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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
134/373

困惑と疑惑

 翌日、司祭に言われたとおりに昼食後カミラを迎えに行ったはずのアデル達だったが、彼らを待ち構えていたのは意外な人物の意外な言葉だった。

 ロゼ――こと、ロゼール王女である。

「お話しは“色々”聞きましたが……カミラさんでしたか?彼女に“浄め”は必要ありませんでしたよ?」

「え?」

 ロゼールの言葉にアデルは困惑する。

「どういうことですか?」

「……種が埋められたとしても確実に根を張るわけではありませんので。」

 若干遠回しな言い方だったが、依頼した“治療”の事を考えればアデルでも意味は想像できた。当のカミラは……少々俯いている様だ。

「……ってことは、あっちの隊長の早とちり?勘違い?」

「その辺までは……まあ、否定はできないでしょうね。とはいえ、3者に取って無駄足ではありませんでしたよ。」

「え?」

「薬の件です。毒として地母神の奇跡により効果は除去できました。」

「「おお?」」

 予想外の言葉にアデルとアンナは思わず揃って声揃ってを上げた。

「ですが……記憶の方は……失っている、というよりも壊れている……と言った感じでしょうか。」

「壊れている?」

 ロゼールの言葉をアデルは怪訝そうに聞き返した。

「……それはご本人に聞いた方がよろしいかと。ただ一つ言えるのは……フランベル公国と言う物はテラリアの大陸史上に存在しない名称であるとだけ。」

「????」

 ロゼールの言葉の意味が分からず、アデルはカミラを見るとカミラは不満そうな表情を浮かべる。感情は本当に戻っている様だ。

「毒の治療に関しては本来ならお布施を頂くところなのですが――今回は情報料と言う事で相殺とさせてもらいました。あのような非道な薬の存在と使用された状況に関しては、神殿と国で共有させていただきます。よろしいですね?」

「そりゃまあ、否定する要素はないですね。」

 毒や麻痺等の治療は神殿に依頼した場合はお布施という名目の代金を払うのが決まりになっている。勿論、今のアデルであるならそれほどの額ではないのだが、現在自パーティでない上に預かり物であるカミラに勝手に使われて勝手に請求されると言うのも愉快な話ではない。それに昨日のブラバドが危惧することを考えればその薬の存在を国や神殿が持つと言う事は悪い話ではない。

「それではそのように。今後どうなさるかは存じませんが……最近は私も少々忙しいのでこのあたりで。」

 ロゼールは何かを言い掛け、それを飲み込むと忙しいと言って神殿へと戻ろうとする。

「司祭に感謝していたとお伝えください。」

 アデルはロゼールの背中にそう声を掛けると、ロゼールは振り返って何かを思い出したように言葉を発した。

「そう言えば――」

「お?」

「そんな感じの女性が好みなのですか?年上で胸が大きめな?」

「……え?」

 突然何を言い出すのかとアデルが首をかしげる。

「ワイバーンでの移動中、何度かおさわりしたそうじゃないですか。アンナや私にはまったく興味なさそうな素振りだったのに。」

「ぶふっ!?」

「HA?」

 アデルが聞き返したところでのロゼールの発言は衝撃的であった。アデルは思わず吹き出し、アンナは怒りとも悲しみともつかない声を上げる。

「どこでそんな話を……」

 と、言ったところで話の出所はカミラしかいない。自重した筈だが、一切触れなかったという自信はない。

「きっと無意識か不可抗力のどちらかなんじゃ?」

「……そうですか。」

 ロゼールは呆れたように呟いたかと思ったら最後に薄い笑みを浮かべて一礼をすると、神殿へと戻っていった。ロゼールの姿が見えなくなったところで、カミラが言う。

「アデル、あの女は何者なんだ?」

「何者って?」

「いや……何かこう……凄く丁寧なのだが、えらく上から目線というのか何というか……高位の神官であるのは理解できたが、司祭や司教という訳でもなさそうだし。」

 その言葉にアデルとアンナは顔を見合わせて苦笑した。

「ああ……ここだけの話ですよ?」

 アデルの言葉にカミラは黙ってうなずく。

「お忍びの第3王女様です。」

「王j!?」

 驚きで大声をあげそうになったカミラの口をアデルが慌てて押さえる。

 ――思いの外、感情豊かなのかもしれない。

「まあ、とりあえずは店に戻ろう。」

 あとのことの?言い訳は店に戻ってから考えればいいだろう。アデルはそう考えて神殿を後にした。


 神殿を離れ、ブラーバ亭へと戻ったアデル達を待ち構えていたのは――店主であるブラバドだった。

「嬢ちゃんの方は?」

 ブラバドはまずカミラを気にしたようだ。

「“浄め”は必要なかったそうです。ただ、薬の治療もしてくれて、存在や危険性は国や神殿で共有させてもらうと。そう言えば――例えば、死ぬまで戦えと言われた後、別の者に投降しろと言われたらどうなるんでしょうね?」

 ブラバドに説明すると同時に、昨日ふと思った疑問をぶつけてみた。

「その辺は何とも。実用化されてないところを見るとその辺の問題が出てくるのかもしれんが……調練などで克服される可能性はなくもない。事前情報はあるに越したことはなかろうよ。とはいえ、精神に影響する手の薬の治療はかなり難しいと聞いていたんだが……」

「……ロゼが解毒の魔法で何とかしてくれたみたいですよ。」

「ほう……もうそこまでになっていたか。流石というか、だな。まあ、それじゃあ心置きなく話し合いができるな。あの部屋に来い。」

 ブラバドがそう指示を出したのは、暁亭にもあったような密談室だ。揃って入ると、そこにはポールがいた。

「おや?お久しぶり?です……」

 ドルケン滞在が長かったような気がするが、実際はまだイスタの襲撃から2ヶ月も経っていない。

「お話は伺いました。いろいろ――大変なことになっているようですね。」

 ポールはアデルにそう返す。

「大変な事?まあ、大変と言えば大変ですが……」

 おそらくはネージュのことを言っているのだろうと、アデルは首を傾げながらそう言う。

「ドルケンで密輸の嫌疑を着せられたかと思えば、すぐに国やグリフォンと和解し、取り持ち、グリフォンの雛まで預けられたそうで。」

「ああ、そっちの部分まで耳に入ってるんですか……」

 少々食い気味なポールにアデルは少々恐縮してみせる。

「ネージュが竜人であるという話も聞きました。」

「……あれ?ポールさんはすっかりロゼから聞いていたものかと。」

「ええ。内々では――ですね。それが今回、公表されることになったのでしょう?」

「正確にはまだですが、そのつもりです。角が……隠しようもないくらいになっちゃいましたからね。」

 アデルがネージュの角を示す。

「いきなりそんなになるものなんですかね?とにかく髪型やフードで隠すのは困難であるとのことですが……本人は?」

「当人と扱いと、ワイバーンの扱いがどうなるかわからないので、一度ワイバーンと共にドルケンへ戻ってもらっています。4日後に一度合流することになっていますが。」

「なるほど。“准騎士”になられたと聞きましたが、今後どうされるおつもりなのですか?」

 アデル達が出払っている間にブラバドと話をしたのだろう。そのことまですでに伝わっている様だ。

「騎乗用に調教されたワイバーンを他国に出すための名目だけとの言われていますので、それでどうこうはない筈ですが……まずは確認からですかね。王都へのワイバーンの乗り入れの可否や、直接の乗り入れが無理なら外で降れば入れるのか。あとは飼育できるスペース等の確保が出来るか、このあたりからです。」

「なるほど。具体的にはまだ決めていないのですね?」

 そこでポールは少しだけ声のトーンを緩めた。

「ええ。……ええ?」

「いえ、ドルケンへの移住も検討されていると聞いていたので……」

「ああ、この辺りが解決できないようなら選択肢の一つとして……ありだなと思いまして。まあ、ワイバーンはドルケンに置いておいて必要な時に借りに行くということもできるようなので最悪はそれでもいいのかと。往復で1日掛かってしまいますがね。それよりはネージュですね。このタイミングで竜人がすんなりと受け入れられるのだろうかと。」

 アデルは再度ブラバドの顔を覗く。ブラバドはただ大きく頷くだけだったが、アデルには何に対して頷いているのか理解できなかった。ポールやギルドの上役にはアデル達の“含み”が正確に伝わっておらず、ドルケンへ移籍を考えているという情報だけが耳に入っていたのだ。

「一応、コローナでもいくつかの条件を用意したのです。」

「お?」

 ポールの言葉に、何かいい条件が提示されるのかとアデル達は興味を持つ。

「まず、王宮ですが、レオナード殿下とロゼール殿下は全員の身分を保証し、直属の騎士として迎えても良いとのことですが……」

「大変光栄な事ですが、正規の軍に所属するつもりはありませんので……ドルケンでも同様のお話をお断りしてきたところです。」

 アデルは言外に、その条件ならドルケンでも貰っていると伝える。この辺りはヴェンの指導の賜物だろうか。

「……でしょうね。何か希望などはあるのですか?」

「出来るなら、コローナで今まで通りの生活をもう少し……といったところですかね。まあ漠然とですが、25~26歳まで頑張ってみて、あとはディアスさん達のように有事以外はゆっくりするとか、もう少し早めに資金を集めて見切りをつけたところで、商売や交易の勉強をしようかとか。今回、ドルケンのお偉方ともパイプが出来ましたからね。ワイバーンも1体なら好き使わせてくれるそうですし。」

「なるほど……今……たしかロゼール殿下と同じ歳でしたよね?ということは、あと10年弱は冒険者を続けられると。」

「そうですね。無事続けられるなら、ですが。」

「ふむ……」

 ポールは目を細めて何やら思案する様子を見せる。

「コローナとしては、両殿下の他にはイスタが皆さんを歓迎したいと言ってきています。種族に関しての干渉は一切しない。中古になりますが、住宅とその管理人を用意すると言っています。あとはグリフォンやワイバーンの養育、維持に関しても最大限の配慮をすると。」

「あれ?その話はどこから?」

「イスタの冒険者ギルドですね。」

「ソフィーさんの根回しか。なるほど。でも冒険者ギルドがそんなことまでやるんですか?」

「歓迎したいと言っているのはギルドだけではありません。町の行政執行部や現地の駐屯部隊からも全面的な支援を約束しています。窓口は冒険者ギルドが担当しますが、先程の条件を保証するのはイスタの行政執行部です。」

 何かおかしい。今のところこの手の話は、ブラバドとソフィーにちょっとだけ打診してみせただけの筈なのだが……いつの間にか町をあげての話になっている。だが、そうなると一つ確認しなければならないのが……

「そうなると店は移籍?」

「基本的にはそうなりますね。どうしてもというのならある程度の配慮は出来ますが……その辺は私ではなくギルドとの交渉になります。まあ、先のイスタでの活躍があればある程度の事は受けれられるとは思いますが。」

 アデルは再度ブラバドの様子を覗き見る。

「勿論、ギルドを通してですがブラーバ亭にも見合う保障は行われます。ですよね?ブラバドさん。」

「ああ、その通りだ。うちの店の心配は要らない。」

 ポールに促されると、ブラバドは少々険しい顔でそう頷いた。

「と、いうか、王都でグリフォンは流石に難しそうですか?」

「……はい。グリフォンもそうですが、ワイバーンですね。どちらも我が国での飼育の経験はありませんし、騎手ギルドでも扱いに困ると思います。それにドルケンとは違い、どちらも我が国では魔獣扱いです。それが、城壁を空から飛び越えてくるというのは、我が国王都としても認めにくい話になります。」

「むう……」

 アデルが唸った所でポールがもう一つ切り出す。

「実はそれに関しても、皆さんに丁度良さそうな条件が……陛下から示されまして。」

「お?」

 高く売り込むつもりが、逆にポールのペースに飲まれている。そう感じているのは現時点ではまだ“傍観者”でしかないカミラだけである。

「今ある分の魔石を供出して頂く、その代わりにリリアーヌ殿下、つまりはコローナ魔具ギルドの名誉会長ですね。が、身元保証人となるという物です。リリアーヌ殿下は……少なくとも軍とは全く繋がりがありませんので。それでしたら王城内でグリフォンの飼育も可能とするということですが。」

(これおかしくないか?)

 いつの間にか陛下やら第1王女の名前までが出始めると、流石にアデルも少し警戒感がわきだす。

「それ、普通に魔具ギルドに名誉人族申請するのとどう違うんですか?」

「……御威光が違います。殿下が保証人となるなら、コローナ国内はもとより、グランでも十分な力を持つことでしょう。」

「グラン、想像以上に相当ヤバいみたいですけどね……」

「む……」

 アデルの突っ込みに今度はポールが唸る。

「ブラバドさん的にはどれがお勧めなんですか?」

「む?俺か……そうだな……まあ、イスタの条件が一番良いと思うがな。」

「なるほど……明日にでもイスタで話を聞いてきますかね。」

 この話は、本日はここまで。という事になった。



 その後、ポールが退散したあとはもう一つの課題だ。カミラである。

 身体に関してはもう何の心配もないという話であるが、記憶が“失われている”ではなく、“壊れている”というのは実際に話を聞いたロゼールの見解だ。

 ブラバドを残したまま、アデルはカミラの記憶を尋ねた。

 まとめるとこうだ。

 カミラは“フランベル公国出身”で“魔導騎士”として修業をしていたという。ある日、目が覚めると、武装した集団に取り囲まれていて、その中のリーダーらしき男――白い金属鎧を着ていたそうだ――が取り出した液体を飲まされると頭がぽーっとしてそれ以降の記憶があまりないという。手を拘束され、男どもにかわるがわる凌辱を受けたが、その時は何も感じなかったそうだ。ただ、うっすらと、夢でも見ていたかのように記憶は残っていて、神殿の処置室で事実を突きつけられ、ロゼールの魔法によって薬の効果が消えると同時に、改めて怒りと恥辱が沸き起こり震えているところだという。

 フランベル公国という名称はアデルは勿論、ブラバドでもわからないらしい。そして何よりその手の国家間や大陸の歴史に詳しい筈のロゼールが、「そんな名称の国はない。」と断言していたのだ。実際、カミラの記憶も曖昧なままで、公国と言うからにはその公王の本国となる王国があるのではないか?と尋ねても覚えていないという。ただその中で唯一、グルド山の東麓にあると言う言葉にアデルは関心を持った。

「お前も私がおかしいとでも言うのか?」

 カミラは憮然と言うよりも半ば怒っているようにそう言う。

「すぐに信じられないけど興味深いよ。今、グルド山の東麓といえば、ドルケンとテラリアの緩衝地帯だ。一応はドルケン領になる筈なんだが、ドラゴンやらグリフォンやら、魔獣の領域って言われてるしな。」

「やはり信じておらんな?」

「ロゼールが否定していたからなぁ。歴史にはないんだろう。ただまあ――アンナ。ちょっとというか、一度俺の髪の色を戻してもらえるか?」

 アデルがそう言うとアンナはすぐに変色魔法を解除する。

「お?」

 それに反応したのはカミラだ。自分と同じ漆黒の艶のある髪。

「俺もテラリア西部……グルド山からだと、北東の出身でね。もしかしたら、テラリアが皇国でなく、帝国になるときに併合して消滅させた国にそう言う名前があるのかもしれない。」

「公国が滅んでいるだと?」

「少なくとも、現時点でフランベル公国という国はないし、そもそもそんな単語すら誰も聞いたことがないという状況だ。もしかしたら、その公国を源流に持つ親や親せきがそう名乗っていただけって可能性もあるんじゃないかな?」

「そんなわけないだろう。とても栄えていた国だ。世界が滅びでもしない限り公国がなくなるなんてありえない。」

 カミラが語る公国は曖昧ながらも、ただの夢想とは思えない具体的な部分もある。そんなやり取りを聞いていたブラバドが何かに思い至ったように言う。

「そう言えばこの世界、と言うか大陸だな。一度滅びているんだがそれは知っているか?」

「はぁ?」

 ブラバドの途方もない言葉にカミラは素っ頓狂な声を上げた。

 だが、アデルもアンナも知っている。この大陸は一度、文明的に滅びている。故に冒険者の宝の山としての“遺跡”があるのだ。

 アデルは“魔導騎士”という言葉にも深い興味を持っていた。もしかしたらこのカミラという女性、実はとんでもない存在なのではないのだろうか。アデルは妙な不安と期待を抱きつつ、カミラにもう少し詳しい話を求めていた。


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