Black lady
「首尾はどうだった?」
王宮の一室、高級そうな――実際に最高級なのだが――衣服に身を包んだ男性が女性に声を掛ける。
「まずまず――というよりは、何とか……と言った感じですね。店主の勧めでプランBに興味を持ったと。出来ればもう一押ししたかったのですが……逃げられてしまっては元も子もありませんし。」
「……まあ、嫌われたら困るしな?」
「それは“私が”嫌われたらと言う話ですが?それとも“国が”嫌われたらと言う意味ですか?」
「どちらもさ。流石の私も、まさかグリフォンの親になって戻ってくるとは思いもしなかった。」
男はそうくすくすと笑う。
「……そうですね。コローナの為には何としても確保した人材です。」
女は静かにそう答えた。
「それだけか?」
「……それだけですよ?」
場所は王宮の最上層、王族と、ごくごく一部の近衛にしか立ち入りできない部屋での会話である。
「そうなると、ドルケンにやや先を越されたことになるな。准騎士のワイバーン乗りの資格を得たという話だが。逆に、うまく理由が付けられればある程度の肩書を付けてやれることはできると。」
「正騎士、軍属や王城付きの打診は断ったそうですけどね。」
「それくらいでいいだろう。冒険者というモノは裏切らない範囲で、動く必要がある時に身軽に動ける様にしていてもらったほうが使い易い。軍属だと上官やら手続きやらで面倒だからな。」
「冒険者ギルドの方もそれなりに面倒な事もあるようですけどね。まあ、その為にも竜人の手綱は確保しておきたかったのですが。」
「無理して逃げられたら本末転倒だ。竜人に翼人の風使い。、それにワイバーン乗りと子グリフォンか。対竜人を意識しなくても使える場面は多そうだ。最初は偵察やメッセンジャーをやらせるだけでも“十分な活躍”になるだろう。特に、准騎士でグリフォンの親というのであれば、ドルケンをこちらに引き込むのに重要な役割を持つようになるかもしれん。」
「ドルケンに何か期待することでも?」
「……国力的にはあまりないが、それでもこのタイミングで今まで中立を保っていた国と同盟――とまでは言わず、相互不可侵条約と友好通商条約辺りを結べれば、テラリアやフィンには十分すぎる牽制になるだろう。特にテラリアは面白くないだろうな。」
「面白くないと言うよりは自業自得かと。我が国にもドルケンにもいらぬ手を出している様ですし。」
「まあ、これで東の懸念と東の無能を黙らせることができれば充分だろう。それに……プランBか。多少融通は利かなくなるが、これを機にイスタの力がエストリアを越えてきたら面白い事になりそうだな。あそこなら、魔の森、ドルケン、そしてグランへの中継地点として役割も多い。」
「召し上げますか?」
「時期がくればな。いずれは当家の直轄にしたい所だ。だが本命はその先だ。そろそろグランが泣きついてくる頃だろう。それまでに東を安定させてしまいたいところだが……今迄の危機感無き領地経営がそれなり上手くいっていた所為か領主に対する信望が厚い。その為には――“隻腕の竜人”にはもう一仕事してもらわねばな。」
男は愉快そうな、女は貼り付けた様な無機質な笑みを見せあった。
「……そう言えばお兄様は“フランベル公国”という言葉を聞いたことがありますか?」
「……どこの話だ?」
「グルド山の東麓だと。そこの出身という女性が彼らと接触したようでして。」
「グルドの東か……近年人の手はほとんど入っていなさそうだが……集落程度はあっても不思議はないが、公国を名乗るような国があるとは到底思えないな。そもそもそんな国があったとしてもあのあたりはテラリアが全て掌握しているだろう。それがどうかしたのか?」
「いえ……何となく、嫌な感じを覚えたので。何事もなければ良いのですが……」
妹の言葉に兄はそれほどの関心はないようで、その言葉を聞き流しながら目の前の地図を眺め、薄笑みを浮かべるだけだった。
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そんな王宮の一室での一幕など露ほども知らず、アデル達は揃ってイスタの冒険者ギルドの窓口を訪ねていた。
提示された条件は、ほぼポールが言った通りのものだった。従来通りの冒険者としての依頼の斡旋、中古住宅の贈与。これは先の防衛戦の功績に対する町からの報酬と言う形になるそうだ――と、管理人の派遣。さらには、グリフォンやワイバーンの育成の支援である。破格の待遇だが、一つだけギルドからの条件として、Bランクへの昇格があげられた。
この際だとBランクに掛かる責務的な物を尋ねると、第1種の強制依頼が発生しうると言う話だ。第1種の強制依頼とは、所属地の都市に何かしらの外敵が襲撃した際には迎撃・防衛任務にあたるというものだそうである。ただし軍に属するのではなく、自分たちの力で自分たちの判断で行動できるという点は保証されているとのことで、徴兵や緊急徴用ではないという話である。
ちなみにAランク以上に発生することのある第2種強制依頼は、防衛でなく、軍の遠征時等で起こりうるもので、“力を持つ者”として、雑兵よりも難度の高い仕事を割り当てられることを言うそうだ。
ただ、ギルドとしても常に牽制はするとしながらも、前回の様な緊急や蛮族が絡む場合はどこにいても半強制的な依頼は起こりうるという。軍や国としての面子もあるため、発令は極々稀であるとのことなのだが、特に剛腕で知られるレオナード殿下は度々そのような動員をかけることがあるらしい。話を聞いていくとディアスたちが軍の殿を任されたのはこれによるもののようだ。今迄は西方に展開していた殿下だが、先日以降東部の方に強い影響力を持とうとしているとのことである。
また、それとは別にイスタ滞在の一つだけ欠点として、王都の依頼は1日遅れ、緊急の物でも半日遅れになるというものがあるそうだ。例を挙げるなら、カイナン商事からブラーバ亭などへ出された依頼がアデル達の元に届くには半日から1日のラグが起きるという話のようだ。確かに現状のアデル達にとって、この手の話はこのパターンくらいしか思いつかない。
話を簡単にまとめると、家は持ち家、管理者付。今迄通りの生活をしつつ、緊急時には町の用心棒として町の防衛に当れ。尚、王都の事案は半日遅れになる模様。こんなところだろうか。
グリフォンやワイバーンの維持、養育費はカイナン商事というスポンサーを頼ることもできるためそれほど重要ではないのだが、王都には自由に乗り入れ出来ないという事を考えると、王都にいたとしてもその都度ドルンを往復しようとするなら結局は初動までに1日掛かってしまう。裏を返すと、ワイバーンさえいればイスタからならドルン、コローナ王都共に半日かからないということになる。このメリットはアデルパーティ、カイナン商事、イスタ、コローナ、ひいてはエストリアまでにとって大きいのは間違いない。アデルはせっかくだからと前向きな返事をして物件を案内してもらうことにした。
用意されていた物件は2つ、どちらも町の東側の比較的閑静な場所だった。違いは敷地面積が広めな平屋建てか、少し狭くなるが2階建ての建物かである。共に50平米くらいの庭があり、ワイバーン対応の厩舎の建築も可能であるという。
(と、なると水回りと風呂だろうなぁ。)
アデルは今いないネージュの事を考えそう思った。
中を見せてもらうと、どちらも庶民以上貴族未満と言った感じの建物だった。外観は石造りでしっかりとしている。子供でもいたのか内装は少々傷がついていたが、少なくともアデル達が気にするほどのものではない。偉い人をお招きするには難かもしれないがそんな予定は全くない。広さは共に2LDKといったところだ。風呂はユニットバスなのか、どちらも同じ構造のものであった。共に上水、下水に不便はなさそうだ。中古とは言えこれらを購入しようとするなら100,000ゴルトは必要になるだろう。
「どちらもいい場所ですね。」
アデルはギルドから派遣された担当に好感触を返す。唯一問題があるとするなら、宿とは違い、留守中に管理をどうするかが問題になる。ギルド……この部分は町か。からは管理人という名の監視を付けてくれるとは言うがその辺りは少し考えたい。先ほどのソフィーの発言以来、妙に嬉しそうに姉づらをしたがるカミラに管理を任せられれば良いが、騎士志望と言っていた手前、大人しく家の管理人に収まっていそうな様子は見えない。アデルがパーティ以外で信用出来る者は1人の例外なく、店主か冒険者のどちらかだ。あとはペガサスかグリフォンくらいだが、流石にそれは話にならない。
アデルは家の管理はともかく、ワイバーンの世話をできる者がいるのかと尋ねると、どうやらその辺りは騎手ギルドの方が乗り気でいるらしい。コローナではワイバーンもグリフォンもその生態すらあまり知られていない。希望があれば、騎手ギルドの敷地に専用の厩舎を用意することも吝かではない、むしろ歓迎するというのだ。ブリュンヴィンドはともかく、ワイバーンはワイバーンの方がそれを受け入れるならそれは大いにありだとは思う。ただしそうなるとギルドの管理下に置かれるとドルケンとのレンタル契約に抵触する可能性がある。当初は自分たちで管理するべきだろう。
アデルは最後に、ネージュに関しての確認をする。竜化できちゃったことは伏せておき、珠無しの竜人が普通に生活できるかだ。その辺りは行政部の保証になるがイスタ内は問題はないという。但し、正規の名誉人族の手続きをしないと他の町では保証できないとのことだ。その辺りはしっかりと魔石を納め、各町にネットワークを持つ魔具ギルドか神殿での保証を得たほうが良いとの事だ。
アデルは心の中ではすでに決まっていたが、大いに前向きの姿勢を示したうえで、現在の冒険者の店の店主や竜人本人と最終的な話し合いを持って決定し、1週間以内に連絡すると伝え了承を得ると、ソフィーに挨拶だけしてコローナへと戻った。




