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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
172/373

電光石火

 深夜0時を少し回った所で最後の偵察に出ていたネージュが戻ってくる。閉ざされたイスタの東門の内側には500近い人数が武装し、出撃に備え待機していた。

 戻ったネージュは周辺に敵斥候が見当たらない事、今回攻める3地点がローテーションの対象でない事を確認した旨をカミーユに報告すると、カミーユは静かに片手を高く上げると、東へ、門の外へと向けて手を振り下ろした。

 静寂と緊張の中、イスタの東門が低いうなり声をあげながら開いていく。



「では行ってきます。」

 カミーユの軍が淡い光の中を持ち、黙々と出撃して行く中、アデルはディアスにそう告げブリュンヴィンドに騎乗した。

「ああ。町の方は一切心配しなくていい。うまくやれよ?」

 ディアスがアデルに答えると、ソフィーもまた見送りの言葉を掛ける。

「今のあなたの実力なら足手まといになる事はないわ。まずは支援から。しっかりとやって来なさい。」

 ソフィーが声を掛けたのはヴェルノだ。ヴェルノは今回、ラウル達のサポートとしてラウルらのパーティに参加させてもらうことになったのだ。“灯火ライティング”の付与や、タイミングを見ての範囲魔法等、ラウル達の持っていない部分をカバーするには充分な能力は備えていると言える。

「ラウル君達も宜しくね。」

 ソフィーがラウル達にそう言うと、ラウルやジルベールも頷いて返す。

「必ず生還させます。では我々も……」

 ラウルがそう返しアデル達の方を見ると、アデル達は既に離陸の態勢に入っていた。

 ブリュンヴィンドも専用の暗視兜を装着し、アデルを背に乗せ何度か翼を羽ばたかせ風を地面に打ち付けている。現状、唯一暗視を持たないのはワイバーンであるが、こちらは手綱や重心移動等の騎手の指示により、全身、停止、旋回と暗闇の中でも騎手の命令を忠実に実行できるように訓練されている。空にあっては精々10~20メートルを照らす程度の光源など、外から目立つだけで何の足しにもならないのだ。こちらにはやはり新調した魔法付与の兜を装着したオルタが乗り込んでいる。ネージュは既に城門の上に移動し、アデル達の出発の瞬間を待っていた。

「それじゃ、お先に。」

 アデルはラウルにそう言うとブリュンヴィンドに合図を送る。ブリュンヴィンドはその羽ばたきを一層強いものへと変化させると、ものの数秒で浮揚を開始した。

 ブリュンヴィンドの体が城門を超えられる高さにまで上がると、今度はワイバーンが訓練された力強い羽ばたきを始める。程なくしてその体が城門の高さを超えると、ネージュが自分の翼で浮き上がり、ブリュンヴィンドの前に躍り出る。最後にハーフのヘルメットとミスリルブレストプレートで身を固めたアンナが城門の上を越えると、彼らは次々と城門の上から東へと向かっていく。ラウル達の視界から消えるとジルベールが誰にともなく呟く。

「……あれ、ある意味ずるいよな……」

 その言葉を、ディアスとソフィーは複雑な表情で聞き流した。




 東征軍は2時間弱程移動した所でそれぞれの目的地へ向けて3つに分かれた。国軍150名で編成された部隊が北へ、国軍と傭兵団が約50名ずつの部隊が南へ、そしてカミーユが指揮する国軍と冒険者が約半々で他よりも多い170名余の部隊が、少し規模が大きい中央の陣地を目指す。

 カミーユらの部隊は更に1時間程東に移動した所で、一斉に松明を消し、ランタンに薄い黒布を掛けて最小限といえる光量でさらに30分程慎重に移動して待機地点まで移動した。陣地のある村まで1キロメートル弱と言ったところだ。ここで合図となる爆発音と光の発生を待つ。

 先に到着していたアデル達とカミーユが最終確認を行い、夜襲の決行が各隊に伝えられる。その間にアデル達は再度空に上り、アンナの魔法でアデル、ネージュ、ブリュンヴィンドの姿を隠すとそれぞれ所定の位置へと向かった。言葉が通じず、不可視の維持がうまく出来ないワイバーンに騎乗するオルタは万一の狙撃に備え、500メートル程離れた地点で、アデル達よりもさらに高い位置で合図を待つ。手にはいつもの剣(鈍器)ではなく、綱を複雑に結び合わせた物を持っている。海戦、主に商船を襲撃する際に射出して敵の動きを封じる網である。今回、オルタの最大の目標は、アデルが追い立てたケンタウロスの内1体を捕獲し、戦域を離脱することだった。勿論、状況が悪化すればそれよりも仲間の脱出を支援することになるのだが。



 奇襲開始のタイミングがやって来る。

 まずはネージュが突入する家の屋根に着地し、不可視の魔法を解くと上へとハンドサインを送る。

 そして次にブリュンヴィンドが不可視を解き、打合わせ通りに風の精霊の力を借りて、自分の周囲の音を短時間遮断させる。爆発音から耳を守るためだ。

 それの発動を確認して、アデルはブリュンヴィンドを屋根に着地させると、飛び降りると同時にこの4日間でソフィーから教わった“破砕”の魔法を唱えた。“破砕”は多少の才能と心得のある者なら誰でも習得できるが使い道があまりないため、余り習得者の多くないマイナーな真言魔法である。

 効果は単純。接する一定範囲に衝撃波を発生させ、構築物等、物体を吹き飛ばす魔法である。生命体には効果が発動しない為、敵等を直接殺傷する能力はない。また発動と同時に盛大な音を立てるため、潜入などには使えず、また威力も然程ではない為、せいぜい木の壁、頑張って陶器の屋根を半径数メートル吹き飛ばす程度の物だ。

 当初は比較的頑丈な樽に詰められた火酒(アルコール度数の高い酒)を高高度から落とし火矢を放つドルケン式焼夷弾をと考えたのだが、森に近い場所である上に、森に火が着かなかったにしろ村の建物のに引火し、火災により空が照らされ、離れた位置から奇襲を察せられる恐れがあるためとカミーユに却下されてしまった。仕方なくオルタの剣(鈍器)で屋根を壊そうとしたがそれでは少々時間が掛かる上に、網を戦闘用として扱えるのがオルタだけであったため出来れば他の手段はないかとディアスに相談した所、ソフィーに紹介され、みっちりと丸3日かけて教わったものである。


 訓練の甲斐あって効果は正直に発動し、「パーン」という乾いた轟音を周囲に響かせながら目標の建物の屋根に大きな穴が開いた。

 アデルが標的にしたのは、少し広めの平屋。10体のケンタウロスの内、4体が寝泊りをしている家屋だった。音から一瞬だけ遅れて窓をぶち破る音と響かせながらネージュももう一つのケンタウロスの拠点に突入する。

 轟音から2秒後、屋外で警戒に当たっていたゴブリンが音のした方へ集まろうとする。しかし、それとほぼ同時に陣地――村の西門に強烈な光が射し込むとゴブリン達はそちらに気を取られ、「敵襲だ!」とアデルにはわからない言葉で怒声を張り上げる。

 その頃には減衰しつつも爆砕の音が待機中のイスタ軍の所にも届く。アンナが起こした光も視認すると、カミーユは即座にが突撃の合図を出し本隊も一斉に灯火管制を解除し村へ向けて突撃を開始した。

 ここまで約10秒、その頃には蛮族――この陣地の司令であるオーガも屋外に姿を現すと、やはり西の光に釣られて西へと移動する。彼の目に西から灯りを持って押し寄せる敵軍が映ると一つ大声を上げ、西門での迎撃の指示を出す。しかしこの時にはすでに彼らの頭からケンタウロスの安否に関する意識は消えていた。この辺りが蛮族たる所以でもあるのだが。




 ブリュンヴィンドと共に屋根の大穴から屋敷内に突入したアデルは、実戦では初めて使う純ミスリルのソードを抜きながら、「ちょっと失敗したな。」と考えた。

 アデル・ネージュのインファイト能力とブリュンヴィンドの体躯・機動力を考慮し、敵が多い方をネージュが担当することにしたのだが、単純に数で分けたため、内訳までは確認できていなかったのだ。

 今回、アデルが突入したのはどうやらケンタウロスの女性宿舎の方であったようだ。ケンタウロスは既に就寝していたのだろう。装備は一切身に付けていない。勿論その為のこの時間の襲撃ではあるのだが、上半身だけなら見目麗しい女性の裸体に目を奪われそうになる。

 しかし、当然ながらそれをゆっくり眺めている暇はない。完全無防備な女の裸体を斬りつけるのは少々抵抗があったが、切り替えなければ作戦は失敗になる。アデルはまず一番弱そうな個体に目を付けると、素早く距離を詰め剣で右腕を切り落とした。流石は新品のミスリルソードである。骨などの抵抗らしい抵抗を感じさせぬまま、ケンタウロスの右腕が一つ、スパッと切り落とされた。

「きゃああああああああ」

 声帯も人間に近いのだろう。人間の女性と同様の悲鳴が響き渡る。その頃には他3体も敵襲を悟り、今度はアデルにはわからない言語を捲し立てながら武器や灯りに手を伸ばそうとする。

 アデルは武器を取ろうとする者を優先してそのまま胴体を切りつけ、倒す。


 この間、音から15秒、その頃には既に屋根の上にまで接近していたオルタが網を投げた。最初に右腕を切断したのは言わばマークだ。アデルが突入して直感で一番弱い奴の右腕を落とす。オルタはその不運なケンタウロスを狙って網で捕獲する。ここまで作戦通りだ。網が上手くをケンタウロスの上半身を絡めとると、アデルはその間に残りの2体を始末し、不運なケンタウロスを網の中に押し込む。4つの足が網目に引っかかったのを確認すると、網袋の口を締めてオルタに指示を出す。

「プランA続行。ポイントBでネージュとアンナと合流だ。報告をしたあと俺も行く。次の音に備えとけ!」

 アデルの言葉に「了解」と短く答えながらオルタは全力でワイバーンを浮揚させる。ケンタウロスの体が完全に宙に浮いたのを確認した所で、アデルはそのケンタウロスの腕を拾い上げ、ブリュンヴィンドに飛び乗ると離陸の指示を出し、屋根から脱出すると、すぐにネージュが飛び込んだ建物の屋根に飛び移り、再度“破砕”の魔法を放つ。魔法は今回もスペック通りに盛大な破砕音と共にその屋根に大穴を開けると、それが撤収の合図となる。その穴から1秒も待たずにネージュが飛び出してきた。

「そっちは?」

「ん。全部始末した。そっちは?」

「1体確保、3体倒した。このまま一度報告に行くからこれを持ってオルタに合流してくれ。」

 アデルはそう言いながら捕虜としたケンタウロスの右腕を渡すと、再度ブリュンヴィンドに飛び乗り、全力での浮揚を指示する。

「りょ。」

 ネージュは何の表情も見せずにそれを受け取ると、すぐ上を行くオルタに合流して行った。捕獲されたケンタウロスに何か話しかけている様だが、それはアデルには聞き取れなかった。

 ここまで50秒。離脱に十分な高度と確認すると、アデルはブリュンヴィンドに西へと向かうように指示をする。アデルの接近に気付いたアンナがすぐに合流するとそのまま共に本隊の上空へと飛行した。

「ケンタウロス、1体確保、9体撃破。尋問の準備をした後支援に回ります!」

 アデルは一度低空に降りてからカミーユにそう告げると、カミーユからは「承知。」とだけ短く言葉が返ってくる。同時にカミーユ以外からは少なからぬ歓声も聞こえた。奇襲の第一幕が完全成功したためだ。

「勝てる!」

 冒険者や兵士はそう確信しながら、蛮族達が待ち構える西門へと突撃して行った。


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