共同作戦
再合流の後、待機命令となっていた東征軍に再度の出撃準備命令が下った。
東征軍としての攻略目標は3つ。当初の段階で今日中に制圧する予定だった第3~第5陣地である。
各方面に向かう部隊は再編成時に既に決まっていた為、特に混乱もなく、また整列する将兵は勝ち戦と予定外の休憩のお陰か士気も高そうだ。
(慎重になりすぎていたか?)
カミーユは内心でそう呟く。本来であれば別の領地を治めているカミーユにとって、イスタの部隊はいわば借り物的な存在とも言えた。その為、被害をなるべく抑えることに気を取られすぎたか?と自省する。カミーユの心配はむしろ逆で、地元、家族、知人の安寧を望むイスタ周辺、エストリア領の出身の者の方が国軍エリート達よりも士気が高かったのだ。
その中で唯一、再編成案と異なる割り振りをされたのがアデルらと、この場所に待機予定だった者たちである。
アデルと同じく待機予定だった部隊12名は南側、第5陣地へと向かうことになったが、彼らの表情にはネガティブなものは一切なく、出撃に向けて気力に満ちた表情を見せている。
一方でアデルのパーティは中核となる中央・第3陣地方面隊に組み込まれた。しかし、本隊とは別だ。アデルとラウル、そして騎士数名の機動力と戦力が高いと評価されているグループはその能力を活かし遊撃として状況を見て臨機応変に動くということになっていたが、これは“表向き”の編成である。
先ほどの将官たちの会議で決まった実際の作戦はそれとは少々異なる。
ラウルの強気発言と、また今回も参加冒険者を管轄し、その実力をある程度把握しているイベール子爵の後押しを受けて採用されたのは、前線となる3陣地を襲いつつ、機動力のある少数精鋭の部隊でその少し奥にある第1、第2陣地を一気に強襲する。というものだった。
まずアデルとネージュで中央第3陣地のケンタウロスを奇襲で排除した後、遊撃組はそのまま第3陣地の戦闘には参加せずに全速力で南奥側の第2陣地に向かい殲滅する。その後、北へ転身し第1陣地へと向かい、可能であればケンタウロスを捕獲しつつ、第1拠点を殲滅、そしてアデル隊とラウル隊は北からの敵を索敵・警戒をしつつ、北方面第4陣地攻略の支援をしつつそのままそちらの隊と合流。騎士隊は第3陣地で本隊と合流するという手筈になっていた。
東征軍の編成は、中央・第3陣地へ向かうのがカミーユが指揮を執る本隊。ここには国軍や地方軍を中心に、冒険者、そして“遊撃”組も加え、数は150人ほど。3つの中で一番規模が大きくなっている。
ケンタウロスの援軍が懸念される北側はイベール子爵が指揮し、国軍の騎士・兵士を始め、傭兵団の1つに中堅クラスの冒険者数パーティといずれも十分な実戦経験と装備を持つ者を中心に約120名で編成された。最後に中隊長格のオーガと数騎のケンタウロス以外にこれと言った脅威が見当たらない南には指揮を執る数名の騎士と従卒、それにイスタの部隊の比較的新しい兵を始め、傭兵団の1つと比較的若い冒険者ら100人余りが向かう。
急遽出撃となったアデル達と待機予定だったイスタの部隊員たちは、『互いに気を付けてな。』と言葉を交わして新たな配置先へと並ぶと、カミーユの出撃の号令の下、3つの部隊はそれぞれの運命の待つ各方面へと向かっていくのあった。
一番規模の大きい中央部隊だが、遊撃隊とされるアデルとラウル、そして騎士のグループが少し先行する。元々の機動力の違いや、騎獣の体躯等整列しながらの行軍が難しく、また捕虜であるはずのハンナを拘束せずに同行させるのは、カミーユとアデルの責任の上でおかしな真似をさせないというのが前提となっていためだ。目の届きにくい後方には置いておけないという話である。
ラウルは当初、アデルとの2パーティだけで充分としたが、国軍の事情により数名の騎士グループも共に遊撃隊に混ざることになった。この騎士たちは今朝の戦いでは北側第7陣地に向かい、多くの雑兵を仕留めたが、オーガの首は傭兵団に取られてしまったようだ。今回、遊撃という少数精鋭の部隊に組み込まれたことでその表情はやる気に満ちているようだった。
(およそ)15時。
アデルら遊撃隊を先頭に第3陣地の正面に到着すると、すぐに現況の確認を始める。アンナが“不可視”の魔法を使って改めて上空からの確認を行うと、流石にこちらの動きには気づいた様で、向こうもすでに敵全軍が活動しており、粗末な柵の内側で迎撃態勢を整えているとのことだ。
敵軍に打って出てくる気配はないため、アンナが上空から見た敵陣地の俯瞰図を将官や騎士たちの前に示した。
敵の部隊配置、ケンタウロスの位置、オーガの位置、柵や門の状態等、アデルが見ても斥候として十分な情報を軍に持ち帰っていた。
「ご苦労さん。だいぶ腕を上げたな。」
報告を終え、一歩下がったアンナを呼び戻しながらアデルが褒める。アンナが少し表情を綻ばせアデルの元に戻ろうとしたところで、
「あとは相手の見張り――は、もういいか。飛び道具持ちの詳細がわかると良かったのにね。」
と、ネージュさんにダメだしされると、アンナは苦笑を浮かべるのみだった。
「いや、事前にこれだけの情報があれば御の字と言う物だ。」
カミーユはフォローのつもりかそう言うと、アンナの俯瞰図に沿い、各部隊のリーダーにそれぞれが担当する攻めポイントを指示していく。この時点でケンタウロスへの奇襲をアデル達が行うことを告げる。これに関しては一切の反対意見は出なかった。
「敵は少数、我らの半分以下だが油断はするな。各隊リーダーは自分の部隊以外にも、不測の事態に備え、常に隣接する隊の様子は気に留める様に。それでは――行くぞ。ケンタウロスは頼んだ。」
カミーユは各隊リーダー、そしてアデルにそう言うと各々勢いの良い返事と共に突撃態勢に移る。
兵士たちも抜刀し、冒険者の内、所持している隊は保護や矢避けの魔法を掛け始める。アデル達が本隊の影に隠れる様にして、ネージュとオルタ、ブリュンヴィンドに“不可視”の魔法が掛かると愈々突撃だ。
カミーユの号令の下、本隊全員――否、遊撃隊を除く全員が突撃を開始する。最前列は敵の弓に備えて大楯を構えている者たちが殆どだ。しかし、午前の戦闘により、ケンタウロスの放つ矢は100メートル離れた相手の金属楯を貫通する威力を持っているとの報告もある。全員表情は固い。
敵の接近まではもう数秒ある。そう考えていた2体のケンタウロスは低く粗末な柵の内側で弓に矢を番えた。死神たちは不運な獲物を定めるべくその状態を確認する。自軍との接触までに1体で3~4人は狩るつもりで敵軍の先頭が必中必殺となる射程に到達するのを待った。
最初の獲物は軍の先頭付近を駆けてくる騎士の馬だ。楯の大きさからして馬を庇うことはできないだろう。そこで馬を射抜き転倒させれば後続は混乱し、落馬した者も無事では済まないだろう。例えわずかでも接触までの時間を延ばすことが出来ればその数秒でもう1人多く仕留めることが出来ると踏む。
2体のケンタウロスは獲物が被らない様に確認をすると愈々狙いを付け、矢を引き絞る。しかしそこで一瞬、味方しかいない筈の背後から何かを感じた。何かと後ろを確認しようとした瞬間、激しい痛み、そしてやや遅れて相方の喉から漏れる悲鳴を聞いていた。
「GUAAAAAAAA!?」
ほぼ2体同時に背中から大量の血が噴き上がると、全身から力が抜け落ちていくのを感じる。突然の出来事に蛮族軍の前線、ゴブリンやオークにも何が起きたのか理解できない。
ネージュであった。“不可視”の状態から背後上空に回り込み、なるべく風を起こさない様に羽ばたかずに滑空で背後に付き、不可視の魔法が解除されると同時に蛇腹剣で2体同時に背中を深く切りつけたのだ。
ここのケンタウロスは生け捕る予定ではない。ネージュが背後から十分な深手を与えると、ケンタウロスもたまらず向きを反転する。大型の馬と同程度の巨躯を翻し、後方に降りたネージュを攻撃しようとしたところで、さらにその背後、つまりは元向いていた方向からオルタとブリュンヴィンドが“不可視”を解き姿を現すと、ケンタウロスが再度向きを変える前にオルタは馬部背中を叩き潰し、ヴリュンヴィンドは人部の肩口から腰のあたりを爪で一気に切り裂いた。オルタとしては頭を潰したかったのだが、ブリュンヴィンドの体躯とケンタウロスの後部、馬の背中の大きさに邪魔をされそこまで接近できなかったのだ。それでも回復魔法やポーションなど持たないケンタウロスには十分な致命傷といえよう。
「俺も槍を習うべきかね?」
「アンナに氷の槍でも習ったら?」
オルタの呟きにネージュが答える。互いに頷くとすぐに高度を取り、さらに距離を取る。オルタがブリュンヴィンドに指示を送ると、ようやく奇襲を悟った蛮族たちは慌てて武器を構えなおすが、その時にはネージュもオルタもすでに近接武器の届かない位置まで離脱していた。
「ケンタウロスの排除に成功しました!」
本隊やや後方の上空で望遠鏡を覗きながら確認していたアデルが大声で報告すると突撃部隊は一際大きな咆哮を上げた。
そこでカミーユが手を高くあげ、『遊撃部隊は次の段階に移れ!』と叫ぶとラウル隊や遊撃騎士隊らが進路を南東へと変え、アデルとワイバーンに同乗しているアンナが針路を変える。さらにオルタとネージュも急加速し同じ方向へと向かう。この意味を突撃している兵士や冒険者たちは何となく察した。その中でも特に『ラウル達について行った方が安全』と考えていた冒険者たちの一部は少々驚きとも困惑ともとれる表情を浮かべていた。
第3陣地の敵の編成に動きはなかった。で、あるならケンタウロスさえ始末してしまえば、ドルケンの武闘派王と互角以上に渡り合えるカミーユがいれば制圧は余裕であろう。
アデル達はなるべく第2陣地の敵に見つからない様、低空で移動する。先頭を行くのはネージュだ。自他ともに認めるマッピングの才能に加え、実際何度も偵察を経験しているだけあって、ランドマークのない草原でも方角を誤ることなく正確に目標地点へと向かう。
それをすぐ後ろで追いかけるのはハンナだ。そのハンナを監視するようにワイバーンに乗ったアデルとアンナが続き、その後ろをラウル達や騎士たちが続く。殿は最も速度に優れるブリュンヴィンドに乗るオルタだ。先日のレインフォール商会往復以降、余程の厚遇を受けたのか、ブリュンヴィンドはオルタともだいぶ打ち解けている。何よりオルタ――もしかしたらレイラかもしれないが――から貰った暗視付与機能付きヘルメットを甚く気に入っている様子だ。少し妬ける。アデルは今後ブリュンヴィンドの体躯と共に頭部が大きくなるにつれ、それに代わる商品があるか少々心配になっていた。
アデルがそんなことを頭の片隅で考えながら移動していると先頭のネージュが徐々に速度を落とし、手で後ろを制しながら着地した。敵軍第2陣地――最初の目標地点の輪郭がうっすらと見える。
第3陣地到着時の小休止以外1時間近く全力で疾駆していたハンナや強襲部隊全員の戦馬は出撃前に施されたアンナの“疲労軽減”魔法のお陰か、ほんの数分の休憩すれば息も整いそうだ。特にハンナは体力も速力もまだかなり余裕がありそうに見える。
「精霊魔法にこんな魔法があったとはな……水か?光か?」
そう感心しているのは騎士隊のリーダーである中年の男性、ロベールだ。カミーユの紹介によると彼は元々平民であったが、最近まで西部を除きほとんど戦らしい戦のなかったコローナにあって積極的に各地を転戦し地道に功績を積み重ねた結果、数年前に騎士爵を賜った叩き上げの軍人であるそうだ。
「光……だと思います。」
ブリュンヴィンドやワイバーンの体調を確認しながらアンナが答えた。
「だと思う?」
怪訝な顔をするロベールにアデルが説明する。
「アンナは正規の、というか、確立された体系の、と言うべきでしょうか。の、精霊魔法に関する教えを一切受けていませんので。感覚的なものしかわからないようです。」
実際は違う。アンナが水や風の精霊と縁を結べたのは最近――少なくともアデルと合流した後だ。それ以前から日常的に使っていた精霊魔法であるならそれは“光”の精霊の力に他ならない。しかし、周囲の様子からして現在の“精霊魔法・光”にこのような魔法はないのだろう。その辺りを突っ込まれると面倒そうなので敢えて曖昧にしてみせたのだ。
「ほう。つまりは全て独学で身につけたというのか。」
そこで話に割り込んできたのはヴィクトルと言う名の騎士だ。編成決定時の紹介によると、ヴィクトルはコローナ北東部を収める子爵家の嫡男だそうだ。
「師と呼べる方になかなかお会いできないもので……」
アデルがそう言うと、不快そうに鼻を鳴らす。
「貴様に聞いておらぬよ。」
「……」
結局そこで会話は終わってしまう。アデルの偏見かもしれないが、このヴィクトルは貴族家の嫡男と云う事で相当傲慢な性格である様だ。ここまでほとんど会話はなかったが、アデル達冒険者どころか、今回の隊の隊長であるロベールに対しても平民出身と見ているのか、節々に見下す様な態度が見え隠れする。コローナ北部の子爵家の子女か。ハハッ。とは当然口に出せない。
「今必要な話でもないしな。行けそうか?」
短い沈黙ののちに、ラウルがアデルに尋ねた。
それを受けてアデルはネージュをちらりと見ると、ネージュが頷く。
「よし。始めよう。」
「なぜ貴様がこの場を仕切る?」
ラウルにヴィクトルが噛みつく。
「ふう……そうだな。隊長殿に仰ぐべきだったかな。」
ラウルは露骨にため息を漏らすと、わざとらしくロベールに視線を向ける。ラウルの方も微妙に不機嫌そうだ。元々アデルとラウルのパーティだけで決行するつもりだったのに、余計な部隊を付けられ、その上目上の者を見下す様な輩を同伴させられたのだから無理もない。
「将軍の作戦通りに。まずはアデル君たちの奇襲によるケンタウロスの無力化を。その後速やかに接敵し雑兵を排除。オーガは……早い者勝ちと言ったところか。君たちの実力なら負けることはない筈だ。アデル君たちが動き次第作戦開始だ。」
ロベールの言葉に全員が頷き、表情を引き締め各々の騎獣に跨る。第3陣地と同様に、ネージュとオルタ、そしてブリュンヴィンドの姿が消え、強烈な風を巻き起こすと彼らは全速力で敵陣へと向かった。




