人と馬と
「で、兄ちゃん。こいつどうするつもりなんだ?」
偵察出発前の準備(腹ごしらえ)をしながらオルタがアデルに尋ねる。「こいつ」というのは当然、しばらく預かりたいと申し出たハンナの事である。
「俺らで半年から1年くらいかけて魔改造て武者修行の旅に出させようかと。それかもう数体取り込めるようなら、魔の森からドルケン北東部あたりの情報収集に当てるとかな。」
「そう簡単に従えさせれればいいけどな……一番下っ端であれだけ出来るとなると、族長あたりは相当強いと思うよ?」
「奇襲なしだと危ないか?」
「実際目にしないと何とも言えないけど……ハンナだって弱くはなかったし?決闘だと狭いところとかこっちが有利になる条件は付けられないだろうし。」
「むう。」
オルタの論にアデルは唸る。アデルも実際、先程見たハンナの実力なら経験の浅い人間の雑兵なら2~3人は十分に相手に出来るとは見ている。弱いと見えたのは相手がオルタだったり、自分が対峙していたらどう対処するかしっかりと見えていたからだ。故に鍛えれば十分な戦力になると踏んだのだが。
「ネージュ。こいつに網を嫌がった理由を聞いてみてくれるか?」
「ん?うん。」
唐突な質問にネージュは狐につままれたような表情を浮かべつつアデルの問いを訳しハンナに尋ねる。
「……網と言うより、高所恐怖症?足が地面に付いてないとダメみたい。」
「「あー……」」
話を聞いたアデルとオルタが同時に声を上げる。
あれだけの潔さを見せた後のあの嫌がり様はトラウマに近いものがあるとみたが実際にそれに近いようだ。
「……まあ、遅れをとらない脚力を付けるか、克服するか……まあ、訓練次第だな。」
「まあ、また妹が増えるのか。俺は構わないけど……さて、偵察どうするね?ネージュが本陣で確定だろうけど。」
「流石に妹は無理があると思うが……ネージュが本陣、アンナが北東の第5、俺とブリュンヴィンドで東の第4かな?」
「俺が第6?」
「いや、ワイバーンじゃ“不可視”を維持できないし、留守番でいいだろ?こいつを一人、置いてく訳にもいかんだろうし。」
「いやいや、だったら俺とブリュンヴィンドで第4いくから。何かあれば兄ちゃんの所に連絡がくるだろうし、兄ちゃんが待機でいいんじゃないか?」
「いやいや、陣地にいたら居眠りしそうだしなぁ。」
「なら、30分でも仮眠しといてくれよ。何かあった時に判断するのは兄ちゃんなんだし。よし、決り。アンナ、魔法を頼む。」
「え?ええ……」
オルタの勝手な決定にアンナはチラリとアデルを見て確認するが……
「そうだな。じゃあ、そうさせてもらおう。皆も無理せず、眠くなったら戻って来てくれていいぞ。」
アデルは自分が留守番の案を受け入れると同時に他へとそう言う。
「いや、偵察じゃなくて監視も言われてるんだし、勝手に戻ってきたらまずいだろ?」
「いや、俺らだけ寝ずに仕事しろってのも無理な話だ。早めに専門の斥候を出してもらうようにするから昼過ぎを目途に一度情報を持ち帰って来てくれ。そこから無休で監視しろってなら別の“お話し合い”をしなきゃならん。」
「まあ、そのあと同じ土俵で戦えって言われても不利だしね。じゃあ、そうしよう。」
オルタの言葉に全員が頷くと出発の態勢に入る。
「あ、ちょっと待った。ネージュ、今のうちに通訳を頼む。『装備の回収と仲間の埋葬とかは必要か?』と。」
アデルの言葉をネージュが訳すと、ハンナは少し驚いた表情を浮かべて頷く。
「埋葬したいらしい。」
「そうか。じゃあ、移動して――穴を掘る手伝いだけしてやるか。」
アデルがそう言うと全員でケンタウロスとの戦闘があった家へと向かった。
戦場となった旧村はすでに片付けが始まっていた。
そこかしこに散らばる妖魔やオークの死骸を兵士たちが村の柵の外に運び出している。
アデルが近づくと、兵士たちは半裸のケンタウロスの姿に色んな意味でぎょっとした表情をするが、アデルが尋ねるとすぐに村の外に纏めて火葬すると教えてくれた。
アデルが、ハンナの意志でケンタウロスを纏めて埋葬したいと言うと、好きにしろと言う言葉と共に、数名が除去(移送)と穴掘りを手伝ってくれると申し出る。
交戦した家に辿り着くと、アデルが“破砕”の魔法でぶち壊した家がそのままの姿で残っている。
アデルは他を伴い中に入ると、改めてケンタウロスの遺体と対面した。
ハンナは仲間の死体に険しい、そして悲しそうな表情を浮かべるとすぐに気持ちを切り替える。
腕の拘束を外すように要求されると、アデルは「わかってるな?」とネージュ経由で念を押してそれに応じた。
ハンナはまず、夜間装備品を置いてあった場所に移動すると、自分の物や、明らかに自分の物ではない(サイズからアデルが判断するに)ものを物色し、身に付けた。
その様子にアデル含む全員が驚いた表情をするが、ハンナは一番高級そうな鎧と槍、そして弓と矢を持ち出すと、ネージュに何か告げる。
ネージュと少しやりとりをすると、ネージュが言う。
「……『装備はこれでいいからあとは運んで埋めさせてくれ。』だって。ちなみに、装備品は貴重だから、回収して再利用が基本らしいよ。」
アデル達が驚いた理由を察したか、ネージュは今のやり取りの内にケンタウロスの習慣を聞いていた様だ。遺品は埋めずに、生き残った者が使うというのが基本のようだ。
ハンナは仲間の遺骸をこの場に埋めると言ったがそれは兵士たちにより断られる。どうやら死体はすべて村の外に出す様にと通達があるようだ。人間ならば今後の土地使用や衛生面を考えると当然なのだが、ケンタウロスはそうではないようだ。ハンナはこれに不服を示す。
「毒を扱うのに腐敗のことを知らんのか?」
アデルが呆れ気味にそう言うと、ネージュ経由で意外な反論が返ってくる。
「……毒なんて使わない。死体は土に返すのが基本だ。だそうで。」
「なぬ?」
この場では全く思いもつかない言葉にアデルが驚く。アデルが驚いたのは当然、“毒なんて使わない”という部分だ。ケンタウロスの毒矢は思えば伝聞だけを耳にしただけの話で確かに今まで回収されたケンタウロスの矢からは毒は検出されていない。
「毒の話は後だ。ただ今後誰かが使うかもしれないこの場での埋葬は出来ん。どうしてもというなら遺品だけこの場に深く埋めて、死体は決まり通り村の敷地の外だ。墓の上に家が建って人が暮らすってのも嫌だろう?どちらにしろそこは譲れん。」
アデルの言葉にハンナはしぶしぶ頷くと、余った装備品をそれぞれの死体のあった場所に埋めた。
その後ハンナは仲間の遺骸を両脇に1体ずつ抱え、引きずって移動をする。この辺りの扱いは随分と雑らしい。確かに他の兵士たちも妖魔の死体は同様に引きずってはいるが。
アデルは直接土の上を引き摺る気にはならず、壊れたドアの板の上に自分が倒した1体を乗せてから上体を引いて移動する。
重い。元々、生身と比べると遺体は重く感じるものだが、それを考えても尚重かった。
元々の体重が人間の比ではないのだ。体躯もハンナよりも馬部、上体共に1回りは大きい。
アデルは複雑な心持で前を行くハンナを観察する。アデルが埋葬を申し出たのは、この状況でのハンナの行動を確認したいということもあったためだ。
一方ハンナはハンナで、わざわざ板を敷いて運びにくくしているアデルを不思議そうな視線で見る。
「こうすればこれ以上遺体は壊れないし、遺体からいろいろこぼれ落ちることも少ないだろ……」
アデルの呟きをネージュ経由で聞くと、ハンナは少し思案した様子を見せ……結局元通り、2体まとめて地面を摺りながら移送を再開した。
装備品の回収や戦死者の扱い、またその後の切り替えを見る限り、この辺りは人間のそれよりドライであるようだ。カミーユが言っていた、『騎士よりも傭兵に近い』と言うのはこの辺りにまで及ぶのかもしれない。
指定の場所まで運び終えた所で、アデルはネージュら他の面子に本来の仕事に向かうように促した。全員である程度ハンナの様子を確認したかったというのと、言葉のやり取りがネージュにしかできないのでここまで付き合せた。ネージュが強襲したほうにもう5体いるであろうことを考えるとアデルらはもう1~2往復する必要がありそうだが、ネージュやオルタらに本来の依頼をないがしろにさせるわけにはいかない。
アデルの言葉に、オルタはチラッとハンナを見、問題なさそうだと判断すると、『じゃあ行くか。』とその場を少し離れ、ブリュンヴィンドに乗り込む。ハンナが見ていないところでヴリュンヴィンドがケンタウロスやら妖魔の新鮮な死肉をこっそり啄んでいたのは見て見ぬふりをした。
ネージュらが順に“不可視”の魔法を貰って風だけを残し離陸して行くと、その様子を隣で見ていたハンナが何かを言ったが、アデルには何を言っているのかわからなかった。
その後、穴は兵士たちが用意してくれると言うので、アデルとハンナでもう一方の5体を2往復掛けて運び、埋葬したのだった。
埋葬を終え、アデル達が拠点として休んでいた場所に戻るとカミーユの所に残らされていたラウル達が戻って来ていた。
「お疲れ。何を聞かれたんだ?」
アデルがラウルに尋ねると、ラウルは、
「北部戦線での軍と傭兵と冒険者の運用方法を聞かれたよ。一応答えて来たけど、北部戦線は7割が北部貴族の私兵で、2割が傭兵、冒険者は1割もいないくらいだから勝手は違ってくるだろうとも言って来たけどな。」
「……なるほど。あっちはまあ、数千単位だったしなぁ。実際はどうだったんだ?」
「作戦行動は軍が主体だったさ。冒険者は主に遊撃、俺らはグノーだったかな?前線に立たされた俄か貴族の補完みたいな活動だよ。敵軍の側面を付いたり、たまに撤退戦の殿を務めたり。」
「なるほど。グノーってガストン・グノーだっけ?」
「確かそんな名前だった。知ってるのか?」
「ほら。ちょうど俺らがいた後方の支援陣地が襲われた時に前線から視察に戻ってきたのがその貴族だった筈だ。このミスリルソードはその時の褒賞としてその貴族に貰ったものだからな。」
「へぇ。ほう。随分と良い物使ってるな。」
アデルがグノー男爵から下賜されたミスリルソードを見せるとそれを引き抜いてラウルが感心の声を上げる。
「実戦使用は今回の奇襲で初めてだったけどな。さすがの切れ味だった。」
「……お前ら、剣は使わないからなぁ。オルタだったか?新入りが大剣を使っていたみたいだが。」
「アイツのは鈍器だ。まあ、緊急時には抜くらしいけどな。まあ、ある意味奥の手らしいがね。」
「魔剣の類か?」
「どうなんだろうな。旧文明の工業品らしいけど、本人のいない所で滅多なことは言えん。」
アデルの言葉にラウルらは一様に興味を持ったようだが、それ以上は追及してこなかった。
「他は?」
「軽く飯だけ食って偵察に向ったよ。俺だけ留守番だ。こいつもいるし、あとは今のうちに仮眠しとけとな。お前らも先に少し休んできた方がいいんじゃないか?あのようすじゃ、今回は主力として前面で扱われるだろうし。こっちは昼過ぎに一度戻るように言ってあるからそのあと休んで合流かな。再編成の枠が決まったら早めに斥候を出すように頼んでこないとな。」
「なるほど。まあ、他の隊よりも移動力には自信があるが、流石にお前らに勝てる気はしないからな。そうだな。今のうちに少し休んで置こう。すぐそこでテントを立てるから何かあったら真っ先に起してくれ。」
「俺もその内居眠りしそうだけどな。まあ、もう1時間くらいは起きてるつもりだし、何かあったらイスタの人に頼んどくわ。」
「おう。」
そんなやりとりをしてラウル達は少し離れた位置にテントを立て、中に入っていった。
「さて……」
ラウル達を見送ったアデルはハンナに向き直る。
ハンナは既に回収した、恐らくは自分の物だったであろう革鎧を身に付けている。アデル達の会話の裏で一度別の者の金属鎧を身に付けようとしたが、サイズか重さが合わなかったのだろう、結局あきらめ自分の物を付けた様だ。槍と楯に関しては、他者が使っていた物を選んだようだが。
アデルは改めてハンナを観察する。
上体の人間部分はアンナと同程度、下半身の馬部は小型馬であったプルルに近い印象だ。これで歳はいくつくらいなんだろう?人間準拠で考えるなら10代前半、しかし馬躰をベースに考えるなら、2~3歳と言ったところだ。そもそも年齢という概念があるのかすらわからないが、その辺は後でネージュに聞いてみれば良い。
とりあえずアデルは袋の中からプルル用の3種類のブラシを取り出した。
ブラシをハンナに馬部に入れると、くすぐったかったのか、小さな奇声と共に一瞬飛び上がるが、アデルは馬部の背中を強く押し、大人しくするように指示を出す。
ニュアンスで伝わったか、ハンナは渋々大人しくする。
アデルはブラシを入れながらハンナの馬部を観察する。
筋肉もそれなりにしっかりとついているが、全体的にはまだ肉は柔らかそうだ。ケンタウロスとして未熟な証拠なのだろう。筋肉の付き方を見ると、伝令や貴族の道楽である競馬向けの速度重視の馬よりは戦馬、荷馬に近いと感じる。瞬発力よりも持久力に寄っているのだろうと予想できた。
次に人部に触れる。勿論こちらはブラシではなく素手でだ。当然のように睨まれたがアデルは気にせずに二の腕、腹筋あたりを軽く押さえながら観察する。ぱっと見、二の腕が長い以外はアンナと大差がないかと思ったがそうでもなかった。ムキムキではないが、腕、腹、背と筋肉は予想以上にしっかりついている。アデルやオルタと比べるなら比べるべくもないが、歴戦の前衛職冒険者として鍛えられてきたヒルダになら勝るとも劣らぬものはある。この若さでだ。アデルは改めてケンタウロスという種族のポテンシャルを意識せざるを得なかった。
「やらせりゃ出来そうだけど、流石に馬車を引かせるわけには行かんよなぁ。」
アデルはそう呟くと同時に、先ほどのネージュの言葉を思い出した。
『思考と身体を力で抑えこみ、生存に必要な物を与える。人間が馬や牛、奴隷にしてることと大差ないんだけどねぇ。』
(人間の中でも奴隷はいる。犯罪奴隷は別として、他の奴隷はどうなんだろう。人間、ケンタウロス、馬、何がどうちがうのか。結局は――」
勝手に始まった思考があちらこちらへ暴走しかけると、アデルは猛烈な睡魔に襲われていた。




