表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
182/373

強襲 vs 奇襲

 アデル達十数騎による強襲が始まる。

 敵に情報伝達の手段が乏しいのか、或いは情報を重要視していないのか、攻撃の起点となるケンタウロス奇襲は今回も綺麗に決まった。話を聞いていたラウルや、午前の第6陣地攻めで見ていたのだろう、騎士達もケンタウロスの狙撃には慎重に構えていたが、その2体が排除されたのを確認すると一気に攻勢に出る。

 皆が皆我先にと武功を欲する者たちだ。士気は言うまでもなく、その行動速度はまさに疾風迅雷と言えた。また、今回は自分たちも戦闘に参加するため、オルタやネージュも離脱することなくその場に残る。

 ネージュはそのまま敵の密度が高く動きが鈍そうな所に飛び込み、オルタはブリュンヴィンドから飛び降りると、2度3度と剣(鈍器)を振り回す。それだけでケンタウロスと敵1小隊はすでに倒していた。。

 アデルとアンナは陣地全てを俯瞰できる位置に移動し、地上部隊の死角のフォローを行う。アデルの手にはアンナが生み出した氷の槍が握られ、牽制以外にも適当に投げるだけで敵にとっては脅威となるだろう。また、オルタが離れたブリュンヴィンドはそのオルタやネージュをいつでも支援できる位置に移動し旋回している。


 騎馬隊が到着する時にはすでに門や周辺の柵はオルタによって破壊されていた。簡素とは言え、馬で飛び越えるには少々大変そうな高さの柵であったためだ。

「ご苦労!あとは任せろ!」

 そう叫びながら敵集団に突っ込んでいくのはヴィクトルだ。オルタは『別にお前のためじゃ……』とは思ったものの口には出さないでおく。ネージュさんとは違うのだ。

 ヴィクトルに続き、他の騎士部隊の4人が突っ込む。リーダーのロベールの他、エドガー、ジーン、ジャンという若い騎士だ。ヴィクトル含め、士官学校を優秀な成績で卒業した将来を嘱望された若者たちである。軍として考えるなら、その立場はラウル、ブレーズ、ジルベールよりも上に立つ者たちである。もちろん、実力で隊長を掴んだロベールの方がさらに上であるのだが……

 しかし、実力は確かなものだった。敵の前線を簡単に食い破ると奥にいるオークやオーガへと突き進む。

「うわぁ……」

 露骨な大物狙いに、敵の数を減らすのに専念していたオルタが苦笑する。ネージュは黙々とオルタの動きを見ながら蛇腹剣を振り回しているだけだ。それで2小隊程が血の海に沈んでいるのだが。


 最後はラウル達である。正面を騎士隊が食い破っていくのを見るや進路を変更し側面へと回る。すでに騎士隊が敵陣中央部分にまで食い込もうとしており、敵部隊はそちらの支援へと向かおうとしていたため、正面と中央以外は手薄となり始めている。

 ラウル達の初手はヴェルノの“爆発エクスプロージョン”の魔法だった。“火球ファイアボール”の上位で本格的な範囲攻撃の魔法である。第1、第2陣地は敵の殲滅のみが目的で施設への被害は不問とされている。周囲に森などもなく、延焼を懸念する必要はない。尤も、木造の家屋に引火すれば煙は上がるので、周囲に異常を知らせることにはなるのだが。

 ヴェルノの魔法はうまく発動し、その火炎と衝撃波は敵1小隊や周囲の家屋を見事に吹き飛ばした。しかし、重量に優れタフなオークの小隊長を倒しきるまでには至らない。

 ブレーズはそれを確認すると素早く移動し、衝撃波で尻餅をついていたオークを1撃で止めを刺す。その間にラウルと同乗するブランシュやジルベール、そして同乗のヴェルノが次の小隊に突っ込む。

 並走する2騎の周囲を一瞬光が包む。恐らくは“聖壁プロテクション”だろう。彼らが次の小隊と接触したと思ったら僅か10秒にも満たぬ間にその敵小隊を討ち取っていた。


「凄いですね。」

「流石英雄は伊達じゃないな。見事なものだ。」

 アンナとアデルもその様子を見ていた。意外にもラウル達の実戦の様子を見るのは今回が初めてだ。アンナは単純にラウル達の戦闘能力、処理の早さに驚いていたようだが、アデルの視点は違う。ラウル達の動きそのものに感心していたのだ。

 予定外の同伴となるの本隊(騎士隊)の動き、オルタらの戦いぶりを見極め、即座に機転を利かせ強襲地点を変更、手薄な側面へと速やかに回り込むと障害となるモノの速やかな排除。そしてまさに鎧袖一触の戦闘能力。まさに戦況を決定づける能力と言えそうだ。

 勿論アデルらもただぼーっと見ているわけではない。先行するヴィクトルやエドガーの背後や狙撃を狙おうとするゴブリンやオークを氷の槍や高圧水流で始末する。ヴィクトル達もそれは気配で感じている筈だ。


 オルタ達を見ればすでに戦闘を終えていた。オルタは再度ブリュンヴィンドに乗り込み、ネージュも離陸し周囲の索敵を行い、いないと判断すると上空のアデル達の所へと戻って来る。よく見れば2体のオークは額やこめかみに大穴が開いている。傷からしてハンナの矢であろう。


 その頃にはラウル達も側面の制圧を終え、中央、敵将小隊近くに到着する。

 中央ではすでにオーガと騎士2人、ヴィクトルとエドガーがオーガと交戦を始めており、周囲も余裕をもって他を討ち取っている。

 ヴィクトルとエドガーは左右に分かれ、オーガを挟む様にしながら翻弄し、順調にオーガの身体を傷つけていく。オーガが右腕を失ったところで、背後からエドガーはその首を掻っ攫った。

 エドガーが会心の笑みを漏らし、ヴィクトルは不快そうに口を釣り上げた。

「「「「「「「「あっ……」」」」」」」」

 それを見ていたアデルやオルタ、ラウル達や残りの騎士たちが小さく声を漏らし何かを察したが――問題は起こらなかった。その辺りはしっかりと割り切れるらしい。


 ロベールが周囲を確認し、敵性で動く者が見当たらないと判断すると集合の合図を出した。

 その場にいた騎士隊、ラウルらはすぐに集まり、アデル達もアデルを先頭にして順次着地する。

「皆見事であった。この場で隠れている敵など気に留める必要はない。この襲撃はどうせすぐにばれるだろうからな。」

 ネージュらの奇襲開始から制圧完了まで10分も掛かっていない。戦果もそれぞれ敵2小隊にアデルらがケンタウロス、ヴィクトルらがオーガのおまけがついたところでほぼ山分けと言った塩梅だ。

 ここから敵本拠・南拠点までは直線で3キロメートルほど、南拠点は小高い丘の上にあり、望遠鏡があれば襲撃の規模こそわからないとしても、陣地の破壊等異変には気づくだろう。幸いにもヴェルノの魔法による家屋への引火もなかったようだ。

「何の問題もなさそうだな。一気に次を叩きに行くぞ。」

「「「応!」」」

「「「はい。」」」

 ロベールの言葉に一行は力強く頷いた。






 第2陣地から第1陣地までの距離は凡そ5キロメートル。万一東拠点が異常に気付き援軍を出そうとしたところでケンタウロス以外は間に合わないだろう。向こうがどのような連絡体制を取っているのかわからないが、通常の偵察だけなら本隊の行軍速度から計算しても今日の内に第1、第2陣地に迄人族の手が届くとは思っていない筈だ。ラウルやイベール、ロベールはそう考えていた。

 情報によれば第1陣地は第2陣地と同規模、そしてアデル達としてもその情報は主にネージュを始め自分達で確認していることなのでそこは疑っていない。東拠点からは第1、第2、さらに第3陣地までは丘を下りそのまま広い平原であるのでイレギュラーがあればすぐに気付ける筈である。そこは敵も同じなのだが、基本的に偵察能力と機動力が違う。


 アデル達強襲部隊は全速力で北北東、第1陣地へと向かっていた。隊列も先ほどまでと同様で、先頭からネージュ、ハンナ、騎馬隊、アデル・アンナと続き、最後尾がブリュンヴィンドに乗るオルタだ。彼らの機動力なら敵の援軍よりも早く第1陣地に到着できる。そして到着したなら先ほど同様、10分前後で制圧できる筈だ。


 しかしその途中、不意にハンナが動きを止めた。後続は当然止まり、前を行くネージュも気配でそれを感知したか数メートル引き返す。

 ハンナは西北西の空を見つめ、おもむろに矢を番えた。

「何かいる?」

 その様子に誰もがそう思い全員がその方向に目を向ける。日没間際の西の空は一際明るく輝いており、逆光によりすぐにその“異物”を見つけることはできなかった。


 そんな周囲にお構いもなくハンナは番えた長弓を極限まで引き絞り放つ。

 アデル、オルタ、ラウル、そしてロベールは慌てつつも、何とか太陽を避ける様に望遠鏡を覗くとそこには無数の何かが浮いていた。距離は300メートル超、そして高度は50~70メートルと言ったところだろうか。

「当たったぞ。落ちる!」

 経験の差か、一番素早くその点に望遠鏡のピントを合わせたロベールが短く叫ぶ。

「おいおいおい。嘘だろ?あの位置の“動く”相手を狙撃できるのかよ。」

 オルタが望遠鏡を覗きながら驚きの声を上げる。彼らが望遠鏡で“何か”を見つけた時点ではそれらは移動していた筈だ。

 アデル、オルタ、ヴィクトルらが唖然とした表情を浮かべる中、その攻撃の難しさと脅威を知っているラウルやロベールはむしろ引き攣ったとも言える笑みを浮かべていた。

 その様子を見てハンナが満足げな表情を浮かべたことに気づいたのは望遠鏡を覗いていない、ネージュとアンナ、それにブランシュやヴェルノだけだった。

「ハルピュイア?」

 ようやくピントを合わせたアデルがそう呟く時には、十数体の群れの中から1体が落下していく所だった。

「ハルピュイアなど……本体で充分処理――」

 ハルピュイアについてはヴィクトルも知っていた様だ。空からの急襲にさえ気づければ王国騎士たちの敵ではない。そう言おうとしたところで。



 ドオォォォォンと盛大な音が聞こえてくる。慌てて落下地点を確認すると、10メートルは越えるであろう火柱が噴きあがり、周囲を炎が包み込んでいる処であった。

 ネージュが慌ててハンナに確認を取ると、

「エーテル弾?燃え広がりやすいエーテルに固くて細かいゴミと着火剤を組み込んだ樽――らしい。」

「なんだよそれ、商会の火砲よりヤバそうじゃんか。そんな物持ってるのか?」

 ネージュの言葉に全員がぎょっとした表情でハンナを見る。ただ、ロベールとラウルだけはハルピュイアの群れから目を離していない。

「東の城――で使ってたのを1度だけ見たことあるそうよ。」

「東の城?」

 ネージュの言葉にアデルが眉を寄せると、

「魔の森の東――らしいから、テラリアのどこか攻めた時っぽいね。」

 アデルとネージュがそんなやり取りをしていると、ロベールが声を荒げる。

「そんなことを言っている場合ではないぞ!アレを本隊に落とすつもりなのかもしれん。いや、きっとそうだ。速やかに処理せねばどれだけの被害になるか……」

「また当てたぞ!?すげーな。2体目、落ちる。」

 人間たちがそんなやり取りをしている中、ハンナは既に第2矢を放っていた。それも命中したようで、アデル達が慌てて確認をするとやはり2体目が落下していき――

 ドオォォォンと先ほどと同じ爆発を起こす。

「どうします?」

 ラウルがロベールに冷静に尋ねる。

「20体弱と言ったところか。分散されると厄介だな。第1陣地攻略に何人くらい必要だ?」

 ロベールがラウルに確認をする。

「今の狙撃能力を見せつけられると――やはりアンナとネージュは外せないかと。それ以外は俺達で何とか――」

「わかった。ではラウル君たちとネージュ君、アンナ君で第1陣地を頼む。アデル君たちは直ちにアレを追いかけ殲滅してくれ。」

「ちょっと待て。我らが追いかけたところで空には手を出せん。我らも第1陣地に――」

 ヴィクトルが口を挟む。勿論彼の言い分も理解はできる。ロベールが何かを言おうとしたところですでに浮揚を開始していたアデルが尋ねる。直近での急ぎはこちらだ。

「もし分散した場合は?」

「……第3陣地には絶対に行かせるな。分散した配分を見て、1人で対処可能であるなら、2人目は第4へ向かえ。私と――エドガーで第5へ急ぎ対応する。」

「承知しました。ハンナもこっちに――いや、だめか。言葉が通じない。ネージュ、アンナ、ハンナはラウル達の支援を。制圧したらネージュ……違うな。アンナは北の偵察、ネージュとハンナはラウルの指示に従え。」

 アデルがそう指示を出すと、ネージュもアンナも一瞬微妙そうな表情を浮かべるが、すぐに“了解”の返事をした。あとは――急ぐのみだ。

 アデルとオルタは直ちにハルピュイアの群れに向けて高度を上げる。1体目の脱落時の混乱で一旦は動きを止めたハルピュイア達だが、2体目の落下で状況を理解し、慌てて西へと向けて移動を再開しはじめた。エーテル弾とやらが重いのか、ハルピュイア本来の飛行速度ではないようだったが。

「各員急げ!この戦の戦局の分かれ目になるやもしれん!」

 ロベールの号令に、ラウル隊とネージュら、そしてヴィクトル、ジーン、ジャンが北へと向かう。

「頼むぞ……すまぬな。エドガー。第5陣地に急ぐぞ。」

「承知しました。」

 ロベールの言葉に、エドガーは静かに答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ