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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
176/373

失策と方策

「申し上げます!」

 副将と数名の騎士と共に元村長屋敷の大部屋の片づけを行っていたカミーユのところに伝令が慌ただしい様子で入って来る。

「なんだ?」

「南方第8陣地、制圧完了いたしました。我が軍の勝利です。」

 その言葉にカミーユはじめ、部屋にいた全員が表情を綻ばせた。しかし。

「損害は国軍から戦死者6名、傭兵団から12名、重傷者は双方から12名、内3名は危篤となりましたが、“回復職ヒーラー”により命は取り止めています。」

「そうか……」

 一転、カミーユらの表情が険しくなる。南陣地は中央陣地よりも敵数は一回りは少なく100弱程度だった筈だ。対してコローナ軍は国軍50に戦闘経験のある2つの傭兵団80を送り、中央よりも楽に制圧できると予測していたにもかかわらず、損害が中央よりも大きい。

「随分と被害が出ているな?」

 カミーユの言葉に伝令が困惑する。

「と、仰せられますと?」

「……いや。こちらは負傷者数名のみで戦死者は出ていない。敵の数はこちらの方が多かった筈だが。」

 カミーユの言葉に伝令はさらに困ってしまう。カミーユもすぐにそれは伝令に尋ねてもどうにもならない事と気付き、声のトーンを下げた。

「いや、すまぬ。貴君に問うても詮無き事。こちらもすでに制圧は完了している。そちらの副将を呼んでもらえるか?」

「ははっ!」

 勝報をもたらしたにもかかわらず険しい表情でそう言われた伝令は慌ててその場を後にした。

 さらに遅れて数十分後、今度は北に派遣した部隊の伝令が到着する。

「申し上げます。」

「うむ。」

「北部第7陣地、制圧完了にございます!」

 こちらも勝報である。しかし一同はまだ表情を崩さない。

「損害はどの程度でた?」

「……は。新兵を中心として――戦死者が25名……」

「なんだとっ!?」

 思わず声を荒げたのはカミーユの副官である。

「……主にどこで被害を出した?」

 静かに尋ねるカミーユに伝令が答える。

「はい。敵将のオーガにより8名、ケンタウロスにより13名、4名は雑兵に。」

「……負傷者――戦闘不能者は?」

「重傷者が数名出ましたが、こちらは《神官》達の治療により行動に支障はでないかと。」

 その答えにカミーユは表情を歪めた。

 本来なら南北の分隊はこのまま次の拠点を攻める予定であったが、果たしてそれで良いのか?カミーユはしばし思案した。


「予想よりだいぶ被害が大きいな。オーガはともかく、ケンタウロス個々の戦闘能力を低く見積もっていたのかもしれん。更に悪いことに巨人の存在も示唆されている。このまま当初の作戦通りに軍を進めるのは難しいだろう。多少時間のロスにはなるが、後のない状況で無理な攻めはできない。再編成が必要だ。残りの5つの陣地は今回の3つと比べれば単純な数は少ない。直ちに戻り、全軍第7陣地に結集するように伝えてくれ。」

「はっ!」

 険しい表情で告げるカミーユに言葉に伝令は駆け足で部屋を出ていく。

「私の失策だ。ここまで差が出るとは考えていなかった……」

「差、ですか?」

 カミーユの言葉に副官が怪訝な表情を見せた。

「それぞれの縄張り意識を考慮して、今回は軍、傭兵、冒険者を極力分けて編成したのが裏目に出てしまったようだ。やはり経験の差は大きい。奇襲の精度もまた大きく違うようだしな。」

「しかし、それぞれの指揮系を考えればそれは当然のことかと。軍の指揮に冒険者が混ざれば、傭兵団の指揮に騎士が関与すればいい結果にはならないでしょう。奇襲に関しては……たまたまそれが可能な冒険者が一部紛れ込んでいたお陰かと。」

「ああ。そう考えていたのだがな……集団戦の中でも、集団で纏まって個々以上の力を発揮する者と少人数で独立して動かした方が結果を出す者、それぞれと云う事だな。さらに詳細に詰めて編成をせねばならんようだ。全軍に通達してくれ。再編成が必要になったため、各員、隊毎に固まって休憩に入るようにと。それからアデル君とラウル君の隊に至急ここに集めてくれ。」

「承知いたしました。」

 カミーユの言葉を受け副官が外へ出ていく。

「エースとジョーカー、まったく別物だったという事か。今後どう切るべきか……」

 カミーユを椅子に腰を下ろしながらそう呟いていた。



 カミーユに呼ばれたアデルらとラウルらは、指定通りに全員で暫定司令室となる旧村の村長宅へと出頭する。

「再編成があるとのことでしたが……何か予想外のことでも起きましたか?」

 最初に言葉を発したのはアデルだ。既に数か月の面識と実績がある分この辺りはアデルの方が話しかけやすい。

「いや、深刻な話ではない。3つの陣地すべてで敵の排除が成功したとの報だ。ただ少々予想よりも損害が多くなってな。」

「……増援の要請に?」

「いや、数的にはまだまだ我が軍が優位だ。勿論、増援の要請はするが、そちらは早馬に任せる。戦死者の遺体もなるべく早く戻してやりたいしな。ただ、南北の――第8、第9陣地は放棄することになるので、再結集から再編成が行われるまで敵の陣地に動きがないか監視をお願いしたい。単純に何か動きがあれば伝えてくれるだけでいい。特に第1、第4陣地の動きを注視してくれ。本拠地からの増援又は陣地間の移動があればつぶさに知らせてほしい。ただ、ネージュ君には、可能であれば巨人の所在を調べてみて欲しい。勿論、無理のない範囲でだ。“それっぽいモノ”が隠されていそうならその程度の情報でも構わない。」

「……わかりました。ケンタウロスはどうします?」

「……今以上の情報は出てきそうか?」

「……なんとも。質問すれば知る範囲で正直に答えてくれているようですが……」

「裏取りは難しいが、敵の内情を知れる可能性は捨てがたい。済まないがもうしばらく管理して欲しい。」

「待機中は構いませんが……流石に戦場に連れてはいけませんよ?同族――同氏族?の捕虜がいるとなれば真っ先に取り返そうとしてくるでしょうし。」

「なんとかケンタウロス、その娘の同氏族だけでも切り崩すことはできないだろうか?」

「現時点では難しいようです。」

「現時点では?」

「……彼女は実力も権力も最下層の様ですしね。彼女を起点に交渉しようとしても恐らくは無理でしょう。少なくとも一戦は交える必要がありそうです。その後はうまくやればある程度は取り込める可能性はあるかもしれませんが、戦闘自体のハードルが上がりかねません。」

「策があるのか?」

「策と呼べるものかどうかすら怪しいですが」

「一応聞かせてくれ。」

「こいつと同じですよ。一度手足を落とすかして戦闘不能にした後に捕獲し、彼らの“決闘”を受けるのです。最初に族長をピンポイントで倒す必要がありそうですが。しかし、そう言う状況になるということは恐らく今回の一連の戦闘も終了していることになっているでしょうけど。」

「なるほどな。一つ彼女に質問させてもらっていいか?『戦場での交戦はお互いの事情と割り切って、その後に話し合うことは可能か?』と。」

 突然のカミーユの言葉に、ネージュは少し怪訝な表情をしてハンナに問いかける。

「…………『交戦を事情と割り切ることは可能だろうけど、話し合いは無駄。力を示すしかない』だって。もしかして凄い単純なんじゃない?」

 ネージュは少しあきれ顔でカミーユにそう答えた。

「力を示したとして、同族、同氏族で戦うことはあるか?」

「…………『氏族間抗争は珍しくない。氏族内での紛争は、“決闘”で全て解決するからわからない。』」

「君は今回どうする?」

「…………『私から挑んだ決闘で敗れた以上は“主”に従う。だけど私の声などみんなは耳も貸さないだろう』だって。ふむ。」

 ネージュは訳をそう答えながら、納得した表情でアデルを見る。アデルも、そしてカミーユも察したようでほぼ同時に「ふむ。」と頷く。

「将軍。前言を翻すようですが、こいつ、しばらく預からせてもらっていいですか?」

 何やら思いついたアデルがカミーユに申し出る。

「うむ。彼らの“戦”に対する考えは騎士よりも傭兵に近い様だ。甘いかもしれんが、元々敵対する必要のない相手と後々までの遺恨を残すのは本意ではない。」

「亜人が相手でもですか?」

 突然のアデルの言葉にカミーユが数秒きょとんとする。亜人を妹とし竜人を連れる君が言うのか?と。だが、すぐにアデルの意図に気付いたか、カミーユは言う。

「信用できる相手であれば種族は関係ない。当家は代々テラリアのアカデミーに留学するのが慣例になっているのだが……テラリアでの亜人の扱いを見て、争いが絶えないのを見て『さもありなん』と思ったよ。」

 溜息をつくようにカミーユが言う。

「フォルジェ家の誰かさんとは真逆ですね。」

「フォルジェ家?知っているのか?」

「あそこのローザサマの依頼で共に遺跡に潜ったことがありまして。あちらは見事に“テラリアの聖騎士”になってましたがね。」

 ローザの名前が出たところで、ネージュやラウル達が少し険しい表情を覗かせる。

「ローザ君にあっているのか。ミシェルは元気だったかね?」

「え?ええ。妄信的にお嬢様第一主義でしたが。役立たずだったか、ゴミ屑だか言われましたよ。」

 アデルが苦笑を漏らすと、ジルベールも口を挟む。

「あのお付きのねーちゃんか。俺らは野獣呼ばわりされたわ。」

「いや、野獣呼ばわりしたのはその主家の方だろ?お付きにはハゲタカ呼ばわりされたような。」

 ジルベールの言葉にブレーズが冷静に突っ込みを入れる。

「その裏でブランシュを引き抜こうとした辺り、男嫌いか何かかね?」

「ラウル達なら身分的には同格の筈だしなぁ。俺らは普通に“聖騎士”達が庶民を見る扱いを受けていたけど。」

「ん?その割にネージュは問題にならなかったのか?」

「あちらさんはブランシュよりも知識は少ない様だ。まあ、角も今ほど大きくなってなかったしな。」

 ラウル達にアデルはネージュの頭の角をコリコリさせながら返す。

「……ミシェルがそんな発言をしたのか?」

 それに対して、カミーユが眉を顰めてそう聞いてくる。

「少なくとも、それぞれ全員が聞いてるよな?」

 ラウルの言葉にカミーユ、それにローザらを知らないオルタとアンナを除く全員が頷く。

「彼女もテラリアで変わってしまったのか……?」

 少し残念そうにカミーユが呟く。

「あれ?将軍はミシェルさんともお知り合いですか?」

「ああ。騎士見習いとして私の下にいた時期もある。ローザ君が強烈な性格をしているとは聞いていたが。」

「ってことは、将軍も“聖騎士”?」

「……いや。テラリアの思想について行けずに“聖騎士”にはなれなかったよ。」

「そうですか……まあ、そっちのほうが大陸やコローナの為かもしれませんし……」

 アデルはそう呟きながらカミーユの評価を少し上げた。

「それでは偵察・監視の準備に入ろうかと思います。報告先はこの場所ですか?」

「ああ。頼む。この後別動隊と合流して会議になるだろうが、君たちからの報告は最優先で受ける様に申し伝えておく。」

「承知しました。それでは。」

 アデルが一礼すると、それに続くようにアデルのパーティの面々は軽く会釈をして部屋を出る。言葉が通じつ状況がわかっていないハンナはネージュに促され後に続いた。


「さて、ラウル君たちにも少し聞きたいことがあるのだが――」

 アデルらが立ち去った後、カミーユはラウルに向き直り、そう言った。


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