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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
132/373

帰還者

 程なくして制圧は完了した。

 地上部分では、A隊とB隊に1人ずつの犠牲者をだしたが、合計50人程の身柄を拘束していた。これには、警護として雇われていた以外の者も含まれている。組織側の死者は、門警備等、屋敷外にいた8名と、ネージュが最初にやったものを含めて武装した者10数名だった。

 地下の方は、やはりネージュが最初にやった巡回2名の他、例の部屋の2名、さらに奥の方の部屋で3名の者が討たれていた。アントン側の方でも同じような部屋があり、中でお楽しみだった者3名がデレシア以下女性冒険者の手により半殺しにされ重体、巡回2名が討ち取られ、さらに4名ほどの非武装の者が捕えられていた。

 奴隷として売られる予定だった者以外の証拠物品は出てこなかったが、エーテルの入っていると思しき壺や、オリハルコン武具とエーテルの交換の契約書や交換完了のサインなどの他、恐らくは薬物と思われる白い結晶体数キロ、それと組織の別の拠点2ヶ所の資料などが出てきた。十分な成果と言えるだろう。

 そこから先は国軍が建物を保全し、拘束された者たちを武装の有無を分けて別々に護送した。

 奴隷とされそうになっていた者たちも、国内で確保されたお陰で烙印や書類によるの奴隷登録は免れ、全員直ちに保護され町の本来の警備隊の詰所に連れて行かれた。

 アデル達冒険者は一旦拠点に戻る様に指示され、翌朝の再度の現場検証の後に、査定や報酬の支払いなどをするとされた。

 冒険者組は、拠点に戻り細やかな祝勝会やら武勇伝の披露会を企画されたが、時間が遅い事と、アンナの状態が良くない事からその日はそのまますぐに休むことになった。この時点ですでに日付は変わっている。

 拠点に戻り、割り当てられた部屋に入ると、アデル達はすぐに装備を外し、部屋にあった浴槽に水の精霊の力で水を溜めるとネージュが自前の加熱の魔具で風呂を沸かす。

 ネージュ、アンナ、アデルの順で入浴を済ますと、その頃にはアンナもだいぶ落ち着き、そのままベッドで眠ってしまった。



 翌日昼。マティルダから、作戦が文句なしの成功であった旨が告げられ、各パーティに約束の3000ゴルトが支給された。

 その後はそのまま昼過ぎから2時間程の祝勝会、打上げが行われた後にマティルダから各パーティの今後の予定を尋ねられた。ゼニス隊は特に予定はなく、アントン達もそのうち王都に戻るだろうと答える。

 一方アデルはすぐにドルンへと戻り侯爵に報告をし、そろそろコローナに戻る予定だと告げる。

 ほろ酔いのアントン達から、「侯爵様と直々に会うのかよ。すげーな。」などとやっかみを受けると、マティルダの方からは「コローナに戻るなら頼みたい事があるので、会のあと少し時間をくれ」と言われたのでそれを了承する。一方で、マティルダはゼニス達やアントン達に「もしよければ次の拠点制圧も参加してほしい」という旨が述べられ、ゼニスたちは即答で受けると答えていた。アントン達も前向きに検討するとの返事であった。

 打ち上げの後、アデル達と、宴の席ですっかり席のアイドルになったブリュンヴィントとの別れをアントン達が惜しんだ後、アデルはマティルダに連れられ、町の警備隊の詰所にやってくる。

「頼みってなんですか?」

 アデルの問いに、マティルダは詰所の一室に案内すると、そこで1人の女性と引き合わせた。

「あれ?」

 その女性の顔を見てネージュが声を上げる。昨夜、ネージュが速攻で始末した賊の男に使われていた奴隷のようだ。ネージュが小声でそう言った。

「まずはこの封書を国務大臣に届けてもらいたい。直接でなくとも、あんたらとつながりのある財務卿経由でも構わない。」

 マティルダはそう言いながら用意していた封書をアデルに渡した。

「そしてこの子なんだが……薬の影響で自我が崩壊している上に、記憶がないそうだ。」

 マティルダの言葉に、その女性はなんの関心無いようにただ茫然とこちらを眺めていた。

 歳はアデルより少し上に見える。ヒルダと同じくらいだろうか。肌に血色はなく、心配になるほどに白い。髪は本来のアデル同様の艶のある黒髪が昼の光を反射して輝いてはいるが、その目に生気はなかった。

「それで?」

「この子にコローナの神殿の“浄め”を受けさせてやってもらいたい。」

「……」

 その言葉にアデル達は絶句した。

 言われた本人は何の事かもわからない様で、相変わらず呆然とアデル達を眺めている。

 コローナに連れて行き“浄め”を受けさせる。それは即ちそれが必要な状態であるということだ。

「……まあ、“浄め”に関しては必要な人を1人でも多く助けてほしいと言われているので、それはいいのですが……その後は?」

「その後は……どうしてもというなら、私の所に送り届けてほしい。だが、できれば新天地を用意してあげてほしいと思う。昨晩の様子からして……アンナが冒険者をしているのもその理由なのだろう?」

「!?」

 マティルダの言葉にアンナが表情を凍らせた。

「辛い事を思い起こさせて済まないな。だが、昨日も言った通り、私も“経験者”だ。私は屈辱に耐え、救い出された後、ただ夫と息子の敵討ちとばかりにひたすら鍛練し、賊共を潰しまわった結果、今の私がある。実績を積み、国のお偉方とのコネもできた。だがそれでも、故郷には“怖く”て戻れない。アンナなら分かるんじゃないか?」

「……そう、ですね。」

 アンナが静かに答えた。

「もちろん、最終的にはこの子の意志を尊重すべきだが……この子は今自分で判断して動く事が出来ない。そこでだ。まずは身体的な心配を取り除いたうえで、改めて向い合ってやってほしい。もしどうしても記憶も自我もなく、困る様なら私が引取って育てるが……」

「国の方の支援や保護は?」

「ある程度の支援はできるかもしれんが、“浄め”に関してはコローナの……地母神レアの神殿でしか出来ないからな。話を聞いて私も世話になったんだ。同じ様に捕えられた同郷の者の中には救出されたにも拘らず、自死を選ぶ者もいた。生きる道を望んでも、“そうなった”女が一人で生きて行くのはかなり厳しいのが現実だ。誰も知らない新天地で過す方が後々幸せになれる可能性が高い。」

 例え貴族出でなくとも、やはり賊によって“キズモノ”にされた娘に世間は厳しいようだ。実際、ブランシュに頼まれて、頷いていたにも拘らずグランで数人の自死を止められなかった。事前に聞いていたおかげで、その場にいた他の新人冒険者達ほどではないが、やはりアデルにとっても小さからぬトラウマにはなっている。そして、その時同じように救出されたアンナは今こうして傍で活躍している。アンナもそこは同様に考えているだろう。しかしだ。

「新天地に記憶は必要ないでしょうけど……もし何かの拍子に急に戻った場合はどうしますか?そもそも……自我がないって……」

「そこは戻った時に相談に乗ってやってくれ。まあ、賊に連れ去られて暫く経った後なら家族も諦めているか死んでいるかのどちらかだろう。自我に関しては……薬は薬だ。その内効果が切れれば徐々に戻ってくるはずだ。だが、おなかが大きくなってきてからでは手遅れだ。」

「わかりました。君の名前は?」

 アデルが尋ねると、女性は首を傾げてしまう。言葉すらわからないとそれはもうアデルにはどうしようも出来なくなってしまうのだが……

「カミラ。そう呼ばれていた気がする?」

 疑問形で返されてもどうしようもないのだが、本人がそう名乗るのならそうする他ないだろう。

「カミラか。わかった。一緒に来て治療を受けるか?」

「……はい。」

 カミラと名乗る女性は、生気のない目で深く考えもせずにそう答えた。

「治療のあと結局手詰まりになったら……ダールグレン侯爵に伝えればマティルダさんの場所まで届けられますか?」

「ああ。その時は済まないがもう一度私の所に戻ってきてくれ。何とかしよう。」

 マティルダがそう言うのであれば、まずは治療だけでもとアデルとアンナは頷き合ってカミラを迎え入れた。尚、ネージュさんは一切関心がない模様である。



 カミラを迎え入れた後、マティルダに別れを告げ、アデル達はワイバーンと自分たちの翼でその日の内にドルンへと戻った。

 カミラをワイバーンに乗せ後から抱き留める様にカミラを抱え、そのまま手綱を握る。これだと何かあった時に戦闘は出来ないが、その場合はネージュとアンナで対応してもらうしかない。

 一方のカミラは、アデルの腕に拒否を示すわけでなく、また高所での恐怖を見せる事もなく、やはり呆然としたまま大人しくアデルの前に座っていた。まさに“生きている人形”とはこのことだ。

 恐らくは詰所で支給された物であろう、少し硬そうな麻製の安物のワンピースの上からでもはっきりと大きさのわかる胸はネージュやアンナとはまさに次元が違っている。この様子なら後ろから胸を触っても何も反応しないんじゃないかと思ったが、アンナの手前、流石にそれは自重する。

 ワイバーンライダーは原則、ドルンへの進入を拒まれることはない。本来なら翼竜騎士団の詰所の広場に着陸するのであるが、緊急時等は王城の庭へ降りる事まで許されている。

 一刻も早くダールグレン侯爵らに報告をしたいと思ったアデルは、そのまま王城庭に3回目の着陸を試みた。決して詰所に立ち寄るのが面倒だったといわけではない。既にワイバーンの着陸操作は問題ないレベルになっていた。

 脇に駆けつけた兵士に、アデルが「至急財務卿に報告したい事がある。」と告げると、即座に行動に移ってくれた。父グリフォンと共に2度目の王城着陸以降、羽根飾りの提示がなくてもそのように対処してもらえるようになっていたようだ。ドルケンへの好印象がまた一つ増える。

 程なくして、ダールグレン侯爵から返答があり、財務卿の執務室ではなく、いつもの(?)非公式の客間で話を聞くということで、部屋に案内された。

 中には国王以外の3大臣が揃って待っていた。今回の案件は、財務卿と軍務卿の案件であり、多忙な国王が自ら聞くべき報告も特にないためである。

 ダールグレン侯爵はまずは――当然だがカミラに関する質問をする。

 アデルは昨日の制圧戦と、その後救出、そしてマティルダから受けた話をして封書を渡す。侯爵は封を開け、手紙を確認するとその手紙と添えられた包みを他の2人にも見せる。

「……自我剥離の薬とは……海賊以下の外法よな。」

 そう言葉を漏らしたのは、ダールグレン侯爵ではなく国務卿である。

 アデルはすぐにでもコローナで治療を受けさせたいと伝えると同時に、“自我剥離”の薬についての情報を求めた。

「ここ半年、北部を中心に出回っていると言う情報はあったが、実物、そして実際の被害者を目にしたのは初めてだ。もしかしたら、今回の組織、そして連邦と関係があるのかもしれん。もしそれが明らかになるなら今回の成果がさらに増すことになるだろう。」

「あ、いえ……そちらじゃなくて、解毒や治療に関しての話をお伺いしたかったのですが。」

「それは……まだ明らかになっていない。と、いうのもドルンにはその存在の噂程度の情報しかなく、現物が確認されたのがたった今だからな……」

「……そうですか。今回の押収品に詳しい資料があると良いのですが。あ、そういえば先日見た――というか、私が持って来たようなエーテルの壺らしきものが地下からたくさん見つかりましたよ。そちらは軍の方から報告が上がると思いますが。」

「……まだなんの報告もないぞ?」

 今度は軍務大臣がアデルに言う。

「作戦は昨日の深夜でしたし、現場検証も今日のお昼前でしたし……まとめて報告されるのはもう少しあとになるかもしれませんね。」

「……そうか。まあ、無事成功したなら僥倖だ。いずれしっかりとした報告が入るだろう。もし、当初の予想以上の成果があるようなら、報酬の追加もあるだろう。」

「あー、報酬の追加はともかくとして、それに関して一つお願いが……」

 アデルが軍務卿を覗う。

「何だね?」

「恐らくはオリハルコン武具とエーテルだと思いますが、それの交換完了のサインが押収物にある筈です。つまりは既に物を交換するルートが出来上がっている事になりますよね?なので、連邦とのルートの割り出しをお願いし、それを後日私にも教えてほしいと思います。現在、魔の森が蛮族に制圧されていて、ドルケン北部と連邦をつなぐルートはコローナやテラリアに迂回するか、或いは蛮族制圧エリアを突っ切るかのどちらかの筈です。もしコローナにルートが伸びている様ならこちらとしても潰してしまいたいですし、万一蛮族領を突っ切っているとなると……連邦と蛮族の繋がりを疑わなければならなくなります。出来れば、連邦のどの国が出所なのかも調べて頂けると……」

「なるほど。それはこちらにとっても重大な関心事項だな。良かろう。しっかりと調べて君に届く様に報告をさせる。もしコローナに抜けている様ならコローナの国にも報告しよう。」

「お願いします。それとワイバーンなのですが……」

「うむ。今回の功績を認め1騎進呈しよう。維持費は例の商会にでも投げてやれば良い。但し、名ばかりだが“准騎士”の称号は受け取ってもらうぞ。それを根拠にしてドルケンから君にどうこうさせようという意思はない。ただ内向けの口実だ。翼竜騎士――ワイバーンライダーは我国のエリートで憧れている兵士も多い。他国の冒険者にただでくれてやるわけにはいかんのでな。」

「……わかりました。有難うございます。」

 アデルの返事に大臣一同は静かに視線を交わし、軽く頷きあった。

「いずれ陛下から正式な“伝授”があるだろうが、今日から自由に使ってくれて構わない。できる事なら、今後もドルケンとグリフォン、ひいてはドルケンとコローナの橋渡しの一翼を担ってくれると有り難い。あとはまあ……グリフォンの子は大事に育て、少なくとも我が国内で乗り回すというのは遠慮してもらえると助かる。」

 最後にちょっと砕けた本音が漏らしながら軍務卿が右手を差し出す。

「わかりました。極力善処します。」

 アデルはその手を握り返した。



 ダールグレン侯爵たちへの報告が終われば次はナミだ。

 まずはナミに侯爵からの依頼の顛末、ワイバーンの話、そしてカミラと薬の話をするとナミはしばらく考え込んでから言葉を返した。

「ワイバーンは……維持費は――まあ、条件付きである程度の支援は検討しよう。どれくらい必要になるかわからないしな。その代りこちらのメッセンジャーとして使わせてもらうこともあることは承知しておいてくれよ。で、なきゃ無理だ。」

「ええ、まあ……」

「カミラに関しては……すぐに処置してやりな。王都の大神殿なら理由を伝えれば、どこの国の者であろうと望めばすぐに無料でやってくれるはずだ。薬に関しては……初耳だが、興味はあるね。勿論悪用する気はないが……少しずつになるだろうが情報は集めよう。尤も、そっちの詳しい人が“時間で効果が切れる”って言うならそっちの方が先になるだろうがね。麻薬とかにある禁断症状が出ないと良いんだが……そうなったら返品させてもらうしかないかもね。まあ、コローナに残すなら、あんたら――それこそ、グリフォンの世話役にでも雇ってやれば良い。難しい様なら内のどこかの支店で働かせてもいいけどね。それは自分たちで相談しな。」

「……わかりました。」

 ナミの言葉にアデルは頷いた。

来るのか……新時代!

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