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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
14/373

神官

 冬眠前に猪を追っていたと思っていたらいつの間にか首から上がなくなった自分が立っていた。一体何が(ry

 不運なグリズリーはその場でジョー隊や商会の従業員の手によって解体された。

 内臓を取り出され、毛皮を剥ぎ取られる光景にオランら数名の駆け出し冒険者が手で口を覆いながらそれを眺めていたが、やがてジョルトが何かを思い出したかのように呟いた。

「流石は“暁亭の熊屋兄妹”と言った所か……」

「なんすか?その……何?」

 アデルが苦い表情で聞き返すと、ジョルトが笑って答える。

「いやいや。エストリアの暁亭に最近、熊狩りのプロがいるって話でな。最小限の傷で状態がとても良い毛皮を提供してくれると評判のようだが。」

「まあ、なんというか。状況はあまり褒められる状況じゃないが、手際は見事だった。」

 ジョルトのあとをジョーが続けた。リーダーパーティ自ら解体を主導し、肉は振る舞い、毛皮はアデル達に返すというあたり、マメと言えばマメだ。

 アリオンの話によると、グリズリーの危険レベルは15だという。これは討伐対象の危険度を数値化したもので、依頼の受け手の篩分けと、討伐時の査定の目安となるものだが、だいたいそのレベルを1対1で仕留められるのが同等の冒険者レベル、革素材として状態の良いものを提供するとなるとそれより3~5は高いレベルが必要と言われているらしい。

 そして、《暗殺者》の技能レベルは、《戦士》の技能レベルと比べて1.2倍ほどの実力を必要とするそうで……

 まあ、つまりアリオンの査定はひいき目なしで適正な評価だったと云う訳だ。


「まあ、ご苦労だった。熊狩りのプロとやらに今回のことで文句を言うのも筋違いか。ただ今回の依頼内容は馬車の護衛だ。そこは見失わない様にしてくれよ。」

 どうやらアデルの懸念したお説教タイムはこれで回避されたようだ。

「行程に少し余裕もあるし、少し血抜きして行いこう。新鮮な肉は活力になる。あと毛皮は私が買い取らせてもらうと云う事で構わないかね?」

「はい。どうぞ。」

 ジョルトの提示にアデルは二つ返事を返す。そう言えばこういう複数パーティでの戦利品てどういう扱いなんだろう?とアデルは疑問に思ったが今回は流れ的にそのまま自分たちの懐に入って来そうなので聞かないでおいた。

「野営地で血の臭いを狼に嗅ぎつかれても厄介か。休憩がてらここで暫く吊るして、切り分けとかは他でしよう。」

 ジョルトの提案、というか実質上の指示によりこの場で1時間ほど休憩したのち、更に移動して3日目の野営とすることになった。

 

 3日目の野営は、少々贅沢な夕餉が振る舞われ、和気あいあいとしていた。

 行程半ばの森の中であるため、生肉を買い取り街まで持ち帰るのも困難と云う事で、一行の腹の中に納まったのである。調理は詳しい商会の者がやってくれた。

 流石に酒は振る舞われなかったものの、隊商、護衛各隊の表情は今迄の夜よりも若干明るい。

 アデルとネージュは、自分の分の夕食を他より少しだけ多く貰うと、人の輪を離れさっさと自分たちの馬車に戻る。

 ここ数日『羽を伸ばす』ことができないネージュは少々フラストレーションが溜まっているようだ。今思えば、先ほどの熊を見つけた時の異様な興奮ぶりはそれのせいもあったのかもしれない。

「お隣り少しよろしいかしら?」

 荷台で大の字になって寝転がっているネージュの脇にロゼがやってくる。

「どうぞ。」

 ネージュではなくアデルがそれに答える。

 ロゼが腰を下ろすとネージュが一瞬だけ不愉快そうな表情を浮かべてローブを被る。薄暗い中でもその表情が見えたのか、ロゼの表情がちょっとだけ曇った。

「前回依頼で行った村でちょっとありましてね。あまりお気になさらず。」

「そうですか……地母神レアの神殿では鬼子は特別珍しい存在でもないのですが。」

「それは……ちょっと有難いのかな?母親が亡くなって孤児というのもいそうですが。」

「……ええ。そういう方もなくありません。が、彼らに罪はありませんし。」

「なるほど。」

 そこで会話が一旦途切れた。

 アデルは改めて隣に座った少女を見る。

 歳は恐らくネージュ以上アデル未満、ヴェルノと同じくらいだろうか?化粧っ気はない。むしろ出立以降はわざと土で汚している様に見える。綺麗にすれば間違いなくヴェルノ達よりも綺麗になるだろう。凛とした中にある、あどけなさというか、儚さというか、一度見かければしばらくは記憶に残り続けそうな美少女だ。

 今のところ、“鬼子”に関して疑っている様子は見られないが……

「普段から1人で活動を?」

「冒険者としてですか?普段は活動なんてしてないんですよ。」

「おや?それがまた?」

「ジョルト様には神殿が色々お世話になっていまして……商会の隊商や仕入れとかにはいつも1隊に1人神官がそれなりの額で雇われるのです。事実上の寄付ですね。今回の旅に都合の付くの者が私しかいなくて。」

「なるほど。それは大変ですね。」

「これも修業の一環と思えば……存外、旅というのも楽しいものの様でしたし。」

「他のルートよりは危険度が低いみたいですしね。それでも森の中は特に油断はできませんが。」

「ええ。先ほどのネージュちゃんの手際は見事な物でした。私なんて、最初の大猪にすら驚いてしまいましたのに。」

「森生活それなりに長いですからねぇ。」

「そのようですね。あのグリズリー討伐の専門家がいらっしゃるとは」

「いや、専門にした覚えはないんですけどね。まあ毛皮が売れるので優先的に狩ってたというのはありますが。」

「王都で……どの様な冒険者になられるのですか?」

「……と、言いますと?」

「今、我国は南北西と強国に国境を脅かされていて緊張が続いて――いえ、すでに各方面戦争の準備が整いつつあるようです。今回私が登録させて頂いたお店でも、軍の依頼や傭兵募集の掲示物が多かったですし。」

「周辺国の動きが大分きな臭いとは聞いていましたが……そんな状況でしたか。うーん……できれば、鬼子の妹一人残して戦争には関わりたくないかなぁ。」

 アデルはなるべく自然に、ネージュの脇を引っ張り膝の上に乗せる。

「なるほど。それもそうですね。私もそれが良いと思います。」

「もしかしてロゼも?」

「いいえ。私は戦争にならないことを切に祈っております。ですが、いざとなったら私も前線の支援に行く覚悟は出来ています。」

 ロゼの口調からはきりっとした強い意志を感じた。

「えーと……神官て皆そんな感じ?」

「いいえ。基本は皆、戦争どころか、争いごとなんて御免と思っていますよ。ただ避けられないのであれば私たち次第でその犠牲者が、そしてそれに連なる悲しむ方が減るということも判ってはいますので。」

 これが神官の考え方なのだろうか?それとも貴族の考え方なのだろうか?アデルには理解が追いつかなかった。

「ふーん……まあ、いよいよ自分たちの居場所が脅かされる様なら考えますかね。まずは王都で輸送関連の仕事を受けつつ、情報集めかな?名を上げたいというよりはむしろ、慎ましやかに生きて行きたい感じなんだけどなぁ。」

 アデルの言葉に、闘争民族竜人は何か言いたげだったが、余計な口は挟まない。

「有名になりたい訳でなくて何でまた冒険者に……――って言うのは失礼でしたか。」

「別に失礼じゃないけど、まあお察しくださいってやつ?」

 成人しているとはいえ、まだ16程の人間が、年端の行かない妹を連れて二人きりで切った張ったの冒険者稼業となれば……少し考えれば家庭の事情は察せられるはずだ。

 それにしても戦争準備か……エストリアでも、各方面大分きな臭くなっているとは聞いていたがこれ程深刻だとは思ってもいなかった。戦争が近いとなると……確かに物流関連も人手不足になるのかもしれない。小型キャリッジ一台でどうにかなる程度の話でもないと思うが。そうなるとアリオンがどういう意図で王都に送りだしたのかアデルには少しわからなくなって来る。

 とにかく、王都に着いたらその辺の情報もしっかりと調べよう。アデルがそう思う頃には他の4人も馬車に戻ってきた。

「ん~なんか特別いい感じって訳でもなさそうね。」

 アデルの馬車で移動しているオランのパーティの軽戦士風の女……と、いってもせいぜいアデルと歳は同じか少し下くらいだろうが――のメロがそんな事をいいながら荷台に乗って来る。

「テントの準備はご自分たちでどうぞ。俺らは基本、雨が降らなきゃテント使わないし。」

「だってよー。さっさと準備ヨロ」

 メロが自分たちのテントを荷台から引きずってオランに渡す。

「……それでは私は自分の馬車に戻りますね。」

 一瞬だけ眉間にしわを寄せてロゼは荷台から降りて自分の馬車に戻って行った。

 ジョルトが何かの保険として“借り受けた”神官であるロゼは護衛ではなく護衛対象であるため、従業員と同じ幌付の馬車がホームだ。

「俺達も雨が降らなきゃ荷台でいい気がするんだけどなぁ。」

「はぁ?」

 オランが呟くが、今度は《魔術師》の女性、ナナが強い口調で聞き返す。どう聞いても否定の返事だ。

 オランとナナ、そしてもう一人彼らのパーティである男性の戦士、グレイはメロとは逆に、アデル達より少しだけ年上の感じだ。実は年上好みのアデルとしては、最初だけナナに見とれてしまったがすぐに醒めた。思った以上に性格がキツそうな上に、オランを尻に敷く様子を見る限りこの二人はデキているのだろう。他所様のパーティに横から手を出すほど無節操ではない。この時はまだアデルもそう自覚していた。

「へいへい。準備しますよっと」

 そう言いながらオランとグレイは自分たちのテントを準備する。基本、夜間はアデル達が荷台に毛布、オランらは彼らの4人用テントで野営をしている。一応、男2人が交代で見張りとして外に出てくるが、正直、警戒的な意味であまり足しになっている気がしない。

「ネージュちゃんのお蔭で今夜は豪勢な晩御飯になったからね。あんな感じで簡単に狩れるなら熊狩りもありよね。もっとも王都周辺じゃそうそうでないだろうけど。」

「馬車の輸送の護衛ってのもある意味オイシイ仕事よね。歩く必要ないし、数日見張りするだけで割といい収入になるし。村に出向いてチマチマ小鬼やら豚狩りするより楽で割がいいんじゃない?」

 メロとナナがなんとも冒険者とは思えないような会話をしながら、作業中の男性陣の行動を眺めている。

(簡単にと言いやがりましたか。君らのレベルだと4人がかりでももっと苦戦しただろうけどねぇ。まあ、今回の護衛依頼に関しては今のところその通りか。)

 アデルは内心でそう呟きつつ彼らの行動を生暖かく見守ることにした。

「ほら、終わったぞ。」

 程なくしてオラン達が自分たちのテントを組み上げると、ナナ達はワイワイとがやつきながら、ひとまず自分たちのテントに入って行った。

「まあ、なんでもいいですけれど……」

 アデルはお気楽な冒険者たちに目を細めて閉口するのみだった。



 道中の方はその後も特に大きな問題は発生しなかった。翌日には森を抜け、あとはパトロールの兵が時折行き来する街道を行くのみだ。何かあれば数キロ毎に連絡所の様な詰所もあり、物取りや小規模な盗賊団などの出る余地はない。流石は国の中枢から主要都市へと延びる主だった街道の一つだ。ここが頻繁に賊や魔物に荷物をインターセプトされるようなら国として立ち行かない。

 毎夜繰り広げられるナナ&メロの我儘っぷりにアデルも少し辟易としたが、矛先が自分に向いてこないので知らん顔でやり過ごした。

 その後も本当に何事もなく、国名を冠する王都、コローナまで到着するのだった。


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