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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
161/373

東部情勢

 初回の会談の後、3回の実務者協議を経てコローナ王国とドルケン王国との間で歴史的となる多目的協定が締結された。

 2度目の会談にはドルケンから国務大臣カールソンが出席し軍事以外の部分が詰められ、3回目には再度軍務大臣エドフェルトが最終案を示した後、最後には国王グスタフが飛来し協定書にサインと国璽の押印を行った。

 最初から議題になっていた軍事交流については、最初となる翼竜騎士の派遣とワイバーンの貸し出しが協定締結の発表後すぐに行われ、翼竜騎士先遣隊として教導隊1小隊と翼竜騎士で15騎、それに付随して飼育員や管理官ら計50名が前もって受け入れ準備を整えていたイスタに到着した。

 

 コローナ東部の“勢力図”はコローナにとって悪い方向で膠着状態になりつつある中、協定の発行と共に最初に動いた勢力はコローナ王宮勢――レオナール達だった。

 村を焼け出され、或いは近隣の村の襲撃や壊滅の報に触れ、碌な生活基盤を持たずに押し寄せて来た難民を迎え入れ衛生や治安が悪化しつつあるエストリアへに対して、王太子レオナールは東部地域に於いて国王の名代として強権を発動させ、飴と鞭を与えた。

 まずは財務局を動かし、エストリア辺境伯や他の貴族の領の各都市へと食糧・生活物資等を送る代わりに、戦時の戒厳令を発令し、治安回復・維持の徹底、エストリアの絶対防衛をさせるためとして、イスタを始めとし、東部エストリア辺境伯やその寄り子貴族達が管轄する領兵、私兵をエストリアに集結させると、各都市の防衛責任と執政権を一時的に辺境伯の家臣から、国軍――王太子に近く、また別の地で自領を持つ貴族を将軍としてそちらに移した。

 特にエストリア本領を除くと辺境伯の領で最大の都市となるイスタの執政と防衛には、政治力に評価があるカミーユ・エルランジェ伯爵が任ぜられ、東部防衛とドルケンとの協力の中心の場所として明示された。


 これに対し、エストリア辺境伯やその傘下の者達は、今迄の甘すぎた危機管理と、ここ一年の主に安全保障関連の治政の失敗は認めざるを得ないものの、それだけの理由による強権的な異動には当然少なからぬ不満があがった。

 が、それをひとまず封じ込めたのが第2王女マリアンヌだった。元々《神官》としての高いレベルの技能を持っていたが、それが昇華され“天啓ギフト”とも呼ばれる能力を保有している彼女は、わずか2週間足らずで、エストリアに押し寄せた、さらにはそれ以前にエストリアにいた者たち全ての外傷を治療してしまったのである

 流石に部位欠損は無理として、骨折や大きな裂傷等の重傷者も全快とまではいかないが、通常の生活に支障が出ないくらいになるような高位な回復を、東部最大都市の一区画の範囲をほぼ一瞬で治療する“範囲大回復エリアハイヒール”を施して回ったのだ。流石に乱発は出来ない様で、ペースは2日に1回程であるが、それでも一人ひとり、或いは収容施設の一部屋ごとに範囲回復を使える高位神官を回すよりは比べ物にならない効率だ。


 この話を聞いた時、アデル達も全員俄かには信じられなかったが、各方面からの証言や噂によると信じるしかなくなった。“聖女”の称号は伊達ではなかったようである。今迄西部の紛争地域で広まっていたその名と御姿は瞬く間に東部にも広がると、今迄争いとは無縁だったエストリアの者たちは王族以上の何か――もはや信仰に近い思いを抱く者も現れているとの事だ。

「規格外っっていうか……もうめちゃくちゃだね。」

 余程の事でもない限り、大抵は一言『ふーん』か『へぇ……』と簡単に受け止められるオルタですら当初何回も、嘘だろ?と聞き返したほどである。

「それに引き替え妹はちまちまと……」

 と、何かを言い掛けたネージュさんの言葉は敢えて誰も聞こえなかったことにした。

 しかしそれを否定するものもいない。それもその筈。ロゼールが彼らに干渉してきたのだ。


 最初“浄め”の治療を担当してくれた頃からそんな様子を見せていたが、ロゼールもどうやらカミラにはご執心らしい。

 先日、アデルらがコローナとドルケンの会談に立ち会っていた裏で、ロゼールはカミラと接触。その後いろいろと悩む様になっていたカミラだったがその理由と胸の内をアデル達に伝えた。

 ロゼールの話を聞いて、あくまで推測ではあるが、自分がこの時代に生まれた者ではない事、自分の記憶の断片がこの時代に大きな影響を与えかねない事、自分はは何らかの理由・目的を持って過去から現代へと送られたが、恐らくはイレギュラーで目覚めた事、そしてそれらはここ数カ月で感じていた違和からして、間違っていないだろうとの事だ。

 ロゼールからは、まずは身の安全の確保、そしてフランベル公国の存在とカミラが未来へと送られた理由・目的を調べ、教える代わりに、生活水準向上の目的で研究されている魔具開発への協力を要請されたと言う。特に未来へと送られた理由が分かるまでは身の保全を重要視し、出来れば冒険者という職からは足抜けてほしいと言われていたことを告白した。


 このところのカミラが深刻に何か悩んでいると気付いていたアデル達も真剣に考えた結果、自分の存在に対する不安、本来あった筈の目的が不明なまま時間ばかり過ぎる不安、自分の、今の世に対する影響力の不安など、やはり未来に送られた理由がわからないままでは熟睡も難しいのだろうと、結局1度も冒険らしい冒険もないままのパーティ離脱を受け入れ――と、云うよりもアデルらからも勧めた。今後東部を巡って規模はわからずとも戦争が起きる事は確実だろう。で、あるなら雑兵ではなく、王宮でカミラにしかできない事をやるべきだという事になった。

 結局カミラは王都の神殿経由でロゼールの庇護をうけることになった。


 同時にリシアも一度里に戻ってアニタの足跡が残っていないか調べてくると言いイスタを後にした。アニタに関して何かわかったらすぐに立ち寄ると言うリシアに、アデルは手がかりとしてアンナが預けられていたグランの村の事を話す。勿論、アンナについてはこちらから切り出さない様にと釘を刺したうえでである。またそれと別件として、人間よりも寿命の長いとされる翼人族の里に“邪神”という存在に関して、伝承なり記録なりがあったら教えてほしいとリシアに頼んだ。

 こうして、アデル達のパーティは元の3兄妹+新規の弟(分)の4人+子1頭となった。カミラの代わりにヴェルノを入れたらどうかという話も浮上したが、そちらは保留となっている。



 そんなアデルらには大きく分けて2つの仕事(依頼)が舞い込んできていた。

 1つは偵察・索敵任務。魔の森から流出してきている蛮族軍を、規模を限らず探し出すと同時に、主要防衛拠点の偵察と関連駐屯地の探索である。

 こちらはネージュとアンナの“不可視の自力飛行コンビ”が主となって活躍している。時折、オブザーバーとしてディアスが参加したり、アデルが詳細を確認しに出向いたりするが、偵察に関しては概ねネージュに任せておけば問題はなさそうだ。主にサポートに回っているアンナもネージュやディアスから偵察のノウハウ、必要な情報の探し方等を教わりつつ仕事をこなしている。


 もう1つの依頼がドルケンの軍との交流や訓練の仲介だ。

 先の会談により結ばれた協定が内外に公示され、その第1陣として翼竜騎士3小隊、15騎50名とコローナに供与するワイバーン5騎がイスタに送り込まれた。

 当初、コローナ東部からエストリア警備に追いやられたエストリア辺境伯の寄り子の貴族たちがドルケンから派遣された小隊を「金で雇われた傭兵。ドルケンは傭兵国家か。」などと耳に届く様に揶揄したため、少々険悪な空気も流れたりしたが、そこはアデルやカミーユがきっちりととりなし、王太子経由でそれらの貴族の戯言ないし挑発を遮断させると、イスタではここ2週は合同訓練も行われる様になってきていた。

 供与されたワイバーンは、レオナールとカミーユで1騎を確保されたが、それ以外の4騎を国軍の中で階級に捉われず才能のある者に任せたい。との方針が打ち出されたことで、騎士・兵士問わずに目の色を変えて真剣に取り組んでいる。

 コローナ勢の中では一日の長と独自の戦闘スタイルの確立で群を抜いていた筈のアデルも、本職の翼竜騎士団、特に固定で派遣されてきたらしい教導隊が相手となると以前よりも大分マシだがまだまだ叩きのめされることが多く、コローナ軍初のワイバーンライダーを目指す者達にその難しさを身を持って教えている。

 時折、ワイバーンなしでも自在に飛行ができるネージュやブリュンヴィンド、さらにその支援の為に巻き込まれるアンナが乱入したりと時々訓練が荒らされる事はあったが、概ね順調な交流・訓練が行われている。

 唯一――いや、2つだけ困った事があるとすれば、単身、騎乗を問わずドルケン勢がブリュンヴィンドの訓練参加を煙たがるため、期待した様にブリュンヴィンドの訓練が出来ないことと、週に1日、視察・確認の名目で非公式こっそりにイスタに足を伸ばすドルケン国王の応接・警備であろうか。


 若いころから魔獣相手に自ら先頭に立って戦っていただけあって、ドルケン国王グスタフは元々武闘派で知られていたが、視察に来てその場のノリで両国の軍の訓練に参加しようとするのだ。たまには1対1の模擬戦をやろうとするのだが、訓練とは言え一国の王を相手に全力で殴りかかれる者は少ない。喜び勇んで挑む者はネージュとオルタくらいなものだった。しかも体裁の悪い事に、1対1での挑戦は空戦ではネージュ、陸戦ではオルタが勝ってしまい微妙な空気が漂う中をアデルとアンナが全力で取り成しつつ、空気を読んだカミーユが改めて挑戦し、陸戦で惜敗し、空戦で完敗という、ある意味見事な接待プレイを見せてなんとか空気を戻すと、気を取り直したグスタフは集団戦で指揮を執ってみせ、自身の翼竜騎士としての武を遺憾なく示した。15騎+35名+なぜかアデル隊とディアスによる空と陸の連携をイスタ防衛勢に見せつけ、最後にはわざとらしくセッティングし、アンナに槍を教えると言う一幕も見せた。グスタフへの応対には多少の困惑を見せていたアンナだったが、槍の特訓になると雑念なく全力を出せた様で、終わった時には双方、満足げな表情を覗かせたりもした。


 そのような中、情報収集も着々と行われていた。

 まずはエストリア東部を脅かす蛮族軍の拠点や戦力が分析が進められる。

 これにはネージュらの偵察、そしてエストリアの防衛隊の国軍の副将軍に抜擢されたポール・アルジェらの軍情報部の情報、さらにはレナルドら現地勢の情報らを統合し、蛮族軍の中核拠点とその支城ともいえる拠点の割り出しが行われた。

 コローナ側で蛮族の中核拠点と指定された箇所は2つ。

 まず規模最も大きいのが北東拠点。そもそものきっかけとなり、以後3度に亘る攻防戦が繰り広げられた、コローナとテラリアをつなぐ道上にできたもの。

 そしてもう一つが便宜上南東拠点と呼ばれることになった、先のイスタ侵攻の拠点となったエストリアの南東、イスタからは北東となる、ちょうど緯度的には2都市の中間となる位置の村を改造されて作られた拠点の2ヶ所だ。特に北の拠点は新たな竜人が司令官として現れた様で、軍の規模も防衛施設の規模も大幅に増強されている。軍の内訳も、今迄見られたオーガを中隊長とする基本的な構成の部隊の他、新たに半人半馬、かつて人間に奴隷として使役され、人間の権勢が衰えた今も人間に対し根深い憎悪の念を持つ種族、ケンタウロス族が参加していた。見た目も能力も、優秀な騎兵が思うがままに馬を操り突撃をしてくるという種族だが、特に注意すべきは弓の腕前である。統率のとれた高機動の部隊が一撃離脱で毒矢の雨を降らせてくる。軍にとっても、特にアデルら滞空勢にとってもかなりの脅威となる存在と言えた。

 その北拠点、南拠点の他にも、かつての村だった場所を中隊規模の蛮族軍が我物顔で占拠し、その拠点への連絡となるべく8カ所くらいに広く展開していた。

 コローナ勢としてはまずはこれ以上ケンタウロス隊が広く展開する前に南拠点をなんとか潰したいという方向になっていく。竜人単騎の特攻よりも、ケンタウロス隊の挟撃の方が軍にとって脅威となるという判断からである。

 

 そしてエストリア東部情勢の他にもう一つ、余談を許さないのがグランの情勢である。

 首都陥落以降、フィンもグランを完全掌握すべく軍を進めているようだが、グラマーを中心にファントーニら中央から飛ばされて結果的に生き残った(とされている)一部貴族らによって抵抗が続いている様であった。

 それでもグランの劣勢は変わらず、いつ友好国であるコローナに救援要請がくるかも重要なファクターになってくる。

 正式な軍事同盟ではないため、要請に対し必ずしも応じる必要はないのだが、国力や状況を考えれば無視と言うのも難しいだろう。南部や西部の部隊をスライドさせて当たるわけにも行かず、その為にも東部、とりわけ南東部の安定は不可欠であると言うのがコローナ上層部の見解だ。


 また、コローナとドルケンが軍事交流を始めたのを見て、蛮族軍がドルケンへと手を出す懸念も起きているが、こちらは現状、ドルケン単独で防衛可能という話にはなっている。しかし、元々険悪なテラリアの手出しにより、泥沼の三つ巴戦にならないという保証はない。とくにテラリアがコローナにした小細工を考えれば、蛮族の戦力を少しでも他へと向けるべく、ドルケンに何かしら工作をしてくる可能性は多分に考えられる。

 今、コローナ東部は大陸でも有数の大紛争地域と化しつつあるのだった。


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