襲撃者
作戦当日。夕刻前には“冒険者風”のドルケン軍特殊部隊4小隊が別々に現地の町に集まっていた。
屋敷内の見取り図、警戒態勢などはマティルダから“受付”経由で軍の方にも伝わっている。
「今夜の作戦はこうだ――」
マティルダが作戦の概要を述べる。
まずは22時少し前に別荘正門前で軍B、C、D隊と合流、裏手に回ったA隊と一斉に作戦開始、B,C隊が入口扉を破って突入、その後A、B隊が上層の、C、D隊が1階の制圧に動く。
アデル達冒険者隊は、D隊と共に1階西部の制圧をしつつ、地下昇降機を確保、マティルダが昇降機を操作し、アデル隊、アントン隊、ゼニス隊――アントン隊と同様に最初から拠点にいた5人パーティだ――の順で地下に降り、地下を制圧しつつ探索。制圧が終了次第、C隊も地下探索に参加する運びとのことだ。
作戦が夜間になったのは、ここ数日の窓明りの量により、全体の制圧はそちらの方が有利であると判断されたためだそうだ。
アデルは当初、階段を無視できるアデル隊で恐らく吹き抜けに集まるであろう弓隊のどこかを先に制圧した方がいいのではないかと提案したが、マティルダにより丁寧に断られた。その辺りは専門の特殊部隊がくるから余所の心配は無用だそうだ。とにかく冒険者組は地下昇降機周辺の制圧、確保が最優先であるとのことである。
21時半ごろ、アデル達は拠点を出発し、程なくして別荘の正門入り口が見える角の影で他の部隊と合流した。軍特殊部隊は、全員が金属製の兜と楯、そしてワイバーンレザーの鎧とレギンスを纏っていた。矢に対する防護と、隠密行動のための防音を考慮しているのだろう。
門まで約50メートル。アデル達と同じ場所に配置されていたのは途中まで同じ行動を取る軍特殊部隊D小隊のようだ。
門前は灯りがともされており、2人の警備が見張っている。だがそれは国軍のエリート狙撃士にとっては格好の標的のようだった。
別荘裏手の方から、細い光が空に向って2回放たれるとほぼ同時にD隊隊長からハンドサインで合図がされ、クロスボウを持った2人が素早く構え、狙撃をすると、門脇の2人の警備は声を上げる事すらせずに膝から崩れ落ちた。こちらから狙ったのは門のこちら側に立っていた1人であるが、どうやら反対側からも同時に頭と喉を狙い見事な狙撃が行われたようだ。
部隊が一斉に動き出す。まずは特殊部隊が先行だ。門前で反対側から飛び出してきたB,C隊と合流すると速やかに敷地内に侵入する。
22時の巡回の交代の間際のタイミングを狙っての行動である。詰所から交代に向かおうという2人×2組があっという間に音も声もなく射殺された。恐ろしい練度である。アデルどころかネージュでさえもこれには舌を巻くしかなかった。
部隊はすぐに入口扉に張り付き、鍵の確認をする。やはり施錠はされている様だ。そうなればもうぶち破るしかない。B隊の大柄な兵士2人が楯を構えて同時にタックルをすると2回目で扉が簡単に破れた。
中に突入して1階中央付近まで行くと、流石に音に気付いたか1階の――ガラの悪そうな警備達がめんどくさそうに出てきたが、こちらの数を見て慌てて武器を取る。中には酒でも飲んでいたようなやつもいそうだ。B隊隊長が“灯明”の魔法を使うと、1階と吹き抜けの様子がはっきりと浮き上がる。2~3階の弓隊が出張ってくる頃にはすでにB隊と裏手を塞ぎつつ侵入してきたA隊の一部はすでに階段を半分駆け上がっていた。見取り図を頭に入れておく事で、暗いままでも行程の半分程度はすでに消化していたのだ。
「ほっほう。」
その様子を見て触発されたか、ネージュがD隊の頭上を飛び越して西側に現われた警備の真ん中辺りに飛び込むと、蛇腹剣を伸ばして踊る様に2回転スピンを決める。1周目は平均的な首の高さ、2周目は足元だ。正面の兵士相手に構えた防御態勢の上を飛び越えていきなり裏に現れた相手に、上段・下段と立て続けに攻撃を受けた10人の警備達は、状況も判らないまま4人が首から夥しい出血をし、3人が転倒させられていた。ネージュはそのままもう一人の脇腹をえぐりながら死角を縫って部隊の方へ戻ると、入れ替わる様に飛び出したアデルやマティルダ、アントンとデレシアが残りの5人をすぐに仕留める。
D隊に仕事をさせないまま昇降機の位置まで移動すると、マティルダが内部を確認する。
「よし、いけそうだ。5人が限度かね。外は頼むよ。」
マティルダがD隊隊長にそう言うと、隊長は苦笑を浮かべて頷いた。
「何かあったらすぐに伝えてくれ。向かう。」
「あいよ。」
マティルダは短く返し、予定通りとまずはアデル隊ともう一つのパーティのリーダーであるゼニスを昇降機の中に入れる。
「5人が限度っぽいからね。あんたは操作を覚えて、自分らのパーティを先導するんだ。なに。ボタンを3つ順番に押すだけさ。」
そう言うと、リーダーの返事を待たずに操作を始める。
「1、扉を閉める。慌てず、閉じたのを確認したら――2、行先ボタンを押す。今回は下だな。」
そう説明しながらボタンを押していく。すると、ゴウンと言う音とともに部屋全体が動き出した。中にいるとわからないが、説明通り下へと向かうらしく、一瞬だけ重力を失くすあの感触が一同を見舞った。
「この感触、何度使っても慣れないねぇ。」
マティルダがそうぼやく頃には下に到着したらしく、
「3、扉を開ける。だ。簡単だろ?」
マティルダの言葉にゼニスは「はい……」と短くだけ答える。
まずはアデル達が外に出る。アデルはすでに暗視モードに入っている。後続が来るまで、光は灯さないことにしたのだ。地下にあるため、上の喧騒に気付いていないのか、今のところ、特に敵性の何かが出てくる気配はない。
「よし、やってみ?」
アデル達が外に出た所で、マティルダがリーダーに復習させるようにボタンを押させると、扉が閉まり、程なくして継続的な音がし出す。上へ戻っているのだろう。
「……遅いよね。」
昇降機の降下速度のことだろうか。ネージュがそう呟く。
「そりゃ君らと比べりゃね……」
アデルは静かに言葉を返した。
昇降機が3往復し、地下エリアに“マティルダ隊”が全員到着した。
「変わった様子は?」
「静かなもんですね。上の音が伝わっていないのか……連絡装置もないようです。」
昇降機から降りた廊下は左右に伸びているが、どちらも静かなものであった。
「ここからは未確認エリアだ。慎重に行こう。私とアデル隊が左、アントン隊とゼニス隊は右だ。部屋ごとに注意しながら中を確認してくれ。契約書系の書類があれば全部押収。敵性存在は全て始末してしまって構わん。」
こちらにはマティルダが同行する様だ。まあ、人数を考えればそれでも、4:9、レベルに大差がないのであれば戦力的には恐らく向こうが上だろう。
「何かあったらゼニスはすぐに上に戻って応援を呼ぶんだ。いいな。」
どうやら昇降機の操作の問題もあったようだ。しかし、あの程度の操作ならアデルでもネージュでも問題なく出来そうである。互いに頷き合った後に隊毎に左右に別れる。アントン達の方はゼニス隊にいた《魔術師》により光がともされたようだ。
「……こっちは俺らで少し先行しましょう。アンナたちは薄明りで追ってきてくれ。」
アデルはアンナにそう指示を出すと、楯を構え、ネージュと共に前を行く。廊下は幅3メートル、2人並んで前を固めれば後ろに抜けられる心配はなさそうな広さだ。
慎重に進み最初の扉に辿り着くと、マティルダが扉を調べた。
「鍵はかかっているが流石に罠はなさそうだな。」
そう言いながら、鍵穴に針金のようなものを入れると簡単に鍵が開く。
マティルダが部屋に入り、確認をするが人はいない様だ。その部屋にあったのは書類。マティルダはそれらを一通り調べると、いくつかを袋に入れていった。
「……目ぼしい物品はないね。わかっているとは思うが、ネコババはしない方が身のためだよ。すぐ足がつくだろうしね。」
「……まあ、余程のものが出てこなきゃ欲しいモンなんてなさそうですがね。」
マティルダの言葉に、アデルは呆れる様に返した。
その後も順調に探索は進む。マティルダが部屋を開け、中を調べる間アデルとネージュが部屋の外を警戒する。
途中一度、角に光が射したのに気づくと、ネージュが素早く先行し角を確認、待機のハンドサインにしばらく待機していると、タイミングを見計らってネージュが飛び出していき、程なく戻ってくる。アデル達が確認すると角を曲った5メートル先で巡回と思しき2人組が声も音もなく死んでいた。
アデルの様な金属鎧ではできない芸当。まさに《暗殺者》の面目躍起といったところだ。
「ん?なんだこりゃ……」
次の扉を調べたマティルダが動きを止めた。
その扉は鍵がかかっておらず、鍵穴からごく細く光が漏れていると小声で言う。中に誰かいるようだ。
素早くアデルが扉正面に立ち音を立てない様に慎重に楯と槍を構える、マティルダとネージュが中に飛び込める態勢をとる。
アデルが扉を一気に蹴り開けると、中から独特の湿気と臭気が溢れてきた。
「うっ……」
中を見てアンナが口元を押さえた。
「何だお前ら!?おん……ぎゃああああ」
「きゃああああああ」
中は男女2組がお取込みの最中であった。と、いっても女の方は揃って両手に手枷を掛けられており、首には首輪とそこから延びる鎖が男の手に握られていた。
よく見れば部屋の中にはさらに4人、別の女性が監禁されていた。
それを見たマティルダは一瞬で男を切り伏せ、その血を浴びた女性が悲鳴を上げたのであった。もう一組はやはり声を上げさせずにネージュが始末している。
中の光景に、昔の虜囚時代がフラッシュバックしたか、アンナは吐き気を堪えるかのように両手に手を当てうずくまっている。
「大丈夫だ。だが、油断するな。」
アデルはアンナをそばに引き寄せ、落ち着かせる。
「……どうします?」
アデルが尋ねるとマティルダは少し渋い表情を浮かべて言う。
「国軍によるガサ入れだ。あんた達は程なく解放されるだろう。騒がずもう少しだけ我慢していてくれ。」
女性の上に覆いかぶさるように乗っている男の首なし死体をマティルダが蹴ってどかす。
「解放はあとだ。先に敵の排除と押さえられる物品の確保を優先する。」
アンナほどではないが、気持ち悪そうに表情を歪めながらマティルダがそう告げた。
「私も“経験者”だ。あんたらの恐怖も屈辱も理解している。が、今はこの組織を潰すことが先決だ。もう少しだけ我慢していてくれ。」
マティルダの言葉に、その場にいた者全員が声もなく頷いた。




