打合わせ side D
レオナールとの打ち合わせを終えたアデルはすぐに自宅へと戻り状況の説明をする。
説明をしたところで、ネージュ始め面々からは、「ふーん」という気のない返事しか戻ってこないのだが、説明をする。結局、戦闘と生活以外は全てアデルに丸投げなのである。
オルタが何か言うかと思ったが特にそのような様子も無いため、アデルは自宅にいる面々に指示を出していく。まずはネージュ、アンナ、ブリュンヴィンドがアデルと共にドルケンへ。案内役であると同時に、竜人等、飛行の脅威と遭遇した場合は翼竜騎士と連携し護衛も務めると伝えた。
さらに情報収集の一環として、先にグリフォンの巣へ向かう事も告げる。これを聞くとブリュンヴィンドと何故かネージュのテンションが上がる。きっと碌な事を考えていない。
続いて、オルタとカミラには準備をして王都へと向かってもらうことにした。移動用の馬ならオルタが扱えるというので、カミラを乗せ、リシアに案内を頼む。リシアに関してはその後の行動は自由とした。一緒について来ても良いが、その場合ドルケン王と顔を合わせることになりかねない。アンナとドルケン王は一応の和解的な物は済んでいるがリシアはやはりアニタの消息・安否を確認するまではそういう訳には行かないだろう。
アデルの予想通り、リシアは王都まで案内をした後は王都で適当に過し、こちらの用事が終わった頃にまたイスタに立ち寄るという事になった。
もしディアスかソフィーの手が空いている様なら案内をお願いするつもりだとするが、もし都合がつかなかった場合は、騎手ギルドで待機させてもらい、到着と同時に合流とした。
その後、ソフィー邸に行き事情を話すと、ディアスとソフィーも久しぶりに王都も良いかと、王都へ案内を請け負ってくれた。ただ、オルタ達がアデルらと合流したあとは、城にはいかず、王都で1日、その後久しぶりにアブソリュート市へ訪ねてみようかということになった。
ちなみに、アデルが正に東奔西走している間に、オルタがアデルを飛び越えてレベル28に認定されたことにアデルは少々やりきれない思いを感じたが、今はそれを言っている時ではない。いずれオルタに挑むとしても、今はコローナとドルケンの橋渡しに尽力するつもりでいる。何より、その後どういう形になるかはわからないが、予想される蛮族軍との戦闘に、竜人相手に鍛練とは言え戦い慣れているオルタの存在は大きい。そして見た目こそ、戦闘狂的な雰囲気を持つオルタだが、話を聞けば、生き字引的なレイラの知識も十分に吸収しているようで、南方や海、戦闘に関する造詣も深い。これで反則級の王子様スマイル技能所持とかやはりアデルとしてはやりきれないものを感じるが、それは今に限らず言ってもどうしようもないものだろう。実際、アデルもオルタに対しネガティブな感じを持ったことは今迄に一度もないのだ。
イスタでの話し合いが終わったアデルはカミラに家の鍵を預け、ネージュ、アンナ、ブリュンヴィンドを連れてドルケンへと向かった。
アデル達はまずグリフォンの巣へと向かった。
グリフォン夫妻やその仲間から歓迎の言葉を貰うと、まずはブリュンヴィンドの兄弟たちと対面する。ブリュンヴィンドも何かしら感じているのだろう、お互いを軽くつついてみたり、臭いをかいだりしてコミュニケーションを取っている。その内精霊語でのやり取りも始めるのかもしれない。
そしてその時にアデルが思ったことだが、やはりブリュンヴィンドは王種なのだろうという事だった。
グリフォン夫妻の子供達よりも、少し早く生まれたというのもあるだろうが、ブリュンヴィンドは一回り、ほぼ同時期生まれの他の兄弟たちも、彼等の子供よりは毛色が明るく、体躯も気持ち大き目だ。
ブリュンヴィンドの血縁者や同種達との触れ合いにネージュを付け、アデルはアンナに通訳を頼みつつグリフォンから話を聞く。
ドルケン北部の話だ。
まず、グリフォン達の領域に竜人や蛮族が手出しをしてきたことはないようだ。また、例の密猟犯捕縛以降、巣を荒らす者もいないという。こちらは産卵期でないので用がなくなっただけなのかもということだが、単発の犯行でなく、組織的な犯行であることを踏まえつつ警戒を続けているという事だ。
気になるのはグルド山の北部よりも東麓以東であるらしい。山を越え、テラリア領になるが、人族と蛮族との戦闘が散発的に起きていて、中にはかなり激しい戦いもあったということだ。この戦闘には竜人が出張ってきているという情報もあるそうだ。北部に関しては、牽制と言うか嫌がらせ的な攻勢が少しあった程度だと言う。ただ蛮族勢もグリフォンやドラゴン等、グルド山勢を敵に回すつもりはないらしく、グリフォンやドラゴンの領域には一切手を出してきていないという。
次に、参考までにとネージュの事を聞いてみる。竜人に氷竜は珍しいのだろうかと。
グリフォンたちは一様に首を傾げ、知らんと言う。もともと竜人と交流があるでもなし、人族ほどの被害を受けているでもなし、竜人にはあまり関心がない様である。ただ氷竜に関してはグルド山には生息していないとの情報を得られた。グルド山に生息しているのは、青い雷竜と、赤い火竜が数体ずつだそうだ。
この言葉には、グリフォンの子供達と文字通りのマウントの取り合い――3次元レスリングごっこをしていたネージュも興味を引かれた様で話に首を突っ込んできた。背中を複数のグリフォンたちに突かれながら、氷竜の情報や、他の竜と接触できるかなどを尋ねる。
グリフォン達によると、氷竜はやはりオーレリアの雪山にいるだろうとの事だ。グルド山の他の竜との接触は、ある程度実力を持って認められるようでないと話にすらならんだろうという。竜も一応は精霊語を解するようだが、竜と接触しようとする精霊がほとんどいない為、自力で話をするしかないだろうとも。
ただ、荒くれ者、生きる災害とまで言われる竜の中にも、何割かは物好きな竜がいて、退屈しのぎに魔法で竜人や人間の姿に化けて人と交流する者もいるとのことだ。その者たちなら理知的で多少の事では荒ぶることもなく、人間の言葉を理解し、会話をする事も可能だろうという。もし見つけることが出来れば、ネージュについて大きな話を聞けるかも知れない。
続いてグルド山の東にあると言う、フランベル公国という名前についても尋ねる。すると、昔そんな名前を聞いたことがあるような気がすると言うが、結局は生存している他の王種やそれこそ竜に聞いた方が良いだろうという事だ。だが、実在の可能性が浮かび、“大陸史”以前の存在であることが示唆されただけでも今後につながる話である。そうなると、カミラは何らかの事情で“彼女らの未来”に飛んだか、石化や凍眠などで時間の流れを止められていたのか……この大陸、世界に於いて、高位な石化魔法や冷凍保存技術――冷凍睡眠を受けた者が現われるという話は極々稀ではあるが全くない話ではない。大体は古代文明の崩壊時の衝撃で破壊されてしまったようだが、現代まで形として残っていた者は強力な変化の魔法か、何らかの目的を持って高度な冷凍技術を施されたものが多く、古い技術を持っている者が存在するという。現在鋭意開発中の魔具の基礎もそんな彼等が授けたものであると言われている。
カミラからしてみれば目覚めの状況からしてあまり気持ちの良い話ではなさそうだが、深掘りしない程度に尋ねてみてもいいのかもしれない。何か目的があった様なら詳しく聞くし、そうでないなら無理に聞きだす必要もないだろう。
ともすると、遠回しな言い方をしたロゼールには何か意図があったのだろうか?そう言えばテラリアの第一王女は魔具の開発・研究にえらく御執心だと言う。収納の魔具、バイクなどのヴィークル類は生活スタイルどころか、物流を始め国家をも劇的に変える可能性まである。
と、同時にテラリアにも疑惑が向くが、テラリアはドルケンの地下組織に売り飛ばしていたようだし、単純に石化・凍眠に気づいて神聖魔法で治療し、記憶を処理して金にしただけ――という話もありうる。しかし、貪欲な聖騎士達がそれに気づかずタダで手放すとも考えにくい。そもそも、それがなぜドルケンの地下組織に囚われていたのか。テラリアとドルケン地下のつながりも考えるべきなのか。疑問が更なる疑問を呼ぶことになる。
ともかく、アデル達にも、仲間と戯れたブリュンヴィンドにも一旦遠回りした価値は十分にあった訪問となったのは確かであった。
予定より若干延びたところでアデル達はグリフォンたちに暇乞いをする。同種と分かるのだろう、ブリュンヴィンドはかなり名残惜しそうな様子を見せるが、アデル達が名前を呼べは自分の事と分かるようで、アデルが声を掛けて帰ると宣言すればそれに従った。別れの挨拶なのだろうか?やはり嘴をつつき合せて別れを惜しむと来たとき同様にワイバーンの後ろをついてくる。
ここからドルンは今日の道程を考えれば目と鼻の先と言える距離であるので程なくして城に付く。今回も着陸は翼竜騎士団の発着場だ。
担当――離発着の管理者に来訪の目的を告げる。今回は正式にコローナへ向かう一行の案内を依頼されてきたというと、やはり軍務卿に取り次ぐとしてくれた。
程なくして管理方の翼竜騎士に案内されたのはいつもの応接室だった。
翼竜騎士は部屋の扉をノックし、中からの声を確認して扉を開ける。アデル達を中に通すと一礼して苑から扉を閉めた。今迄碌に気にしたことはなかったが、今回はやけにそれが気になる。
「掛けたまえ。」
中から声が掛けられたところで、アデルははっと我に返る。中は座っているのは軍務大臣、ベックマン侯の他に、財務大臣・ダールグレン侯と名前は聞いていないが国務大臣、そしてドルケン国王、重要会議に顔をそろえる面々だ。
「……准騎士の略式の礼ってどうやるんでしょう?」
アデルは何の気なしにそう尋ねると、ベックマンが半ば呆れて対応してくれた。
「自覚が出たと喜ぶべきかね?」
と、アデルとは元々間接的に付き合いがあったダールグレン侯爵と顔を見合わせた後、見本を見せてくれた。
「略式であるなら膝まで折る必要はない。拳を胸に当て――静かにお辞儀をする。“静”と“動”を意識し、メリハリを持たせることだ。これで会釈とは格段の違いになる。」
今迄誰が相手であろうと、会釈だけだったアデルは目から鱗が落ちる――というか、今迄の振舞いがいかに適当だったかを思う。アデルとしては敬意を持って心を込めた会釈だったがそれが伝わっているとは限らないのだ。まあ、田舎者と内心で笑われる程度だったら何の問題もないのだが、何の面識、事前情報もない相手と公の場で会う場合はそれだけでは済まなくなることもあるだろう。改めてその様な場に何故アデルを呼ぼうとしたのか。レオナールの考えが気になりだしてしまう。
アデルがベックマンの所作を見よう見まねで国王にすると、国王は苦笑して片手をあげ、アデル達に席を促した。
「『正式な案内役』と聞いたが?」
アデルらが着席したのを確認すると、国務大臣がそう言う。
「つい先日まで、王都コローナ到着後の予定しか考慮していなかったらしくて……ドルンからの護衛を兼ねつつ、発着場所への案内・誘導を仰せつかってきました。」
「なるほど。確かに今迄離発着の場所や入国の手順等に関して何も触れられないと思っていたが……想定の外だったか。」
アデルの答えに国務大臣がやや呆れたという口調で言う。
「ただ、会談への立ち合いを打診されたのはもっと前です。双方の現場を見ての必要なことや意見を聞きたいという話でした。必ずしもコローナに有利になる話に限らなくても良いとは言われましたが……今でもレオナール殿下の意図を計りかねています。」
「今後の“特使”の顔合わせ――或いは双方の事情をある程度把握している君に利害の調整を――それを期待しているのは我が方か。正直、我が国は今迄碌に外交などした事がないからな。専門に担当する大臣も置いていない。君が会談に指名されたと聞いてハードルがやや下がった思いだよ。でなければベックマンに軍事的な協定の話をつけるだけに留めるつもりだったのだが。」
国王がそう言う。
「あれ?と、いうことは急遽陛下が来訪されるのって俺のせい?コローナは随分と慌てたようですが……」
「はっはっは。まあ思い付きよ。今なら相手が準備万端整える前にこちらの言い分を言ってやれるだろうしな。」
「……コホン。今回の北部の騒ぎにコローナが多少なりとも責任を感じている事、連邦や蛮族を含めた北部の絡み、グラン情勢による影響の把握や管理。他にも交渉すべき事は少なくない。」
国王が笑って『思い付きだ』と言うと、国務卿がわざとらしい咳払いをしてそう言う。どうやら急遽国王が出張る一因にアデルが関わっている様だ。
「軍務卿より……北部のアレは当面伏せると聞いてますが?」
「そうだな。あれは我々から見れば、勇者とやらはきっかけに過ぎず、実際はドルケンと連邦の秘密ルートの確保のためだと踏んでいる。が、コローナがそこで下手に出てくれるなら越したことはない。」
「……なるほど。では口に出さない事にします。他には?」
「……むしろ、君がもし我が国の交渉役の立場だったらどうする?」
「え?いきなりそう言われても、こちらの事情や欲しい物とか殆どわかりませんし。とりあえずは一応は不可侵条約の明文化?聞くところによると双方、互いの領土を攻める気はなさそうですが、安心感が変わるでしょうし。あー……これは俺の立場で向こうにも提案してしまったものですが……ワイバーン数騎と教育係数名を派遣する代わり、資金や資材の提供を受けるという案が。コローナ側とすれば、これで俺がいないときの急を要する連絡役の確保が出来ますし、偵察能力も上がるでしょう。こちらは魔具などの資材や資金や、魔の森に関する情報も受けられます。数騎に限らず、こちらの将兵が不安を感じない範囲ならもう少し数を増やしても良いかも知れません。グランの不安定化で今後不安な物資があるなら影響が出て足元を見られるよりは、今のうちにある程度の予測を立てて話をつけておいた方が良いのかもしれません。その辺りは――」
アデルはそう言いながらダールグレン侯爵をチラリと見る。
「……ははは。やはり商売人の知見という物も重要だな。しかしここでその話がまとまると、カイナン商事が困るんじゃないのか?」
「……俺が提案したってのはナミさんには内緒でお願いします。それにいきなり最初からそれらを双方で管理すると言うのは大変でしょうから、いっそナミさんに管理人か窓口をお願いするって手も……どちらにしろ、見合う規模や量とかは俺じゃ判りませんので。」
「それは考慮に値するが……せめて3日くらい前に聞きたかったな……」
ダールグレン侯爵が苦笑する。
「なるほど。確かに我が国の食糧は需給が安定していますが、物によってはグランや連邦・北部の影響が出てくるものがあるかもしれません。速やかにリストを作成しましょう。」
国務卿がそう切り出すと国王は「うむ。」と強く頷く。
「軍事協定以外は無理に急がない方が良さそうだな。国の規模や現在の物の動きを見る限り、グラン陥落の影響は間違いなく我が国よりもコローナの方が大きい筈だ。コローナの南部情勢も含め、南方の情報収集を怠りなくするように。まずは明日だな。出発は明日の朝6時とする。出発式やら挨拶やらは一切を省く。それまでに出来る準備は全て整えておくように。君達にもそのグリフォンを一緒に休まれされる部屋を用意しよう。明日朝6時前、少々早いが、その時間に翼竜騎士団の発着場まで頼む。」
「わかりました。」
「あとは……まあ、今更だが、公の場では“俺”ではなく、せめて“私”と言う様に。明日は双方、承知している者が出てくるとは思うがな。」
「……ハイ。」
「そうだな。この動乱の局面、我らが無事に乗り越えられたら、アンジェリナの婿として相応しい立場を考えないとな……」
「「え?」」
冗談とも本気ともつかない表情でグスタフ国王が小声で言うと、アデルとアンナは互いの顔を見合わせて少し固まる。少なくとも、両者を特別な立場で迎え入れる用意があると匂わせたのだ。
「陛下……」
国務卿はそれを険しい表情で嗜めると一足先に部屋を出て行った。
「ほほう。」
それを見てネージュがニヤリと笑うと、
「ふむ。」
とベックマンは顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せた。




