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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
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小宴

 ラウル達への賞賛と転じた質問攻めがひと段落ついたところで、アデルはディアス等と合流し、ラウル達に声を掛けた。

 ラウルらはアデルの隣に立つディアスとソフィーを見て、一瞬目を丸くすると深く一礼をする。

「お?」

 ディアス達が少し不思議そうな表情を浮かべたところでラウルが真剣な表情で言う。

「コローナ南部、ヴァリエ領のアンセルムの三男のラウルです。ヴァリエ領はあなた方に多大な恩恵を頂いた。皆感謝しています。」

「お?おう。ヴァリエか。懐かしいな。まあ、お礼とかはなしだ。俺達も貰う物は充分に貰ったしな。」

「それでも……」

 ディアスの言葉に何かを続けようとするラウルだが言葉が出てこない様だ。

「俺ら……というか、俺とネージュとブラーバ亭の同期なんですよ。何でも“蒼き竜騎兵”に憧れて冒険者を目指したとか。」

「おい、そこまで……」

 横からのアデルの紹介にラウルは少し照れたような、バツの悪いような複雑な表情で再度頭を下げる。

「まあ、その辺は後でゆっくりな。家を案内するよ。紹介したいのもいるしな。」

 アデルがそう言うと、ラウルは「そうだな。」とだけ言い、ギルド職員に会釈をするとアデルらに続いて施設の外へと出る。

「竜人の次は翼人か……なんというか……」

 ラウルが何か言い掛ける。ラウルのみならず、野郎ども3人に加えブランシュまでも見惚れるという感じで至近で改めて見る翼を展開したアンナの姿に見入る。

「家でもっと意外なのが待ってるんだけどな。」

 アデルはそう言いながら、ネージュと共にその表情を緩ませた。



 家の鍵を開け扉を開くと、いつもの様にブリュンヴィンドの熱烈な“お帰り”を受ける。

 アデルに突進し受け止められると、すぐにアンナとネージュに文字通りに擦り寄るブリュンヴィンドを見てラウル達はすぐに事態を飲み込めずに固まってしまった。

「これは……グリフォン?しかも……王種ですか?」

 最初にそう呟いたのはブランシュだ。

「ほう。そこまで分かるのか。」

 少し見ればブリュンヴィンドがグリフォンである事は冒険者として多少知識のある者ならすぐにわかるだろう。しかし、一目見てすぐにそれが“王種”と分かる者はお膝元であるドルケンの者であってもそう多くはない。

 ネージュのまだ小さかった角からその正体を察知したということもあったりとブランシュのこの手の知識量はやはり群を抜いている様だ。

 ブランシュの言葉を理解したのか、ブリュンヴィンドは姿勢よく“お座り”し、首を傾げブランシュを見上げる。かわいい。

「触ってみても?」

 ブランシュがアデルに声を掛けると、アデルは「たぶん大丈夫。」と返す。

 “たぶん”が付けられたせいか、ブランシュが恐る恐る手を伸ばすと、ブリュンヴィンドは大人しく頭を撫でさせた。

「グリフォン?グリフォンが何で屋敷に?飼っているのか?」

 ようやく事態を飲み込めたラウルが首をひねりながら尋ねてくる。

「いろいろあってな……卵の密輸を仕組まれたところで別の親グリフォンに襲われて……プルルはその親グリフォンにやられた。殴り合いの末に和解できたんだが……色々重なって引き取ることになったんだ。こいつの親は密猟者に殺された後だった。」

「密猟者が王種のグリフォンを?どこでですか?グリフォンなんて……ドルケンのグルド山かベルンとフィンの国境のゴルト山脈にしかいないと思っていましたが。」

「グルド山だよ。特定のエーテルを混ぜて作った毒の気体を巣穴に流し込んで痺れさせた後止めを刺したとのことだ。犯人――実行犯の大部分は捕まえたらしいけどね。おかげでドルケンで派手にやらかすことになって……それだけが理由じゃないが、あっちの王宮とコネも出来た。」

「ドルケン王宮と?最近、コローナとドルケンで協定が結ばれたと言うのは――」

「……まあ、スタートさせるに当たり裏で結構絡んでる。イスタに翼竜騎士団の派遣部隊が駐留したり、あっちの軍務大臣や国王がちょいちょい様子見に来るのは……まあ、その影響もあるんだろうな。」

「ドルケン王国と……そうですか。それでフィンに対抗できると良いのですが――」

 ブランシュがブリュンヴィンドの頭を撫でながらそう呟く。

「フィンに対抗?」

 思わず漏れ出した様な言葉をアデルが掘り返す。

「……フィンの国王は欲の深い方ですので……グランだけでは収まらないでしょう。」

「ラウル達もフィンが攻めてくると考えてるのか。」

「……いや、俺はまだそこまでは。ただ可能性は低くなさそうだな。それまでに何とか東部を安定させないと。」

「そう言えば、ヴァリエ領って南部だって話だけど、フィンに近いのか?」

「お前な……まあ、コローナ人じゃないないなら仕方ないか。まさに国境を接している場所だよ。」

「そうなのか。ディアスさん達は主に蛮族の相手をしてたって聞いてたから、もっと上(北)の方かと思ってた。」

「どこかから流れて来た蛮族の1部族を“蒼き竜騎兵”達の活躍で退けたんだよ。そのあと国軍や領兵、援軍らで殲滅させたんだ。尤もコローナとフィンの国境線は横に長いからな。接しているのは何もうちの領だけじゃない。」

「あー、そりゃそうか。南西から南東まで、ベルンからグランに至る迄は全部フィンとの国境線だよな。」

 ラウルの言葉にアデルが納得する。

「この調子だと……いずれそっちに戻らなきゃいけなくなるだろうな。」

「それで北から引き揚げたのか?」

「それはまた別の理由さ。当初は奪還、報復措置だったのが、何か最近は制圧・占領どころか、殲滅が目的じゃないかってくらいにエスカレートしてきてたからな。」

「しかも、国軍が関与していない可能性が高いって話も来たもんだ。」

 ラウルの言葉をブレーズが続けた。

「可能性が高いも何も、表向き国は一切関与していないってスタンスらしいぞ。実際、王宮は国境維持で留めたかったのが、北部連合の圧を押さえきれずに苦肉の策で国軍不関与で北進を認めたらしいしな。」

 アデルの言葉にラウルは反発する。

「それはそれで随分と弱腰じゃないか?ある程度の強気な姿勢は見せないとつけ上がって何度でも攻めてくるようになるぞ?」

「まあ、国――王宮はその辺は損得勘定だけで考えてるって話もあるしなぁ。でも実際、北に攻めたとして北部の連中にそんな利益が上がるのか?」

「さあな。シリルの町を欲しがっているって噂は聞こえてきたが……」

「……どこだそれ?」

 ラウルの言葉にアデルが首を傾げると、

「先に中に入りませんか?お茶を用意します。」

 アンナが中に入るようにと促した。

「ああ、そうだな。すまん。つい話し込んじまったが……中でゆっくり話そう。」

 アデルはそう言うと、ブリュンヴィンドに部屋を案内する様に指示し、ラウルらは困惑と興味と半々が混ざった表情でその後をついて行く。

「連邦、白国のシリルの町と言えば大きなミスリル鉱山のある町だ。手に入れる意味は大きいと言えば大きいが……」

 ラウルらの後ろに続こうとするアデルにディアスが言う。

「大きいが?」

「とても北部連合の遠征軍程度で管理できるとは思えん。」

「なるほど……」

 耳慣れない地名と今直接関係しない北部戦線の話ということで、大した理解もなくアデルは何となくそう呟いていた。




 普段使っているテーブルを少し寄せ、別の予備のテーブルを並べてラウルら4人、そしてディアスとソフィー、アデルとオルタと計8人が向い合って座れる席を用意し、まずは客らを席に付かせると、アデルとアンナ、そしてオルタは粗餐を用意すべく各方面に散る。3人が客をもてなす準備をする中、ネージュはソファに寝転がって、ブリュンヴィンドの腹をわしゃわしゃと弄り回している。

 結果としてテーブルにはラウルら4人とディアス、ソフィーが座っていることになる。

 彼らは、ヴァリエ領の話題と共に、現況の話や少し前、引退に至った話など、色んな表情で色んな会話をしていた。


 程なく、小宴の準備が整う。

 出来合い料理にアンナが少し手を加え、宴にも出しうる料理へと昇華させて並べる。

 また、なんだかんだとアデルの屋敷にはコローナ、ドルケン、そしてフィンやグランが絡んだ品物が増えてきている。ドルケンの火酒、グランの珍味などや、つい先日オルタがフィンで仕入れてきた果物やジュースなどコローナでは中々お目に掛かれない物もテーブルに並んでいった。


 ソファーの方には小さなテーブルを用意し、酒を嗜まず、また込み入った話には基本首を突っ込まないアンナとネージュ、そしてブリュンヴィンドが文字通りに羽を伸ばしながらラフな格好でだらだらと飲食をしている。その間、テーブルの方には少々固い話も持ち上っていた。

 先ほど北部戦線の考察、東部戦線の現況から、南部、グラン・フィン情勢の話などだ。


 北部情勢ではシリルの町がミスリル鉱山の町であるが、遠征軍程度の規模で管理・運用できるとは思えないとディアスが言うと、ブレーズやソフィーがそれに同意した。

 タイミングを計って美味しいところで国が出てくるのかと言うラウルの指摘には、アデルはやはり王宮は今現在北部に余り関心がない様子だと否定的な見解を示す。


 続いてこの場にいる者全員がこれから関わることになろう東部情勢に関しては、現在行われている作戦の下準備、偵察等の情報収集の中心にアデルらがいるだけあって詳細な説明と活発な意見交換が行われた。

「……お前らはもう無理しないなら偵察だけで食っていけるんじゃないか?」

 ラウルが何の気なしにそう言う。実際、今の偵察の依頼と報酬を考えれば、アデルも当面はそれだけでやって行けるような気はしているのも事実だ。しかし、

「遠くから観察するだけじゃ最低限程度の情報は集まらないからなぁ。それに偵察だけで今後何十年分か、或いは商売を始めるくらいの蓄えが出来りゃいいんだけど、流石に難しいだろ?王太子や将軍もグラン情勢が大きく動く迄には何としても終わらせておきたい様子だしな」

 アデルの言に、ブレーズやディアスは「そりゃそうだ」と答え、ラウルは「お前ら将来は商売人希望なのか?」と意外そうな表情を浮かべる。

「道の一つとしてね。そうなればもっと専門の勉強をしなけりゃならんが、資金がなければスタート地点にも立てない。実際、今ここに並んでたのも実は結構国際的な品物だったんだぜ?」

 その言葉にラウルら一同、深く納得した。今回テーブルに並んだのは、小宴と言うには十分すぎる品物と品数であった。どれも特徴的、或いは万人受けするメニューで美味しい物ばかりであった。元々は出来合い品と言うが、それに加えられている一工夫と調味料・香辛料を考えれば、これらを揃えようとするならコローナ王都であっても容易でなく、また相当な額になりそうだとは感じていたのだ。

「いざとなったら、ドルケン王宮に泣きつく手もあるにはあるけど、流石にそれは極力遠慮したい。」

 酒が少々効いたかアデルからそんな言葉も漏れる。それに関連付けるかのように、ドルケンの派遣部隊の活動や方針についてもアデルが説明をする。

 ラウルらもドルケン王グスタフには大いに興味を持ったようで、機会があれば是非訓練や一騎打ちを挑みたいと言い出した。しかし一騎打ちはオルタとネージュが余裕勝ちしたと言うと流石に難しいかという話になったが、翼竜騎士団との模擬戦は主に対空訓練としてぜひとも参加したいとの話であった。


 南部・南西関連についてはアデルとオルタがそれぞれ知っている事を話す程度に留まる。コローナへの影響が未知数なうえ、グランの残党勢力の動きも明確にはならない。結局コローナの東部から南東部をなるべく早期に安定させたいという話になって終わる。


 その後、会はお開きとなりまた機会があればと各々別れを告げると、連絡先を交換し、ラウルらは宿へ、ディアス等はソフィー邸へと散っていった。


 アンナが食器の片付けを始めた所で、アデルとオルタがテーブルの片付けを始める。

 そこで、オルタが声のトーンを押さえてアデルに声を掛けた。

「うーん……あのブランシェとかいう人、余り深く関わらない方が良いかも知れない。」

 オルタがそんな言葉を口にする。

「やっぱり、何かあるのか?」

 初めて対面した時のやり取りからして何かあるのだろうとは思っていたアデルだが、ここまえ露骨に言われるとやはり気にしない訳にはいかない。

「まあ、なんというか。可能性としては2~3割程度って話だけど。」

「2~3割?ま、何となく注意しろってならそれくらいか。どうした?」

「あの人、フィン王家と何らかの関わりがある人の様な気がする。」

「……だからオルタの方が一方的に知っていたって事か?フィンのスパイ?」

 オルタの言葉にアデルは眉を寄せ、声を潜める。

「そう言う感じではなさそうだけど……まあ、スパイって言ったら俺の方がそれに近いしなぁ。王家じゃなくて商会の、だけど。」

「まあ、ある意味そうなるか。でもどちらかというと、国王を警戒している様な雰囲気だったけど?」

「何というか因果なもんでね。情勢が大きく動く時、フィンの王宮関係者にとって警戒すべきは現在の王や王妃よりも、その子供や側近なんだよ。何かの拍子に全てひっくり返るからね。」

 オルタはポロリと物騒な言葉をさもつまらなさそうに呟いた。


 アデルは思い出していた。

 フィンの王位継承争いはテラリア以上に内戦を孕むことが多いと言う。そしてその内戦の混乱中に他国や蛮族らからフィン王国を守るのがレイラの役割であると。

 そしてその時の為の対外窓口となる存在を探りに来ているのがオルタである。

 フィン国内にもまた、独自の火種が燻っている可能性が大いにあるようだ。


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