歴史の頁裏
「殿下。如何でしたか?」
「悪くはない。不可侵条約の言質さえ取れればと思っていたが、いきなり軍事交流までいけるとはな。まあ、その分、費用の大半と生活物資安定供給への協力を取り付けられたが……代価として、魔石の原石や高級武具を貰えることになったのだから……今後を考えれば下手な交易よりも利があるな。」
「それは良うございました。陛下の方は?」
「父上か……やはりもうお歳の様だ。国内向けの平和・国外向けの融和の象徴としてはまだまだ行けるだろうが……これからの時代、連邦や魔の森、いずれはグランやフィン等、実務は中々に難しくなるだろう。そもそも北部の連中を押さえきれなかった時点で……な?」
「な?と言われても……流石にそこは私では頷きかねます。ですが……早いところ殿下の足場を固める必要がありますな。」
「うむ。肥え過ぎた一部の貴族を整理して王家の力を取り戻さねばな。父上の温厚さに付け込んで育った『ゴネれば何とかなる』という今の状態をなんとかしなくてはならん。」
「御意に。次なる手は?」
「まずは東だ。何としても蛮族どもを我が国領土から完全に追い返さなければ始まらない。尤も、東の古い貴族の甘さを知らしめてくれた事には感謝――いや、評価だな。しなければならないのかもしれんがな。その後は国軍でしっかり守りを固め……ドルケンを支援しつつ、蛮族の目がドルケンにも向く様に間諜を増やせ。コローナとドルケンが正式に軍事協定を結んだとなればテラリアも双方に迂闊なことはできなくなるだろう。東が膠着すれば、次は西だ。ロゼールの件はどうなっている?」
「はい。話は進めておりますが……芳しくはないようです。あちらは年齢を理由にマリアンヌ様を希望しているようですが……」
「マリアンヌでは無理だ。いい様に利用されて終わりだろう。それに万一が起きた場合、マリアンヌの能力は影響が大きすぎる。」
「御意。況してリリアーナ様など論外。やはりロゼール様しか……」
「そうなるな。派閥の様子は?」
「相変わらず、保守派と革新派でにらみ合いが続いている様でして。なんとか現国王が健在の内にと話を進めております。」
「ベルンは……現国王が隠れたら荒れるだろうな。勢いは革新派優勢なのか?」
「拮抗しているとの事です。」
「それまでに一旦は国同士としての話を付けねばならん。」
「はい。南北はどうするおつもりですか?」
「工作は進めている……が、旧三国連合の残党の動きには目を光らせろ。北は……北部貴族は当面捨て置け。」
「捨て置くのですか?」
「構わん。連邦領を削り取れたならそれはそれでよし、奴らが負けた所でコローナには大した痛手にはならんだろう。エーテルを独自に確保できるルートさえ押さえられればな。」
「そうなると……黄国ですな。」
「北部連と連邦の赤・白・青国、それぞれで仲よく削り合いをしていてくれればな。」
「赤と白は大分楔が入ったようですぞ。」
「うむ。あの森人、工作員としてはかなり優秀だったようだな。」
「南へ向かわせたのは?」
「次の準備……今も行ったが旧三国連合対策だ。北はもう十分だろうとな。気付いた時にはすでに完了している。工作の基本であり、理想だよ。」
「御意。」
「あとは……ロゼールを呼べ。」
「畏まりました。」
部下らしき者が一礼し退出していく。部屋に一人残った男は先の宴で気に入り、残りからくすねてきたワインをグラスに転がしていた。
--------------------------------------------------------------------------
「首尾はどうだっただろうか?」
「……悪くはないと言ったところでしょうか。やはり外交不慣れというのは大きかったようです。陛下の“奇襲”のお陰で準備不足は双方同じ……であるなら、準備をすれば相手の方が更に有利になっていたでしょうし、今のところは丁度いい落としどころだったかと。勝負は明日ですな。」
「そうか……点を付けるならどんな感じだ?」
「3:7~4:6というところでしょうか。国力差を考えれば十分ではあるかと。婿殿の支援のおかげで最低限以上の成果はありました。」
「婿殿?」
「今更とぼけますか?しかし良うございました。先日の告白、一時はどうなる事かと思いましたが、陛下にも、国にも良い方向に転がりそうです。」
「余に?」
「あれ以降、このところずっと深刻だった辛気臭さが減りました。あのままでは式典とトップ会談にも悪い影響が出かねませんでしたから。」
「……お前な。」
グスタフがベックマンを半目で恨めしそうに睨む。
長年の胸のつかえのうちの一つが取れたと言うのは確かだが、それと国政は別問題だ。まずは軍事的安全保障をと国王と軍務大臣を中心に編成された外交団は遣り手と言われる隣国の王太子に大分押されているようである。政務担当者も連れてはきたが、参考程度にしかならず、直接の交渉と言えるものを行えたのは国王グスタフと軍務卿ベックマンだけだった。
最初の歓迎式典とコローナ国王との会談・昼食会は和やかに推移したものの、いざ実務協議と出てきた王太子レオナールには大分切り込まれた感がある。実際、助け舟的な発言をしてくれたドルケンの外様の准騎士はレオナールが用意した者だ。それもどこまで計算されていたのか。少なくとも、いないよりはずっと良かったのは確かだが……いや、いなければ我々ももう少し慎重になっていたか?
レオナールがいる限りコローナは盤石なのだろう。しかしそれは将来のドルケンの脅威にもなりかねない。それに引き替え我が国は……そんな複雑な思いを抱かずにはいられない。
とはいえ、グラン王家が滅んだ今、悠長な事を言っている時間はない。グランが平定されたらフィンはどう動くか。次はどこが狙われるのか。コローナとドルケンの軍事協定が締結されたとなれば、フィンには強力な牽制になるだろう。
そして、グランという国が消えつつある今、両国にとって物資や資源の確保は種類を問わず重要だ。コローナから入ってくる分は勿論、コローナへと出す部分も適切な価格でやりとりできるようにしなければならない。今はピンチでありチャンスであるのだ。この動乱期を乗り越えるには……やはり、中央集権は必須であるとグスタフは考えた。
--------------------------------------------------------------------------
「ふぅ。終わった終った。」
初日の会談を終えて久しぶりのブラーバ亭へとやってきたアデルは大きく息を吐いた。
ブラーバ亭ではブラバドが歓迎してくれたが、アデル達の馴染み深い部屋は既に新しい冒険者らが使っているという事で、1泊用の6人部屋を貸切で使わせてくれることになった。
部屋にはアデルら5人にブリュンヴィンドの計6人――計6名……と、ブラバドが揃っている。
ブラバドには東部情勢や会談の話などを聞かれたが、不可侵条約の締結と、相互の軍事交流の開始が決まったと言うと、興味深そうに頷いていた。
「あのドルケンが軍事交流か……」
「そんなに驚くことなんですか?」
「そりゃな。400年来、どことも協力なんてしてこなかったドルケンが動いたんだ。色んな所に影響が出るだろうよ。」
「ドルケンには他国侵出の気も力もないようですが?」
「ドルケンはずっと軍事的中立兼、専守防衛の国だからな。翼竜騎士が国境を越えると言う意義は大きいと思うぞ。特に、昔から険悪な上に、西部に戦線を抱えているテラリアは内心穏やかじゃないだろうな。」
「それはまあ、今の代の所為じゃないとしても自業自得でしょう……それでも皇国は皇子らの後継者争いの方が忙しいようですけど。」
「そうなのか?テラリアの皇帝ももう少しは行けると思ったが……そろそろ歳か。よりによってこんな時期になぁ。いや、そんな時期だからフィンが動いたのかもしれんが。」
テラリアの情勢を聞きブラバドは軽く驚く様子を見せる。後継者争いの情報はナミからもらったもので、コローナ王都ではあまり知られていないのかもしれない。この辺りドルケンの上層部はどう認識しているのだろうか?アデルはそんな興味を持つ。
「しかしまあ、まさかお前が殿下や元帥、ドルケンの国王の前で物を申す日が来るとはなぁ。世の中わからんもんだ。」
「確かに……でも、最大の要因はブラバドさんがロゼール様を受け入れた所からですからね?」
「む……確かに、ある意味でそうなるのか。これがコローナに良い方向につながってくれればなぁ。」
そう微笑む。このところ会う度に険しい表情をしていた印象のあるブラバドだが今日は機嫌が良いようだ。
話を聞くと、どうやらディアスの復活が特に効いている様だ。どん底状態だったディアスが前を向き始め、復帰とまではいないものの積極的に後進に関わり、国土の緊急事態に進んで対峙する。
特にディアスに関してはずっと気に掛けていたこともあり、ブラバドにとってもかなり良い話となった様だ。昨日、オルタとカミラを案内しながらやってきたディアスは、末期の沈んだ表情は一切消え、後輩やオルタ相手に稽古を付けて回ったとの事である。それを見たブラバドが言うには「力任せに攻めることが多かった以前よりも技術が向上し、周囲に対する視野も一層広くなっている。」との事だ。この辺りはアデル自身もそうだが、“空飛ぶ暗殺者”と、“大手海賊の若頭”に連日挑まれ、また、イスタ防衛隊との対集団戦の訓練の機会が増えたことが大きい要素なのだろう。それはディアスとネージュを引き合わせたブラバドの目が正しかったと言う証左でもある。それについてディアスやソフィーからブラバドへの礼もあったようだ。
アデルがブラバドと話をして感じた事は、いつの間にか自分たちの方がブラバドよりも東部や南東方面の事に詳しくなっていたということだった。当初、正に右も左もわからなかったアデルとネージュからしてみれば相当の進歩と言えるのかもしれない。特にコローナ到着前では絶対に想像もできないような人脈まで持つに至っている。その分、厄介事が増えつつある気もするが……
ブラバドとそんな話をしていると部屋の扉がノックされた。ブラバドが扉の向こうを確認すると、どうやらアデル達に客が来たらしい。ブラバドはそう言うと、仕事に戻ると彼らの部屋を出て行った。
程なく、入れ替わる様にやってきたのはポールだった。
「今日はご苦労だった。ちょっと一つ、聞いておきたい事が出来てね。失礼するよ。」
「どうぞ。」
そう言いながら部屋を訪れたポールを迎え入れる。
「ドルケンの北東情勢について少し尋ねたいのだが。」
(そう来たか。)
アデルは内心でそう思った。会談の終り頃に、ドルケンの北東に蛮族と連邦が手を伸ばしてきたと言う事案をベックマンが開示した。そのあたりの情報をレオナールが欲しがったのであろう。
「どうぞ。」
グスタフらとの口裏合わせもあるため、表に出さずに少し警戒しつつアデルは言う。
「連邦と蛮族の繋がりの部分、証拠はあるのか?」
「どうでしょう……密輸組織が存在してそれらが蛮族の支配地域を通って連邦と行き来しているは確認されている様です。ただ、密輸組織がどこの国、勢力に属しているかははっきりとしていません。いくつかの拠点を制圧し、証拠の物品やら関係者の身柄は確保しているようですが、それが直接連邦と蛮族のつながりの証拠になるかと言えば、ならないでしょうね。あくまで提示されたのは繋がりの懸念だけだった筈ですよ?」
「そうなのか。私はあの場にいなかったのでどういう発言があったのかまで把握していないが、殿下はかなり気にしていた様だ。」
「下手に連邦を突ついて北部戦線に影響が出ても困るでしょうしね。」
「北部はそれほど意識されていないようだったが……エーテルの輸入ルートさえ押さえられればな。」
「……エーテルですか。」
ここでアデルは、混ぜると毒になるというエーテルの話を聞こうかと思ったが止めた。
「恐らくは最初のとっかかりだったとは思うのですが、その拠点の制圧の一つには参加しましたよ。あれ?どういう経緯で参加したんだっけ……?まあいいか。で、そこでエーテルの樽とかも見つかったようですが。ちなみにカミラが捕まっていたのもそこです。」
「……そうか。それは失礼した。だが、状況は分かった。そう伝えよう。」
ポールの反応からして、ポールもカミラがどの様に見つかったかは把握していた様だ。手短に話を切り上げるとすぐに退出して行った。
「…………私は誰なんだろうな……」
ポールの気配が消えた後、カミラがポツリとつぶやいた。
--------------------------------------------------------------------------
「例の女、どうだった?」
「……“人間”とみて間違いないかと。」
「と、いう事はやはり“古代人”か。」
「そう見てよさそうです。ちぐはぐな部分も多く見られましたが、古代技術のいくつかを知っている様子でした。」
「どこの者かわかるか?」
「残念ながら、フランベル公国と言う名前が出てくる書物は見つかっていません。公国と言うからには恐らくは……」
「別の名前の本国があるという事か。発見されたのは――ドルケンの地下組織だったか?」
「保護されたのは――ですね。話を聞くと、ドルケンからテラリアのどこかで発見され、薬を飲まされ売られた様です。ただ、気になるのは最初に薬を飲ませたのは“聖騎士”のようでして。テラリアの聖騎士が、古代人を売り飛ばしたりするでしょうか?」
「……言われてみれば妙だな。余程の無知か……聖騎士に成り済ました何か……といった所か。」
「或いはどこかで何かしらの命令を受けていたか、ですね。今テラリアの権力事情は荒れに荒れている様ですし。」
「だとしても……古代人を売り飛ばす理由が浮かばない。もう少し調べる必要があるな。今後も何かあったら俺に知らせるようにしてくれ。」
「わかりました。」
女が恭しく頭を下げた。
女は目の前の男が、血を分けた兄が自分ですらもその青写真のパズルのピースの一つとしか見ていないと云う事に気付いていない。




