがそれぞれを動かしてみてくれ。まずはシャルが攻めだ。」

「私がですか!?」

 どうやら女性はシャルと呼ばれているらしい。シャルはカミーユの言葉に驚いて見せた。

「え……?俺兵法なんてわかりませんよ?」

「構わんよ。傍から見てこそ気付くこともあるかもしれないしな。それぞれの“駒”の機動力や戦闘力は君の方が下手な士官学校生よりも明るいだろう。」

「「……」」

 カミーユの言葉にシャルとアデルが黙り込んだ。

「とにかく攻めからだ。シャル。動かしてみなさい。」

「はい!」

 図面から察するに、明日の攻めは第3陣地の本隊と第4陣地制圧隊の2手で攻めるつもりの様だ。

 シャルは最初に本隊の騎馬部隊を手に取る。それを見たアデルはすぐにケンタウロスの小隊を防御柵の内側へと配置した。




「それは……ズルイ。」

 同じシチュエーションで攻守1局ずつ対局し終えたところでシャルが不満げに声を上げた。それに対しカミーユは満足げに頷き、アデルは小さく息を吐いた。

 対局はどちらも数で優位に立つ攻め側が勝利したが、戦局は攻守ともアデルの方が上だった。

 この理由は2つ。アデルが“後出し”であり、先攻のシャルが苦慮した点の修正が出来たこと、それとシャルが“駒”を各隊として見なしたのに対し、アデルはその一部を自隊、ラウル隊、恐らくヤる気満々であろうヴィクトルの隊を想定して手を打ったためである。


 シャルが先に2方向から同時に攻めたのに対し、アデルは本隊に先行させケンタウロスの排除を済ませた後、第2部隊で掻きまわしつつ大物の始末という戦術を取った。

 南拠点がある丘はせいぜい背の低い草が生い茂っていると言った程度で、木もなく騎馬でも一気に駆け上がれる程度の傾斜である。また、山城攻めとは違い、上から重量のある物を落とすなどという手は無力ではないが、劇的な効果はないと3人とも見ている。密集地帯に大岩でも転がされたらそれなりの被害はでるかもしれないが。

 攻めに於いて両者を最も苦しめたのはケンタウロスの狙撃だ。


「攻撃の核は第2部隊になるか。となるとやはり問題はケンタウロスだな。奇襲は難しいか?」

 アデルが自隊でのケンタウロスへの強襲を避け、重装歩兵に当たらせたところを見てカミーユが確認する。アデルが重装騎兵でなく重装歩兵を突撃せたのは、シャルが重装騎兵で突っ込もうとしたところを、アデルがケンタウロスを用いて騎馬を狙撃させ、騎兵を撃退させるに足るとカミーユが判断したためだ。ブレーズとハンナの模擬戦闘のお陰で、ケンタウロスは躊躇なく馬を仕留めるというのが第3陣地隊、以下本隊の者に知れ渡ってしまっている。重装備での落馬の危険に加え、重装備に耐えうる軍馬など相当な高級品だ。下手をすれば傭兵や冒険者数人の命よりも高価となりうる。そんな状況で最前線に出張るという重装騎兵がどれだけいるだろうか。


「今までとは数も強さも違うでしょうし難しいと思います。ケンタウロスの中でも上位者となれば、姿を消しても気づきそうですし、彼らの射る矢では“矢避け”程度の魔法じゃ効果がないでしょう。煙幕弾でもあればある程度数を減らして離脱するということも可能でしょうが……」

「煙幕か……確かに用意しておくべきだったな。爆発の魔法や光の魔法で代用できないか?」

「爆発魔法は使い手がいません。《魔術師》を借りたとしても、ワイバーンやグリフォンに乗った経験はないでしょうし、魔法の行使やその後の離脱が上手くいくかどうかはかなり怪しいかと。光の魔法については……都合よく複数の相手の目が眩ませられるかどうか。それこそ例のエーテル弾でもあればまた違うでしょうが……」

「……」 

 エーテル弾という言葉にカミーユが渋い表情と共にしばし沈黙する。

「イスタのドルケン駐留部隊が火炎樽でも持っていてくれればありがたいのですが……それでも煙幕は欲しいかと。」

 フォローするようにアデルが言う。

「煙幕があればやれるか?」

「やれるとは言えません。話を聞く限り全部は確実に無理でしょう。良くて半数。もしトロールが回復魔法を扱うというのであれば下手をすればそれ以下かも……」

 3人とも沈黙する。


 今回のシミュレーションに於いてアデルが行った、ある意味提案ともとれる彼らの行動は3つ。敵の攪乱、空の敵――主にエーテル弾搭載のハルピュイアだ――の早期発見と撃墜、それと巨人の足止めの3つだった。カミーユもシャルもそれは重要だと認めるものの、その為にはとにもかくにもケンタウロス全ての排除が必要になる。僅か10体程度だが、敵兵と防御陣地に守られたケンタウロスを如何に排除するのかが最大の難関となっていた。


 シャルが行った重装騎兵による力押し。これは先述の通り騎馬への狙撃によって相当な被害をもたらした。一方アデルは重装槍兵と魔術師を組み合わせ、狙撃の矢の逸らせることに主眼を置きつつ、回復と退避ルートをしっかりと決め、視線が通ったところで派手めな範囲魔法で敵の目くらましと注意を引き付ける。

 重装槍兵と言えば動きこそ鈍いものの味方最前面を固め守り、圧力で面を制圧する国軍の中でも体力と勇敢さを兼ね揃えたエリート達だ。そんな彼らを以てしても相当の被害が出るとカミーユは見た。

「自分で客観的な判定をしたとはいえ……ケンタウロスはこれほどなのか。確かに数で勝てるには勝てるが、初手でその後の戦況と損害が大きく変わるな……」

 2人のそれぞれの攻防を判定していたカミーユが呟く。

「煙幕弾があれば……奇襲の可能性と重装歩兵の接近の支援に大きくなるな。戦闘開始は正午に変更だ。アデル君。今すぐ書状を用意するから、それを持って王宮へ向かってくれ。エルランジェからの大至急の案件だとしてそれを届け、物を受け取ったらそのまま真っすぐ第4陣地へと向かい、イベールに別の書状を渡してほしい。」

「……煙幕弾、すぐに確保できるんですか?」

「可能なはずだ。中でも一番高級なものを出してもらえるようにする。」

「高級な煙幕弾?」

「リリアーヌ殿下が開発した魔具だ。安定性と安全性、それに携行性を最高レベルにまで追求した逸品だ。」

「承知しました。……てか、そんなリリアーヌ様ならエーテル弾の代わりくらい作れるんじゃないですか?」

「……あの方は攻撃性が強い兵器の開発は封印しているからな。」

「攻撃は最大の防御って説もよく耳にするんですがね……」

「前線で敵と組み合うものとしてその気持ちもわかるが……強力な兵器など作りだしたら際限がなくなる。400年前の破局も最終的な理由は大量破壊兵器の応酬だったことは知っているだろう?」

「…………(持ってないと一方的にやられるだけだと思いますがね。)」

 カミーユの言葉にアデルは沈黙で答えた。

「わかりました。まずはすぐに煙幕弾の確保を。念のため事前に1つ使用させてもらってもよろしいですか?」

「む?必要なのか?」

「そりゃまあ。効果範囲と煙の濃度、煙の動きを把握してませんと奇襲には使えませんし、それで奇襲しろとも言えません。」

「なるほど。確かにそうだな。強行軍が続くがよろしく頼む。」

「承知しました。」

 カミーユの言葉にアデルは頷くと残っていたコーヒーを一気に呷って行動に移った。


 決戦は明日正午。現時点でそれを知るのはアデルら3人のみである。



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