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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
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暗夜~決断

 各方面、戦闘の余波・余韻が鎮静化したと思われる頃、それぞれの“ほぼ”正確な状況が第3陣地、カミーユらの所にまとまってきた。

 報告を受けるカミーユの表情は暗い。

 アデルはイベールの頼みでイベールの副官と共にワイバーンで報告に戻っていた。


 まずは最後の置き土産以外ほぼ完勝と言える第3陣地の状況だ。

 第3陣地は国軍兵士から死者が3名、負傷者は一定数いた者の、すべて神官やら薬師の活躍により治療が終わっている。

 問題は最後の黒き鳥人、ネヴァンに関する情報と闇の精霊魔法の影響だ。


 東征軍に於いてネヴァンという存在を知っていたものは3名のみだった。

 一人は第3陣地で“恐慌”の対応に当たった《精霊使い》、同じく第3陣地制圧に参加していた冒険者の《魔術師》、それにもう一人がブランシュだ。

 ブランシュはこの場にいないが、ケンタウロスの口から“ネヴァン”という言葉が出たと聞き、アデルやラウル達に説明してくれた。

 曰く、ハルピュイアとは似て非なる者だと言う。翼と別に腕があるだけでも別モノとは分かっていたが、その脅威度はハルピュイアの比ではない様だ。特にある程度経験を積んだ冒険者が相手をするならそれほどの脅威という存在ではないが、相手が大人数で平均的な練度が低い軍となるとその危険度は一気に上がる。

 機動力、格闘能力等の単体の戦闘能力も然ることながら、もっとも危険なのは精神に影響を及ぼす“声”で、ネヴァンの絶叫は耐性のない者を慄かせ、鼓舞は狂乱を与えるという能力があるそうだ。最悪、制御も統制も効かない同士討ちまで始めることもあるという。

 特に《精霊使い》の冒険者が言うには、今回の個体は特に厄介で、その能力に加え、それを増幅すべく闇の精霊魔法まで身につけていたとするなら危険度は数倍になるという。彼女自身も、闇の精霊魔法を使うネヴァンは初めて目にし、その危険度は想像以上であったとのことだ。これがもし、戦力が拮抗した戦場に敵として現れたら相当な被害になるだろうとの見立てだった。

 実際に時間が経過し、“恐慌”の魔法自体の効果はすでに切れている筈だが、精神や体に不安や不調を訴えている者は少なくない様子だ。神聖魔法ならその手の精神面を治療する魔法もあるようだが、戦場に於いては直接生命に関わる体の損傷の治療を優先させねばならず、また一定人数の神官を第5陣地救護に派遣したため、それらの治療は追いついていない状況だという。


 次に第4陣地。

 こちらはイベールの副官の報告をアデルが補う形で伝えられた。

 第4陣地制圧自体は死者3名、負傷者若干名で勝利したが、その後のケンタウロスの強襲により、死者14名、負傷者多数という状況に陥った。

 ケンタウロスの強襲部隊は北拠点から平原を迂回し、森に隠れながら接近したようだと伝えられ、ネージュを介した尋問の結果もアデルの方か報告される。

 カミーユもケンタウロスリーダーの存在と、それと竜人の不仲説には興味を持ったが、今必要な情報ではないと後回しとなった。

 第1陣地で巨人ギガースと遭遇戦に近い形での戦闘が行われ、ヴィクトルらの手によって討ち取られたと報告がされると、話を聞いた将官らは一様に安堵の表情を浮かべたが、それも束の間。第1陣地のケンタウロス捕虜の情報によると南拠点にもう1体いるだろうと伝えられると再度険しい表情に包まれた。一応、ヴィクトルやラウルの話からすると、彼らはギガース相手にさほど苦戦はしなかった様子だとは付け加えるとカミーユは『そうか。』と頷き少し思案する様子を見せた。

 最後に、南拠点のリーダーであるトロールの、ケンタウロスたちからの評価や氏族長を含めたケンタウロスが10体いるであろうことを報告するとカミーユは重い溜息をつくのみだった。


 そして第5陣地。

 こちらはロベールとエドガーが戻ってきていた。

 第5陣地の指揮を執っていたカルヴェ卿の治療を優先し、卿の指揮能力の回復を確認して2騎で伝令を買って出て来たという。

 報告されたのは状況というより惨状だ。

 死者は34名に上りその多くがイスタの若い兵や冒険者だという。別れ際、言葉を交わした者達も含まれるのだろうとアデルはいたたまれない気持ちになる。第1陣地の攻略よりもハルピュイアの追討を優先したほうが良かったのではないか?との念にも駆られるた。ネージュを第4に、オルタを第5に向かわせていれば恐らくはその大半は死なずに済んだのではないだろうか。しかしそれはヴィクトルやラウルの話によると、本隊、或いは第4陣地方面の軍が集団で第1陣地に到達していた場合の方が被害は大きかっただろうと言われている。

 結果として、少人数の精鋭で巨人を封殺できたことはかなり大きいと判断したようだ。ある意味彼らの――いや、ヴィクトルあたりか――の、自画自賛に聞こえなくもないが。


「して……残りの第5陣地方面隊はどうした?」

 カミーユが低く呟く。

「まずは重傷者の治療。その後犠牲者を埋葬した後こちらに合流すると。」

「……そうか。」

 各方面の状況を聞き、カミーユは額に手を当て、目を閉じて思案に入った。この距離ならイスタに住んでいた者の遺体は出来ればそのまま返してやりたいと思ったが、これから必要な日数を考えると、些か難しいものがある。防腐処理も行えないことはないが、人数も少なくなく、必要な資材又は魔力のコストを考えるととても賄いきれない。遺族には遺品か遺髪で許してもらうしかないだろう。勿論、正規兵なら弔慰金や遺族年金等も支給されることになる筈だがそれはまた別の話だ。

 

「如何なされますか?」

 副官の問いにカミーユは押し黙る。

 長い沈黙がその場を支配する。

 否、時間で言えば2~3分程度だが、その場にいた者には随分と長い時間に感じた。


 将官たちも判断が難しい状況であることは理解していた。

 数的優位は変わらない。士気も聞く限り第3、第4陣地は悪くない。特に激闘を制し、巨人討伐に湧く第4陣地は高いと言えよう。第3陣地もある程度精鋭で固めたおかげか、ネヴァンの精神攻撃を撥ね退け、あるいは自力である程度回復した者の方が多い。参っているのは比較的経験の浅い国軍の兵卒ばかりだ。しかしどちらも事前情報の不備による動揺は禁じ得ないといった状況だ。立て続く“予想外”と、精神攻撃に若い兵を中心に不安が徐々に膨れ上がっていることは否めない。況して第5陣地は戦功や報酬、復讐などに余程の強い意志を持つ者以外は戦力と数えるには難しい状態だろう。


 しかし、強行を断念したとしても状況が良くなる兆しは見えない。援軍を要請したところで到着までに数日は確実に掛かる。そもそもその援軍はどこからどの様な部隊が来るのかもはっきりしない。イスタにこれ以上攻めに回せる人数もおらず、そうなると北や南向けの国軍を将の1人と共に回すしかないだろう。そうなれば最低でも1週間は掛かる。対しては相手は、平坦な陸路は抑えられているとはいえ、時間さえかければ迂回して補充を行うことは可能だ。



「攻めよう。これ以上先送りしても意味はない。要所をしっかりと押さえれば確実に勝てる相手だ。」

 カミーユの言葉に、アデルを除く全員の者が力強く頷いた。



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