暴走の勇者
翌朝、レイナル侯爵に割り当てられた宿で寝ていたアデル達の部屋の扉を叩き、起こしたのはジョルトではなくレイナルの兵士だった。何でももう迎えが到着し、すぐにでもイスタへ向えるとのことだ。
なんだかんだと張り詰めていたフィンを抜け、夜警から解放され久しぶりに熟睡していたアデルだったが、すぐにネージュを起し仕度をする。オルタは兵の気配に気付いたのか既に起きており、すぐにでも動ける態勢を整えていた。この辺りは流石である。
アデル達が兵について行くと、城の庭で待っていたのは意外な人物の組み合わせだった。
ディアスとアンナだ。庭にはワイバーンが着陸しており、それが迎えなのだろうと分かる。
ディアスはアデルを見つけると片手をあげ、そのディアスにアデル達が近づくと、やはりというかオルタに視線が向く。
「彼は?」
「オルタと言います。この度アデルの兄ちゃんたちの世話になる事になりまして。冒険者見習いってところですかね。」
例の眩しい笑顔をディアスとアンナに見せる。ディアスとアンナはそれぞれ別の理由であっけにとられていた。
ディアスとしてはやはりその背の鈍器だ。とても見習い冒険者が振り廻すようなものではないし、鞘だとするなら不毛過ぎる。だが一目見てその剣はただの剣ではないと見抜いていた。
「俺はディアスだ。こいつらの……まあ、先輩っていったところかね。いきなりで悪いがちょっと背中のモノ見せてくれないか?」
「うーん……兄ちゃんたちの関係者だよね?ならもう少し後でいいかな?兄ちゃんの家についた時――とかさ?」
「む?」
ただの剣ではない。ディアスはそう直感している。なら余り人に見せたいものではないのだろうか?そう察しその条件を飲んだ。」
「わかった。アデルの家に戻った後でいい。ってゆーか、3人目は聞いていないぞ?」
「デスヨネ。ディアスさん、バイクは?」
「勿論持っているが……あー、なるほど。それしかないか。」
その会話だけで話が進むのは流石大先輩と言ったところか。
「え?え?何?」
流石に話について行けずにオルタが初めて困惑の表情を見せる。
「俺とオルタでワイバーンに乗ってイスタへと向かう。ディアスさんは自前のバイクがあるし、ネージュとアンナは自分で“飛べる”。」
「???」
言っている意味が解らずにさらに困惑しているオルタにネージュが声を掛ける。
「高い所、平気って言ってたよね?」
ネージュはニヤリとして背中の翼を広げ、パーカーを押し退ける。
「ああ、アンナです。先日までアデルさんの妹をしていました。」
「HA?」
オルタの混乱にさらに拍車を掛けたのがアンナだ。アンナとしては突然のパーティ仲間(?)が現われ、それが眩いばかりの美少年であったことに驚きあっけに取られていたのだが……ネージュの様子やアデル、ディアスのやり取りを見て今の状況を正確に把握する。それは即ち――オルタを手玉にとってちょっとした洗礼をしてやろうと言うのだろう。と。ネージュと同様に翼を広げ軽く浮き上がって見せると、ワイバーンを指す。
「自力で乗れないようなら手伝いますが?」
そこでようやくオルタはネージュのにやけの意味を理解した。
「もしかして“高い所”って……」
「高度でいうなら、100メートル超ってところかな?」
ネージュは言うと同時にオルタの背後に回り込み、両腕でオルタを抱えワイバーンの背中に乗せる。それを見てアデルはワイバーンに乗り込み手綱を握る。ディアスは既にバイクを取り出し移動の準備を整えていた。
「ちょっと待って。心の準備が……」
オルタがそう言った所で予想外の助け舟が出された。
「少し待って!その子、名前は?」
見送りというか、見物に集まっていた隊商関係者の列から飛び出してきたのはリシアだ。その子というのは視線でアンナを示していた。
「アンナのことですか?ああ、翼人を見るのは初めて?」
「いえ、そうじゃなくて……アンナ?うーん……じゃあ、お母さんの名前は?」
「「「えっ……」」」
リシアの言葉にアデルら3人の表情が険しくなった。このタイミングでその“地雷”を踏んできますか……その空気をリシアも敏感に察した様だが質問を撤回する気はないようだ。
「……母の名前はアニタです。現在消息不明。もう直接の関係はありません。」
合流以降、外では常に穏やかな表情を崩さず、大勢の負傷者を救い、巨人殺しとして町の英雄でもある大天使アンナだが、唯一の逆鱗をピンポイントで触れられ、リシアに対して露骨に不快な表情を見せる。
「急ぎましょう。ディアスさんが陸路になりそうですし……東部の状況は私が説明しながら飛びます。」
普段ならアデルが他の関係者に暇の挨拶をするのを待つくらいはするアンナだったが、タブーに触れられ、そそくさと高度を上げてしまう。
「すみませんね。10歳の時に母親に捨てられたらしくて……アイツに母の話はタブーなんです。普段ならもう少し余裕があるのですが。」
「!?……そんな」
心底驚いているという表情を浮かべるリシアだが、今は構える状況ではない。
「ジョルトさん。王都に戻り次第そのうちまた挨拶に行きますので今回はこれで。レイナル様も色々と有難うございました。騎乗した後で申し訳ありません。直ちにイスタへと戻ります。」
それに対して、ジョルトは「気にする必要はない。」、レイナルは「まずはイスタを頼むぞ。」と言いながら頷いて見せる。
アデルが再度一礼して手綱と足でワイバーンの高度を上げだすとネージュもそれに続く。
「じゃあ、イスタでな。飛ばしまくって今夜中には着く様にする。」
ディアスも片手をあげて合図をすると、レイナルに軽く会釈をしてバイクを走らせた。
「ちょっ……おっ……おっ……おおお!?」
ワイバーンの高度があがるごとにオルタが興奮気味の声を上げだした。
「ちょっと待って!話をさせて!」
高度を十分にあげたにも拘らずリシアの声が聞こえた。いや、ちょっと待て。待つのはアンタだ。
「「「えっ!?」」」
アデル、ネージュ、アンナが今度は揃って驚きの声を上げていた。振りかえればリシアがすぐ後ろに“ついてきて”いる。
「おいおいおいおい……。」
リシアの背でもアンナと同様の翼が羽ばたいていたのだ。
「…………急ぐ話ですか?」
アンナは眉間に皺をよせるが、珍しい、恐らくは母以外では初であろう同族のリシアに確認した。
「いえ……アニタの事よ。アニタは私と同郷、親友だった。」
「……で?」
アンナの表情がさらに険しくなる。しかし直前に一瞬だけ驚きの表情が浮かんだのをアデルとネージュは気付いていた。
「アニタは……ドルケンの王太子――今の国王ね。に捕まったの。」
「何!?」「え?」「お?」
リシアの口から出てきたとんでもない言葉に3人は驚愕と困惑の声を上げる。
「……込み入った話になりそうですね。後で時間を取ります。まずは移動したあとでいいですか?」
「……わかりました。」
唇を噛むような表情を見せてリシアは頷いた。
「それじゃ、先に分っていることの説明を頼む。」
アデルがアンナにそう言うと、アンナは「わかりました。」と飛行のペースを少しだけ抑えながら説明を始めた。それは何ともお粗末で厄介な話であった。
「まず状況が動いたきっかけは、あの“東の勇者”です。彼がいつまでたっても仲間の救出が行われないのに痺れを切らせて独断で動いたのが最初です。」
「ほう……」
“東の勇者”つまりはヴェーラの事だ。アデル達がイスタの防衛をしていた時に同時に攻められたエストリアの防衛中に、仲間を一人攫われたと聞いている。その後、エストリアは王太子の命で防衛体制と防御設備の構築を優先され、確かにその救助部隊の話は聞いていない。そもそも、モグリの冒険者もどきの救援に軍が動く訳がないのだが――だが、軍が動いてしまった様だ。
「東の勇者が独断で北東の蛮族陣地へと出て行きました。すると、レナルドさんがエストリアの防衛隊――辺境伯の私軍?を率いてその後を追い掛けたのです。」
またレナルドさんか……考えを改めたと思ったがそうではなかったのか。いや、恐らくは直上であるエストリア辺境伯に命じられたのだろう。辺境伯とモグリ冒険者、或いはそれを斡旋している村との間で何かしらあるのだろう。
「勇者と防衛隊は、北東の陣地の制圧に成功しました。王太子さまは“成功してしまった”と言っていましたが。」
「ん?どういうことだ?」
「その辺りはお兄様がイスタへ戻り次第説明がある筈です。ただ、その陣地は罠であったと。」
妹卒業宣言後は、ずっと「アデルさん」と呼んでいたアンナだが、ここで急に「お兄様」に戻ったのは、オルタかリシアに対する牽制だろうか。アデルはちょっとだけそんなことを考える。
「罠……ね。囮的な?」
「私には政治や軍事の話はよく判りませんが、王太子さまは“口実付け”だと言ってました。両軍共に多少の損害が出た程度で蛮族は陣地を放棄、一旦撤退したのですが……その後すぐに蛮族軍がコローナ東部やドルケンに侵攻したそうです。さらに勇者もドルケンに向かったとか。」
「ドルケンにも?」
「その辺りの詳細は王太子さまからの説明を貰ってください。私には教えてくれませんでした。ただ、結果としてエストリア東部、ドルケン北部に相当の被害が出ている様だと。」
「むう。」
王太子が出張ってきている事は大きな懸念だが、先程のレイナルの発言、ある程度以上には世話になっているエストリアやドルケンに関係すること、さらにはイスタを守る為、話を聞く必要はあるとアデルは考えた。
ただ、口実付けというのがよく判らない。確かに宣戦布告が成されていない国同士で戦争を始める場合は何かしらの大義名分を持ち出すのが常ではあるが、蛮族がそんなものを考慮するとは思えない。あるとするなら見せしめか当てつけだろうか。
そんな事を考えて半日ほどでイスタに到着したアデルを最初に出迎えたのはカミラとソフィー、そしてヴェルノだ。ヴェルノは今回の騒ぎの発端が自分の兄であると知っているのか、いつになく険しい表情をしている。
ソフィーからディアスはどうしたのかと尋ねられたが、予定外に1人増えてしまったため、ディアスはバイクで戻ってもらうことになったと言うとすぐに納得したようだ。
カミラは当然オルタが気になったようで、説明を求めるような視線をアデルに送ると、すぐにオルタがそれを察した。
「オルタと言います。この度兄ちゃん達のお世話になる事になりました。宜しくお願いします。」
例の笑顔にカミラとヴェルノが少し当てられたようだが、すぐに表情を元に戻した。
「そちらは?」
次はリシアだ。ただリシアに関してはアデルも関知していない。
「隊商に一緒にいたリシアさんだが……ついて来た理由は俺にもわからん。アンナに話がある様だけど?」
アデルが疑問符混じりに言うと、リシアは周囲を覗い少し眉を顰めるとアンナを気にする様に見遣る。
「できれば後でアンナさんと2人で……。確認したいことがいくつか。」
その言葉に全員が怪訝そうな表情を浮かべた。




