前日譚
アデルらがイスタへ戻った翌々日、エルランンジェ将軍の使いから具体的な日程が決まったと連絡があった。初回の協議は明後日の昼過ぎからコローナ王城で行われると言うことになったが、ドルケンの予定が変更され、軍務大臣の他に国王が直々に出張ってくるという話になったそうだ。これに関してアデルは驚きもせず、ただ「ああ、そうなんですね。」と返すだけだった。これに対し使者は内心で眉を寄せ、他国の国王来訪と言う一大事にもさほど関心がないのか。と思ったがそこは政務官だ。おくびにも表には出さない。そもそも文官として長年仕事をして来た使者にしてみれば、一冒険者のアデルが国際的な場に出ること自体に懐疑的なのだ。
しかしアデルの次の一言でその考えが変わる。
「ドルケン国王もワイバーンに騎乗される様ですし、護衛を含めてワイバーンが十数~数十騎となれば、着陸の場所や手順の確認とかも必要になるでしょう。事前に場所を教えてもらえれば俺達とブリュンヴィンドで途中まで迎えに行きますよ?竜人の脅威があるなら明日の内にドルンまで向ってもいいですけど。幸い、ブリュンヴィンド――グリフォンがいれば、ドルンの城の中庭まではフリーパスなので。」
使者たちが想定していなかった部分を指摘されたのだ。ドルケンからコローナ王都まで陸路を使ったら明後日に間にあう訳がないのに陸路、王都の門からの受け入れを考えていたのだ。尤も、コローナの文官達の中にドルケンの王城や翼竜騎士団詰所の発着の様子を直接見た事がある者がいなかったので仕方ないと言えば仕方ないが。
「コローナ王城の庭は見た事がないのでどれくらいの広さがあるのか知りませんが……そもそもいきなり王城に着陸させるんですか?中隊規模の翼竜騎士隊となれば、初めて見る都民にはなかなか刺激的な光景になると思いますが。でも、郊外から歩かせるわけにも行かないか。」
使者側からみれば、王都の門からは最高級の送迎馬車を手配するつもりだったのでそちらは問題ない筈だが、逆にアデルの方がその辺りの“国賓”の受け入れ方を理解していない。
「その辺りは“調整中”だが……明日の朝にもう一度来させてもらう。もしかしたら案内を頼むことになるかもしれないからその時は良しなに願いたい。」
国王電撃来訪への対処の忙しさに加え、想定外の指摘を受けた使者はそれだけ言うとすぐに引き上げた。
コローナ側の予定としては、ドルケンのベックマン・エドフェルト軍務大臣に対し、王太子レオナール、それとエルランジェ将軍とで対応する予定だったが、急遽国王が来ることになって対応が変わる様だ。
今の使者の直接の上司、アデルにとって直接の依頼人であり、実質的に今のイスタの一番上となるカミーユ・エルランジェ将軍に関してソフィーがある程度情報を集めてくれていた。
コローナに代々続く伯爵家で、カミーユは4代目であるとのことだ。エルランジェ家はどちらかと言うと、武官としてよりも文官としての能力・評価が高いらしく、コローナの北東部にさほど広くはないが、豊かな領地を持っている様だ。荘園の管理能力も高いのか、財政も北部貴族連合の中では随一の資産を持っていて、北部辺境伯、ノーキンスも無碍には出来ない存在であるという。
特に、今代のカミーユは軍を率いる能力も高いらしく、中央で国軍の一つ軍団を預かるまでになっているとのことである。余談になるがローザの実家であるフォルジェ家の本流でもあるようだ。フォルジェ家も軍民や貴族間の調整、初期の支援体制の確保等、先のノール奪還においては政治的な手腕が評価されていた。
エルランジェ家の現当主が伯爵位で4代目、フォルジェ家が子爵位で2代目、カミーユが軍事でも高い評価を集める中、その分家の三女であるローザが強さと名声を求める原動力はこの辺りにもある。
閑話休題。
さて、アデルがドルケンへ向ってからの話だが、冒険者登録に向ったオルタはいきなりアデルを飛び越えて《戦士:28》に認められたそうだ。これは興味半分で査定の相手役を務めたディアスと互角以上に10分以上渡り合ったと言うのが大きな要因である。ディアスも若干のブランクがあるため、最盛期のポテンシャルは出し切れなかったものの、熟練の経験からかそれでもレベル30程度の能力は認めらているそうだ。ただディアスとソフィーは冒険者の店やギルドに再登録はしておらず参考値である。彼等は再登録はしないものの、ギルドには協力的で、ブラバドやアリオン同様、アデル達以外にも後進の育成に積極的であるようだった。西部で名を馳せたAランク上位の冒険者の突然の登場に、紛争の最前線と化しつつあるイスタの冒険者ギルドがこれを拒んだり遠慮したりする理由はない。ブラバドやルベルが今のディアスを見れば、主な鍛練相手が能力全開のネージュであるために、従来とは別の方向に進化しているであろうことに気付けたかもしれないが、ソフィーやイスタのギルド関係者には見抜けなかったようである。
その後、本来の査定役であったイスタ最高位、レベル27の戦士をさほど苦も無く退けたため、コローナの冒険者ギルドでの実績はなくとも、文句なしのレベル28認定となったようだ。
また、アデル、アンナと違うタイプのストッパーが共に不在だったネージュさんはオルタとの激闘の後に疲弊したディアスにここぞとばかり勝負を申し入れ、持ち前の素早さと遺憾なく発揮された3次元機動、そして訓練用の蛇腹剣を以て、常に優勢を取り続け、フェアと言う観点に於いては少々疑問は残るものの、公の場では初めてディアスを打ち負かす事に成功し《暗殺者:26》の認定を受けることになった。アリオンの特例認定から2年半、なんだかんだと可能な限り毎日鍛練を怠らなかったネージュは心身ともに逞しく成長しており、遂にレベル25の壁を上級職で突破することになった。勿論種族差はあるが、その飛行能力を制限したとしても、同年代、アンダー15で今のネージュを正面から打ち負かすことが出来る者は殆どいないだろう。
カミラとヴェルノは実戦的な査定が難しい《魔術師》であるため、習得魔法と、魔力コントロールの試験を経て共にレベル20とされた。あとは実戦等で評価をしてもらうしかないが、両者、晴れて冒険者ギルドに登録することが出来た。ヴェルノは現在はイスタで生活し、村の影響を受けていない事と、前回のイスタ防衛での功績を認められての“除名解除”の再登録である。
ドルケン国王の告白から一夜明けたアンナは憑き物が落ちたと言う感じの穏やかな表情だった。反面、アデルの方が少々表情が固い。
アデルとしてはアンナがアンナとして前をしっかりと向いたことは喜ばしいが、自分の知る“家族”を思い出し、生活に余裕はなかったものの、愛情を感じられた自分たちのそれと比べ、なんとも言い難い心持ちであった。アニタはなぜアンナを、簡単に――とは断言できないが、売り飛ばすような真似をする他国の寒村などに預けたのか。何故リシアに連絡を取らなかったのか等いくつかの疑問が浮かび上がっている。結果として今隣で穏やか――とは少し違うが、自分と一緒に普通に生活できているのだが。すこし時の歯車がずれて入れば、ミリア同様大変なことになっていたかもしれない。勿論、預ける時点でグランが山賊ばかりの危険地帯となるとは予測できていなかったのかもしれない。
しかし、今のテラリア大陸においてそのようなことは別に珍しくもないのだろう。ほんの少しの毒矢の発射角の差で生きる人と死ぬ人が入れ替わっても全体から見れば良くある話なのだ。明日は我が身かと心配する前に、まずは回避と防御の力を身につけるべきである。だがしかし、大きな力の前に個人で出来ることには限りがあるのもまた事実だ。
アデルは頭の片隅でそんなことを考えつつ、いつも通りの一日を過ごす。
その夜、アデルの部屋にアンナが訪ねてきた。
アンナの方も一日かけて色々なものを整理していたのだろう。今迄の不安、これからの不安、今の希望とこれからの希望をアデルの胸で涙交じりで語る。
「アンナはアンナだ。事実は変わらないし、現実は今のものしかない。」
アデルは自分にも言い聞かせるようにそう言う。
「まあ、いよいよになった時の保証も取ったし、もう大丈夫だ。名前は――本名もちゃんと取っておいた方が良いと思うぞ。」
アデルはアンナの背――翼の下に手を回り込ませ受け止める。
その日、アンナはここ10年来で一番ぐっすり眠れたと言う。
翌朝、アデルの部屋で朝チュン状態で寝坊しているアンナがカミラによって発見されると、先に起きて使者の来訪を待っていたアデルが何故か一方的に批難された。リシアとネージュからは「何をした?」と問い詰められ、カミラとオルタからは「なぜ時間の限り一緒にいてやらなかったのか?」と問い詰められ……アデルとしては寝起きの悪いアンナに配慮した結果なのだが……世の中ままならぬ様である。




