一騎打ち
カミーユに報告を終えたアデルは再び高度を上げる。下を見れば先頭を往く騎馬が3騎。ラウル達である。馬の質も他の騎兵よりも良いのだろう。
ラウル達は西門に真直ぐ向かうかと思えば、光の射す西門を本隊――国軍の将兵に任せ、自分たちは馬に柵を飛び越えさせ、暗がりの柵の中へと飛び込んで行った。前衛3人の楯にはヴェルノが付与したものであろう、“灯火”の魔法の灯りが点けられている。
アデル達が最初にこの村でオーガ中隊を相手にした時も、アデルは同じように楯に“灯火”の魔法を貰っていたことを感慨深く思い出す。攻守や敵・味方の数等条件は大きく異なるが変な孤立さえしなければ相手はオーガの中隊である。ラウルらであれば取るに足らない相手だろう。
アデルはすぐに気持ちを切り替え、ポイントBへと向かう。ポイントBとはパーティ内で最初に示し合わせた、村の東門から飛行で数分北に行った森の中にある、少しだけ開けた場所だった。ここなら捕虜に多少騒がれても救援が駆けつけるのは難しいだろうと思われる地点である。
既に到着していたオルタはワイバーンから降り、網を纏める紐を木にひっかけながらケンタウロスを吊るした状態で待っていた。
ケンタウロス――よく見ればまだそれほど年端の行かぬ少女の様だ――は、切り落とされた腕から今も血を噴出させながらオルタやネージュに何やら罵倒を浴びせていた。オルタもやはり言葉がわからないらしく、アデルの到着に気づくと苦笑してお手上げの仕草をして見せる。
「……ネージュは言葉が分かるか?」
「……分かるには分かるけど……大したこと言ってないよ?」
「参考までに?」
「卑怯とか殺すとか。」
「ああ、うん。お約束か。」
アデルがケンタウロス少女を見上げると、それに気づいたケンタウロスは今度はアデルに向けて罵声らしきものを浴びせる。
「訳す?」
「イラネ。とりあえずアンナ。腕をくっつけてやってくれ。」
アデルはネージュにそう言いながら腕を受け取ると、それをアンナに預ける。アンナは短く頷き治療しようとするが、暴れるケンタウロス少女には近寄り難いようだった。
「ネージュ、訳してやってくれ。今後どうなるかわからんがとりあえず腕だけ戻したい。要らないというなら強制的に止血だけするが、そうなると腕は2度と戻らんぞ?と。」
「ん。…………」
ネージュがケンタウロスにそう言うと、ケンタウロスは一瞬驚き、次に苦々しそうな表情を浮かべつつつも大人しくなった。アデルがオルタに指示を出すと、オルタは枝に掛けていた縄を緩め、ケンタウロスの体が地面に付き安定する様にさせた。
「それでは。」
大人しくなったところでアンナが治療を施す。アデルにして見せた時と同様、強い光に包まれると腕はその切断面で綺麗につながり、傷口もほぼわからない程度に消えていく。アデルは今回は他人事であるが、それゆえに第三者視点からその様子に改めて感心をすると、同様の怪我でもこうはいかなかったヒルダの事を思い出した。
(ヒルダのパーティは……確か治療魔法が使える奴はいなかったな。今回の参加パーティはどれくらいのパーティがそうなんだろう……)
ヒルダの次に昨日顔合わせをした他のパーティのリーダーを思い出しながらそんなことも考えた。
治療がひと段落ついたところで、落ち着いたのかケンタウロス娘がまた騒ぎ出す。
「今度は解放しろとかなんかだろ?」
「惜しい。少し違う。正々堂々明るいところで一騎打ちしろって……」
「「ほう」」
ネージュの言葉にオルタとアデルが同時に声を上げていた。
オルタは「そこまで言うなら」とやる気を見せたが、流石にアデルは警戒する。
「腕が治って網から出されたところで逃げられても困るしな……もしこの場で逃げようとしたら、ネージュ、ヤれるか?」
「まあ、灯りを持たせなければ殺る分には問題ないだろうけど……殺しちゃったら生け捕った意味なくなるよね?」
「それな……」
ネージュの指摘にアデルはそう答える。で、あるなら――アデルは妥協点と口車を考える。
「ネージュ、正確に訳してくれ。」
「ん?」
アデルの言葉に少しだけ疑問の表情を浮かべるネージュだが、アデルの発言を待つ。敢えてこう言うには何かあるのだろう。
「明るいところで一騎打ちの機会をやる。そのかわり、こちらが勝てば知っている事を全て正直に話す。もしそちらが勝てば“逃げる機会”をくれてやろう。但し、“一騎打ちをしないで逃げようとするなら”その時は“上”から容赦なく切り刻む。」
アデルがゆっくりそう言うと、ネージュの方もしっかりと意識して、その通りに訳して伝える。
すると、ケンタウロス娘はほぼ二つ返事でそれを承諾した。
(軽いな……自信か?それとも単純なだけか?どちらにしろ、くれてやるのは逃げる“機会”だけだがな。)
アデルはそれを聞き、内心でほくそ笑むとオルタに声を掛ける。
「武器を持ってない様だし俺の槍を貸してみるが……やれるか?」
「ん?ああ、問題ない。」
アデルとオルタはケンタウロス娘の体を見ながらそう言った。先ほど殲滅した他の個体と比べて明らかに体躯が小さい。若いか、或いは成人前かなのだろう。何年くらいでここまで成長するのかはわからないが少なくとも上半身部分は人間で言うなら10代前半と言ったところだ。種族特性か、両腕だけ明らかに人間より長く、逞しい様だが、他の部分はまだまだ発展途上だ。
「成立だな。武器はこれを貸してやろう。ゆめゆめ“いきなり逃げ出そう”とはしない事だ。」
アデルがそう言いながら網から解放すると、ネージュがすぐに蛮族語に訳してくれたようだ。ケンタ娘は一度表情を引き締めると、槍を持ってオルタに対峙する。
アンナが直径10メートル程の光の空間を用意すると、オルタも暗視兜を外す。
「これで条件は同じだな。」
オルタがそう言いながら構えると、ネージュの訳を聞いたケンタ娘は少し怪訝な表情を浮かべた。恐らく、兜に暗視が付与されていたことに気づいていないのだろう。
「じゃ、始めの合図はネージュに任せる。」
オルタがそう言うと、ネージュはケンタ娘に確認を取り、始めの合図をした。
合図と同時にケンタ娘が4つ足でダッシュする。
(流石に速い)
アデルやオルタ、それにネージュやアンナも一様にそう感じた。
十分な助走をつけ跳躍して槍を突き出す。走力だけでなく、突く槍の軌跡も早い。しかしギャラリーの3人からしてみれば、オルタなら余裕で躱せるであろうと見る。
しかしオルタは避けるそぶりを見せずに敢えて剣の鞘で受け、払いのけた。
(結構重いな)
その上半身からは到底想像できないような質量の乗った一撃がオルタの剣の鞘、即ち鉄の鈍器に打ち付けられ、鈍くも激しい音を上げた。
ケンタ娘は綺麗に着地はしたものの、撥ね退けられた槍からの衝撃で少し表情をゆがめる。
その後もすぐに距離を詰めつつ、2~3回、ジャブの様な突きを繰り出す。
ケンタウロス特有の身体から繰り出される、歩兵よりも高い位置、騎兵よりも前の位置から鋭く伸びてくる突きはレベル10台半ばの戦士程度――即ち、今回参加している兵士や初級冒険者程度なら十分な手傷を負わせられるであろう鋭いラッシュだった。
(だが……)
楯を持たないオルタは、今度は受けることなく、最小限の動きでそれらすべてを躱す。オルタにしてみれば、普段主に訓練している仲間の方が余程速く鋭いと感じる。
ケンタウロスはそれでも何度か突きを繰り出すがオルタは剣で牽制しつつ全てを躱す。痺れを切らしたか、前足2本を上げ高い位置から渾身の一撃を打ち込もうとするが……
(よわい。)
その渾身の突きに合せてオルタが剣を払い上げると、そのまま槍が弾け飛んだ。
握力か、腕力か、どちらにしろオルタの振りまわす質量の塊の圧に耐えきれず、槍を手放してしまっていた。最初から武器弾きを狙っていたオルタはすぐに側面に回り込み、剣の鞘を首の裏へと当てがった。
「勝負ありだな。」
「…………」
アデルの言葉をネージュが訳し伝えると、ケンタ娘はその場にしゃがみこむ。案外潔いようだ。
アデルは貸した武器を拾い上げ回収し、オルタは剣を背中に戻しながらにやにやとケンタ娘に詰め寄る。
「…………」
「…………」
アデル達の視線をケンタウロスは下からながら怯まずに睨み返す。アデル達は何も言わない。下碑にも見えるその表情に、ケンタウロスは「何だ?」と尋ねるが、アデル達は何も言わなかった。
30秒くらい睨み合った所で、アデルは口を開く。
「くっ、殺せとは言わんのか?」
アデルの言葉をネージュは敢えて訳さなかった。
「質問あるんじゃないの?先に支援に向かう?」
「まあ、そうだな。あっちはラウルがいりゃあ大丈夫とは思うがね。」
アデルはそう呟くと、改めてケンタウロスに向って言葉を掛けた。
「とりあえず、ケンタウロスの拘束ってどうやるんだ?」
「「…………」」
勿論誰からも答えは返ってこない。仕方なくアデルは腕を後ろに回させ、後ろ足を棒で固定し縛り上げた。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか。あんまり時間は掛けたくない。」
アデルがにやりと嗤った。




