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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
148/373

出自

「……只今。」

 ソフィー達と別れた後、アデル達が久しぶりの自宅へと戻るとアデルの気配を察したか、もうすでにアデルの腰の高さ程にまで成長したブリュンヴィンドが熱烈な出迎えを見せた。

 出立前は中型犬程度の大きさだったブリュンヴィンドはアデルやネージュの帰宅と同時に低速で飛行して胸に飛び込んできたものだが、大型犬と仔馬の中間程度に成長した今は大人しく(?)走って飛び込んでくると、何度か確かめる様にアデル達を突いた後、甘噛みを始めた。

 その様子を目を丸くしながら眺めていたオルタとリシアに気付くと、ブリュンヴィンドは改めて警戒をするが、アデルやネージュに撫でられながら大丈夫だと言われるとすぐに警戒態勢を解いた。竜化時のネージュ同様、言葉を発する事は出来ないがある程度なら人の言葉でも理解は出来る様だ。もしかしたら、人族語と精霊語のバイリンガルに育つかもしれない。発声出来ないと難しいか。

 とりあえずネージュが早速風呂に行くと仕度をし始めると、アデルはリシアとオルタをヴェンから贈られたソファーに座らせた。

「とりあえず、一息ついた後でもいいか。」

 アデルが対面に腰を掛けると、アンナが人数分のお茶を用意してくれた。一見、クールというか無表情に見えるが、アデルやネージュが見れば若干の不機嫌さが窺えた。

 ネージュが行水を済ませてくると、フィンからの帰国組が順番に風呂を済ませてやや早めの夕食となる。夕食は町で買ってきた出来合いにカミラが一品足したものをアンナが盛り付けて人数分を用意するが、テーブルが少し小さく6人分のスペースが取れなかったため、留守番組だったアンナとカミラは別の場所で食べた。

 その後、カミラとアンナが入浴を済ませたところで本題が始まった。


「アニタは私と同郷の親友でした。」

 そう始まったリシアの話は衝撃的な事実だった。だが今迄の事を鑑みると全て辻褄も合うし、ある意味で納得のいく――とは言い難いが、腑には落ちる話であった。当事者であるアンナはそれどころではないのだろうが。

 要約をするとこうだ。

 30年ほど前、リシアは友人のアニタと共に、翼人の集落の習わし通りに村を出たと言う。習わしと言うのは、その村の翼人は20歳になると一度、閉鎖された村を出て世の中を出て見聞し、自分たち以外の同族や自分たちと話や取引が出来る信用できる人間を探すべく10年程の旅をするというものだそうだ。彼女らの集落は具体的には言えないが、とある山の頂上付近にあり人口は100人に満たないと言う。尚、近所にグリフォンやらドラゴンやらはいないらしい。

 それから5年程旅を続け、ドルケンに着いたところで、リシア達は複数のキマイラに襲われているある集団を助けたと言う。多くの者が死傷し、さらに毒を受け危ない者もいたそうだが、その時に中心となってキマイラを相手にしていた男が当時はまだ王太子だったドルケンの現王だったと言う。王太子らはリシア達の支援を受け、なんとかキマイラの討伐を成し得たが、その時翼を広げ槍を持って勇戦したアニタに王太子が一目ぼれをしてしまったそうだ。

 最初はお礼とばかりに王都への立ち寄りを要請したが、2人はそれを丁重に断り空路で町へ戻ったと言う。この時に一気にドルケンから離れてしまっていれば……とリシアは何度も後悔し、己の認識の甘さを恨んだと言う。

 その後、王太子は国内の探索を始めた。その様子は命を救った恩人に対してのものではなく、執着と妄執にとらわれた、さながら犯罪者を探すような様相だったと言う。空は常に翼竜騎士に監視され、町中でも少しでも髪を晒そう者ならすぐに兵士が集まってきたと言う。しかも悪い事に、リシアらは正規のルートでドルケンに入っていない。外国の者がドルケンに入る時は必ず入国証明証を受けるが、それが無いためそれを持たずに兵士に捕捉されようものならすぐに捕縛されかねなかったと言う。アデル達がナミと別行動をとる際、ただ温泉に数時間程遊びに行く程度の移動にも、再三再四、入国証は肌身離さず所持し絶対に失くすな、と口を酸っぱくしたのはこのせいなのだろう。それまでは夜間にこっそり空から門を通らずに街に出入りしていたのだが、それも難しくなり、結局、1ヶ月程でアニタが諦め、逆に王太子とやらを籠絡すれば相当の生活物資を村へと送れるようになるのではと考え、単身で王城へと向って行ったが、その後ついに消息が掴めなくなったと言う。

 リシアは“人の世”に対する己の無知さを呪うと同時に、なんとか噂だけでもアニタを辿ろうとしたが殆ど聞けず、数年かけて途切れ途切れの噂の断片を貼り合わせて推測すると、王太子の妾にされ程なく子供を設けたものの、認知されずに放逐されたという推論に至ったという。リシアとしては当然だがドルケンを恨んでいる様子だった。 

「アニタさんの髪は……水色でしたか?」

 アデルの問いにリシアは「そうだ」と答える。そこでリシアはふと、「王太子の髪色はもう少し明るい色だったような……」と思案する。そこでアデルはアンナに髪色を一度本来に戻す様に言うと、アンナは複雑な顔でうなずきそれに従った。

 アンナの髪色が見覚えのあるであろう水色に戻ったのを見ると、一瞬驚くものの、すぐにアンナに抱きつき、済まなかったと号泣した。そして一番言いたかったであろうこと。

「どうか母親を恨まないで……」

 と告げた。その様子をアデルやネージュ、カミラやオルタも複雑な表情で見守るしかなかった。

「辛い思いをしているなら私が責任をもって養い育てる。」

 リシアのその言葉には今度はアンナが丁重にお断りしていた。辺境の村にいた頃や、賊に売られた時ならいざ知らず、今この状況でそう言われてもなんとも響かないのだ。

 その後、リシアから“人間”に対する恨み節が漏れ出したところでアデルは危機感を覚えた。

 今までの状況からして、リシアの話は荒唐無稽な話ではないのだろう。どこまでが事実なのかはわからないが、根は確かに存在する話だ。で、あるなら、アンナ本人を前に他国で、他国の者がいる中でこんな途方もないを何の配慮もなく愚痴と共にぶちまけるリシアは恐らくまだ“人間社会”を理解していないようだ。

 そこでアデルが切り出す。

「その王太子、当時他にお妃はいましたか?」

「ヤツの結婚前の話だ。無理やり娶って子をつくり、結局は子供ごと捨てたのかあの外道は……これだから人族の権力者は!」

 20年ほど前、水色の髪の翼人を探し回っていたのは他でもない。当時王太子だった今の国王であったのだ。アデルの知る限り、現ドルケン王には人間の妃が2人いたはずで、やはり人間の子供が5人いた筈だ。その子供達よりも先に生まれた王の子となると、その危うさは想像を絶するところである。

「その話は当面他でしない様にして下さい。下手をすればドルケンからこの周辺まで大騒ぎになりかねません。そうなるとアンナは人一倍面倒を被る事になりかねません。」

「……」

 アンナが一番迷惑すると言った所でリシアは口を閉ざした。

「あと、時期的に……まあ、アレですが、アンナの父がその王太子、現ドルケン王であると確定する事も出来ません。それこそ滅多な事を言えば命に係わる重大な事ですので。」

「……」

「あと、最後に疑問ですが……アンナは“不可視インヴィジュアブル”の魔法を母から習ったと言っていますが、それがあればもっと簡単にドルケンから出られたんじゃないですか?」

「……そんな魔法は聞いていない。もしそうだというなら、放逐された後に必要を感じて修得したのだろう。そもそもアニタは人族の技能で分類するなら、《戦士》だ。《精霊使い》は私で、アニタは精霊魔法は当時修得していなかった。」

「……そうですか……」

 当時を知らないアデルとしてはそう言われるならそう納得するしかない。当のアンナはまだ話の内容が整理できていない様だ。突然告げられた母の事情。しかしそれはアンナが10歳になった時点で“捨てた”という行動につながってしまうのだろうか?それとも他に事情や理由があるのだろうか?

 そう胸を痛めるアンナに対して、吐き捨てる様に呟いたのはオルタだ。

「案外、どこの国も大差ないのかもね。半端な歴史を持つ王族って奴らは。」

「歴史が半端じゃなくてもアレだぞ。」

 アデルもテラリアの事を思い出しながらそう言う。

「とりあえずその話は当面口にしない様に。下手をすればアンナを悪用どころか、王族詐称や侮辱・不敬と取られて大罪にされる恐れがありますから。」

 アデルの言葉にアンナ以外の全員が頷く。アンナは少しの間の放心状態の後、声もなく泣き出した。そのアンナの腕を取り、部屋へと向かわせたのはネージュだ。ネージュもまた母から疎まれ、捨てられ、より過酷な環境を押し付けられた身だ。ただ、ネージュの方は種族的な現実を受け止め、不満と反発こそ山ほどあるものの、今日まで生き抜いた中でそれを悲しむという気持ちは持っていない。それを思うと、都市部と比べて苦労は多かったが、自分が如何に恵まれていたのかをアデルは思い知る。

 エストリア・イスタに襲い来る厄介事を前にして、逆恨みとは言い難いがドルケンを恨むリシアと、そのドルケンの一大スキャンダルの火種になりかねない案件にアデルは頭を悩ませた。

 その中でただ一つ、“今度は何があっても妹を守る”という明確な指標だけははっきりとしていた。


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