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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
165/373

渦巻く水面下

 翌日、意外と早く起きてきたネージュと共に、オルタらを見送った後、アデルとネージュは“報告”へと向かった。アデル達から出向く場合、窓口は冒険者ギルドのイスタ支部となる。

 ネージュの書いた配置図面にコメントをつけ、アデルが特記事項を別添の文書にして報告として提出する。それで依頼は完了となる。報酬として1000ゴルトが先に支給され、後に依頼人であるカミーユらがその報告内容を査定し、情報に見合う追加報酬を用意すると共に、詳細の確認を行うため、後日改めていつもの役人が朝から迎えに来て庁舎に行く。イスタにおける偵察任務はだいたいこのような形になっている。


 報告書提出の翌日、オルタらはまだ戻ってこなかったが、代わりにいつもよりも早いタイミングで、もはや担当なのだろう、顔を見知った役人がやってくる。

「おや?今回は早いですね?」

 普段なら報告書提出後、裏取りやら査定やらで2~3日は間が空くのだが、今回は間を置かずして呼び出しが来た。

「……今回は……あの報告書とは無関係に殿下が来訪されます。また、ドルケンからもエドフェルト軍務大臣が見えられると……」

「ああ、そろそろその時期か。合同で話し合うんだ?」

「そのようですね。」

 役人はなんとも言い難そうな感じだったが、事前調整(?)済みのアデルは特に気にしなかった。

 気になると言えば、ベックマンと翼竜騎士先遣隊長の打ち合わせをドルケン勢だけで行うと思っていたが、そこに殿下――9割9分レオナールだろう――が同席するという点だ。

「あれかな。またイスタが攻められた場合の先遣隊の対応が決まったとかかな。或いは攻める場合の分も含めて。」

「……私は何も聞いておりません。会合は本日の午後1時よりです。お支度を。」

「わかりました。」

 アデルはそう言い、担当役人を見送ると着替えて朝食を買いに行く。カミラが王都へと向かった後はアンナが4人+1体分の食事を用意していくれていたが、アンナはオルタと共にフィンへ向っている。

 アデルは自分とネージュの分の朝食・昼食を購入して家に戻るとネージュも起き出していた。アデルはネージュに昼から呼び出したと伝え、買って来たサンドイッチとミルクをテーブルに並べる。

 ネージュは、「わかった」とだけ言い、あとは互いに無言で朝食を取った。

 その後、仕事がない日の日課である筋トレと軽めの手合せをして昼を迎え、庁舎へと移動した。



 指定された部屋で待っていたのはカミーユだけであった。レオナールやベックマンらはまだ到着していない様だ。

「ご苦労。席に座りもう少し待っていてくれ。今日は――2人か?」

「ええ。アンナとオルタは装備を整えに余所の町に出向いています。」

「そうか。」

 流石にフィンのレインフォール商会とは言い難い。アデルはそう答えた。

「今回、殿下はどういった経緯でこちらに?」

 アデルが問うと、カミーユは特に意識するわけでなく答える。

「ドルケンから『イスタ有事の際の先遣隊について話し合いたい』と、私に打診があったので殿下の裁量を仰ごうかと同席を願った。」

「なるほど。将軍が呼び出したのか……」

「呼び出したなど――まあ、君から見ればそんなところか。それがどうした?」

 呼び出したというのを訂正させようとしたカミーユだが、相手に合せたか適当に流し逆に聞き返す。

「いえ。先日、グスタフ王かベックマン様がお見えになる時に、イスタ有事の際の先遣隊の対応を考えるのための参考資料を渡すと言ってあったので。先にドルケン内で話し合った後に通知する者とばかり思っていましたので、いきなり殿下がどう出てきたのかと。」

「……ふむ。」

 アデルの答えにカミーユは言葉の飲み込み暫し思案した。

「ドルケンでの話がまとまっているなら『話し合い』とは言ってこないと思うが……いずれにせよエドフェルト侯がお見えになればわかるだろう。」

「……そうですね。」

 その後、少しの間を置き、まずはベックマンが翼竜騎士先遣隊長が部屋に案内されてきた。

「遠路はるばる、閣下自らのお出まし大変恐縮に存じます。」

 ベックマンに対しカミーユは立ち上がって深く頭を下げた。

「いえ、いずれしっかりと決めて、双方に明示しておかねばならぬ事でしたので。コローナから態々殿下が見えられることになるとは思いもしませでしたが。」

「『話し合い』となると、私目の裁量では如何ともし難いので。」

「むう……。」

 ベックマンは軽く頷きならが思案すると、先に部屋にいたアデル達に気づき片手を上げる。

「今日は……2人だけか?」

「ええ。アンナとオルタは装備を整えるために少々遠出を。」

「むう。装備の更新なら是非我が国の優秀な武具職人を頼ってほしいところだが……」

「今回は……まあ、これ。暗視機能の付いた兜を探しに行ったのです。“付与師エンチャンター”が見つかればいずれ時間がある時にベースの防具をドルケンにお願いするかもしれません。」

「なるほど。魔法付与品か。ふむ。」

 そこでベックマンもまた思案を始めた。“魔法付与”に関してはドルケンはあまり進んでいないという自覚がある。その様子をカミーユも何か思案しながら覗っている様だった。

 そしてレオナールの到着が告げられる。レオナールが部屋に入ってくると、カミーユと先遣隊長は跪き、ベックマンは席を立って敬礼で迎える。アデルも一応は跪いて見せたが、ネージュはただ席を立つだけだった。

「良い。此度は事前の相談、公式に発表する場ではないからな。」

 レオナールはまずベックマンに敬礼し握手を求めるとベックマンもそれに応じた。

「イスタ有事の際のドルケン軍の対応についてとお伺いしましたが?」

「はい。先日話し合う機会がございまして。万一イスタが再度攻められた場合の我が軍の対応は事前にはっきりとさせておかなくてはならないと。」

「……お伺いしましょう。」

「まずはこちらの案として……ですが、イスタが蛮族によって攻められた場合、イスタにいるドルケン軍翼竜騎士団はその防衛に全力を尽くす。ですが指揮系統は独立した物とし、トップをこの者とする。事前に会議なりが催されるのであれば連携や作戦などはこの者と相談して頂きたい。」

 ベックマンが言うと、先遣隊長が一歩前で出てレオナールに敬礼をしながら自己紹介をする。

「この度イスタ駐留軍に任命されたスヴェン・ダールと申します。以後お見知りおきを。」

 スヴェンは翼竜騎士団の先遣隊の隊長としてアデルやカミーユは既に承知している。

「今迄は新たな交流の先駆けと様子見としてスヴェンを除き、1小隊2週間ごとの交代制でありましたが、1小隊の滞在期間を3ヶ月に拡張して、イスタの防衛には翼竜騎士も責任の一翼を担うことにしてはどうかと言うことになりました。」」

「え?100騎の内の15騎をイスタに常駐ですか?」

 ベックマンの言葉に一番先に驚いたのがアデルだった。その言葉に他の3人が眉を寄せる。

「ん?ああ、君は勘違いをしているな。ドルケンの翼竜騎士団は総数300余騎だぞ?君が普段着陸に使っているのは、そのうちの中央哨戒部隊の100騎余りの駐屯地だな。」

 アデルの勘違いをベックマンが訂正した。

「え?ああ、そうだったんですね。そう言えばどこかでそんな話も……すみません。失礼しました。」

 無意識のうちに少々調子に乗っていたか――勘違いから要らぬ心配をし、失礼にも口を出してしまった自分を反省する。

「まあ、その辺は後で正せば良いだろう。」

 ベックマンはそこで言葉を切り、視線をアデルからレオナールへと戻す。

「そして、イスタ……或いはエストリアを含み、コローナの方から蛮族軍へと仕掛ける場合の協力ですが……こちらはドルケン国王の裁量無しでは原則お断りさせて頂くという方針です。こちらは今後の交易を重ねるにイスタの町は必要不可欠、防衛協力は当然というものですが、他国の軍を常駐させるには当然、コローナ側からの可否を含めた裁量を仰がねばと陛下は仰せです。」

「なるほど。ドルケンのお申し出……大変心強く思います。が……」

 ベックマンの話を聞き終えたレオナールは、そう言い暫し沈黙する。

 イスタの防衛の一翼をごく少数とは言えドルケンの精鋭部隊が担ってくれるというのは今後の作戦にとって非常に有利に働く。しかし、軍事的に具体的な取り決めもないまま他国の軍を自国領に常駐させると言うのは前代未聞の話となる。グスタフやベックマンを見る限りはドルケンに今のところ侵略の意志はないのはわかるが、随分と積極的だ。何かしら裏を勘ぐってしまうのは国の上層部を担うものとしては当然のことである。


 レオナールはベックマンの表情を真剣な顔で観察する。ベックマンも方も眉を寄せる事もなく、泰然としてその視線を受け止めた。

 レオナールは3秒ほどベックマンと視線をぶつけ合うと、ふと逸らして隣のカミーユの表情を覗う。カミーユの方はそれに気づくと、ほんのわずかに首を縦に動かした。

「ドルケンのお申し出、大変有難く存じます。ただそれだけでは双方の全てに対して納得のいく説明も難しいと思います。ですので……駐留に必要な経費――人員・翼竜の食糧費、宿泊に掛かる費用、それから今後取りざたされるであろう、地代は我々で負担します。そちらで一度清算して頂いて、給金以外の費用をこちらに請求すると言う形で如何ですか?」

「……ほう。」

 レオナールの返答にベックマンは思わず感心し少し唸った。

 領地、それも王都まで徒歩で数日と言う場所に少数とは言え他国の軍が常駐する。もし同じ話をドルケンに持ちかけられていたら、国王であるグスタフがその話を受けたとしても丸1日は会議を開いて、後の返答となるだろう。それをほんの数分で決定してしまったのだ。東方面――恐らくは今回の蛮族襲来の事を指すのだろう――の全権限を委任されているとはいえ、国王や軍務大臣、元帥らを通さずに決められる案件なのだろうか?しかし、他国相手にここまで言い切るのであれば、恐らくレオナールとカミーユにはそれを取りまとめる能力があるのだろう。ベックマンはそう感じ、レオナールの評価をさらに上げると共にわずかだが脅威まで覚えた。

「こちらとしてもそのお申し出は有り難い。しかしもう一度確認しておきますが、対象はドルケン翼竜騎士団のイスタ部隊、目的はイスタ及びドルケンとイスタ間の航路の防衛のみに限定させて頂きます。それでよろしいのですね?」

「結構です。いずれ正式に明文化した書類を用意し、期限を決め、覚書を取り交わしましょう。」

「……あいわかり申した。陛下にはそのようにご報告申し上げましょう。」

(期限を決め――か。恐らくは蛮族等の敵性戦力の排除までの間だろうな。その間に――)

 ベックマンはそう言いながら、頭の中では別のことを考えていた。



「あー、すみません。せっかくの機会なので一つ確認したいのですが……」

 レオナール・カミーユ vs ベックマンの冷たくも熱い視線の相撲が続く中、空気を読まずにアデルが片手を上げる。

「む?なんだ?」

 少しだけ眉を顰めてレオナールがそれに応える。

「はい。イスタが襲われた時にいた巨人ですが、出所はわかりましたか?少なくとも今のところ南拠点では見かけられない様ですが。」

「巨人?」

 アデルの言葉にベックマンが眉間を寄せるが、アデルに変わりカミーユがそれに答える。

「巨人といっても、“ジャイアント”でなく、“ギガース”でしたがね。」

「ギガースだと?出所とは?」

 カミーユの話にベックマンは更に表情を険しくする。

「イスタの夜襲時にいきなり現れたんですよ。それまで、ネージュを含めたあらゆる斥候が接近に一切気づけなかった。少なくとも、テラリア西部からエストリアまでの間、特に魔の森でギガースがいるなんて話は1度も聞いたことないですし、どこから入荷しやがったのかと。」

「ギガースを物のように言うな。……いや、むしろ物として運ばれて来たのか?」

 アデルの言葉に、少し呆れ気味に言ったレオナールだが、程なくして思案に入る。

「君がアルジェ(ポール)に調べる様に言ったのだったな。以降、音沙汰がないが……この界隈でもギガース族がいた、ないし、いるという話は一切上がってきていない。で、あるなら、攻城兵器の如くどこかから無理やり運ばれて来たのではないか?」

「殿下の方こそ完全に物扱いの様な……でも確かに、工作が苦手な奴らにしてみれば体の良い攻城兵器といえば攻城兵器ですが……」

「ギガース族と言えば比較的温厚で、家族単位で活動していると聞きますが……何かドルケンでもご存知の事はありませんか?」

 レオナールがベックマンに尋ねる。

「ギガース族か。確かに我々もそう聞いておりますが……ドルケン――グルド山でも聞いたことはありませんな。連邦の雪山や、エルメリアの深い森の奥で暮していると聞きますが。」

「連邦か……」

「……連邦か。」

 アデルとレオナールが少しタイミングをずらして呟いた。


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