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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
159/373

英雄と女傑、そして勇者

「この戦、なんかおかしな方向に向いてないか?」

 野営地にいくつも並んだテントの1つの中で騎士の口からそんな言葉が漏れた。

「……やはりそう思うか?」

 その言葉を暫し自分で噛み砕いたのちに別に騎士も言葉を漏らす。

 彼らは《騎士》ではあるが“騎士”ではない。ややこしいようだが、彼らは騎乗戦闘を専らとする戦闘スタイルであるため、《騎士》と呼ばれるが、国などに叙任された正規の“騎士”ではないのだ。

 コローナの北伐に同行し、複数の戦場で武勲一等に選ばれた実績を持つ冒険者。

 先のクラスヌイ要塞攻撃の際には一番槍を取りつつ、挟撃による撤退を余儀なくされた時には殿として多くの仲間を生還させたという、まさに獅子奮迅の活躍を見せた者たちだった。

 1年程続く遠征の中、今では同輩の兵士や一部の将校たちも彼らを“北の英雄”として囃し立てている。この戦争が終われば間違いなく《騎士》から“騎士”へと抜擢されるであろうと誰もが思っていた。

 面積が広大なコローナではしばしば、〇(方角)の××(称号)という二つ名が好まれて使われるが、彼等もそんな中の1隊であった。


 そんな《騎士》達の口から漏れ出したのがこの言葉である。勿論、部外者には聞こえない様に彼らのパーティ内での会話なのだが。

「なんだ。ラウルもそう感じていたのか……」

「そりゃあな。元々違和感はあったが、ここ1~2か月、ますますおかしい気がしてきている。」

 リーダーであるラウルはそう言葉を返した。

「元々違和感?その辺り詳しく。」

 逆に驚いた表情で聞き返したのは、最初に疑問を投げかけたジルベールである。

「ノール奪還までは良かったが、それ以降、国境を越えてからだな。軍の編成が変ったのは気付いているか?」

「ああ。そりゃな。奪還は国軍と北部(貴族連合軍)と半々くらいだったが、今は国軍がほとんどいない。」

「兵もそうだが、将もだな。今ここにいる軍の将はすべて北部連合の貴族だし、兵は7割方がその私兵ばかりだ。」

「……つまり?」

「国が直接関わっていない。もしかしたら、北部貴族が勝手にやっているんじゃないか?」

「いやいや、流石にそんなことは国が許さないとは思うが……」

「そうは思うがな……この所の殲滅戦を考えると、侵攻に対する報復……或いはそれ以下に思える。抵抗されたとはいえ、村ごと全滅させて、もともと少ない物資を奪った後に焼き払うか?」

「それは……グノー将軍も言っていただろう?連邦には徴兵制があって、辺境の村落はともかく、市町村規模になれば成人男性の9割が軍経験を持つから、抵抗が激しくなるって。」

 連邦白国にまで軍を進めるにあたって彼らのクライアントである将軍からそう聞かされている。実際に連邦全ての公国で徴兵制があるというのは彼らも承知していた。

「それは……まあわかる。だが、結局、村全体を全滅させ、焼き払うことにつながるのだろうか?抵抗がどんどん激化すると思いきや、最近はあっちの難民どころか兵士崩れが山賊になって自分たち連邦の村を襲っているそうだぞ?」

 このところの、連絡拠点の排除という名目でほとんど戦力を持っていないような村の殲滅を命じられることが多い。実際、獅子対猫程度の戦力差を以て投降を呼びかけても一切それに応じることはなく、老若男女問わず玉砕してくる。そこで起きる戦闘と言えばせいぜい、最前列で抵抗する軍経験者を蹴散らす程度で後は単に一方的な虐殺だ。しかもその後、ご丁寧に食料や武器・鉄器は回収して引き上げている。違和感と同時に嫌気がさしているのはこのことも原因の一つである。


「あっちの山賊が襲った身内まで俺らのせいにされちゃかなわんよなぁ。」

 すこし論点がずれたジルベールの返事にラウルは苦い顔をする。

「いや、そうじゃなくてだな……いや、それもその通りなんだが……何というか……」

 何となくおかしいと思っているもの、具体的はものが思い浮かばずにラウルはさらに苦い顔になる。

「何者かが、俺達が悪者になるようにわざと村を襲わせているってかい?」

 二人のやりとりを聞いていた残る一人の騎士、ブレーズが茶化すような口調で言う。しかし、それは茶化すどころか一切洒落になっていない。

 そこで男たちは言葉を閉ざす。

「……ブレーズ、それにブランシュ。すまんが一つ頼みがある。」

「……なんだ?」

 2人を話をずっと聞いていたもう一人の《騎士》ブレーズとパーティ紅一点の神官ブランシュに、ラウルはばつの悪そうな表情で何かを告げた。

「……了解だ。」

 ブレーズが重々しくそう答えると、ブランシュ……女性の方が何かを言いたそうにしたが、ラウル達の意を汲んで頷いた。



 その後、次第に“北の英雄”の活躍の噂は鳴りを潜め、1か月後には何も聞かれなくなった。



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「……最近、面白くないわね。」

 金髪碧眼、そして整った顔の女性が忌々しげに呟いた。

「そう?楽で美味しい仕事ばっかりだと思うけど。」

「あんたはね。私らの後ろから敵陣に適当に魔法ばらまくだけでこの報酬だからね。」

「パーティの役割ってそう言う物でしょ?」

「パーティとしてはね。私が言っているのはそうじゃなくて……」

「あの負け犬共が尻尾巻いて逃げた後、役不足な仕事が一層増えて来てることでしょ。」

「そうよ!大きな戦場でさんざん派手にやっておきながら、『東の防衛が心配だからそちらに行く』ですって?あと少しで目的のヴェールなのに、臆病風に吹かれやがって!」

 1年半に及ぶ北伐、オーレリア侵攻が一つの到達点に至ろうと言う前に彼女らの所属している“北部戦線”に異常が起きた。

 それまで北伐軍の中でも多大な活躍をし、“北の英雄”とまで呼ばれていたパーティが突如、契約期間満了と東部防衛を理由に北伐軍を離れたのだ。それに連なる様にして、いくつかの冒険者パーティが似た様な理由で軍を離れた。

 それ以降、ほぼ全ての戦闘で武勲一等の報酬等を独占しているのだが、リーダーは面白くないらしい。

 ライバル――目的があると燃えるタイプと言うのもあるが、決してそれだけではない。最近の戦闘は、攻城戦や城砦戦と言った聖騎士として華々しいものばかりでなく、ゲリラ制圧や連絡拠点の疑惑のある村落の殲滅など、正規兵以外の戦闘力の“せ”の字もないようなを者達を相手にした戦闘ばかりであるためだ。彼女が欲しているのは実績よりも名声。最近の仕事は報酬こそ悪くないものの、名声とは無縁の仕事ばかりなのが不満なのである。

 彼女らのパーティはクライアントとなる上からの指示を一つ一つ徹底して守っている。以前から“北の女傑”などと言われることがあったが、彼女らはそれも気に入らない。参加時期こそ少し遅れをとったが、戦績としてはそれほどの差がない男性主体のパーティが“英雄”で、女性ばかりの自分たちが“女傑”と呼ばれる事が色んな意味で気に入らなかった。かと言って、“2代目英雄”や、“新英雄”と呼ばれるのも当然面白くない。さんざん名声を得た後に肝心な部分で姿を消した連中に腹が立って仕方がないのである。

 尤も、撤退した他の冒険者とは上から得られる情報量が違うという事もあるのだが、その辺りの事情を彼女らは理解していなかった。彼女らのパーティには“義兄”となる将軍から、北伐の終着点がシリル城であり、その為の連絡拠点となる集落の排除と作戦が明確にされていたのだが、それ以外の冒険者にはそれがはっきりと伝えられていなかった。勿論、軍の兵たちはある程度分っていたのだろうが、部外者である冒険者たちには明示されていなかったのだ。それが敵国のやや深い部分まで進んだ、もはや侵攻と言うべき終わりの見えない戦闘に不安を感じ撤収につながった。ということが彼女らにも将達にも分っていなかった。

 しかし、撤収した冒険者は軍全体の2割の冒険者枠の中のさらに3割程度で、全体からみれば1割にも満たない。すぐに後詰や補給部隊から兵が補充され、作戦に支障はない。むしろ将たちには、自分たちの命に従う者達のみが残った形となり、この上ない状況で“最終作戦”を行えると考える者がほとんどだった。

 “ミスリルの町”を賭けた最後の大戦が幕を開けようとしている。



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「ヴェーラ。確かに俺達は強い。そしてその中でもお前が一番強い。それはわかっているが、今回の戦の意義がわからない。」

 苦々しい表情で一人の青年が彼よりも若い、彼らのリーダーにそう告げた。

「また言うのか?ロイ。ドミニクの事を忘れたわけじゃないだろう。あの凶悪な竜人を始末しなければ、俺達の平和な世界はない。それにフォーリはテリア神の《神官》だ。救出できれば戦力としても大きい。」

「そのために《神官》なしで他国を跨いで敵地にたった5人で乗り込もうってのか?俺達――いや、俺が守るべきはエストリアの村々であって世界じゃない。そう思うんだが?」

「確かにヤツが言う邪神ってやつは眉唾だ。そんな存在が本当にあったなら何かしら逸話が残っているだろうからな。だが万一本当であったなら俺達の村だって無事じゃいられない。」

「いやいやいや。そんな存在が万一本当だったなら、それこそテラリアの聖騎士団に任せろって話だろ?」

「聖騎士達がエストリアで何をしたかって噂は聞いただろう?実際、フォーリがアイツに捕らわれていたのも聖騎士達のせいじゃないか。今ならあの竜人がもう俺達の敵じゃないって証明できただろ?」

「確かにもう脅威じゃないが、詰め切れなかったのも事実だろう?それにあいつより強いのがいないとも限らないんだ。むしろ、あいつが遠征軍の将ってことはあいつらの首魁はあいつよりももっと強いってことだろ?」

「……何が言いたい?」

「考え直せ。少なくとも、今はまだ乗り込む時期じゃない。具体的な場所を指定したということは、防衛態勢、罠や戦力が整っているということだろう?」

「だが、邪神とやらが復活してからでは色々遅い。」

「その邪神が眉唾だとはお前も分ってるんだろう?ちゃんと然るべきところに相談して、支援を受けるなりして万全で挑もうと言っているだけなんだが?場所も相手も碌な情報もない。どうしてもと言うのなら……」

「どうしてもと言うなら?」

「…………」

 続いたその言葉に、勇者はただ悲しい顔をした。



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