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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
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生贄

王都編あらすじ

そうだ、王都行こう→熊うめぇ!→護衛依頼うめぇ!→護衛依頼受ける→バレた!?

→実はとっくにバレてた→魔石集めろ。さもなきゃキマイラ10体な。→

なんだ?何かがおかしい……気がする。 ←今ココ

 ここからは気を引き締めろとナミから訓示のあった夜は何事もなく過ぎた。

 そしてさらに3日が何事もなく進む。

 さらに何事もなく2日が過ぎ、一行は無事に国境を越えた。

 コローナ側では特に何事もなく事務的に送り出され、グラン側の方では自然なようでいて不自然な笑顔に迎えられた。

 その夜はグラン側の国境警備兵の詰所の近くで野営をすることになった。

 ナミの夜営の指示はいつも通りだ。しかしそれとは別の行動を隊商がとっていた。馬車の一台の荷物をここで降ろしたのである。

(そうか、そういうことか)

 ここにきてアデルはようやく違和感の一つ目に気付く。彼らが運んでいるのは確かに食料だが、それは“商品”ではない。“賄賂”だったのだ。

 グラン国境付近がフィンに荒らされ、貧困に困っているなら10台程度の馬車では焼け石に水というより、むしろ目の毒に近いだろう。馬車の列の最後尾から眺めていたアデルの一つ目の違和感はこれだった。港保有国との安定した交易ルートは内陸の商人なら誰しもが狙う金のなる木だ。それをほぼ独占できているのは恐らくは傭兵時代からその「木を育てていた」からに他ならなかった。

(と、なると俺が運んでいるこの荷物はなんだ?)

 中身が米か小麦と言うならこの量ではこの兵数を考慮したら一晩分あるかどうかだ。予備かそれとも誤差か……

 1つが解決するとまた次の違和感を覚える。その本来の姿はまだ現れてはくれなかった。



 越境から2日目、ようやくそれが正体を現した時、それはアデルは自分が嵌め込まれていたことに気付いた時だった。

 少し離れた山の方角から、50人ほどの賊が押し寄せてきたのである。

「左側面!賊だ!」

 隊の誰かが叫んだ。この数なら、護衛と戦えそうな隊員で迎撃すれば大した被害もなく撃退できるだろう。アデルはそう思ったが、次に隊がとった行動、即ちナミの指示で全てがひっくり返された。

「全車加速!後ろ2つは切り捨てて構わん。走り抜けろ!」

 後ろ二つの馬車を囮というか餌にして抜けようというのだろうか?そう思ったアデルに非情な指示が下される。

殿しんがり!仕事はきっちり果たしなよ!逃げたら二度とコローナで仕事は出来ないと思え!他は全員一気に駆け抜けろ」

 ナミの号令と共に隊商はアデル達とオラン達を残し一気に加速する。この時すでにアデルの馬車の他に最後尾の2台の馬車が切り捨てられ、御者が馬車を引いていた馬に飛び乗り走り去る。

「生贄にされたか!?」

 アデルは驚きと共に舌打ちする。

 50人程度の数なら、無理に追撃をせずとも後ろ2台分の馬車の荷があればしばらくは生きていけるだろう。ただ何も抵抗せずに引き渡したのでは賊が付けあがり欲を出して追撃をするかもしれない。そこで足止めと威嚇の意味でランクが低いがそこそこの戦闘力がある冒険者を殿として残すというのだ。

 アデルは状況を悟り槍と楯を構える。50対6、普通に考えれば絶望的な数だが、何度も実戦を抜けたアデルやネージュなら、相手の実力にもよるがすぐに諦める数でもない。殲滅は難しいだろうが、撃退ならまだ可能性はある。

 オラン隊が半分、せめて15人くらいは受け持ってくれるとだいぶ楽になるが……

 ちらりと横を見ると、オラン達が歯を食いしばって立っている。国境はすでに越え、そこそこの距離を進んでしまっている。下手に逃げたところでコローナに戻れるかは未知数だ。それにこういう手合いに負けた場合、連れている女性陣がどうなるかはお察しというやつだ。

「プルルの荷台を外しておけ。そのあとは速攻で指揮してるやつをヤっちまえ。」

 アデルが小声で指示をすると、ネージュは小さく頷いた。

「捨て駒どころか生贄要員か。鼻を明かしてやるか、ナナとメロを奴らに供えるかだ。覚悟決めろ!」

 アデルがオランに声をかけると、真っ先に意味を理解したナナの綺麗な顔が露骨に歪んだ。

「鼻を明かしてやるしかないわね…………いざとなったら自爆してやるわ。」

 ナナが鋭い視線を賊に向ける。この状況で即座に冷静さを取り戻せるのは流石《魔術師》と言ったところだろうか。

「範囲攻撃魔法はどこまで、いくつ使える?」

「範囲魔法だけを使うなら“火球”(ファイアボール)が4回くらいかしら。」

「最初の一発だけ俺に使わせてくれ。あとは自衛でも自爆でも好きに使ってくれて構わん。」

「……なんであんたの指示に従わなきゃいけないのよ?」

「そっちのリーダー固まってるじゃん……それにそうしてもらえると鼻を明かしてやれる可能性が跳ね上がるんだが?」

「……わかったわ。どう使う?」

「俺が極力あいつらの目を引く。その間にネージュが向こうのリーダーを始末するだろうから、それで敵の動きが止まった瞬間一発。あとは好きなだけバラまいてくれ。」

「了解。」

 アデルはナナに素早く戦術を示すと、プルルに跨る。荷台はすでに外されている。ネージュは……アデルが騎乗するとそのすぐに後ろに飛び乗ってきた。

「オラン!しっかりしてくれ。話を聞いてたなら“姫”を守れ。聞いてなかったなら、守りを固めて説明を聞け。」

 そこでナナ以外のメンバーもようやく我に返る。

「騎乗戦闘できんのか!?」

「2人だけで逃げる気!?」

 プルルに跨ったアデル達を見て、我に返ったオランとメロがそう口にする。

「いざとなったら逃げるかもな!たが、すでに国境は越えちまって結構経ってるから、何事もなく帰れるかはわからん。あと騎乗戦闘なんて冒険者登録時に挑戦して挫折して以来だ。期待しないでくれ。とにかく目を引きつつ、リーダー格を落とす。あとは派手なのを見せつけてやれば余程の賊でない限り逃げかえるだろう。敗残兵とかだったら逃げるしかないかもな」

「おいおい、馬があるからって……分かった。まずは守りだな。グレイ、ナナの詠唱を支援する。メロは抜けそうなやつを優先的に潰してくれ。」

 ようやく状況を受け入れたオランがすぐに指示を出し始める。

「よし、もう少し引き付けたら一気に突っ切ってくる。こうなったらアレだ。ネージュ、死ぬよりはましだから最悪時は“全力”で構わん。」

「おおっ!」

 彼我の距離が20m付近になったところで、アデルはプルルの腹を蹴る。プルルもそれに応え、賊の持つ武器を恐れずに加速する。

 アデルは右手に槍、左手は取っ手を無理やり通し左腕と手首の間に固定し、手綱を握る。

 突然現れ、迫りくる騎馬に賊は一瞬だけ怯んだが、数で圧倒的な有利にいる為かリーダーの「掛かれ!」の号令に大声で応え、突進してくる。

(弓持ちが3人か)

 アデルは一度敵を見回す。弓の動向にある程度意識を割り振り、まずは正面の敵を蹴散らす。

 この時代、否、馬は昔から今も高級品だ。賊もまずは馬を狙わずに、馬上のアデルを落とそうと剣を構える。ただ、お互いに対騎馬も騎乗戦闘も不慣れなためか少々ぎこちない。アデルは剣を受けるのは諦め、プルルの全力疾走の上から突けるだけ突いて一度敵突撃隊の後ろへ抜けることにした。

 アデルの進路付近にいた賊はみなアデルを見上げて剣で攻撃しようとしたが、それ以外の者がオラン達に襲い掛かる。

(リーダー(の首)が落ちるまで持ちこたえてくれよ……)

 と、アデルは心配したが、集団を抜け、プルルを反転させるとその目に映ったのは意外や意外、オラン・グレイ・メロの3人が難なく賊を捌いていく姿だった。オランとグランが壁となり、抜けそうになった奴をメロが確実に始末するという形だ。賊たちは単純な斬り合いを諦め、さらにナナが魔術師であろうことに気付くと、一旦距離を取り包囲するように展開する。すると、ナナを守るように3人がやや大きめの三角形を作り対峙する。

「行くぞオラァ!」

 アデルが大声を上げ再突撃の構えを見せた。すると賊たちの殆ど全ての意識が一瞬アデルに集まる。この時アデルの背中にいたはずの少女の姿が消えていることに気付けた賊はいなかった。

 初回の突撃で始末できたのはわずか4人、先のオーガが率いる集団と相対したときを思えばかなり少ない。それでも今は少しでも注意を引くべく馬上で槍を構える。アデルの槍は片手の短槍、馬上での使用は考えていないものだ。それでもその気迫から次の突撃が来ると悟った進路になりそうな賊は武器を構え迎撃態勢を取る。

 アデルとしてもプルルの身を考えれば突撃できるのはこれで最後だと決め、プルルの腹を蹴る。鐙のないプルルの背中でバランスを取るのは困難なはずだったが、火事場の糞力というやつか、尻の痛みや多少の揺れをもろともせずに再度突撃をかます。

 賊たちも応戦しようとするが、馬上の標的にリーチの短い剣では攻めあぐねるようだった。一方アデルの方もやはり本来の戦闘力を出すことはできなかった。相手の実力を考えればもう少し戦果があっても良かったと思うが、今回は敵集団の目を引き付けることが目的だったのでこれで良しとする。プルルが傷を負わなければ尚良しだ。

「仕方ない、馬――」

 賊のリーダーがやむを得ない、馬を狙えと叫ぼうとしたがそれは叶わなかった。

 完全にアデルに意識を向けていたところで背後からネージュが首をバッサリ落としたのだ。そしてネージュさんは容赦なくその首を賊の後衛、後詰や弓兵のいるほうに向かって蹴り飛ばす。人間にはいろんな意味で中々真似のできない芸当だ。

「ひいぃ!?」

 それをうっかりキャッチしてしまった賊が悲鳴を上げ尻もちをつく。

「いいぞ!撃て!」

 アデルが叫ぶと、待ってましたとばかりに即座に直径2mほどの火球が出現し、賊前衛の数が多い場所に着弾する。賊たちの視線は背後で叫びながら首を斬り飛ばされたリーダーに向けられており、突然のそれを避けることはできなかった。

 着弾した火球はドーンと派手な音をと炎をまき散らしながら炸裂する。半径3~4mと言ったところか。魔法の炎故、すぐに炎は消えてしまうが、中心部の数人の賊は見事に黒焦げになっている。外縁部にいた者も衣服などの可燃物に引火し、火だるまになって転がりまわっていた。

(すげーな。レベル10台でこれか。)

 範囲魔法と言う物を初めて見たアデルは内心で舌を巻いた。

 そして、包囲中の賊がそれを見て怯んだ隙に、オラン達が一気に攻勢をかける。

「次!」

 ナナが大声で宣言し、詠唱を開始すると程なくして次の火球が現れる。

「聞いた話と違うぞ!逃げろ!逃げろー!」

 実際のところは1発目の火球で仕留めたのは2~3人、引火してて転がっているのがさらに数人と言った程度だが、音と火炎の威嚇力はアデルのなんちゃって騎士の突撃とは比較にならない程高かった。また、あっさりとリーダーが首を落とされ、さらにその首をキックパスまでされた賊たちはリーダーの首を放り出し一目散に逃げだした。

 撃退は成功、むろん追撃はしない。火だるまになって転がっていたり、逃げ出そうとしていた者をアデルやオランがきっちりと止めを刺す。

 オラン達の周囲には12体の賊が転がっている。思いの外やってくれたものだとアデルは感心した。流石に全てに止めを刺している暇はなかったらしく何人かはまだ息があるようだ。

「どうする?やっちまうか?」

 オランがアデルに尋ねてくる。

「一応依頼主様にお伺いを立ててみようか?話が違うらしいがな。」

 アデルは生き残りの一人を足でひっくり返しそう嗤って見せる。

「くそっ!話が……」

 賊の男がそう言いかけた時、その額にダガーが突き刺さった。

「!?」

 振り返るとそこにいたのはナミと一人の男だった。

「やれやれ。参ったね……」

「……」

 ナミの首筋にはネージュのショートソードが当てられている。そしてそのネージュの首にも別の男の剣が当てられていたのである。」

「話くらいは聞きますけど?」

「……別に話すことはないだろ?賊の襲撃をあんたたちが見事に退けた。それよりこの首に当てられたものを収めてもらえないかね?どういうつもりなんだい?」

「お兄ちゃんたちに向けてダガーを投げつけようとしたからよ。」

 ネージュが静かに答える。

「逃げだしそうな賊に止めを刺しただけじゃないか。」

「逃げだしそうに?そんな気配には気づけませんでしたが……あと、賊によると『話が違った』そうですが?」

「賊が仕入れた“事前情報と違った”ってことじゃないのかね?」

「……そうですか。危険手当はどれくらい付くんですかねぇ?」

「あれだけの数の賊を撃退したんだ。弾ませてもらうよ。」

「……わかりました。」

 そこでアデルは両手を上に向け首を振る。それをみてネージュがショートソードをナミの首筋から離すと、ネージュの首に刃を突き付けていた男もそれを離す。ネージュは忌々しそうな表情で飛び退き一気に距離を取り、アデルの後ろに戻った。

「ちょっと?鼻を明かしてやるんじゃなかったの?」

 ナナが不満げな表情をアデルに向ける。

「いやぁ、こっちは話が纏まっちゃったから……パーティ毎個別でお願いします。」

 アデルはナナに苦笑いを返し、オランに振る。

「まあ貰えるものしっかり貰えるならこっちも?」

 オランも同様に両手のひらを上に向ける。

「ふっ。少しは見直したよ。『こっちも考えを改めよう』」

 ナミは不敵に笑うのだった。

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