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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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歴史の一頁

 コローナとドルケンの軍の会談はコローナ城3階の中会議室で行われる。

 レオナールに伴われその部屋へと向かうアデルは途中何人かの人間とすれ違ったが、皆一様にレオナールに一礼をし、道を開けた後に興味と不穏、そして一部からは見下した視線でアデルらを見る。王太子が護衛もつけずに城上層に伴っている冒険者。勿論、この王太子が気まぐれや酔狂で無意味なことをするような人間ではないと承知している城の人間は野暮なことは一切口にしないが、その目はしっかりと言いたいことを物語っていた。

 そんな相手をやり過ごしたところでレオナールが小声でアデルに声を掛ける。

「国王の急遽来訪の目的、何かわかったか?」

「あー……なんというか、半分は勢い、半分の半分はグラン情勢、もう半分は俺――私が立ち会うことになったからという感じでしょうか。」

「勢いか……君が立ち会うからというのは?」

「私が言って良いものか……外交の専任する人が現時点で決まっていない状況で、双方の状況をある程度知っていて且つ、双方の代表に顔を知られている者の仲介を期待して。といった感じです。」

「なるほどな。グリフォンがドルケンにとってどういう存在かは知っている。それだけで君に立ち合いを願ったのが正解だったというのは分かったよ。」

「グリフォンはグリフォンの集落から託されただけで、ドルケン王国から預けられたわけじゃないのですがね。」

「……グリフォンは集落を持っているのか。それもまた興味深いところではあるが……ここだ。」

 レオナールはアデルの言葉にそう返しながら、やや大きめの扉の前で止まった。

 レオナールの姿を確認した衛兵が恭しく一礼し、部屋の扉を開ける。

「お待たせ致しました。これで全員揃ったことになります。早速ですが協議を始めたいと存じます。」

 レオナールは中に向かって一礼し、部屋に入っていくと、すぐに振り返りアデルらを中へと促した。


 アデルらが席に着いたのを確認すると、レオナールがコローナからの参加者を紹介していく。

 コローナから参加しているのは、レオナール、先ほど話題となったエライユ侯爵の他、国軍の総責任者であるジェラルダン元帥、東部方面大将軍である第3王子付きのオランド伯爵、他イスタ防衛にも参加したイベール子爵、他に警護として近衛騎士10名である。そこにエストリア辺境伯やエルランジェ伯爵の姿はなかった。

 ドルケンからも同様に国王グスタフから紹介があったが、こちらは本人の自己紹介と、軍務大臣エドフェルト(ベックマン)侯爵だけで、他の随伴は護衛の騎士10名と記録官2名のである。

 最後にレオナールがアデルらの紹介を始める。アデルらはレオナールに伴われて部屋に入って以降、コローナ人からは興味津々という感じの視線を集めている。

「今回、特別に立ち合いをお願いした、コローナ東部の情勢やドルケンの情勢に明るい、我が国の冒険者、アデル君とネージュ君だ。ネージュ君は見ての通り竜人だが、イスタの防衛や東部の偵察、魔石の寄贈など多大な功績を以てイスタの冒険者ギルドや王都の冒険者の店から十分な身元の保証がある。また彼等はドルケンでも活躍し、准騎士の称号とワイバーンの貸与を認められている。――相違ありませんね。」

 レオナールはアデルではなくベックマンに確認をする。それに対しベックマンよりも先にグスタフが返答した。

「相違ない。余が直接叙任した者だ。またドルケンの象徴であるグリフォンからの厚い信頼も得られている。」

「そこも少々興味を引かれるところですが……今日の議題ではありませんね。」

 グスタフの返答とレオナールの言葉に合せてアデルは昨日ベックマンに習ったばかりの礼をして見せた。どうやら王太子殿下はグリフォンに興味があるようです。

「ああ、そういえばノール城奪還の大きな助けとなったノール城内の俯瞰図もネージュ君の作成だったな。」

 レオナールが思い出したかのようにそう付け加えると、自身もまた国軍を率いて北部戦線――今はすでに意味が変わってしまっているので、北部奪還戦と言うべきか――に参加していたジェラルダン元帥が反応した。

「なるほど。冒険者の持ち込みにしては出来すぎていたので逆に疑念を持っていましたが……こう言う事なら納得ですな。」

 どうやらネージュの地図は閉ざされていた筈の城門内の具体的な配置が詳細すぎて疑われていた様だ。元帥の一言でコローナの軍上層部はネージュの価値を再認識する。いつもならドヤ顔を浮かべるネージュだが、流石に空気を察したか、めんどくさそうな表情をしてアデルの後ろに隠れた。


「……さて、まずは議題を明確にしておこう。コローナから提案したいのは、1つ、相互不可侵条約の締結。2つ、国家間の交流の展開、3つ、両国に隣接しそれぞれに手を出してくる魔の森の蛮族に対する対応の協議。この3つです。2つ目に関しては、軍以外も関わることですので、今日の所は今後積極的に増やしていく事の確認と、双方の窓口の設置の合意といった感じでしょうか。

 この度、私が父王からコローナ東方面に事案に関しての一任を受けました。まずはこちらをご確認ください。」

 レオナールがグスタフに1枚の紙を見せる。恐らくは父王からの委任を正式に明文化した物であろう。

「……しかと確認した。で、あるならば1と2に関しては簡単だ。具体的な文章を確認させてもらって問題がなければ余の名においてすぐに片付くであろう。」

 ドルケンには良くも悪くも他国へ軍を進めるという意思はない。それはアデルやネージュを含めたこの場にいる者全てが知る所だろう。

「では不可侵条約に関する文章案です。ご確認を。」

 レオナールがグスタフにまた別の書類を渡す。元々不可侵条約はグスタフが来ると決まる前から進めていた話なので、この辺りは既に準備が整っている様だった。

「うむ。相互の領地に侵略の意志を持って軍を進める事はしないと。問題ないな。」

 グスタフは書面をしっかりと一文字ずつしっかりと読み、ベックマンに渡す。

「ふむ……これですと、不可侵条約とは別に侵略の以外の軍の侵入はあり得るということになりますが……その辺りは?」

 ベックマンがレオナールに問う。

「今後の大前提になる分ですので。今後、対蛮族を主目的として、軍の連絡・連絡態勢を取れる可能性を入れました。いずれ別枠で拡張し、出来るなら、相互間の救援に依頼まではできる様にしたいと考えています。勿論、それに必ず応じる義務はないという物ですが。」

「なるほど。」

 レオナールの言葉にグスタフがうなずく。

「わかりました。礎となる条約として問題御座いません。」

 グスタフと同様に書面を再度確認してベックマンが頷く。だがその時、ネージュがアデルに小声で話しかけ、アデルがグスタフをチラ見しながら首を傾げて答えたところでその視線がグスタフとぶつかってしまった。

「どうかしたかね?」

 気まぐれか、牽制か、それとも譴責か、グスタフがアデルに声を掛ける。

「いえいえ滅相もない」

 アデルは慌てて被りを振るが、“何か”があるのだろうと察したグスタフはさらに声を掛けてしまった。

「そのためにいるのだろう?何かあるのなら言ってみなさい。」

「……えー……あー……グリフォンと絡むきっかけとなった事件もそうですけど、地方派がアレなところでこうもあっさりと決っていいのかと……」

 アデルの口から出たのは、2国間の利害関係でなく、ただのドルケン内の事情だった。

 言葉を受けて、グスタフは少し「しまった」という苦い顔をしたが、切り返しを思いついたか、一瞬ニヤリとすると、堂々と声を響かせていう。

「無論だ。王を務めているのが余であるからな。当然、ドルケン国内全ての軍にこの事は周知徹底させ、しかるべき法を整備し、不届き物は誅するとこの場で宣言しよう。」

 グスタフの言葉には2つの意味が込められていた。1つは何らかの手違い等で条約違反を疑われる様な事が起きればまずはドルケンの手で対処するという、コローナへの宣言と牽制。もう1つはこれを契機に地方派貴族が勝手な事をしない様に法を強化するという内向きへの方策だ。

 アデルとグスタフとしてはコローナ領と接する某伯爵を思い浮かべての内々の話であったが、それはコローナでも似た様な状況を思わせるものであった。特にレオナールら、国軍を動かす者たちには、北部攻めを強行したノーキンスら北部貴族や、東で安全保障も顧みずに好き勝手に言い、好き勝手を始める“東部の小物”達を連想させた。

「確かに。その辺りの法整備と周知徹底は必要となるであろう。我々も同様の法整備を行うと約束します。」

 内国法と国際的な取り決めであれば国際条約や協定の方が上位に――とまでは言わないが、少なくとも優先される事、優先されるべき事は貴族なら誰でも承知している。レオナールとしても、戦力分布に関する事以外にもこの協定を活かせると踏んだのだ。ただこれは、東部方面に限った話ではなく、国家間の話となるため、委任の範囲を超え、本来ならコローナ国王の裁定等を必要とする案件であるのだが、この場でそれを確認する者はいなかった。

 双方、本来なら国内の不穏を悟られる、秘すべき事案であるのだが、両方にそれなりに首を突っ込んでいて且つ、今の発現の様に、この手の国際的な場の空気に疎いアデルがほぼ中央の立ち位置にいれば、今すぐに余計なことを言うなと伝えない限り、聞けばすぐにばれる案件でもある。それならいっそ国際協定を内向きに利用しようと言うのが両者の共通の思惑となった。両者とも緩やかに中央集権を行いたい者たちなのだ。

 

「ではこちらが清書用です。よく確認をして御署名を。」

 高級そうな紙が2枚レオナールの手からまずはベックマンの手に渡る。そちらの書面には案と同じ文言に既に王太子レオナールのサインと、国璽と思われる印章が押印されていた。ベックマンはやはりそれを1枚ずつ、2回確認すると、「問題ありません。」と小声でグスタフに渡す。

 グスタフも自身の目でもう1度確認して、一呼吸ついてそれにサインをした。2通の内、一つをドルケンで、もう一つをコローナで保管するのだ。


 続いて、議題2も特に紛糾する事なく簡単に片が付いた。こちらは単純に交渉開始の同意、共に入り口に入る事を相互確認し、内外に示す為に明文化しただけのものであって、詳細などは一切書かれていないからである。書かれているものと言えばせいぜい、双方の担当を1ヶ月以内に選出し、相手方に通知すると言った程度の物であった。



 そして3つ目、実質的な本題であり、アデルが呼ばれた最大の要因だ。

 まずは双方の被害状況の確認から始まる。コローナ東部に展開された蛮族軍の状況をレオナールとエライユが用意した図面を使いながら説明し、それに求められたネージュが補足を加えた。

 展開前に被害にあった村の調査結果、敵軍の構成、およその数など最新の情報がネージュから提示される。ドルケンの方の被害状況は北東部、コローナよりもテラリアに近いエリアの話となるがという前置きの上、ベックマンから説明があった。それに敵の口実である、コローナの“東の勇者”の情報も伝える。

 それに関しては、国が直接関わった話ではないが、と前置きをしつつも自国民が迷惑を掛けたとレオナールが陳謝した。ドルケンからしてみれば元々それはきっかけに過ぎなかったと捉えているが、交渉を少しでも有利にする為、その辺りは伏せられており、その旨を聞いているアデルも今回は口を開かない。

 その後、参加者らで様々なの議論がなされ、魔の森周辺の状況・情報の共有化と双方の今後の展望、緊急時の対応などが協議され、決まっていった。ここで初めてドルケンの方から、オーレリア連邦からの闇物資が蛮族領を通ってドルケン北部の地下組織へと届いている様だと言う事を明らかにし、連邦と蛮族の関与の懸念を提示した。これに対するコローナからの返答は当然ながら、深刻に受け止め情報収集に努める。という物になる。

 協力体制については明日の午前、そして今後にさらに詰めるとし、閉会間際となったところでレオナールがアデルに意見を求めた。

 アデルとしては事前に両者に伝えた案を述べる。

「レオナール殿下とグスタフ陛下には以前申し上げたものですが……」

 と前置きし、

「双方の連絡や連携をスムーズに行う為に、ドルケンからコローナへ騎乗用ワイバーン数騎の貸出、また、それの教官役の翼竜騎士数名を派遣し、コローナはそれに見合う物資等をドルケンに払うというのはどうか?というものです。少なくともイスタの防衛隊とドルンの翼竜騎士団の訓練にそれぞれ参加させてもらった限り、性質が全く違うので、すぐに連携とか言うのは難しいと思いますが。」

 アデルの言葉に、レオナール以外のコローナ勢は少し驚いた表情を見せたが、事前に話を聞いていたレオナールは涼しい顔で言う。

「ふむ。不可侵条約だけでなく、初歩の軍事交流まで拡充させよと。案としてドルケン王国は如何ですか?」

 ドルケンの方は、グスタフもベックマンもその案を聞いているのでやはり驚きはない。ただ一部騎士達が、一瞬めんどくさそうな表情を浮かべたがそこはエリート騎士、他に気づかれない内にすぐに元の表情へと戻っている。

「良い案だと思います。実際、我が国から貴国への連絡は丸1日、貴国から我が国への連絡は3~4日掛かっていた様ですし……定期的、または緊急時の連絡先の確立はあって困ることはないと存じます。」

 ベックマンが如何にもドルケンが優れているという風に言った。

「余としてもこの案に異論はない。ただし、費用や人員等は調整が必要となるので、決まり次第取り掛かるとしても派遣まで最低半月は時間が必要になるだろう。」

 グスタフもそう言うと、レオナールもしたり顔で言う。

「では具体的な規模や負担は改めて話し合うとして、話を進めるという点においては合意と見て宜しいですか?」

「うむ。」

 グスタフ王が頷く。この瞬間、今のテラリア歴となって以降初めて、侵略目的ではないとしてもドルケンの翼竜騎士が国境を越えることになることが決まった。


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