王都へ
ルビを振ればよかったのですが、《暗殺者》は「アサシン」、《魔術師》は「メイジ」と発音しています。ご承知おき下さい。
翌朝、日の出前。
すっかり秋めいて涼しいを通り越して肌寒いと感じるようになった、まだ薄暗い朝早くにアデル達は荷物をまとめ、アリオンの机の上に部屋の鍵を返しジョルト商会へ向かう。
時刻は朝4時。この大陸の1日は24時間、その国で太陽が南の最も高い位置にくる時刻を正午としその前後12時間に割り振られている。なぜ南中時刻が0時でないのかは不明だが、わかりやすいのが一番だ。(メメタァ)
村にいた頃は何となく鶏が鳴いたら朝、日が高くなったら昼、日が沈めば夜の3フェーズ制で、「いつ」と指定して集合しようとしても人によってバラバラだったりするのでやはりこちらの方が便利である。但し、今のところ“分”という概念はない。
よって午前4時というのはかなり早い時間だ。まだ日の光はないが、夜中より気持ち明るい?という感じの中、西の大通りとは言え人の気配はない。
そんな通りにあって、ほんのり明るく光っているのがジョルト商会エストリア支店だ。
魔具と呼ばれる、魔物が持つという魔石を加工し、誰にでもある程度発動させられるようにしたうちの、灯明の魔法を付与したものが光源のようだ。
ただ、魔石は鉱石のように掘れば出てくるというものでなく、魔素の摂取により活動する魔物を倒してのみ入手できるもので資源として大変高価な物で、駆け出し魔術師が扱える灯明の魔法を発動させるものでもかなりの値段になる。それがふんだんに使われているジョルト商会の財力は推して知るべしというやつだ。
感心しながら店舗に近づくと、昨日アデル達を応接室まで案内してくれた店員が、裏手に行くようにと言うのでそれに従う。
裏手ではすでに十数名の従業員が5台の幌付き2頭立ての大型馬車に倉庫から荷物を載せていた。
「おはよう。ちゃんと来れたようだね。」
アデル達を見つけたジョルトが声を掛けてきた。
「おはようございます。随分と大荷物みたいですね。」
「そりゃそうだ。何のために俺がわざわざ東の辺境まで来てると思ってる?エストリアから王都へ運ぶのは主に木工製品や調度品だな。最近はグリズリーやらマーダーアンテロープやらの上質の毛皮がいつになくとれたらしくてな。品定めも兼ねてやってきたのよ。もちろん、来る時にはこれと同じくらいの酒や食料品やらをもって来て金持ち連中に売りつけて来たがな。」
「あーナルホドーソウナンデスカ。」
「もっともしばらくしたら毛皮はまた元通りの貴重品に戻るかもしれんらしいがな?」
ジョルトはこちらを見てにやりと笑う。
アデルにしてみれば割のいい稼ぎと思って優先的にそれらを狙ったが、やはり本来は貴重な物らしい。結果として、王都行きのチャンスを知らぬ間に引き寄せていたとも言えるのかもしれない。
「まあ、期待させてもらおう。君たちの仕事はあのキャリッジだ。」
ジョルトはそう言いながら一つのキャリッジを示す。他の幌付きキャリッジと比べれば明らかにボロい。頑丈な大型リヤカーといったところか。
「流石に素人に工芸品や調度品を運ばせる訳にはいかん。そこで君たちにはあれで護衛の一部を乗せてやって貰いたい。その分こちらも荷物が積めるしな。ボロいと思っただろうがあれでも1000ゴルトはするからな。襲撃や災害などは仕方ないが、粗相で壊そうものなら報酬から引かせてもらうから気を付けろ。」
「……ハイ。」
他の5台と比べると明らかに見劣りするキャリッジ――というよりも荷台だ。それに護衛を詰めて運べということらしい。まあ、《騎手》として考えればようやく普通の仕事を任せられると言われるレベル10。分相応とも言えるか。
アデルは示された荷台をプルルのハーネスに接続する。ほどなくして準備が終わったようで、一行は西門へと向かうことになった。アデルはプルルにまたがり、ネージュは荷台に大の字になってその乗り心地を確かめる。
「流石に敷物なしで寝るのは無理そう……」
「荷台だしな……」
「荷台だよね……」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
やがて西門へと差しかかる。すでに出発の手続きは済ませているらしく、検閲とかの処理もなしに一行は西門の外へ出ることができた。
一部見慣れた衛兵がいたので、「しばらく王都に行ってきます。お世話になりました。」と簡単な挨拶をする。
「いつでも戻ってこいよ。」
「下げ止まりのうちに毛皮でも買っておくかな?」
などと笑顔で送り出してくれた。
ものごころついて以来、街などで会う人間はほとんどすべてが自分を見下そうとしていた。初代妹追放の一件以降は村人からも下に見られていたアデルには少々胸にこみ上げてくるものがあったが、ぐっとこらえて挨拶し、集合場所へと向かう。
集合場所には護衛と思われる冒険者がちらほらと集まり始めていた。遅刻する者はなく、そのうちに揃うとまずジョルトの方から挨拶があった。
護衛冒険者は全部で15人、アデル達の他に13人もいることになる。王都から往復となるのが、2パーティ9人。エストリアからの復路のみというのが、アデル達を含めて2パーティで6人の15人だ。それに王都の神殿から派遣してもらったという神官が1名の計16人が戦闘班となる。それとは別にジョルトも剣を持って戦えそうであるが、依頼主が剣を振るうのは最後の最後となる筈だ。
ジョルトの挨拶が終わると、冒険者パーティの紹介が始まる。
まず王都から往復携わることとなるうちの片方のパーティからだ。リーダーの名前はジョー。レベルは《戦士:24》とのことだ。歳は20台半ばと言ったところか。他に、《戦士:22》が2名に、《拳闘士:18》《斥候:18》の男4人パーティで、歳はジョーと同じくらいと思われる。レベルや護衛経験からだろう、ジョーが今回の護衛隊全員のリーダーということになるそうだ。
次に同じく王都からの往復組となるパーティ。こちらは、平均レベル18、《戦士》3人に、《射手/狩人》1人、《魔術師》1人の5人だ。歳はアデル以上、ジョー未満、実力はヴェーラ隊以上アデル組以下といった感じだろう、恐らく20歳前後の男4人、女1人、《魔術師》が女性だ。
次いでエストリアから合流した組。先に依頼を受けたパーティの紹介が始まる。
リーダーはオランという名の戦士だ。レベルは15。今回の依頼受注条件がレベル14、ランクD以上である為ほぼ下限と言える。
他の3人も、単一技能レベル14と、恐らく受注下限であるが、ジョルトが一応腕前は確認済みというのでそれに関して口を挟む者はいなかった。
最後にアデル達の番だ。ジョルトに促される折、アリオンがわざわざ紹介してきた奴らだと付け加えると、ジョーのパーティからは「ほう」という関心を集めた。アリオンは思いの外有名人のようだ。
「アデルと言います。こちらは妹のネージュ。クラスは《戦士:20》に《騎手:10》と馬を持っているので、御者兼護衛という立場になります。妹は《暗殺者:16》、斥候としての能力は妹の方が上……のようです……」
最後は小声になったが、しっかりと聞こえたのだろう。ネージュのクラスを聞いて、ジョーたちはさらに「ほほう」と意味深にネージュを眺める。他の者はアサシンというクラスを初めて聞いたのだろうか、「え?」と困惑の表情をするものが多い。
「《暗殺者》は《戦士/拳闘士》と《斥候/狩人》の複合上位クラスだ。実力の一部は私も見せてもらった。レベルは低いと舐めてかかると恥をかくことになるぞ。」
と、ジョルトが説明をする。
(いや、そんな目立つようなこと言わなくても……)
見た目や装備で舐められるのは困るが、あまり目立つように引き立てられても――むしろ他の戦士を煽っているようにも聞こえかねない。とアデルは困惑した。
「最後にロゼだな。彼女は護衛ではないが、王都のレア神殿で紹介してもらった神官だ。何かあったら相談するといい。但し彼女は原則護衛対象の方だ。傷の手当てをしてもらうのはいいが、前線に出すような真似はしないように。」
「王都の地母神レアの神殿より派遣されたロゼと申します。冒険者レベルは一応《神官:15》となっていますが、このように町の外を野営しながら旅するのは初めてで……無知を晒すことになるかもしれませんが王都までよろしくお願いします。」
ロゼと紹介された女性はそう挨拶をする。野営を伴う旅は初めてというあたり、普段は神殿で神官として仕事をしているのだろう。《神官》に限って言えばこのようなケースは珍しくない。むしろ、冒険者として活動する者の方が少ない。よほどの理由でもない限り特定の冒険者パーティに属するよりも、町の神殿で不特定多数の者の治療を行うことの方が優先されるからである。テラリア大陸における神殿は、地球で言うところの外科病院という認識が近い。突然の怪我に対して見合った報謝を貰い、神聖魔法で傷を癒すのである。麻痺・石化・毒等の外部からの原因によるものは治療できるが、内科系、老化をはじめとする内臓疾患等の治療は魔法では行えない。風邪、食中毒くらいまでなら外的要因とされるのか効果があるらしいが、決してタダではない治療費を考えると、余程の事がない限り、自然治癒に任せるのが一般だ。
物腰、雰囲気からして恐らくは良家の教育か奉仕活動的なニュアンスで神殿に属しているのだろう。ジョルトが厳重に『前線に出すな』という訳だ。
一通りの顔合わせが終わると愈々出発となる。
アデルはプルルに跨り、荷台にネージュとオランパーティを乗せ、先頭を行くことになったが、ほどなくしてネージュがアデルの膝の上にやってくる。オランたちの質問攻めに辟易としたようだ。索敵能力やネージュの出自・性格を考えるとアデルとしてもこちらの方が都合が良い。ネージュがあと数年してレディにでもなっていれば周囲から何か言われるだろうが、現状その心配はなかった。せいぜい甘えん坊の妹が気まぐれで兄に懐いている様に見えただろう。ただ、しっかり見える人が見たならば、徒歩より若干早い程度の速度とは言え、移動中の馬車から飛び降り、前を行く馬に追いつきそのまま兄が跨っている高さまでジャンプしキャッチされたほんの1~2秒の動作は曲芸に近いように見えたかもしれない。
一本道となる街道をアデルを先頭に6台の馬車の隊列が整えて行進していく。迷うことはないだろうとのことだが、何かあったり、ジョルトやジョーから何かが指示があるときはすぐに馬を止めろと言われている。
初日、二日と天候にも恵まれ行程は順調だった。
2度目の夜営の折り、明日から2日、森を通るので野生動物や野盗に気を付ける様にとの振れが回った。尤も往路ではそのような者との遭遇はなく、何事もなかったからびびるなといいつつも、油断は絶対にしないようにとの事だ。
そして3日目……
森に入って半ばといったところで、ネージュが馬を止めて側面の森を見つめた。
「何かいるな……」
アデルがそう呟くと同時に、3体のビッグボア、その名の通り大型の猪がこちらへ目がけてやってくるのが分かった。体長は3m弱はありそうな巨体が3頭並んで一行をめがけて突撃してくる。迫る足音に何事かと護衛やジョルト達がその方角を見、気づいたジョー隊が馬車から飛び降りる。もし馬車にでも激突されたら馬車は最低でも半壊。恐らくその役割を果たせなくなるのは想像に難くない。アデルの荷台にぶつかったら荷台は大破、乗っているオランたちも投げ出されて大けがは免れまい。まあ、冒険者ならそうなる前に回避しろよとは思うが。
オランとグレイが慌てて武器を手に取ったところで、ビッグボアは予想外の行動に出る。こちらには一切目もくれずアデル達のすぐ目の前を街道をを横切って走り抜けていったのだ。
「なんだ今の?」
オランが呟くのが聞こえたが、森での狩猟経験の多いアデルとネージュには一つの予想が立つ。
そして実際にそれが現れた。
「クマだぁーーーーーーー」
ネージュが何故か嬉々として声を上げた。
その声につられてネージュの視線を追うと、今度は3mを余裕で超えそうな熊が四足で、身の丈からは想像もできない速さでこちらに走り寄ってくる。猪に負けず劣らずの速さに、猪とは比べ物にならない制動性と旋回能力を持つ、恐らくは森の食物連鎖の頂点に立つ存在だ。
そして熊――やはりグリズリーは猪より楽に狩れそうな御馳走を多数発見したのである。人間のパーティがやったなら所謂「なすりつけ」行為だが、猪にそのような考えはなかっただろう。アデルは背中から楯と槍を取り出す。
「大したことない相手だが油断するな。全員、自分たちの馬車の守りを固めろ!」
ジョーが大声を出す。そこはレベル20台のベテラン達だ。素早く馬車から飛び下り装備を整えると、ジョルトの乗る馬車を守る様に半円形に展開する。馬車は5台+1台の縦列隊形だ。グリズリーがどのあたりを狙うかはっきりするまでは各員自分の乗る馬車を守る様に並べとのことだ。他の護衛隊もそれに従い、自分たちの馬車とグリズリーの進路に降り立つ。中にはこちらには来ないでくれと考えている者たちもいるようだが……
「くぅぅぅまぁーーーにぃーーくぅーーー」
と意味不明なようでいてしっかりと意味のある叫び声をあげながらネージュが飛び出した。
念のため馬から降り、槍と盾を構えたアデルに隊列の中程からジョーが声を荒げる。
「おい、何やってんだ!止めろ!」
「いやいやいやいや。そんな慌てなくても……」
アデルがそう呟きかけた時にグリズリーが動いた。
突進をやめ、2足で立ち上がり威嚇をしたのだ。体高3m強、最高到達点5m弱と言った所か。
グリズリーはそのまま右前足を振り降ろす。素人が時々騙される奴だ。2足直立状態の熊が前足を振り降ろすと4つ足に戻る前傾姿勢となるため、人や人型の大型生物……オーガなどと比べてやや遠い場所まで攻撃が届き、間合いを見誤り易い。
が、そこは山狩り経験豊富なネージュだ。前に伸びる攻撃を少し広めに横に飛び退くと、すかさず左手のマンゴーシュを首の後ろに突き立てる。
グリズリーは慌てて上体を起し首を押さえようとするが、ネージュは一瞬だけ体重を乗せ、マンゴーシュを引き下ろし傷を広げると、グリズリーの手が回ってくる前に背中を蹴り間合いを取る。熊に刺さった得物を抜こうとする考えはないのか、そもそもネージュのサイズのマンゴーシュでは抜こうとしても熊の前足では掴む事もできないか、今度は払い落とそうとしてマンゴーシュの背面のギザギザに阻まれ、結果自分の傷口を広げる事になるのだが、その痛みに激昂してか直立で大声を発した。
そしてそんな隙を見逃すほど甘いネージュではない。グリズリーの注意が己の首の後ろに向き、のけ反っているところに右手のショートソードで飛び蹴りならぬ、飛び斬りでグリズリーの首側面を切り裂くと、グリズリーはやや離れていた位置からでもはっきりと分かるほど鮮血をぶちまけ、やがて崩れ落ちた。
期せずしてグリズリーはネージュにデモンストレーションの機会と旅中に貴重な生肉を提供したことになったのであった。
後ろ足を持ち引きずる様にこちらに戻ってこようとするネージュにアデルとジョーのパーティの4人が駆け寄る。
「今夜は焼き肉!」
「…………」
おそらく、単独行動に対する文句――注意を行おうとしたのであろうジョーは満面の笑みのネージュに口を開く事は出来なかった。
(あ、これ後で俺が文句言われる奴だ……)
察したアデルはただため息をつくばかりだった。




