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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
183/373

薄闇

 西へと向かうハルピュイアを追うべく、アデルとオルタ――正しくはワイバーンとブリュンヴィンドが全力で急ぐ。

 騎手1人として同じ条件であるなら、まだ子供であるブリュンヴィンドの方が体躯は2回り程小さいが、飛行速度に関してはすでにワイバーンよりも早い。ある意味体躯が小さい分、得物が剣であるオルタはブリュンヴィンドの方が相性が良いと言えるだろう。人の言葉で自立飛行出来るというのも大きい。対してワイバーンの方は、基礎体力、筋力、そして幼少期からの訓練のお陰で、騎手の指示の再現度やレスポンス、所謂操作性は高い。正規の飛竜騎士と装備も近く、随時訓練に参加しているアデルの方が相性が良いとも言えた。


 日没を控えた西の空は直視するには少々明るすぎた。しかし、ハルピュイアの群れから目を外すわけにはいかない。アデルは額に手を翳しつつワイバーンに手綱と足で全速力と上昇を指示する。

 高度がほぼ並んだところでハルピュイアの姿を望遠鏡で確認してアデルは戦慄した。

 ハルピュイアの身体に直径50センチメートル、高さ70センチメートルほどの樽が縄で括り付けられていたのだ。自爆特攻である。ハルピュイア自身はつい先ほどの仲間の落下・爆発まで、樽の中身を知らなかったのかもしれない。

 ハルピュイアと言えば竜人や翼人とは違い、翼は背から別途に生えているわけではなく、腕の先が翼になっている魔獣だ。考えてみれば彼女らが樽を抱えて飛行など出来る訳がないのだ。

 どういう経緯で縛り付けられたのか、どういう命令を受けているのか……アデルは少しそんなことを考え、そして1体の捕獲、或いは1樽だけでも鹵獲できないだろうか?と考える。樽は軽いものではないだろう。サイズ的にハルピュイアが運べるぎりぎりサイズの樽なのかもしれない。中身がエーテル――液体ならそれなりに重い筈だ。


 アデルがそんなことを考えていると、ハルピュイア達もアデル達に気付いた様で、飛行速度を上げ、さらに3方向へと分散した。ハルピュイアは残り18体。ハンナが2体を仕留めていたので元々は20体だったのだろう。直進、第3陣地へ向かうのが10、そして左右、即ち第4、第5に向かうと思われるのが4体ずつのようだ。こちらの主力が第3にいつつ、隊を3つに分けていることは敵も把握しているらしい。

「分散したぞ、まずいな。」

 アデルがそう声を上げるとオルタも反応する。

「第3陣地が見えてきそうだね……どうする?」

「ロベールさんの指示に従おう。報告を兼ねて俺が第3へ向かう。オルタは第4へ急いでくれ。」

「わかった。落とした後は――落としてから考えるか。」

 オルタはそう言うと右手、北方向にブレイクしていく。結果としてアデルの方が短時間で倍以上の数を落とす必要があるが、両者即断であった。

 ここ1月の訓練や模擬戦の戦績は、地上、騎乗無し戦ならオルタが9割5分、空中戦はアデルが9割ほどの勝率を誇っている。地上騎乗戦だとアデルが7割くらいなのだがこれは余談だ。

 日はすでに沈みかけている。逆光と目標の大きさからまだ、アデルの位置から第3拠点は肉眼では確認できないが、マッピングに関わった者としての感覚からすれば残り2キロメートルはないと思う。

 それまでに残り10体のハルピュイアを落とさなければ東征軍に大きな損害が出る。アデルは氷の槍を投擲できるように握り、ワイバーンに追跡の指示を出した。


「ハルピュイアは能力も知能もなく偵察には使えない。」

 ブランシュだったかハンナだったかすでに忘れたがそんな言葉を思います。追いかけながらその言葉を反芻し、ハルピュイアの行動を予測する。1体落とせば群れを成して襲ってくるか、或いは散り散りに逃げるか。散り散りになったら厄介だな。などと考えつつ、偵察も儘らない様な魔獣がどうして正確に東征軍の現在予想位置に向かえるのか?という疑問も残る。

(とりあえずは9体落としてからだ。)

 太陽はますますその姿を隠していく。空のオレンジの層は地平線直上の僅か一層のみとなり、代わりに深い紫の層が空一面に広がっていく。ハルピュイアが投擲の範囲に入るころにはすでに第3陣地の姿がうっすらと見えてきていた。

 ハルピュイア達は一心不乱に、そして正確に第3陣地へと向かっていく。そろそろワイバーンの羽音が聞こえる距離だとは思うがそれでも真っすぐに進む。

 アデルは20メートル――もう少し我慢して15メートルになるくらいまで引き付けて氷の槍を投擲した。

 鞍や鐙があるとはいえ、足に十全の力を掛からず、上半身と腕力だけで投擲した氷の槍はハルピュイア1体の足付近を掠めるだけだった。

「QWEEEEEEEE」

 掠めたハルピュイアが不快な金切り声を上げて体勢を崩す。その声と同時に、他の9体はそのハルピュイアを見捨てる様に分散した。アデルだけならわからなかったが、本来の機動力を発揮できない状況でワイバーンの相手は無理という判断くらいは付くようであった。

 仕方なくアデルは自分の槍をすぐに2段階目の長さへと伸ばし、構えると体勢を崩し高度を下げたハルピュイアの背中を突き刺した。

 次の瞬間――槍が背中を貫通し、抱えていた樽を破壊したのだろうか、爆音と爆風が周囲を襲い、ほんの少し遅れて火炎をまき散らす。


「ぬおあああああああああ!?」

 拡がる爆風は抱えていたハルピュイアによってある程度緩和されたもののその爆風にワイバーンの翼が煽られ、大きく吹き飛ばされた。

 そのお陰で爆発の直撃は免れたが、アデルはワイバーン共々その火炎を浴びることになる。爆炎は一瞬であったためか、幸い装備等への引火は免れたが、肌を露出していた部分には軽からぬ火傷を負うことになった。さらに風圧と音圧により耳に強い痛みを感じる。姿勢を崩したワイバーンも同様のダメージを負ったか高度を下げたが、熱・火炎耐性は人間より高いワイバーン、まだ動ける間は常に騎手の指示に従えるように訓練されていたお陰か、アデルは何とか数メートルの落下でワイバーンを立て直す。この辺りは准ではあるが翼竜騎士としての訓練による賜物だろう。ワイバーンは騎手の指示に正確に従い体勢を安定させる。その間にハルピュイアだった物は爆風によってバラバラに引き千切られ、羽根に引火した腕や臓物等が燃えながら地面へと落ちていくのが見えた。

「これはエグい。」

 アデルは呻くと同時に次からは腕を正確に狙い飛行能力を奪うか、遠距離からの攻撃によって致命傷を与えるかしないとダメだと判断した。爆発から十数秒が経過し、耳の痛みはだいぶ収まってきたがまだ不快感が残る。ブリュンヴィンドは大丈夫だろうかと心配したが、すぐに残りを落とさなければと我に返り、次の標的に向かって高度を上げた。



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(流石に早さが違うな)

 アデルと分かれ、ブリュンヴィンドと共に北へと向かったオルタは、ハルピュイアとの距離をみるみるうちに詰めるブリュンヴィンドの速力に感心していた。

 先ほどの爆発を見る限り、爆発時の威力は私掠船搭載の大砲よりも大きい。地面に接触と同時に爆発したところを見ると、起爆は何かの衝撃を弾薬が感知して起きるのだろうと推測した。

 あれをレインフォール商会――またの名をテンペスト私掠船団と言う。に導入できれば大きな戦力になるだろうと考える。

(いや、投石機で飛ばすわけにもいかないし、そもそも投石機を船に積むのは難しいか。と、なるとレイラが誰かが敵船上空まで運ぶ必要があるな。重さはどれくらいなんだ?)

 オルタは心でそう呟きながらすでに十数メートルの距離となったハルピュイアを観察する。

(あれなら片腕で飛行は難しいだろう。よし――)

 オルタがそう考え、無色透明な剣を鞘から抜いた瞬間、4体のハルピュイアは互いの距離を取りあった。

(むむ……?)

 この動きにオルタは微かな違和感を覚えたが、ブリュンヴィンドの速力があれば問題ないだろうとまずは1体に狙いを絞った。



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「ワンパターンというかなんというか……」

 第1陣地南方、約1キロメートルの地点で馬に跨りつつ望遠鏡を覗いていたヴィクトルが呟く。

「それはある意味、こちらも同じだがね。」

 同様に望遠鏡を覗き、ラウルがそう答えた。

「それが通用しそうな時点でお察しというヤツだが……」

「ケンタウロスの位置が微妙に違うね。」

 ヴィクトルの言葉をネージュが遮った。

 第1陣地が警戒しているのは西方、東征軍本隊、或いは第4陣地がある方角だ。ケンタウロスもそちら側の門のところに立っており、現在、彼らの正面付近にある南門――ただの柵の隙間だが――は、1小隊が塞ぐように警備している程度だった。

「どう攻める?」

 ネージュがラウルに尋ねるが、答えるのはラウルでなくヴィクトルだった。

「先に準備を整えて上がっておけ。今回は俺達が先に突撃し、向こうが反応を見せた瞬間に背後からヤれ。」

 ネージュはヴィクトルの方を向きながらその指示を聞いたが、最後に確認をするようにラウルの表情を覗った。それに気づいたかヴィクトルは眉を顰める。

「基本的にそれで行こう。しかし今回はケンタウロスの捕獲も目的であるんだが……」

「オルタがあっちに行っちゃったしね。どうする?」

 ラウルの答えにネージュは質問を重ねる。当然(?)だがヴィクトルは無視だ。ヴィクトルは少し不快そうに口元を歪めた。

「そいつを捕獲した時はどうやったんだ?」

 ヴィクトルは今度はアンナに尋ねる。

「え?確か休んでるところを急襲して――片腕切り落として、それ以外を倒した後にオルタが空から投げ網で捕獲、釣りあげて暴れても問題ない場所まで移動?」

「まあ、要点はそんな感じ。」

 アンナはヴィクトルにそう答えつつ、最後の方は確認するようにネージュを見る。ネージュはやはりラウルにそう言った。

「そうなると……1体は確実に、最低でも片腕、出来れば足にも怪我をさせて戦闘能力を奪いたいところだな。1人でやれるか?」

 ラウルがネージュに問う。ネージュはしばしの沈黙ののち、

「…………1体なら何とでも。2体目は何とも。」

 と首を傾げて見せた。

「なにそれややこしい。」

 おどけて見せたのはジーンだ。恐らくヴィクトルの機嫌が悪くなりかけているのを見かねたのだろう、少しおどけて見せる。

「先ほど我々を支援していた水魔法?で何とかできないか?」

 ヴィクトルはなおもアンナに尋ねる。水魔法というのは先ほど彼らの死角のフォローをしていた時に使っていた高圧水流の魔法のことだろう。

「腕だけを狙ってというのは難しいです。」

 アンナがヴィクトルに答えると、ネージュが口を挟む。

「ああ、何ともってのは、捕獲のための腕狙いがわからないってだけで、倒すだけなら問題ないけど?」

「…………あわよくば2体と言ったところか。ま、イレギュラーが起きている中、それで十分と割り切るしかないだろう。貴隊はどう動くつもりだ?」

 ラウルがヴィクトルに尋ねる。彼らの隊長であったはずのロベールが別方面に離脱した今、彼らの中で一番発言力が大きそうな相手と見てである。

「南門の防衛を破り、邪魔な護衛を始末して一気にオーガを叩く。」

「西門は?」

「好きにしろ。貴隊が殲滅してくれても構わないし、ケンタウロス以外は面倒なら放置でも構わん。」

 ヴィクトルの言葉にジルベールが眉を顰める。

「ネージュたちは?」

 ラウルは次にネージュに尋ねた。

「さあ?一応ラウルの指示を聞けとは言われているけど……指示がないなら適当に西門のオークでも摘まんどくけど?まあ、弓か魔法持ってるのがいたらそっちを優先して始末しないとまずいだろうけど。」

「ふむ。わかった。俺達は西門へ向かおう。今回も最初は魔法を頼もう。俺達が近づいた時点で、弓や魔法使いがいない様ならネージュたちは一旦空に上がって敵全体の動きを知らせてくれ。」

「りょ。」

 ネージュは短く答えるとアンナに“不可視”の魔法を催促した。

「ハンナは?」

「ああ、そうか。ラウル達の支援でいいんじゃない?」

 アンナの問いにネージュはそう答えつつハンナに訳して伝える。

 ハンナは不服そうにそれを了承したようだった。



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(あと4体か……)

 周囲に散開するハルピュイアの数を確認しアデルは呟く。最初の爆風を受けたあとさらに4体を倒した。

 爆風を浴びた後は、極力ハルピュイアの腕を狙って攻撃しているが、向こうもそれは理解し始めたか、徐々に回避行動をうまく取るようになり、思ったよりも戦果が上がっていない。

 太陽はすでに地平線に沈み、周囲は完全に薄暗くなっている。戦闘の合間に西を向けば、第3陣地のものだろう、篝火がちらちらと明滅しているのが見える距離になってきていた。

(あと4体……?)

 暗視付与の兜の面頬を下げ、暗視の魔法を起動する。

(んんん?)

 アデルはそこでようやく違和に気付く。最初の西に向かっていたのは10体だった筈だ。そしてエーテル弾の特性を知らずに起爆させながら1体を落とし、その後何とか追いつきつつ、4体の腕を切り落とし或いは貫いていた。ハルピュイア達は例外なく、地上へと墜落すると同時に大きな爆音と火柱を上げている。もしかしたら第3陣地でもこちらの様子には気づいているかもしれない。むしろ、気づいてくれ。そう思いながら周囲を確認する姿が見えるのは残り4体。


 いちたりない。


 アデルはぎょっとして周囲を、背後や上下を含んで720度を隈なく見回す。やはり4体しかいない。

 1体を追うことに気を取られた間に逃げられたか?いや、状況からしてここまで来て敵が“逃げる”とは考えにくい。改めて西方を広く確認するが視認できている4体以外の姿はない。

(最初の確認が甘かったか?)

 アデルはそう考え、次の1体へと狙いを定めた。


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