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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
185/373

紺の静寂と朱の轟音

「竜人が――お前たちを――破滅へ導く。」


 青黒い鳥人の言葉が周囲に深く響くと同時にアデルも、そしてカミーユら将兵も背筋にうすら寒い悪寒を感じた。

 最後の音が東征軍の耳に確実に届いた瞬間、黒い鳥人の姿が闇に消え、兵のほとんどが動きを止め、そして固まる。


 それを打ち消したのは1人の女性冒険者だった。

「闇魔法――闇の精霊魔法です。騙されないで!ワイバーンのあなた。暗視に切り替えなさい。熱を、魔力を、気配を感じなさい!」

 その言葉でアデル他数名が我に返る。

 アデルは即座に暗視付与兜の“起動言葉コマンドワード”を唱え、鳥人が消えたあたりを探す。

「見つけた!弓は撃たないでくれ!」

 アデルはそう叫ぶとワイバーンの向きを調整し全力移動の指示を出す。

「弓隊!指示があるまで手は出すな!」

 アデルとカミーユが撃つなと言った瞬間、数名の弓兵が構えていた弓矢を放つとそれに釣られ多くの者が矢を次々と放つ。

「ちょぉ!?」

 アデルは追おうとしたワイバーンを慌てて引き止め、高度を取るように指示を変える。

「いけない。“恐慌(フィア―)”の魔法です。まずは落ち着いて!武器を起きなさい!」

 先ほどの冒険者が己の言葉に反して慌てた様子で叫ぶ。どうやら《精霊使い(エレメンタラー)》の様だ。

「落ち着け!武器を置け!惑わされるな!」

 カミーユと副官がゆっくりと指示を出すと、弓兵たちはハッと我に返りとりあえずは武器を足元に置いた。2人とも“恐慌”の魔法と対策は知っている様だ。“恐慌”自体はそれほど珍しい魔法ではないらしい。闇系列の精霊魔法としては中級の入り口と言った程度の魔法だとはアデルも聞いている。むしろアデルは《精霊使(本職)い》を除いた冒険者としては精霊魔法に関する知識だけは多い方だ。アンナという特異な《精霊使い》の存在と、自らも以前アンナが契約した水の精霊から『水属性の精霊と相性が良い。』と言われたのをきっかけに知識を集め、今ならで申請さえすれば《精霊使い:Lv1》に認められる程度の知識は十二分にある。そんなアデルが思ったのは、“恐慌フィアー”にしては異様に範囲が広いな。と言う事であった。


 弓兵が恐慌状態で適当にぶっ放した矢の弾幕のせいで、再度鳥人を見失いそうになったが、闇魔法の不可視――正確には、“影化”や“認識阻害”と言う、意識の隙間に潜り込む魔法を無効化する。

 勿論、無効化できたのはアデルだけであり、他の者には“見えていない”可能性は高い。

 光の屈折による物理的なものと比べると不完全であり、相手に見破られるとその相手には一切効果を及ぼさない。正体が分かっているなら最初から強く認識するか、疑ってかかればある程度は見破れるものだ。勿論、光による不可視もメリットとデメリットはあるのだがそちらは今必要な話ではない。

 魔法と原理・効果を知ってさえいればある程度は抵抗できる。実は意識を途切れさせなければ、先ほどの《精霊使い》が言う熱も魔力も関係ないのだが、混乱状態から一呼吸置いて意識させることによって術の影響を減らすという効果は確かにあるようだ。

 アデルは何とか黒い鳥人を見失うことなく、目で追うことが出来ていた。あちらは自分の魔法に自信があったのか、“自分が見られている”とは露ほども思っていない様だ。武器を手放したとはいえ、まだ収束しない地上の混乱にほくそ笑むと悠然と引き返そうとしている。

 アデルの方も狡猾だった。見失ったふりをしながら高度だけを稼ぎ、鳥人が背中を見せるのを待つ。背中を見せ数秒、油断し、緩慢に真っすぐ飛行を始めたところで鳥人に槍を投擲した。空気の流れを感知したか、鳥人が慌てて振り返るがその時にはすでに足を鎖付きの槍で貫かれていた。



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「え……?嘘……?」


 呟きと同時にネージュが初めて覗かせた表情にアンナは驚いた。

 何かにつけ斜に構え、単純な話にもわざわざ含みを見せる不敵な笑みを浮かべ、時折“姉貴面”を見せつける。鍛錬には余念なく、模擬戦闘には邪念なく純粋に戦闘を楽しみ、磨く。実戦でもその能力に裏打ちされた自信に満ちた表情をずっと見せている。実際は自分よりも一回り小さな体躯であるにも関わらず、だ。

 そのネージュが、アンナの知る限り初めて慄き、呆然となっている。

「巨人です!巨人が現れました!ネージュ、しっかり!」

 アンナは必死に状況を周囲に伝え、固まるネージュにも声を掛ける。ネージュが何を呆けているのかアンナにはわからない。しかしそんなことを言っていられる状態でない事だけは確かだ。


 ラウル達はすでに西門付近の敵を殲滅している。ヴィクトル達はオーガをどう料理するかという感じだったが、突然の状況に一瞬――いや、1秒ほどは注意が別にそれる。

 アンナはオーガが嗤った気がした。その巨大――巨人の前ではそれほどでもないかもしれないが――腕を尋常でない速度で振り上げる。

 アンナはそれを見た瞬間、威力の制御をスキップした太い高圧水流の束を放った。それはオーガの腹に大穴を開け、後ろにいたジーンとジャンを掠める様に通り抜けると地面に当たり、大量の水しぶきと音を上げながら地面に大きな穴をあけた。それに気づいたヴィクトルは慌てて剣を振り抜きオーガの首を刎ねる。

「ちょっと!いきなり!?」

 ジーンが抗議の声を上げて見せるが、状況はそんな場合でないことは全員が察知している。

 廃屋――本来の主がいなくなった後も蛮族が使っていたのだから廃屋とは言わないのかもしれないが――の屋根を突き破り現れたのは、夕暮れの薄闇よりも暗い黒い肌を持った巨人。ギガースだ。

「おいおいおい。本拠にいたんじゃないのかよ!?」

 ジーンが声を上げる。そしてそれによってようやく固まっていたネージュが再起動を果たした。

「確認したとは言ってない!それっぽいのがあったってだけ。」

 そうは言いつつも、自分の情報が大きく誤っていた。それがネージュにショックを与えていたのだ。確かに確認したとは言っていないが。

 ネージュは右手に蛇腹剣、左手に短剣を握ると、ギガースの注意を引くべく、背後から正面に抜けるように首を斬りつける。とても固い。大した傷は負わせられなかったものの、巨人の注意だけは確実に引けた。

 巨人がゆっくりとネージュを見据える。

 なぜ竜人がここにいる?と考えたのは一瞬。その体躯から自分を操っている竜人でないと判断すると、あとはまるで小蝿を払うかのように雑に腕を薙ぎ払う。


 その間にラウル達やヴィクトル達も巨人周辺に集まっていた。

「どうする?逃げようと思えば逃げれるとは思うが……騎乗戦は難しいだろ?」

 ラウルがヴィクトルに尋ねる。

「こんなのを“引いて”陣地に戻れるか!手があるならやるぞ。実際にイスタで1体を始末しているのだろう?」

 ヴィクトルがにやりとアンナに尋ねる。

「膝を崩し、動きが止まったところで目を……」

「なら、まずは膝だな!」

 ヴィクトルは自らを奮い立たせるように大声で叫ぶと、馬を降り、馬に退避の指令をだして巨人の右足へと駆け出していく。

「巨人がなんだ!敵はすべて排除する。うらああああああ!」

 続き、同様に馬を降りジーンが走る。それを見た巨人が軸足に体重を移す。

「蹴りが来ます。気を付けて!」

 アンナが叫ぶと同時に巨人がその場から足を振り上げた。ヴィクトルもジーンも突進を取りやめ、慌てて真横にジャンプしそれを避ける。


「やるしかないか。ヴェルノ、“爆発”の魔法はあと何回いける?」

「え?多分あと3回くらいかと。」

「わかった。1回は取っておけ。視線が通る位置で隠れていろ。牽制にしかならないだろうが、アイツの腕が何かしでかすと思ったら顔面に向けて放て。」

「……わかりました。」

 ラウル言にヴェルノが答える。ヴェルノも巨人ギガースを見るのは2回目だ。今のところ十分に落ち着いている。

「ブランシュ、あれを一発でも貰えば治療とか言う話じゃないだろう。可能性はあるかもしれんが……、まずはアイツの行動と構造の分析を急いでくれ。今のところ、目を深く突く以外に有効打は見当たらないみたいだからな。」

「わかったわ。無理だけはしないで。」

 ブランシュも慣れたものだ。ラウルらと共にいくつもの死線を抜けて来ただけはある。落ち着いてまずはパーティ全体に“聖壁プロテクション”の魔法を掛けると、彼らの馬を預かり巨人の攻撃範囲から離れた。

 ブレーズとジルベールもすでに馬を降り武器と楯を構えている。

「やるぞ!」

 ラウルが気合を入れる様に一喝すると、巨人がそれに応える様に廃屋に用意してあった丸太の棍棒を拾い上げ、握りしめた。



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「まずいぞ!?」

 オルタはケンタウロスの集団に気付くや否や、高度をすべて速度に変換し全速力で第4陣地へと向かう。

 暗視付与を起動したオルタが第4陣地を覗うと、戦闘はすでに終結していた様で、戦場の片づけと野営の準備が緩やかに始まっている様子だった。


 この界隈にグリフォンは1頭しか存在しない。第4陣地の将兵らも南東から飛来するグリフォンに気付くと、敵対的な行動はとらずに陣中央へと招き入れる。

「やっとか。あんた一人か?」

「さっき聞こえた爆音は何だ?」

 グリフォンから降りたオルタに周囲の兵士や冒険者が声を掛けてくる。同様に指揮官であるイベール子爵も姿を現しオルタに労いの言葉を掛け、報告を求めた。

「ご苦労だった。先ほどの爆発について尋ねたいのだが?」

「あれは敵の隠し持ってた兵器です。見えていたなら威力はご覧の通り、ハルピュイアがここの上空まで運び、落とすつもりだった様ですが『こちらに向かう分』はすべて落としました。」

「こちらに向かう分?」

 オルタの話にイベールが眉を寄せたが、オルタはそちらの報告を打ち切る。

「詳細は後で。ルートは……方角からして森を抜けて来たかな?ケンタウロスの集団がこちらに向かって来ています。その数、20。」

 オルタの報告に周囲がざわつく。

「ケンタウロスが20だと!?」

 兵士か――いや、装備からして冒険者か傭兵だろう。の1人が声を荒げた。

「あっちです。向こうも松明を掲げているようですし、望遠鏡があればすぐに確認できるかと!」

 オルタは大きな身振りと声で報告する。方角さえ分かれば平原をこちらに向かってくる敵の確認ならすぐにできる。大げさに振舞ったのはイベールの指示をショートカットさせるためだ。

「本当だ!見えたぞ!距離2000(メートル)、数は――まだ確認できません!」

 廃村の家屋の中で一番高い家屋の屋根に上って索敵をしていた兵士が大声で叫ぶ。

「くそっ!せっかく殆ど被害を出さずに一息つけると思ったのに……!」

 イベールが憎々し気に吐き捨てる。

「総員戦闘態勢!方位0-2-0(北北東)、ケンタウロス約20、5分後には撃って来るぞ!」

 イベールが叫ぶ。

「柵で迎え撃ちますか?」

 副官がそう尋ねると、イベールは少し考えて首を振ると、周囲に檄を飛ばす。

「こちらは手練れ100以上だ。相手は5分の1にも満たない!慌てる必要はない!狙撃に警戒し、物陰に移動しろ!」

 そしてオルタに声を掛ける。

「君、空の安全な高さ――いや、この陣の後方で構わないから敵を監視し、接敵のタイミング、そして火矢を使う気配を見せたら下の伝令に伝えてくれ。伝令!1人はすぐに第3陣地へ敵襲を知らせろ。それから1人はグリフォンの下で待機、敵の動きの様子を聞きすぐに知らせる様に。」

 オルタに続いて伝令に指示を出す。そこへ馬に乗った男がやって来る。こちらに派遣されている傭兵団のリーダーだった筈だ。

「将軍。少し宜しいか?」

「どうした?」

「北の方から来たケンタウロスというのであれば……敵はここが我々の手に落ちているという事の確認が取れていないのでは?」

「む?……そうか。なるほど。」

 傭兵団長の言わんとしたことをイベールは理解した。

「よし、敵はまだここの状況を知らない筈だ。篝火は後だ!灯りを隠せ!《魔術師メイジ》は所属関係なくここに集まってくれ!弓兵は家屋の影や屋根の上で北門から姿を隠せる場所に移動しろ!それ以外は部隊ごとに配置に付け、場所はそこに2部隊、傭兵団はそこだ。冒険者は狙撃されない場所に身を隠せ!射撃戦は不利だ!ギリギリまで引き付けろ!」

 イベールの指揮に副官、兵士、傭兵、冒険者、それぞれの所属に関係なく指示の通りに動いて行く。ケンタウロスに備えて確かな実力のある者たちを選んで連れてきた結果だ。

「《魔術師》は当然、“灯明ライト”は使えるな?君はあそこ、君はそこ、君はあそこで合図があると同時にあの広場に光を放ってくれ。」

 全体の動きは素早かった。

(これなら行けるかも……)

 オルタはそう思いながら、ブリュンヴィンドに乗り込み高度を上げる指示を出した。



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 馬を走らせるロベールとエドガーの前に、第5陣地の輪郭がが見えてくる。

 どうやら戦闘はすでに終わっているようで、夜に備えて用意された篝火がちらちらと遠くで揺れているのが見えた。

 第5陣地まで残り1キロメートルを切ったくらいか。あと1~2分も馬を走らせれば第5陣地に到着する筈だ。

「間に合ったか?」

 ロベールは胸を撫でおろす。上空に何かがいるような気配はない。そう思った矢先――

「隊長……あれは……もしや……」

 エドガーが指をさしたのは第5陣地の真北、数十メートルの上空。ロベールには何も見えなかったが、目が良いというエドガーには何かが見えた様だ。

「何か見えるのか?」

 ロベールは慌ててその指先の方向を確認する。冷や汗が滲み出てくる。馬の速度を少しだけ落とし、そちらを望遠鏡で覗くと、先ほど見た点が確実に第5陣地の上空へと到達しようとしていた。

「バカな――まずいぞ!」

 ロベールは強く2度馬に鞭を入れると、馬はそれに応え疲弊を一切考えない本当の全力疾走に切り替えた。エドガーも同様だ。表情もロベールと同じように焦りと恐怖で固まっている。


「上だああああああああああああ!」

 ロベールの口から絶叫が放たれる。喉が、声帯が限界を超えて開き、損傷し激しく痛むのを感じる。

「誰かぁぁぁぁ!上だ!退避しろ!退避ぃぃぃぃぃ!」

 それでもなお、ロベールは喉から大きな声を絞り出していた。


 第5陣地まであと300メートル。



 ドオォォォォン!


 騎士たちの目の前で、無慈悲にも4つの巨大な火柱と爆音が周囲の闇を、空間を切り裂いた。


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