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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
186/373

闇き風~暗夜の激闘

~第3陣地~


 黒き鳥人が取り押さえられると陣地全体、何とも言えない沈黙に包まれていた。

 アデルの槍を受け、怯んだ鳥人をワイバーンが掴み地面に押さえつけている状況だ。

「どうしますか?」

 アデルの静かな問いかけに、ようやく我に返ったカミーユが慌てて指示を出す。

「捕縛し、最低限の治療を。一応尋問くらいはしてみよう。かかれ。」

 カミーユの指示が出ると、数秒の奇妙な静寂を置いて騎士達がワイバーンの元に駆けつけ、鳥人を縄で捕縛する。

「いけませんね。闇の(精霊)魔法の影響がかなり出ているみたいです。30分もすれば落ち着くとは思いますが……いったん休憩をさせた方が宜しいかと。」

 本来なら捕縛など兵士たちの仕事であるのだが、兵士たちは動けないでいた。レベルが上がると精神攻撃へと耐性も上がるようで、兵士たちより数レベル高い騎士達が先に我に返り、動けぬ兵士たちの代わりに行動に移ったのである。

「これほど強力なのか?」

 困惑する様にカミーユが精霊使いの冒険者に尋ねる。

「相当レベルの使い手のようですね。尋問には最低でも20レベル以上の者、それに神官を付けた方が――いえ、待機させておいた方が良いでしょう。」

「私も見失う所だった。アデル君は大丈夫かね?」

 カミーユがアデルの所に寄ってきて、鳥人を確認しながら尋ねてくる。

「なんとか……“精霊魔法”の知識だけは齧っていましたので。」

「この鳥人の発言も気になりますね。竜人というのが誰を指しているのか……」

 カミーユと共に近寄ってきた《精霊使い》がアデルをチラ見しながらカミーユに言う。

「闇魔法+流言……思いの外強力であるな……」

 カミーユは鳥人の発言を流言と斬り捨てる。だが、精神失調の魔法を浴びている兵士たちにはどう映るのか。

「竜人、まあ、北拠点にいるってやつのことを指すなら、ある意味そうなんでしょうけどね。」

 アデルが皮肉気味に言うと、カミーユと《精霊使い》は苦い表情を浮かべていた。



「伝令~~伝令~~~」

 闇の精霊魔法の効果の残る者を休ませつつ、野営の準備が再会した所に、切迫した様子の騎兵が現われる。

 否、騎兵ではない。騎士だ。第5拠点へと向かっていたエドガーである。

 この瞬間、その様子からアデルは更に嫌な予感を覚える。

「む?エドガーではないか。どうした?何があった?」

 エドガーは少し離れた位置で馬を降り、駆け足でカミーユの前で跪くと、数秒息を整えてから報告をする。

「敵の……新兵器による奇襲により……第5陣地方面隊……壊滅致しました。」

 エドガーとしては普通よりも少し声を張ったという感じの声量だった筈だ。しかし、闇精霊魔法の影響の残るこの静寂しきった空気、恐慌気味の雰囲気の中ではこの言葉は思いの外鳴り響いてしまう。

「なんだと?何があった?新兵器?まさかさっきの!?」

「こちらは無事の様ですが……まだ報告を?」

 エドガーがカミーユに問いつつ、チラリとアデルを睨む。

「最後の1体を仕留めたのはついさっきだ。そこに少々問題が起きてな。詳細な報告はまだ受けていない……が、先ほどの爆発と無関係ではない様だな?」

 カミーユも察し、アデルを見る。

「エーテル弾と呼ばれる兵器の様です。最初に捉えたケンタウロスの話によると、テラリアの都市攻めでも使用されたとか。ドルケンで使われている火炎樽に近い物とは思いますが、威力は段違い――おそらく、我々が第2陣地を攻略している間に南拠点を出たハルピュイアが抱えていた――違いますね。ハルピュイアに縛り付けられていました。そのまま自爆特攻を掛けさせるつもりだったのでしょう。気付いた時にはすでにかなり西に抜けられていました。ロベール隊長の指示で第3と第4へは私とオルタで追い掛けましたが……」

 火炎樽とはドルケンの飛竜騎士団がかつての戦争で使い、テラリア騎士を苦しめたという焼夷弾のようなものだ。

 カミーユは少し沈黙し、まずは声のトーンを落としてエドガーに尋ねる。

「被害状況は?」

「……第5陣地方面隊、100の内6割以上が死傷、私は第1報として襲撃後すぐに発ちましたので詳細は不明ですが……死者は少なくとも20では収まらないかと。また、火傷が酷くすぐに動かせない者も相当数いるとの事です。」

「……そうか……」

 カミーユは暫し俯き、自分の感情をある程度抑えたうえでアデルに尋ねる。

「第4陣地は?」

「……ハルピュイアの群れは数キロ東で3つに分かれました。恐らく――いえ、第3~5陣地の3方向と見て間違いないでしょう。その内こちらに向かったのが10、南北に4ずつ。北にはオルタとブリュンヴィンドが向かいました。数と速力を考えれば問題ない――とは思いますが、断言はできません。」

「ネージュとアンナは?」

「第1陣地攻略に不可欠とそちらに。」

「…………」

 第1陣地攻略よりも、そちらを優先してほしかった。そう言い掛けてカミーユは言葉をのんだ。

「エドガーが南に向かったのか?」

「はっ。私とロベール隊長が第5陣地に向かいましたが……本当に……あと2分、いえ、1分足らずに……」

 エドガーが悔しそうな声を上げる。今度はアデルがチラ見すると、涙をこらえている様にも見える。

「隊長は御無事で?」

「……今、治療と撤収の指揮を執っておられる。先程も言ったが、火傷で下手に動かせない者も多い。第5陣地を指揮するカルヴェ卿も重傷、なんとか一命は取り留めたという状況だ。すぐには動けないだろう。」

 カミーユが眉間に皺をよせ、次の指示をどうしようかと思案を始めた瞬間、別の伝令が現われる。

 伝令は――北からだ。一同、嫌な予感を覚える。

「で、伝令~~~第4陣地にケンタウロスの集団が襲来、交戦に入りました!」

「「「なんだとっ!?」」」

 カミーユ他、複数の将官が聞き返し、兵士や冒険者たちに動揺が広がる。

「数は……?」

「第1報――グリフォンに乗った冒険者の話では20付近、方角は北北東、森を抜けて来たのではないかと。」

「こんな時間にケンタウロスの襲撃?――いえ。オルタか。ハルピュイアの襲撃は?」

 アデルは思わずカミーユより先に聞き返してしまう。

「すべて撃墜したとのこと。爆炎と爆音は第4陣地でも確認していました。」

「そうですか……」

 アデルはカミーユに向き直る。

「当初の予定は強襲部隊は第4陣地に向かう予定でした。すぐに向かっても宜しいですか?」

「……うむ。」

「では早速に。鳥人の尋問は……何卒慎重にお願いします。」

「うむ……」

 アデルは火傷の痛みも忘れ、すぐにワイバーンへと騎乗し北へと向かう。


「将軍……」

 副官がカミーユの様子を窺う。

「“普通に動ける”騎士2名と騎兵20を北へ派遣しろ。それから東拠点を監視していた斥候をすぐに入れ替え、戻ってきた奴を出頭させろ。」

「はっ!」

「あの冒険者たちは?」

「……エドガー。ハルピュイアを見つけたのはいつだ?その後の行動は誰が決めた?」

「ハルピュイアを見つけ、撃墜したのは例のケンタウロスです。俄かには信じられない距離から2体を射落としました。そのせいで必要以上にケンタウロスの弓の脅威を再認識させられたという事情もあります。指示は……ロベール隊長です。確か……先に第1陣地攻略組の意見を聞いてからですが。」

「……そうか……ロベールが来るのを待つしかないな。こちらの被害は軽微だ。神官や治療できる者を集め、第5陣地に連れていけ。死者は――止むを得まい。遺品を回収し丁重に埋葬する様にと。」

「承知いたしました。」

 エドガーは深く頭を下げると、神官や治療が行える者の協力を募りに立ち上がった。


「ムニエ。ここの指揮は任せる。鳥人の尋問は最後だ。厳重に拘束し、口も塞いでおけ。王都とエストリアに早馬の用意を。書状はすぐに用意する。」

 カミーユは憎々しげにそう呟いた。



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~第1陣地~


「流石にここまで暗くなると不利だな。光をくれ!」

 ヴィクトルが叫ぶ。

 巨人の左脚にヴィクトルら“騎士”3人、右脚にラウルらの《騎士》3人が囲むように立つ。

 彼らの肩の高さに丁度巨人の膝がくる。下から見るとより大きく見えるが、上空、ほぼ同じ高さから見る限り、今回の巨人は体高6m強と言ったところだろうか。イスタに現れた巨人と比べると1回りほど小さい。もしかしたら未成年ないし子供なのだろうか。アンナはそんなこと考えていた。


「ヴェルノ!目くらまし1発目を頼む!その隙にアンナはどこかに光を!」

 今度はラウルが叫ぶ。その声にアンナははっと我に返り、ヴェルノの魔法に合わせてそれに応える。

 ヴェルノがギガースの左肩付近に“爆発エクスプロージョン”の魔法を掛け、ギガースを怯ませると、アンナはその隙にギガースの棍棒に光を灯した。

 アンナの魔法は光を空間に固定することも出来た筈だが、巨人が移動する可能性を考えてギガースの武器に光を灯すことにした。

「ハハッ。そうくるか!やるな。」

 ヴィクトルが楽し気に笑う。

 棍棒に光が灯ったことにより、巨人の全身の姿が浮かび、遠くへと影が伸びる。棍棒の先端付近に付与された光源は同時に、足の動きに集中しなくてはならない地上部隊に棍棒の位置を朧げに知らせる効果も持った。


「いいサポートだ。やれるぞ!」

 ヴィクトルの動きは速い。ギガースが爆発と閃光に怯んだ隙に槍を膝に深く突きたてた。30センチメートル程あったはずの槍の穂先が完全にギガースの膝に埋まっている。ギガースは思わず低い叫びをあげて一歩下がると、今度はその反動で足を振り上げようとする。ヴィクトルはギガースが下がった瞬間にはすでに槍を引き抜き、左足が振りあげられるラインから横へと回避していた。

 左足を大きく振り上げれば当然だが、軸足となる右脚は無防備になる。その隙をラウル隊が見逃すわけはなかった。3人が順繰りにギガースの膝を攻撃する。ギガースはついに膝をつくと、痛みをこらえてでも確実に相手の数を減らそうと棍棒を構えるが、アンナの灯した光によって足に意識を向けていたラウル達もその行動に気付く。

 棍棒が振り下ろされる前には素早く武器を戻し、棍棒の振り下ろしを見極め回避に成功する。

「オーガを倒すだけで暫定一位の高評価だ。こいつを仕留められたら、この作戦の第一勲功は固いかもな。」

 膝をつき、棍棒を地面にたたきつけた反動で右肩が下がっている所を再度ヴィクトルが襲う。

 ヴィクトルが狙ったのは肩ではなく、空いた首筋だった。

 棍棒を杖にして立ち上がろうとした瞬間を下から槍を突き上げ、首の側面、人間なら頸動脈がある位置に深手を与える。

「GUOOOOOOOOOOOOO」

 低い絶叫が周囲の空気を震わせる。

 ギガースは噴き出る血を押さえ、止めようと棍棒を捨て首筋に手を押し当てるが、ヴィクトル達やラウル達の追撃は止まらない。


 ギガースは開いている左手で周囲を適当に振り払いながら、感覚がなくなっていく右脚で周囲の建物を蹴り壊しながら暴れたがやがて両ひざが限界を迎え崩れ落ちる。

「貰った。」

 ヴィクトルはラウル達よりも早くその一瞬を捉え、ギガースの首に槍を突き立てた。


 ヴィクトルが見せるのは会心の笑み。ラウル達はすぐに興味を失くしたか冷めた目で地に両腕を突っ張り倒れ伏さない様に最後の力を出すギガースを見つめ、ほとんど何もできなかったジャンとジーンは呆然と崩れ行く巨人を眺め――アンナはただ、悲しそうな表情を覗かせ、ネージュはそんなアンナとヴィクトルの表情を比べながら、ただ無表情に見つめていた。



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~第4陣地~


 暗闇が周囲を制圧した旧村の北門――柵の隙間から2つの光が侵入した。

 松明を掲げたケンタウロスの斥候だ。北門付近には戦闘の跡はない。敵のいる方角ではないとしても見張りも誰もいないのはおかしい。斥候が振り返り、村の北数十メートルの位置にいる仲間に声を掛けようとしたときだ。

「弓隊!斉射開始!」

 イベールの声が響く。

 暗闇の中に浮かぶ2つの光、そしてそれが淡く移すケンタウロスに向けて20余名の弓兵の一斉射撃が加えられる。

「!?」

 狙撃に有利な場所を人族が占拠している。そこでケンタウロスの斥候は状況を理解する。

 斥候と言っても隠れる必要のなかったケンタウロスは比較的重装備をしている2体だ。楯を掲げて弓矢から身を守る。

 闇の中、異常に気付いたケンタウロス本隊も彼らを救う為か一気に走って接近してきた。

 威力の足りない大半の矢は楯に防がれたが中には腕の良い射手がいたのだろう。弓を天に向け、楯を迂回するように放たれた矢――いわゆる曲射だ。が数本ケンタウロスの後部、馬の身体に刺さる。

 2体のケンタウロスは短く声を上げて後退する。楯で身を守りながら弓を撃つのは無理だ。

「《魔術師メイジ》隊、北門の向こう側に光を!」

 イベールが指示を出す。

 すると、矢筈に“灯明”の魔法が掛けられた矢が北門の奥に着弾し周囲を照らしあげた。

 当初のイベールの指示では3方向から直線的に光を放つため、術者から門の外まで光が満たし、味方の姿を浮かび上がらせてしまう。そうなると狙撃のリスクが高まると、魔術師たちが気を利かせたのだ。

 最前列の歩兵としては足元が暗くなるが、北門を挟んだ広場に躓くような異物や足を取られそうな畑等の柔らかい場所もなかった筈だ。

「敵は20!こちらの5分の1だ。総員迎撃態勢!恐れるな!掛かれぇぇ!!」

 イベールの声に大楯と剣を構えた歩兵らが雄たけびを上げ乍ら北門に殺到する。

 歩兵隊は後退しようとする斥候2体を難なく仕留めると北から突っ込んで来る本隊に備える。

「ぎゃあああああ!撃たれた!」

「下がってろ!死ななきゃ安い!」

 最前の楯兵が悲鳴を上げる。ケンタウロスの矢は金属製の楯を貫通し、兵士に傷を負わせたようだ。しかし、楯と鎧のお陰で致命傷には至っていない。後ろの兵士が撤退スペースを開けると自力で下がっていく。

「ケンタウロス!くるぞ!門を通すな!長槍隊!構え!」

 東征隊が灯火管制と物陰を上手く使った為だろうか。ケンタウロスたちは乱戦を挑んでくるようだ。狙撃の様な不運な即死の可能性は幾分減るが、槍や剣の扱いにも長けているケンタウロスだ。油断は一切できない。

「がっ!?」

「畜生!狙撃だ!楯隊支援を!」

 長槍隊から悲鳴と怒号が飛ぶ。長槍隊は比較的軽目の鎧にバックラー程度の小丸楯程度の防具しかない。狙撃には無力だ。何名かの長槍兵が頭に矢を受けてしまっている。当然だが即死だ。それを見て同列にいる部隊が怯むと、そこへ一斉に槍を構えたケンタウロス数体が襲い掛かって来る。

「ひ、ひぃぃぃぃ」

 長槍隊が逃げ出そうとする。しかし取り回しの悪い長槍兵が下手に逃げようとすると逆に周囲の味方に混乱を齎しかねない。

「楯隊、前へ。槍兵は楯の後ろから相手をよく見て胴を突け!怯むな!下がるな!」

 イベールや小隊長が決死の声を掛ける。何とか槍兵が踏みとどまると、楯隊と場所を入れ替え決壊はなんとか免れた。しかし、楯兵、槍兵ともに負傷者の数は確実に増えていく。

「負傷した者は落ち着いてゆっくりと下がれ。敵に背を見せるな!撃たれるぞ!」

 各々の小隊長の怒号が飛ぶ。

 門を挟んで――いや、すでに門の内側に押し込まれてしまっているが、東征軍も高レベル冒険者の遊撃を中心に確実にケンタウロスの数を減らす。しかし、キルレシオ的には3:1~2:1と言ったところか。数で押しているものの分はあまり良くない。

「火矢を使う様子はないな。敵狙撃兵は5体、やれない数じゃないな。」

 オルタは敵本隊後部のグループに狙いを付け、静かに高度を上げた。



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