質疑
オルタを受け入れる事を決めたアデルはレイラに当初予定していた質問を始める。
まずはネージュだ。珠無しとして育てられ、竜玉を持っていないネージュが突然竜化したこと。ジルニアの話が正しいなら竜人としては珍しく氷の精霊に好かれているらしいこと、そして何より竜化により氷竜となったこと。それに対する見解を求めた。
レイラは最初、そんな馬鹿なと言っていたが、この状況でアデル達が嘘を言うこともあるまいと少しずつ話を整理した。竜化した状況、その後の経過、再現性などである。そしてアデルの仮説、竜化は竜人が持つ固有能力でその制御のための竜玉ではないか?という物だ。
アデルの説明や話を真剣に聞いたレイラは、少し思案後にまず大前提としてアデルの仮説を否定した。それはブラバドやナミ等の知識や見聞からの否定ではなく、竜人としての確証のある否定だった。
「それはないな。竜玉と言うのは竜人の持つ魔素を吸収しながら圧縮し蓄積することで緊急時に爆発的な身体強化――つまりは竜化だな。を行うための媒体でありエネルギー源だ。このあたりは魔物が持つ魔石に近い。そもそも竜も分類すれば魔物になるからな。進化の経緯は知らないが、人の形態をとるに当り魔石が体内でなく体外に発現したのが竜玉だ。竜人が安易に竜化をしないのは、竜化に要する魔素に対して竜玉の容量が十分でなく、一度使ってしまうと数日から1ヶ月程度は次の竜化が出来なくなるからだ。」
これはアデルとしては初耳だった。竜化には制限があるというのだ。前回戦った竜人は竜化により部位欠損以外の傷を瞬時に消したが、それは何回でも好きなように出来る物ではないらしい。
「レイラさんは珠無しだったけど、後から竜化できるようになったという話を聞きましたけど?」
「ああ。あらゆる手を尽くして竜玉を手に入れたからな。闇市に流通したのを買ってみたり、罠を張って自分で奪ったりと7つほど手に入れたんだが――竜人個人が持つ魔力の質と、竜玉に蓄積される魔素との相性があるらしくてな。竜化に使えるのは7つの中でも1つだけだ。さっきの話を聞く限り、ネージュの魔力は竜人としては異質過ぎる。おそらく適合する竜玉なんて、万に一つあるかどうかだろう。」
「……竜人が万もいたら人族の領域なんてなくなっていそうですがね……」
「まあ、な。まあ、奴らは竜人同士で無駄に張り合ったり、争い合ったりで一つに纏まることはないから、最終的には潰しあいを始めるから長くは持たんのだがな。それでも手ごろな異種族の領地があるなら先にそちらを狙うか。」
レイラは鼻で笑う様にそう言った。
「話が逸れたな。ネージュに関してだが、私が考え付く仮説は2つ。1つは生まれる時に何らかの理由で竜玉が体内に入ってしまった可能性。生まれた時からであるなら、既に異物感や違和感なんて残っていないだろう。魔物や翼竜を含む竜が自分の魔石を意識しないのと同様だ。体の中で一ヶ所だけ妙に魔力が溜まっているという部分があるならそれを疑っていいと思う。
もう一つは、人間で言うところの“鬼子”、先祖返りだな。元々、竜人の祖は竜と人が交わって生まれたものと言われている。竜が攫ってきた人間を嬲ったか、物好きな人間が竜と交わったかは定かじゃないがな。その中で比較的氷竜の血が濃い者の同士で交わった先祖がいたとかだな。」
「そう言えば髪色って関係するんですかね?今は光の魔法で誤魔化してますけど、本来ネージュは絹の様な髪色でして。」
「珍しいと言えば珍しいが……両親の髪色覚えてるのか?」
アデルの言葉を受けてレイラがネージュに確認する。
「父親は知らない。母親は……言われてみれば銀だったかも?」
「銀か……銀となるとそれほど珍しくなくなるが……竜化した所は見た事有るか?」
「1度だけ。でも氷じゃなかった気がする?」
「ふむ。そうなると先祖返りかね。どちらにしろ現時点では任意の竜化は難しそうだ。もし、魔力の流れや魔素量を見る事が出来る術師でもいれば可能性はあるかもしれんが……暫く、自分の体の魔力の流れや魔素の溜まりを注意深く観察してみると良い。もし魔素溜りがあるなら、そこに竜玉か、それに近い機能を持つ部位がある可能性がある。それがないようなら……それこそ、竜にでも聞くしかないかもね。」
「むう……」
レイラの言葉にネージュは唸る。魔素溜まりと言われてもピンとこないし、自分の体に違和感がある訳でもない。レイラでもわからないとなると、竜化は当面お預けという事のようだ。先日味わった竜化による解放感と充足感を思い出すとやはり残念という他ない。まあ、竜化できたとして、いくらかの制限はあるようだし、その度に1着300ゴルトのレザースーツを破壊してしまうことになるので出来る様になったと言えど、乱発できる訳ではなさそうだが。
残念そうにしているネージュの頭にアデルは手を置いて宥める。
「まあ、そこまでがっかりする必要はないだろうよ。ただのまぐれって訳じゃなさそうだし、根拠があるってことはその内また機会があるってことだろう。今まで竜化なしで十分やってこれたんだ。竜化に頼って通常が疎かになるよりは……な?」
「むう。でもその機会って今のところ誰かが大ピンチになるか、命にかかわるような出来事があった時みたいだから……うーん。」
アデルの言葉にネージュは少し不貞腐れて見せる。確かに、条件が先日と同様であるなら、その機会は出来ればあまり遭遇したいものではない。だが一つ思い至るものがあった。それはいずれ確認してもらおう。ネージュはそう考えて気持ちを切り替える。
「では、仮にその様な魔素溜まりがあったとしたら、どうやって竜化するんですか?あと、もしまた不意に竜化してしまった場合の戻り方とか分かります?」
消沈中のネージュに代わりアデルが尋ねる。
「竜玉――魔素溜まりにある魔力を全身に行きわたらせるようにすること……かね。この辺りは熟練の《魔術師》か《精霊使い》に聞いてみると言い。戻る時は……基本、気絶か寝るとか意識を手放す事だね。実は一度竜化してしまうと、任意のタイミングで戻すと言うのは意外と難しい。安全が確保されていて且つ慣れてくれば、ほんの数分の仮眠でも戻れるようにはなるけど。」
どうやら戻り方に関してはアンナの説が正しかったようだ。しかし同時にそれは“催眠”等の魔法が天敵となり得ることが考えられる。前回、グリフォンの卵を奪い返す時にネージュが自傷してまで“睡眠”を回避したのは本能的にそれを察したのかもしれない。
「他に何かあるかい?」
レイラはネージュの質問はここまでとして他の質問はないかと尋ねてくる。期待は少々外されたが十分な話は聞けた。そこでアデルは先ほど気になった一節を尋ねてみる。
「先ほどオルタが言っていた、現王になって滅んだ3つの国と言うのを教えてもらえますか?」
「む?カールフェルト王国、イフナス公国、タルキーニ王国の3つだな。どれもフィンやコローナ、グランと比べれば小さい国――下手をすればコローナ王都やグランの王都やグラマーあたりの方が規模は大きいかもな。元々、カールフェルト王家の分家が起こしたのがイフナス。タルキーニはフィン建国以前から国体を成していた貿易国と言ったところか。そんな感じの国が3つ連合を組んでいたんだよ。ただ物流の経路の関係でカールフェルトよりも傘下のイフナスの方が経済規模が大きく豊かになってしまったから、最後の頃はそんな中でも不和が起きていた様だ。まあ周囲を野心的な大国に囲まれている中でそんな内輪揉めみたいなのを始めたら――まあ、お察しだ。」
アデルが期待していたフランベル公国と言う名前は出てこなかった。どうやら無関係の国だったようだが、出てこないなら尋ねてみればよい。
「フランベル公国って聞いたことありますか?」
「フランベル公国?どこの大陸だ?」
「え?ああ、そうか……レイラさん級だと余所の大陸の話も分かるのか……でも、所在ははっきりと分かっていません。恐らくはテラリア大陸なんじゃないかと思うのですが……」
「テラリア大陸で公国となると……連邦のどこかかね?今は色で表わされているけど、もしかしたら連邦成立前のどこかの公国の旧名称がそれだったのかもな。少なくとも現代で聞いたことのない名称だ。イフナス公国が消えた後だと他に公国と言う物はないからな。」
なるほど。オーレリア連邦を構成する5公国、赤、白、青、黄、黒のうちのどこかの公国の旧名称の可能性があるのか。レイラの言葉にアデルは納得した。戻り次第その辺りを調べる必要がありそうだ。しかし、ロゼールの言い方も気にはなる。「大陸史にそのような名称の国は存在しない。」“大陸史上”に存在しないというのに連邦の公国の旧名称と言うのはどうなんだろう。ロゼールの誇張の可能性もあるが、どちらにしろ調べて見る必要はありそうだ。
「ふむ……では最後にもう一つ。フィンはグランを制圧したあと、コローナとも事を構えますかね?」
「さあねぇ。今のグランとコローナ間の物流のラインが潰れて、代わりが用意できなきゃコローナは黙っちゃいられないだろう。そしてさっきも言ったが、フィンの今代は強欲だ。なるようになるだろうさ。」
「その場合、レインフォール商会はコローナと戦いますか?」
「そりゃ、海や海の権益に手を出してくるようなら、黙ってはいないさ。まあ、その為にオルタをコローナに向かわせるんだしな。」
コローナで誰と話をつけるべきか見定めるという意味だろうか?アデルは少し違和を感じたが、この時にはそれが具体的に何であるかははっきりと出てこなかった。
「なるほど。」
「他にないなら今日はこれまでにしようか。ま、オルタがいるならこの船への乗艦を止める者はいないだろう。また何かあったらくればいい。」
レイラが言う。
「わかりました。ちなみに、ワイバーンかグリフォンで直接来ると言うのは?」
「はあ?なんだそれ?」
アデルの最後の質問にレイラが呆れた声を出す。
「実は育てることになりまして……」
「ワイバーンやグリフォンをか?」
取得の経緯を説明した後にレイラが返した言葉は――
「グリフォンはともかく……ワイバーンは流石に事前に連絡くらいはしてくれ。」
とのことだった。ドルンとは逆にワイバーンではなくグリフォンなら良いらしい。
レイラとの会見後、程なくしてアデル達に割り当てられた船室に荷物をまとめたオルタがやってきた。
オルタ曰く、“コローナ出張”は事前から予定されていたらしく、既にほとんどの準備は済ませていたそうである。隊商員になるか冒険者になるかの2択なら当然冒険者の方が良かったから純粋に嬉しいと言う。オルタの様子や性格から推測するに、恐らくは冒険者の方が“都合が良い”ではなく、純粋に冒険者の方が“良い”であるのだろう。
船室は8畳くらいのスペースに2段ベッド×2という、レイラの船の中では一般的な船員の部屋であるようだ。停泊中とは言えやはりそれなりに揺れる。何か別の事に集中していればわからないが、休んでいると波の揺れを感じ、不慣れなアデルやネージュは少し気分が悪くなっていた。
アデルはオルタに犯罪奴隷がどうなるかを尋ねてみた所、ほぼ例外なく“船の備品”になると言う。
レイラたちの船はガレー船、つまりは風力以外でも漕ぎ手による人力でも動かせるようになっているとのことで、関連の船に漕ぎ手として配属されるだろうという。アデルとしては当初、それなら極寒のオーレリアの鉱山で強制労働の方がきついのではと思ったが、レイラたちは武装船、つまりは海戦を想定し、海戦が起り得る船である。すると、火砲や魔法、時には側面に体当たりを食らうなどして船底が損傷し、浸水が始まる事があったとしても、奴隷は鎖や足枷により持ち場から逃げる事も出来ずに、そのまま海中へ沈む事になると言う。浸水し傾く船から逃げることができずに、周りの奴隷と共に水死するという状況は確かに想像を絶することであった。
オルタが「それがどうかしたのかい?」と言うと、アデルは同期の冒険者がやらかして今回それになったと答える。オルタは、「あー……」っと何とも言えない呆れた声を上げた。
「でも犯罪奴隷として私掠船に売られるとなると、相当のことやらかしたっぽいね。」
「まあ、国が崇める神獣を殺して卵まで奪った挙句、内乱予備みたいなことしてたからなぁ。」
オルタの言にアデルはそう答えるが、結局オランやナナの名前を上げることはなかった。
結局、その夜は軽度の船酔いか何もする気にならず、早々に休んだ。




