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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
184/373

伏...兵?

 細かい取り回しなどを考えなければ基本的にハルピュイアよりもグリフォンの方が早い。むしろ、成体同士で空で1キロメートル競争や十分な旋回半径のあるトラックなどで競わせればグリフォンより早い生物の方が珍しいと言われている。況して言わんや小樽を抱えたハルピュイアなど幼体とは言え十分に鍛錬をしているグリフォンに適うわけもない。


「これで……終わりっと。手間取らせやがって……」

 必死に逃げようとするハルピュイアを余裕をもって追い掛け、その辺の量産型の鉄剣よりも切れ味の良い透明の剣でハルピュイアの肩をまさに撫でるように斬る。オルタがいつもぶん回すの力を半分も掛けずとも、その切れ味は鋭く、軽く振り下ろす程度でハルピュイアの細腕など易々と切り離してしまう。あとは地上に墜落し、爆音と火柱を上げ乍ら絶命するのみだ。

 低知能と言われるハルピュイアも本能で己の命の危険を察したか、なるべく散り散りに、全速力でグリフォンから逃げるが、下げている重りのせいでそうはいかない。最後は速度を捨て、悪あがきともとれる“不規則機動ジンキング”でオルタの剣の狙いをずらそうとするが、足・背中と切られ体力を失い落ちていった。

 太陽はすでに沈み、周囲も薄闇から本格的な闇へと移行している。

「ふぅ……ん?んんん!?」

 オルタは一息つくと、確認のつもりで第4陣地の方角を見る。距離は1キロメートルと言ったところだろうか。既に陣地は夜に覆われ、この位置から状況は見えない。しかし、陣地の向こうで何かが明滅していることに気付く。

「まさか……」

 嫌な予感がする。嫌な事前情報もある。オルタは急ぎ自分とブリュンヴィンドの暗視付与兜の“起動の言葉コマンドワード”を唱え、それぞれに暗視を付与する。そして望遠鏡でその明滅しているものを確認する。

「やはりか……というか早すぎだろ?」

 明滅しているのはケンタウロスが掲げる松明が風に揺れて明滅しているように見えるだけだったようだ。その数――20体。

「まずいぞ!?」

 オルタはブリュンヴィンドに全速力で第4陣地へと向かうように指示を出した。



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「へぇ……」

 第1陣地上空十数メートルのところでネージュは呟いていた。

 下では2つのグループが武技を競うかのように圧倒的な力で妖魔をねじ伏せている。

「どっちが強いと思う?」

 ネージュはすぐ隣にいるアンナにそう声を掛ける。

「うーん。やっぱりラウルさんたちの方が安心して見ていられるかな?」

 アンナも同じ意見だった様だ。

 突入箇所の割り当てもあり、雑魚が集まっているのはラウル達の方だったが、ヴェルノの“爆発”魔法を起点に一気に攻めかかり、ほぼ半壊させている。対してヴィクトル達は電撃的な速さで南門の敵を排除、一気に中央付近のオーガを守る隊に攻めかかり取り巻きはすべて始末し、今はヴィクトル vs ジーン、ジャンでオーガをいかに仕留めるかと言った状況になっていた。



 ネージュたちはすでに仕事の大半を終わらせている。


 最初の奇襲は予定以上にうまくいった。

 ヴィクトル達の突撃に気付いたケンタウロス2体がオークの指示か或いは独断かは分からないが、配置の西門――こちらもただ単に柵の切れ目であるが。をでて側面から彼らを弓で狙おうと走り出した。速度の違いか、或いは当初から遊撃隊に設定されていたか、ケンタウロスの後ろに続く妖魔はいない。結果としてヴィクトル達の突撃が対ケンタウロスの陽動となったのである。ヴィクトル達への射撃の射角を確保しようと柵の外周を回り込んだところでネージュとハンナが奇襲を仕掛けた。

 先に動いたのはハンナだった。“不可視”の魔法を貰い、ある程度進んだところに待機していて、狙えると思った時点で狙撃。70メートルほどの距離から、ヴィクトル達に矢を射かけようと狙いを定め矢を引こうとしたケンタウロスの肩を見事に狙撃していた。

 突然の狙撃に慌てたところであとはもう1体をネージュが余裕をもって“利き腕の動き”を奪う。当初は腕を切り落として離脱の予定だったが、ケンタウロスが2体だけでヴィクトル達に釣られ、さらにハンナが1体の利き腕を封じたことで一度に複数を相手にする必要もなくなったため、治療は移動時の手間を減らすべくもう1体の右肩に短剣を突き刺して終了だ。

 この策を言い出したのはハンナだった。攻撃の起点を肩か腕への狙撃にしようと。ケンタウロスが単独で柵を出てきたのは有り難い誤算だったが、最初の攻撃は待機――正確には徐行だが。していたラウル隊から確認しやすい場所の方が良いという判断からだ。


 次いで交渉・説得。これに関しても移動中にハンナから『族長の命には逆らえないが、オーガやオークに顎で使われることに皆不満に思っている。』という話を聞き、うまく使えないかと皆で相談していた。

 まず説得に5つの段階を設定した。

 最初は当然であるが、“戦闘能力を奪う”である。奇襲にしろ篭絡にしろまずはこれを行わなければどうにもならない。

 次の課題が戦域の離脱だった。乱戦の中で下手に動かれると邪魔だ。また、ケンタウロスの戦意を削いだとしても役に立たない、或いは寝返りの危険があると向こうの仲間、即ちオークらから攻撃をされても困る。戦力を奪った後に、交戦域から速やかに離脱させる必要があったが、こちらは陽動に釣られ単独行動に出てくれたおかげで解決した。陽動に釣られなかった場合は説得・脅迫するか、最悪さらにダメージを与え、瀕死付近の完全に行動不能なレベルにした後に救護かと言うことになるのでここがスムーズに解決したのは幸いだ。

 次に武装解除。先の段階で瀕死にしたならこの段階は必要でないが、ケンタウロスの負傷を最小限に抑えている為これが必要になる。片腕を奪ったところで、この体躯で片手武器でも振り回されればゴブリンの小隊などとは比べ物にならない脅威となる。ここで生きたのがネージュの威圧とハンナの説得だ。群れから離れた手負いのケンタウロスなど始末するだけなら造作はないとネージュが脅す。実際に何かを言おうとした1体の喉元に短剣を突き付け黙らせた。それを見てハンナが、『族長に死ねと命じられているのか?それとも豚の手下になり果てたのか?』と問いかけ、言葉を詰まらさせると『力を示さぬ奴の一言で簡単に死ねるなら私は止めない。』と揺さぶりをかける。

 そこで相手ケンタウロスがハンナに、「ならお前はここで何をしている?」と問うと、ハンナは不満げに『あがこうとして初の決闘で負けた。それだけだ。』と答える。そこへネージュが、

「決闘を望むなら腕を治した状態で挑む機会を与える。急ぐなら今から1人だけ。後で良いなら戦闘後に治療と光を用意したところで何度か挑ませてあげるけど?ちなみに、今こちらの攻めは15に満たぬ人数しかいないから、相手を選ばせるのは難しいかもしれないけどね?」

 というと、

「もし我らが勝てばお前が我らに従うのか?」

 ケンタウロスが食いついてくる。

「悪いけどケンタウロスの群れの事情は知らない。こっちも“上の指示”があるしね。少なくとも、受けるのであれば無条件で傷の治療はする。あとはこちらに勝ったならそちらの身の自由はこいつ(ハンナ)の立ち合いで保証する。勿論、自力で勝った奴だけね。もし私で不満なら、後で騎士たちの中からじっくり相手を選んで交渉することね。まあ、私以外言葉通じないだろうけど。翻訳くらいは付き合う。」

 ネージュはにやりと笑う。

「……わかった。乗ろう。今からだ。まずは傷の治療だが……」

 ケンタウロスの1体、ハンナにやられた方が立ち上がる。

 釣れた。ネージュはアンナに決闘を申し出た1体の治療を頼み、アンナもそれに答える。ついでにもう1体の止血程度の治療も行う。

 日没直後の薄闇の中、光は今すぐ用意するとは言っていない。また陣地は現在戦闘の真っ最中、その裏で十全の条件を整えられるわけがないと最低限の“同条件”を整えてネージュとケンタウロスの“決闘”が行われたが……

 縛りのない竜人にケンタウロスが勝てる由もなかったのである。


 その後残りの2ステップ、“敵の協力をしない約束”は早々に済ませ、最後、もう1体分の“条件提示と決闘”は戦闘後改めて詰めるということに落ち着いた。

 現在、ネージュとアンナ、ハンナで武器を預かった状態でハンナの監視の下陣地から数十メートル離れた位置に待機させている。

 少し無防備では?と懸念したアンナにネージュが耳打ちをする。

「氏族が違うみたいだから可能性低そうだけど、ハンナごと裏切ることも想定してる。」

 その言葉にアンナはため息をつく。しかしその視線は別の部分、騎士隊が戦っている近くの建物に向いた。

「はぁ……ん……?」

 アンナ同様、ネージュも同じ場所を見つめている。

「え……?嘘……?」

 驚いているのはネージュの方だ。アンナとしてはこのようなネージュの表情を見るのは初めてだった。


 次の瞬間――

 旧村の民家の屋根が割れたかと思うと、そこから5メートルほどの巨大な影が立ち上がった。



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「ラスト!」

 動き回るハルピュイア達を1体ずつ確実に仕留めながらアデルは9体目の腕を切り落とす。

 腕を切られたハルピュイアは寄生を上げながら地面に落下し……やはり爆発炎上した。

 第3陣地までの距離は200メートルを切っている。流石にこの異常事態には第3陣地にいた者たちも気づいていた。弓兵や短槍兵を前面に出し、ハルピュイアの接近に備えつつ、各隊を分散し、爆発による被害を極力抑えるような布陣を整えている。

 アデルは、1体或いは1樽くらいは捕獲・鹵獲したいと考えていたが分散し、逃げながらも苦し紛れのジンキングを行い墜落迄の時間を稼がれ、結局そのような余裕はもう残っていなかった。

「ふぅ……」

 アデルが一息ついたタイミングで、最後の1体を落としたと見たカミーユや副官ら数名が陣の前に出てくる。報告を求めるためだろう。アデルとしても報告を兼ねる為に第3陣地へとやってきたのだからここで報告に降りないという選択肢はない。

 アデルは陣地まで十数メートルまで接近し効果を始めたところで、ふわり、そしてゾワりと気流と悪寒を感じた。

 すぐに異質な風の反対側に身体を傾け、ワイバーンにもそれに倣わせる。結果として“急旋降下スライスターン”を取る形となり、その存在から距離が開く形となったがそれが奏功した。初めて見る敵方の“不可視”だ。騎獣としての訓練が浅いブリュンヴィンドでは1秒に満たない時間とはいえ、今の回避よりも遅れていただろう。そうなっていたら確実にアデルは背中を切り裂かれていた。

 カミーユ達が弓隊の背後に下がりつつ、弓隊に構えの指示を出す。

 ワイバーンが向きを反転し、ようやくそのハルピュイアを視界に捉えたが、それは他のハルピュイアとは大きく様子が違っていた。

 まず翼とは別に腕がある。この時点でそれはハルピュイアではない。次に肌の色。上半身はハルピュイアと同様、人間の女のそれである。しかし、今まで落としたハルピュイアと違い、その肌は青黒く、宵闇にあってはさらに視認を阻害するような肌の色だった。そしてそいつは他が身体に巻かれていた樽を持っていない。

 アデルとワイバーンがすでにそちらの方向に回頭しており交戦に入るかと思ったが、その黒い鳥人は真っすぐに陣地上空へと向かい、金切り声を上げる。それと同時に両腕から闇を放ち――

「竜人が――お前たちを――破滅へ導く。」

 明らかな人間の言葉でゆっくりとそう言い放ち、消えた。

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