東部の勢力(勢力図追加)
コローナとドルケンとの協定締結から2ヶ月。いよいよエストリア東部に関わる各勢力が動きを見せ始めた。
今、エストリア東部で勢力と見做されているのは、コローナ軍、蛮族軍、そしてドルケン軍であるが、最大の勢力であるコローナ軍は内情では王太子派と辺境伯派で分かれていると言える状況であり、それは東部戦線に関わる者すべてが程度の差はあれ知るところとなっている。それは最下級の兵士、冒険者、延いてはドルケンから出向中の翼竜騎士団の者たちですらも何となく感じている。
当初、エストリア辺境伯領の領兵、私兵は中心地エストリアの治安回復に専念するとされていたが、膠着状態が続く中、やはりそれに甘んじていられなかった、辺境伯を盟主と立てる貴族たちが、自領のことは自分たちでと言い出し戒厳令の解除、防衛の主管と執政権の返還を求めた。
これを受けてレオナールは敢えて貴族らの言葉を額面通りに受け取った。元々、エストリア本領が落ち着くまでの一時的措置としていたのに加え、代行に任じられた王太子派貴族もそのほとんどが別の自領を持っていたためだ。勿論レオナールの人選であり策である。代行達も本意は別の所にあるが、これで心置きなく自領に戻れると本来の領主に“すべて”を戻し、自分たちが持つ影響力は全て引き上げた。
これにより、膠着状態にも拘わらず戒厳令は解除され、実際に大規模攻撃を受けたイスタとエストリア以外の東部都市の国軍を引き上げるとともに、物資の支援を終了、あとはすべて元の領主の裁量に任せるということになる。
イスタに関しては元々エストリア辺境伯の領で家臣の代官が執政していたため、他の領地持ちの貴族が絡まないこと、すでに国境を越えた軍事交流拠点として既成事実化していること、主要ギルドや市民の賛同が多い事を踏まえ、土地だけはすべてエストリア領としつつも、都市の機能と運営は王太子の直轄――無期限の租借ということになった。
エストリア辺境伯としては、表向きはエストリア領であることで面子は保ちつつ、本領であるエストリアへの支援物資の優先と復興、帰る場所のない難民支援、悪化した治安の回復、さらには細かい亀裂の入った各ギルドとの関係修復の為、国の支援と施策を受け入れざるを得なくなっていた。テラリアの聖騎士に仕組まれた小さな罠がここまで大きくなってしまったのだ。
温厚だったエストリア辺境伯が、蛮族、聖騎士、王太子、そして自分自身に激しく憤っているさなか、ほくそ笑んでいるのが王太子レオナールだった。
当初の目論見通り、多少の国庫の開放と引き換えに、イスタを手中に収めた形だ。イスタ自体には立地以外に特に優位となる産業等はなく、貴族の手でなく、辺境伯の家臣が治める程度の都市ではあったが、今後イスタの価値はどんどん上がっていくだろう。
ここまでは概ね上首尾と言えるレオナールだが、不安要素もいくつかある。
一つは、イスタへ頻繁に“視察”に訪れるドルケンの国王と軍務大臣だ。本来なら誰であろうと越境するには関所で、然る手順の後の入国となるのだが、現状、コローナが空に関を設けたり、空を警邏する事は出来ない。その手の法整備も整っておらず、空からの出入りはほぼ自由な状態となっている。まずはドルケンの翼竜騎士らに事前連絡の徹底、予定の提出等、早急な管理策が必要だと考える。ただ相手は国王、今のところ、実害はないがコローナにそれを抑止する能力がないのが少々悩ましいところだ。
国のトップ級が異例とも取れる頻度で訪れることに、裏で派遣騎士隊に何やら指示を出しているのだろうかとそれとなく探りを入れてみるが、主に応対するカミーユによると、国外出張中の部隊の見舞いと鼓舞、それに交流状況の確認やワイバーンの飼育環境の確認等だと言う。ただ、コローナ東軍の2派閥化はすでに知られており、大きな懸念材料であるとのことだ。
また、時折所属国を問わずに冒険者やら一般の兵士やらの鍛練に参加し、自分たちの剛毅を見せつけてはカミーユらコローナの騎士達を困らせていると言う。両者ともドルケンでは有名な豪の者とは聞いてはいるが、少々規格外である。ただ、きさくな性格とその豪気さは兵士や冒険者からの受けはかなり良い様である。今のところ悪意はなさそうだが、冒険者からは煙たがられ気味なレオナールとしては気にならない訳もない。
次に、想定より厚い蛮族軍の展開だった。防衛拠点2カ所は容易に想定できたが、衛星的というか支城的というか連絡網体制を充実させ広域に展開するとは思っていなかった。恐らくは次の懸念である、勇者の奇襲に影響された物だろう。レオナールとしては勇者を直接目にした事がないで個の評価は難しいが、ドルケンでは一個中隊をわずか5~6名で制圧したという話だ。エストリア領兵を巻き込んだ、先の攻撃でも抜群の戦闘能力を発揮したと報告を受けている。
今のレオナールの手駒の中でそれを成し得る人材がいるとは考えにくい。勿論、一騎当千の騎士達を複数集めれば匹敵する者はいるであろうが、騎士達にそのような命令を出せる訳もない。その辺りは小回りが利き、手続きが簡単な冒険者が望ましいが、まだ個々のパーティやギルド共に掌握しきれたとは言い難い。
それに況してケンタウロス族の配置である。元々所属していたのか、取り込んだのかはわからないが、エリート騎兵同様の機動力と突撃力、さらに悪い事に一撃離脱の遠距離攻撃まで兼ね揃えた竜人に並ぶ脅威である。勿論、単体で諸々脅威な竜人と、集団戦で軍として、戦術・戦略的に脅威となるケンタウロスでは脅威の質が違うが、軍同士での衝突となればどちらも同様の脅威と見る必要がある。
そして次に、先にも述べた、神出鬼没の戦闘狂集団、“東の勇者隊”である。当人たちは世の為人の為と活動をしているのだろうが、自軍、敵軍に予定外の行動を強いる事になる行動は戦略を立てる者にとっては大きな懸念材料だ。連携が取れるならともかく、それも期待できずいつどこで何をやらかすかわからない。少なくとも敵対する事はないだろうが、こちらの意図しないタイミングで意図しない戦闘が起こる懸念は大いにある。レオナールとしては程よくドルケン領で暴れ、蛮族軍の目を南へと向けさせてくれれば良いのだが、素性が割れている手前、度が過ぎれば国際問題になりかねない。彼らは冒険者ギルドですら管理できない存在なのだ。
そして最後が、竜人が残したと言う言葉。“邪神復活”である。そもそもこのテラリア大陸には7柱の神が存在すると言われているが、邪神と呼ばれる存在はない。ただ、国の禁書庫を調べれば、それに近い存在が旧い時代に猛威を振るったという記録はいくつか見つかる。
最近、主にこれらの調査に当っているロゼールによれば、それらは特殊な方法で魔力を取り込み人を超越した人であったり、自らを神と名乗り強大な力を持ち大陸各地に災厄を齎した《魔術師》とあったり、高位の闇の精霊が人の邪念を吸収して災厄の象徴となったりと、それぞれにいくつかの寓話が残っているようだ。ただ、それらはここ400年となる現在の大陸史上では発生していない。
これらの懸念を払拭し、グラン滅亡、或いは救援要請が来るまでになんとかイスタ以南を自分の意で動かせる状況にしておかなくてはならない。レオナールはそう考えている。頭の中はすでにフィン・グランをどう料理するかで一杯なのだ。
次はエストリア辺境伯派の動きだ。
緊急事態に託けた“戒厳令”により一時的に自領の執政も国管理にされたが、膠着状態になったところでアピールをしたらすぐに元通りに戻された。
これは良い解釈をすれば、東部の中心地であるエストリアを主とし、東部全体の防衛と難民流入による治安の悪化を抑止し回復を優先させたと取れなくもないが、戒厳令一つで自領を王太子直轄の国軍が治安の維持と防衛を担当し自分たちはエストリアに集中させられたと言うのは、何かあればまたいつでも国軍が展開するという前例となり、それ自体が警告ともとれる。
しかも、混乱抑止の名目でその小さな混乱に付け込んでエストリア本領の次の規模となるイスタを実質的に丸々献上させられたことはエストリア辺境伯、寄り子貴族に大きな危機感を齎している。
さらに、自領は自力でというのをそのまま受け取り、全ての国軍の引き上げどころか物資の支援まで打ち切られたと言うのは、想像以上に厳しい措置となった。今まで、軍事や有事対策に積極的に意識や予算を向けていなかったと言うことの否定は出来ないが、緊迫した状態に速やかに介入し、町の保全と治安を維持した国軍に対して住民の信頼度が上がった反面、何かあった時に後手となっていた自分たちへの批判が出かねない状況となっている。住民とは現金な物で、今迄の互恵の関係よりも現在の身の危険への対策を重要視するのである。
国――王太子は何かあればすぐに支援できる体制を維持するとは言うが、それはおそらくは国軍と領政への介入もセットとなるだろう。実際、大規模襲撃を国軍の力で撥ね退けたイスタは、その後の復興への協力も合わさり、国軍への支持が集まっている。
国と言う以上は当然ではあるのだが、大規模侵攻と言う有事に対し、国軍が主として犠牲を払い領土を防衛し、緊迫した所に財政出動をし、さらに国軍が管理し町の生活レベルをなんとか維持できた。今回の東部支援はまさにこの空気と下地を作ったものと取れる。
辺境伯派は如何に自分たちの存在を民と国にアピールするかを一生懸命に考えていた。
ドルケンは表面上は我が道をゆく、マイペースという感じではあるが、その裏で中央集権派と地方改革派との水面下の争いは、今回の協定締結を機に激しさを増している。特に北部、地方派の地下で連邦や蛮族との接触が噂されており、両陣営の注目を浴びている。勿論、コローナにいる者がそのような話に触れる機会はないのだが。
最後に蛮族勢だ。こちらは現在確立している地域の支配固めを徹底している様子だ。
勿論、支配と言っても支配下に人間はおらず、先の3陣営の様な内政的な要素はない。単純に奪った土地を奪い返されない様に守りを固めていると言った話だ。
しかし、ただ土地があると言うだけでは蛮族軍には大したメリットはない筈だ。一時的に食糧を収奪する事は出来たが、畑仕事に従事する様な者はいない。エストリアの主産業である林業も今のところ彼らに大きな利益をもたらすとは考えにくい。木が欲しいなら、魔の森にいくらでもあるのである。
このような状況の中で、一つ、大きな動きが起きたと言う情報が伝わる。
グラン第2の都市であるグラマーで先の軍務大臣――パトリツィオ・ファントーニ侯爵が敗残兵やら地方の兵を集めてグランディア奪還の旗を上げたと言うのである。この旗にグラン以外の者からも多くの視線と思惑が集まる事になっていく。




