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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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輸送依頼

 軍との合同訓練を終え、新居へと戻ったアデル達を待っていたのは、小型の馬車を従えたヴェンであった。

「少々遅くなったが、引っ越し祝いを持ってきた。」

 ヴェンはまずそう言うと、従えてきた部下に命じて馬車から如何にもネージュが喜びそうな高級そうなソファを降ろす。

「ほほう。」

「こりゃあ、またご丁寧に……」

 ネージュは目を光らせ、アデルは少しだけ恐縮して見せる。

「中に入っても?」

「ああ、勿論です。どうぞどうぞ。」

 ヴェンに促されアデルは自宅の扉を開けた。

 居間にはすでに安物のソファを置いてあったがネージュの指示により撤去されるとその場所に新たなソファが置かれる。ネージュは早速その感触を確かめると満足そうに

「うむ。これは良いものだ。」

 と宣った。

「有難うございます。この為にわざわざ?」

 アデルがヴェンや部下たちを席に座らせると、カミラとアンナが冷たい茶を用意して配った。

「む?こちらの方は?」

 ヴェンはカミラを見るのは初めてだったようだ。アデルはナミ経由でダールグレン侯爵から受けた依頼とその時救出した虜囚であると説明すると、ヴェンは少し困ったように眉を寄せた。

「そうか……何というか……」

「何というか?」

 ヴェンの態度を不思議の思ったアデルがヴェンに尋ねる。

「いや、実は依頼があって来たのだがな。アデルとネージュに是非受けてもらいたいと思うのだが……アンナとカミラ殿にはお勧めできない。」

「どういうことですか?」

「表向きはジョルト商会の荷物輸送の護衛と補助だ。」

「ジョルト商会の?」

 表向きという言葉が気になったが、それ以上にヴェンの口からジョルト商会の荷物輸送の依頼が来ることに驚いた。

 アデルの問いかけにヴェンは少し困った表情でアンナとカミラを見る。

「私たちは聞かない方が良いのですか?」

 カミラが少し表情を険しくして問うと、ヴェンは観念したような口調で言う。

「気分を悪くするかもしれない。それにある意味でハードであり、ある面で危険を伴う話だ。ただ、事前に言っておくと、これは今回のドルケンでのグリフォン絡みの一件に対する我が商会から君たちへの最大の報いである。この機を逃せば恐らくはもう次はないだろう。」

 意味深な発言にカミラとアンナは互いの顔を見合い頷くと――

「構いません。どうぞお聞かせください。」

 とヴェンに話を促した。

「そうか。単刀直入に言えば、犯罪奴隷の護送だ。グリフォンの殺害と卵の密猟の実行犯の内、ドルケン人でない者の身柄を犯罪奴隷として我が商会で買い取った。」

 予想外の言葉にアデル達は呆気にとられる。

「犯罪奴隷ですか?どうしてまた……」

 犯罪奴隷とは奴隷が認められている国にある中で、かなり重い懲罰である。強盗や殺人など凶悪犯を拘束し奴隷として死ぬまで重労働を強いるものである。ただし、元が元なので管理が難しく、奴隷制度がある国の中でも取引が行われるのがオーレリアとフィンくらいであると言う。

「一つは報復、一つは君らへの報いる為だな。犯罪奴隷はフィンの私掠船、武装商船団へと売られることになっている。」

「武装商船団……早い話、フィン海賊ですよね?」

「まあ、我々から見ればな。」

「どうしてまた……」

 アデルはこればっかりだなと自嘲しつつもヴェンに尋ねるしかない。

「その様子だと情報はない様だな。」

 その様子にヴェンは小さく笑った。

「犯罪奴隷を売るとなると、連邦かフィンの私掠船くらいになる。そのうち、どちらが厳しいかと言えばフィンの私掠船になるのだが、理由はそれだけじゃない。フィン最大の私掠船団――レインフォール商会、通称トルメンタ武装商船団と言うのだが、そこのリーダーが、“元・珠無し”竜人なんだ。竜人の寿命が人間より長いのは知っているだろう?」

「そうですね。300~500年くらいは生きると聞いていますが。」

「うむ。トルメンタの首魁、レインは200年ほど前の初代フィン王の建国――まあただの武力制圧なんだがーーに協力し、その立場を永年保証された竜人なんだが……彼女は珠無しでありながら、後天的に竜化が出来るようになったという逸話がある。」

「「なんですと!?」」

 この言葉に食いつくのは当然ながらアデルとネージュである。

「詳しいことは分からん。元々は別の大陸から渡ってきた珠無し竜人という話だが、他の竜人から竜玉を奪ったという話が有力の様だがその辺は当事者でないとな。で、だ。奴隷護送の折、そのレインと会う機会を設定してもらった。あそこと繋がりのあるジョルトに頭を下げて頼んできたんだ。是非受けてもらいたいのだが……」

 ヴェンはそこで再度アンナとカミラを見る。

「フィンがトルメンタが絡む取引の横槍を入れるとは考えにくいが、何せフィンは治安なんてものはないし、戦争中で荒れている。中にはアホな強盗団くらい出るかもしれん。地方領主も国王にさえ睨まれなけりゃやりたい放題だからな。アンナやカミラの様なj――美女はちょっかいを出されるかもしれん。」

 “上玉”と言いかけたところでヴェンは言葉を選びなおした。

「ふむ……最後の機会というのは?」

 ヴェンの言葉にアデルはもう一つ質問を加えた。

「……程なくグランディアは落ちる。グランという国自体もそう長くはないだろう。そうなればフィンがコローナを狙う可能性も、コローナが海洋物資を求めて南征する可能性も十二分にある。そうなればコローナの商会としてトルメンタと接触できる機会はないだろう。」

「なるほど……」

 ヴェンの話を聞いてアデルは思案した。話しぶりからすでにグランが滅ぶのは既定路線の様だ。そうなれば当然、海からの物資が滞り、打破するためにはフィンと戦争になる可能性が高い。

「期間はどれくらいですか?」

「往復で1か月以上2か月未満と言ったところだろう。報酬としてうちの商会からパーティに5,000ゴルト出す。ジョルト商会からの報酬は、レインとの会談機会ということになるだろうしな。」

「わかりました。俺とネージュで是非受けさせてください。」

 アデルの言葉を理解したアンナとカミラが不服そうな表情を見せる。

「姉さんまだ冒険者登録してないでしょ?せっかくだし、今のうちに習えるだけ魔法を習っておいて。アンナはすまないが、ブリュンヴィンドを頼む。無法地帯にグリフォンの子供なんて連れていけないだろうしな。」

 アデルとしてはもう一つ、先のグリフォン事件のようなイレギュラーが発生し、帰還時期がグラン陥落よりも遅くなる様だと状況が一気に悪化しかねないという危惧もある。カミラとアンナはアデルの話と、ヴェンが最初見せた懸念に配慮したのだろうと諦め、それを受け入れた。

「ワイバーンは必要ですか?」

「それこそグリフォンと同じだ。連れて行かない方が良いだろう。速やかに支度をして、明日の朝にはここを出られるようにしてくれ。」

 ヴェンの言葉に、一同頷いた。




 翌朝、準備を整えたアデルは、アンナとカミラ、それにソフィーとソフィー邸に滞在中のディアス、さらにはアデルらの担当となっているギルド職員に挨拶と後事をお願いしヴェンと共に出発する。

 馬車はカイナン商事のイスタの支部に任せ、騎手ギルドから早馬を借りて王都へと向かうと、その日の夜半には到着し、翌朝にはジョルトと合流する。

 ジョルトはヴェンといくつか話をした後、アデルの方に寄ってくる。

「話は聞いていると思うが、よろしく頼むよ。私がジョルト商会の長、ジョルトだ。」

 どうやらアデルの事を覚えていないらしい。

「えーあー、お久しぶりです。実は2度目なのですがね……以前一度エストリアの暁亭で捻じ込んでもらったことがありまして。アデルとネージュです。」

「む?ああ、なるほど。言われて見ればその肩当は……なるほど。君たちだったのか。随分と逞しくなったな……“妹”さんに関しては角も随分と立派になったようで……」

 ジョルトはそこでにやりと笑う。ネージュは身分証明である腕輪を身に付けてはいるが、やはりイスタの様には行かないようだ。

「……一応、魔石を納めて名誉人族の称号は頂いたのですが……隠しておいた方が良さそうですか?」

「いや、とんでもない。良く見れば名誉会長――リリアーヌ様のお印のようだ。堂々としていれば宜しい。確かにこれならレイン殿の受けも良さそうだ。」

 短い言葉に少々不穏な言葉が見え隠れしたが、今問う時ではなさそうだった。

「出発はいつですか?」

「出発の準備はすでにできている。“生物なまもの”故、速やかに移送したいのでね。すぐにでも出発しよう。」

 初めての依頼の時と同様、ジョルトはすぐに出発をすると言う。

「わかりました。」

 アデルはヴェンに会釈をし、ジョルトの後に従った。

「分かっているとは思うが、物が物だからね?迂闊に口にはしない様に頼むよ?」

 アデルはアリオンの言葉を思い出す。『日用品から非合法の物まで扱う』と。

 ジョルトはそう言うと、もう一度にやりと笑うのだった。

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