森人
最初の“休憩”作業を終え、再度南への道に戻った一行は、日暮れとともに夜営に入る。
今回もやはり街道を少し外れると当初の説明どおり18時に2度目の休憩が行われ、少し移動したところで夜営の準備が始まった。
と、言っても荷物に対して何かするわけでなく、護衛やら商会員やらがテントを設営するだけである。
その時アデルらは初めて、ずっと馬車にいたフードを深く被っていた女性の顔を見ることになった。
切れ長の目に整った顔立ち、そして長くとがった耳。森人だ。
アデルとネージュ以外の者は既に知っていたのであろう、誰もそれに関心を払わない。
アデル達が初めて目にするエルフを凝視していると、それに気づいたかやはり同じような格好の別の者がやって来る。歩いていなかったところを見ると、恐らくは森人同様に別の馬車の中にいたのだろう。
「森人を見るのは初めてか?」
アデル達に寄ってきた者は人間の様だった。森人の様な特徴はない。
「ええ。このあたりでは珍しいんじゃないかと。」
「まあ、多くはないでしょうね。」
それに気づいたか、森人の方もアデル達の傍へと寄ってきた。
「私にしてみればそちらの竜人の方が余程珍しいのだけど。」
「そりゃ人族の領域ですからねぇ。」
希少種扱いされたのが気に障ったのか、森人がアデルとネージュに向ってそう言ってくると、アデルが無難に返した。
「そうじゃなくてね。何かしら。そちらのお嬢さん、竜人にしては妙に氷の精霊に好かれているみたいね。」
「「え?」」
森人の意外な言葉にアデルらは同時に驚きの声を上げる。
「普通、氷の精は竜人を嫌うのだけれど。種族自体が熱エネルギーの権化みたいな種だからね。でも、あなたのまわりには、実体化できる程の強さはないけど、小さな氷の精が結構いるみたい。」
「……見えるんですか?」
「いいえ。感じるのよ。私達は元々精霊の持つ力に敏感だけど、私は《精霊使い》だからね。
「なんと……」
「ほう。」
森人の言葉に今度はアデルとネージュは真逆の反応を示す。
ネージュは氷の精に好かれやすい、以前アンナがそんな事を言っていた筈だ。そして先日竜化した際に、ネージュは他の竜人と違い、氷竜に変化した。何かしら関連があるのかもしれない。
しかしこの場で、実は氷竜化できます。などと相談して良い物かどうか。名誉人族としては、“珠無し竜人”として認められているのだ。
森人はネージュの全身を確認するように凝視すると、「あなた、何か精霊が好きそうなマジックアイテムでも持ってる?」と尋ねてくる。
「え?」
特に何か特別な物を持っているわけでもないのでネージュが困惑の声を上げた。
「お腹の辺り。池に撒いた餌に群がる小魚の様に力の弱い小さな精霊が群がってるわね。多分、そのほとんどが氷の精。」
その言葉にネージュはぎょっとした。手を上げて何も持っていないとアピールをすると同時に困った様子でアデルを見た。
今のところ害は出ていないが、力の弱いとはいえ、目に見えない何かが自分の周りに餌を求めているかのように取り巻いていると聞くと流石にいい気持ちはしない。
「心配しなくても大丈夫よ。むしろ、いずれ成長してあなたの助けになってくれるかもしれない。機会があれば一度、雪山の頂や氷河にでも行ってみると良いわ。」
森人はアドバイスをするような口調でそう言った。
「……雪山の頂ですか……機会があれば一度行ってみたいですね。氷河はちょっと難しいかな。」
ネージュの代わりにアデルがそう答えた。
「グルド山の天辺て雪積もってたっけ?」
「さあ?」
「グルド山?」
アデルの呟きにネージュが首を傾げたかと思うと、人間の方がグルド山という言葉に反応した。
「ドルケンの山脈の中でも一番高い山です。」
「それは知っている。」
アデルが説明すると、少し憮然とした表情で人間が言う。
「私は行ったことないけれど、あそこは風の精霊の力が強いと聞いているわ。雪山と言えば……そうね。やっぱりオーレリアの北か西の方かしら。」
「むう。」
オーレリアと言えば現在はコローナと紛争中だ。そうそう機会に恵まれるとは考えにくい。
「氷の精霊に関しては前にうちの《精霊使い》にも似た様な事を言われたけど……」
ネージュがそう呟くと森人が反応する。
「うちの《精霊使い》?」
「……いま別件で別行動中。ようやく……レベル24だっけ?」
「うむ。グリフォン撃退の評価で25になっても良かったと思うんだがな……」
「グリフォンを撃退だと?」
その言葉にまたも人間の方が反応した。
「いえ、まあ、誤解で襲われたところを撃退したんですよ。後でちゃんと和解もしたし。」
「それはドルケンでか?」
「ドルケンでです。今回輸送している犯罪奴隷達が一枚絡んでいた様ですね。あいつらがグリフォンを殺し、巣を荒らしたりしたのが原因で、それを俺が護衛していた商会になすりつけようとして失敗してあのザマってやつですよ。」
「そうか……」
「グリフォンがどうかしたんですか?」
「……いや。グリフォンでなく、ドルケンに思う処あってな。」
先ほどグルド山に反応したのもその為か。しかし、ドルケンへの思うところというのは少し気になるところだ。
「そうでしたか……おふたりはここで何を?」
アデルの問いかけに、森人がジルニア、人間がリシアと名乗り、2人は友人同士で、ジルニアがフィンに用事が出来たと言うのでこの隊商に便乗させてもらったのだと言う。“商品”に異常が出た場合には治療又は催眠の魔法を掛けるのを条件に格安の乗車賃で受け入れてもらっているのだと言う。2人とも奴隷の移送や扱いについては特に何も感じていない様子だった。
森人の精霊使い、もしやと思いディアスやソフィーの名前をだしたが、残念ながらそこは別人の様で「知らない」と返されてしまった。
依頼としてはパーティ単位で受けたのだし、もしかしたらフィン国境までの間だけでもアンナを連れてくれば魔法を教えてもらえるだろうか?ふとアデルはそう考えた。
どうやらネージュも同じ事を考えた様で、アデルにアンナを呼びに行くかと尋ねてきた。まだ王都を出て1日目、ジョルトとジルニアに話さえ通せば呼びに行ける距離ではある。とはいえこの凄惨ともいえる奴隷輸送を、一度は不当に奴隷にされかけたアンナに見せて良い物だろうか。村で拉致されたのなら、アジトまでは護送されたことになる筈だ。勿論、希少種族の性的な愛玩奴隷候補と犯罪奴隷とでは扱いが全く違うだろうが。更に国境までの数日とは言えアンナを呼んでしまうと、イスタの家やワイバーンの管理をカミラ一人に見てもらわなければならなくなる。勿論騎手ギルドやソフィーらの支援も受けられる事にはなっているが、今知識や記憶が細切れ状態となっているカミラを一人にさせるのも酷かと考える。その辺りをネージュと相談した結果、今じゃなくてもいいかという結論になった。
代わりにアデルは、アンナの遍歴とも言うべき現在の精霊魔法の修得状況から、次に何を目指すべきかを尋ねる事にした。
独学で“回復・大”、“不可視”、それに“下降気流”、あとは水の精霊による氷の槍の生成や疲労軽減、光の精霊による色調変化などと伝え、攻撃系の魔法は一切持っていないと説明する。
ジルニアは「それはまた随分と偏ってるわね。」と呆れてしまう。そして「もともとは生活向けに習得し冒険者になるつもりはなかったんじゃないの?」と察されてしまった。一方リシアの方は氷の槍と疲労軽減、色調変化の魔法に興味を持ったようだ。
前者の“名称”がついている3つは、修得レベルに差はあるもののどれも中・高位の精霊魔法として広く知られているものである。しかし、後の3つはやろうと思えばできるのだろうが、一般的な魔法ではなく、恐らくは本当に独学で精霊と相談しながら編み出したのだろうという。で、あるなら精霊とのコミュニケーション能力が非常に高く、精霊使いとして大成するだろう。それが冒険者技能としての《精霊使い》の枠で測れるかどうかは別になるが。とのことだ。実際、ブラバドもアンナの当初のレベル認定はかなり苦労したようであるし、恐らくジルニアの言う通りなのだろうと思う。
2人によると、決まった手順で決まったように魔力を使えば決まった効果が現われる“真言魔法”と違い、“精霊魔法”は使い手と精霊の気性や相性によって出来ることが変わってくるという。一般的に《精霊魔法》と呼ばれるものは、ある程度の自然環境が残っている場所にいる雑多な精霊の力を借りて発動させるものだが、上位種やユニーク種と交信できるのならさらに別の効果を生み出すこともできるという。特に、交信により独自の魔法を編み出せるほどの術者と精霊なら、相性と気性からくる影響は大きく、無理に攻撃魔法を使わせるよりは、今扱っている魔法に合せて、回復や支援、或いは幻惑系の魔法を伸ばしていくのが良いだろうとのことだ。もし、どうしても範囲火力が欲しいなら、気性の荒めな火の精霊を手懐けるか、少々高位になるが水と風の精霊の合力で雷系の魔法を覚えれば良いとアドバイスをされた。そして光の精霊にはあまり攻撃性の強い魔法は使わせない方が結果として良いだろうとのことだ。何とも奥が深い。
因みに……と、アデルとネージュの精霊との相性を見てもらったところ、ネージュは突出して氷、すでに侍らせているくらいで、交信や魔素の供出が上手くできる様になればすぐにでも使える様になるだろうという。
アデルの方も、やはりアンナの指摘通りに水、そして2人とも、風の精霊の加護を受けている様だと教えてくれた。ドルン山で共同戦線を張った時か、ブリュンヴィンドの守護精がアデル達にも加護を配ってくれているのだろうか?アデルはそんな風に考えた。
そんな話をしながら夕食を済ませると、ジルニアたちは自分の馬車に戻り、アデル達はいつも通りの交代での警戒の仕事に戻る。
アデルとしては、他の馬車に積まれた商品にも少し興味がわいたが、言われたとおり余計な詮索はしないことにした。
「オーレリアか……」
ブリュンヴィンドが成長すれば、アンナの協力を得てネージュを雪山に連れて行くこともできるだろうか?アデルはそんなことを考えていた。




