哀しき再会
とある冒険者のバッドエンド導入編。
食中、食前の方は迂回してください。そんな部分。
ジョルトに連れられたは前にも1度来たことのあるジョルト商会王都本店の裏の倉庫のあるスペースだ。
そこにはすでに2頭立ての馬車3台と、今回の護衛であろう冒険者や商会の者たちが待っていた。見知った顔はないが、構成は前回と同じか前回よりも少し厚い感じだろうか。冒険者のレベルは推定25前後、2年前はアデル達が一番下だったが、今回はアデル達が一番上かもしれない。尤も、彼らの目を引いたのはアデルではなくネージュであったのだが。今回は前回、ジョルト商会の依頼の時に行われた冒険者同士の自己紹介や挨拶は一切ない様だった。運ぶ物が“物”だからだろうか?何となく、全員強面の男性の様に見える。
まずはジョルトが出発の挨拶をする。
「今回、皆さんに手伝って運んでもらうのは3点、どれも“生物”であるので、可及的速やかに運んでもらう必要があります。許可なく開けたり詮索したりはしない様に。」
この言葉に全員が頷く。ただ、アデルだけは“3点”という部分が引っかかった。
「目的地はフィンであり、フィンでもっとも有名な“商会”であるレインフォール商会です。“商品”はそれほど高価な物ではないですが、適切に扱って頂きます。宜しいですね?」
やはり全員無言でうなずく。なんかもう、そこにいるだけで威圧感がある集団となっている。
「では出発しましょう。」
ジョルトの号令の元、3台の馬車それぞれに護衛が6人ずつ付く形で移動を開始した。ネージュだけは戦闘と警戒専門としてその数に含まれていないため、アデルのすぐ脇に控える。
馬車は幌付きのキャリッジが3台。サイズ的には先日ドルケン往復に使われたものと同じ、5m×2mと馬車にしてはかなり大きなものである。幌の中がどうなっているのか気になったが、たった今釘を刺された手前、口には出さずに大人しく周囲に倣う。
馬車は南へと向かうが、2時間ほど移動したあたりで思いもしない挙動に出る。街道を外れ出したのだ。
アデルが不思議そうな表情をしていると、ジョルトから直接説明があった。
「君たちは今回が初めてだったね。説明すると、初日は12時と18時、以降は9時と15時の1日2回“休憩”がある。カイナン商事からいくら提示されたのかは知らないが、仕事は平等にきっちりやってもらうよ。確か……愛馬の仇がいるんだって?一番厄介なところを進んで引き受けてくれるとは感謝に堪えないよ。君、彼らに仕事を教えてやってくれ。」
ジョルトはそう言うと、アデル達と同じ馬車を担当している男に声を掛ける。男は『承知した』と答えると、馬車の幌の中からスコップを取り出す。
「まずは穴を掘れ。今回は見本を見せる。」
男はそう言うと、彼らの馬車を担当する4人の男らと共に穴を掘り始める。と、言っても深い穴ではなく、深さは20センチに満たない程、ただし直径は5メートルくらいと浅く広い穴である。
「ここからが大事だ。この馬車には犯罪奴隷が集められている。一瞬たりとも油断するなよ。」
犯罪奴隷、元は相応の凶悪犯であり隙さえ見せればこちらを襲ってでも逃げようとするだろう。街道から離れたとはいえ場所はまだ平原だ。この状況でネージュから逃げることは無理だろうとは思うが、そもそも取り逃がすような真似をすればこの仕事としては失格だろうと気を引き締める。
「わかりました。」
アデルがそう頷くと馬車の幌が開けられる。中にはフードを深く被った女性が一人、そして無造作に並べられた大樽が15本ほどあった。担当の、恐らくここのリーダーであろう男がそのうちの5本を開け、中から鎖を引っ張り別の男に渡していく。受け取った男がそれを引っぱると、鎖の先にある首輪を引かれて中から犯罪奴隷たちが引っ張り出される。中から次々とガタイのいい男どもが引き摺りだされていったが、アデルの鎖の先から出てきたのは女だった。そしてアデルは驚きの声を上げる。
「え……?」
出てきた女――に限らず、出された奴隷は全員腰布のみで両手を後ろに回され枷で拘束され、鎖のついた首輪をつけられており、舌をかまない様にであろうマスク状の口枷を取り付けられ、さらに目隠しまでされていた。しかしその歪められた横顔にアデルは見覚えがあった。
「お前……ナナだっけ?」
「!!??」
耳は塞がれていなかった。女はアデルの言葉に、酷く動揺すると同時に、別の方からもガタっという音と、「大人しくしろ!」という怒声が聞こえた。そちらを見ると男の奴隷二人が暴れようとしたところを係の者に転がされ、踏みつけられながら首輪を上に引っ張られていた。よく見ると彼らもかつて2度ほど共に冒険者として活動をしたオランとグレイの様だ。
「おや?知っている顔ですか?」
その様子を観察していたか、ジョルトがアデルにそう声を掛けてくる。
「いや……俺と同時にエストリアから王都までジョルトさんの通常の移送の護衛をしたことがありますよ?その後別件でグランに行ったときには4人パーティだった筈ですが……」
オラン隊4人の内、分かったのはオラン・グレイ・ナナの3人だ。あと一人、一番金にうるさそうなのがいない。アデルは残りの樽の中にメロがいると思ったのだが、アデルが4人パーティという言葉を口にしたところで3人が大声をあげだすものの口枷に阻まれ言葉にはできない。
「その辺はまあどうでもいいでしょう。彼らはドルケンで犯罪を犯し処分された身です。君の愛馬の仇だとヴェン殿からは伝え聞いていましたが……もし欲しいと言うなら仕入れ値でお譲りしますよ?コローナ国内では出来ませんが、フィンに入ってからなら焼くなり煮るなり犯すなり如何様にも。」
ジョルトの言葉にジョルトのいる方へ向けてオランが何か叫ぼうとしている。たしかオランはナナにぞっこんだった筈だ。他者に犯されると聞いて黙っていられなくなったか。だが、この状況でオランに何ができるというのか。
「一番金にうるさそうなのがいないみたいだが……まあ、取る気もないし、要らないから安心しろ。《魔術師》も目途がつきそうだしな。」
一時の金に目が眩んで犯罪に手を出したのか……そんなところだろう。元々貪欲な割に仕事に対しての意識は低かったように思えた彼らだ。実力は申し分なかった筈なのだが……いや、それが遺憾なく発揮されてしまったおかげで王種グリフォンが殺されたのだろう。一度は共に死線を潜り抜けた仲間であり、その時の決め手となった優秀な魔術師であった筈だが、巡り巡ってプルルやブリュンヴィンドの親の仇であり、カイナン商事の配慮を考えると、彼らへの特別な感情は出てこなかった。アデルとしてはずっとプルルの死に対して落とし前を要求していたが、その怒りもすっかりとしぼんでしまう。もちろん溜飲が下ることもなかったが。
「いえ、結構です。」
アデルはジョルトにそう伝える。その瞬間から元お気楽冒険者たちの地獄が始まった。
「そうですか。それでは仕事に掛かってください。」
ジョルトはそう言うとその場を立ち去って行った。
「それでは始めるぞ。」
リーダー格が自分の鎖を引っ張りながら奴隷を先ほど掘った穴の淵へと立たせる。他の3人も同様に鎖を引くと、オランは尚も大声で暴れようとする。すると担当の男が鞭を振るい、2度ほど殴ったところで怒鳴りつけた。
「構わんが次まで我慢できるんだろうな?後で泣き言は許さんぞ!」
そう怒鳴ると、オランは動きを止め頭を垂れて男に従う。オランらが掘られた穴の淵に円を描くように並び立たされると、リーダーの視線で促されたアデルはナナの鎖を引き同様に立たせる。ナナはなにやら涙声で何かを訴えているが言葉にならず、何を言っているのかわからない。しかし、彼らの次の行動をみて何となく理解した。
「しゃがめ。速やかに終わらせろ。」
リーダーの感情のない声に、男奴隷たちは後ろを向いてしゃがみ、ナナはそのままの向きでしゃがんだ。排泄だ。“休憩”が1日2回と言う事は、この機会を逃すと半日その機会はなくなる。最悪、樽の中で垂れ流すと自分の汚物に浸かりながら半日を過ごすことになる。流石にそれだけは避けたいのだろう。男たちは死んだような表情で腹部に力を込めていた。ナナは目隠しの下から鎖の先を見上げながら何かつぶやいている。恐らくは「見ないで」だろう。対してアデルは、
「以前、戦場で手足を失った兵たちの移送と介助をやってきた。彼らと比べれば余程マシな状況だし、あんたらは8割は自業自得だろうよ。」
と感情を込めずに言う。ナナは観念したのか、“元”の自分を知っているであろう男の前で惨めな姿を晒した。
3分ほど時間を与えられると、彼らは鎖を引かれ元の樽の位置に戻される。そこで、髪を掴まれ顔を上に向けられると、フードの女性がキャリッジ前部に置かれていた箱から瓶を取り出し、何かドロリとしたものを彼らの口枷の穴に流し込んでいく。恐らくは流動食なのだろう、奴隷と言えばまさに体が資本だ。特に犯罪奴隷である彼らは死ぬことすら許されずに、今後ずっと口枷を付けられたまま、流動食を流し込まれて生かされ続けるのだろう。金をいくら積まれたのか、或いはいくら手に入れたのかは分からないが、結局こうなってはいくら貯めたところでもう碌に使う事すら出来ない。もしかしたら、最初にドルンの冒険者の店で声を掛けられた時に頷いていたら、同じ目にあっていたのかもしれない。そう思うとアデルは妙に美味しい話には裏があると考えなければならないと改めて肝に銘じるのである。
その後、5本ずつ樽が空けられ、交代で“作業”が勧められた。担当が6人であるのでこれは仕方がないが、この作業だけで30分ほど掛かる。最後は酷い臭いの中、穴を埋め戻す作業をして、彼ら本来の“休憩”時間となった。
作業の後30分ほどの休憩となったが、アデルは微妙に食欲がわかずに、板状の干し肉を数枚噛んで終わりにした。他の担当達は慣れているのか、特に気にする風もなく恐らくは平常通りの昼食をとった後に足を投げ出して休んだ。
「まあ、飯時にやらされるのは今日だけだ。3日もしたら慣れる。あと、女が相手で変な気が起きてもおさわり程度にしておけ。あとで面倒になるぞ?まあ、そっちも3日もすりゃ興ざめするだろうがな。」
(おさわりはありなんだ……)
などと考えながらアデルはこの馬車で運ばれる犯罪奴隷15人の感想を纏める。15人中女性はナナを含めて4人だった。しかし、彼女らのもう一人の仲間であったメロはそこの含まれていない。すべてをアデルが担当したわけではないが、その体を観察するに、華奢なのはナナだけだ。他3人はミルテ程ではないが、それなりに体が鍛えられており、元は《戦士》であったと推定される。ヴェンの話によると、オーレリアと比較して更にハードな方という話であったので、今後彼らがどんな仕事に従事させられるのか想像できなかったが、ナナはそう長くは持たないだろう。アデルはそう思いつつも、ナナを買い戻すという考えには至らなかった。当初は場違いなほど綺麗な子だとは思ったが、今の様を見るに、そしてカミラやミリアを見たあとだと、彼女らの方が容姿も性格も2周りは上の様な気がする。男どもは言わずもがな。特にやらせるような重労働もないし、そもそもコローナでは奴隷を持つことはできない。犯罪奴隷制度があるというドルンならどうかとも思わない。信用できない奴隷を買い、維持してまでやらせなければならないという仕事はないからだ。
休憩が終わるとまた南へと向かう。街道に戻り、また次の休憩まで黙々と馬車の警護をしつつ歩き続けるのだった。




