復讐者
ダールグレン侯爵に指示された合流場所に到着し、受付(?)に紹介状を渡すと、程なくして妙齢の女性が出てきた。長いローブにレザースーツという少し変った格好をしている。
女性はアデル達を見ると少し驚いた表情を見せた。
「あんた達が侯爵から?」
「はい。何かありましたか?」
「……あんたら、歳は?」
「え?もうじき18くらい?」
「13くらい?」
「来月15になります。」
「侯爵も何考えてるんだ……2人まだ未成年じゃないか。」
「あー……紹介状にはなんて?」
「え、いや。実力を疑うわけないんだ……コローナでBランクなんだろ?」
「いや、まだCランクで止めてます。強制依頼とかで軍に組み込まれたくないんで。」
アデルの言葉に出迎えの女性は少しだけ感心したように「ほう。」と言う。
「いや、気を悪くしなたらすまないね。私の子供も丁度あんたらくらいの筈だったんだ。――生きていりゃあね。」
その言葉をそのまま考えれば、子供を亡くしたと言うことになる。
「そうなのですか……魔物か賊に?」
「……山賊だよ。あの頃のうちの田舎は……治安も何もなかったからね。」
「そうですか……」
短い言葉であったが、その中には多分に怒りと憎悪が含まれていた。その矛先は賊であるのは当然として、口ぶりから当時の統治者に向けられていたのも十分に察せられる。
「もしかして今回のヤマって……」
「いや、直接の関係はない筈さ。まあ、見逃すつもりはないけどね。」
その後、少し話を聞く。女性はマティルダと言う名前の魔法剣士であるらしい。パッと見、《魔術師》らしい見た目だが、ローブに隠れて腰に2本の長剣、腿の部分のベルトに数本のナイフが下げられている。冒険者技能としては、《戦士:25》《斥候:20》《魔術師:16》《指揮:18》という見事なまでのハイブリッド型だ。
マティルダはドルケンの冒険者ギルドの中では“賊狩り”として有名であるようだ。今回の様な犯罪組織や野盗集団などの討伐の依頼を好んで受け実績をあげていくうち、最近では今回の様に仕事の指揮を任されることも増えて来たらしい。
こちらの自己紹介をするとまずはアデルのレベル26という部分に反応する。
「その若さでレベル25超えたのかい……基準が多少は違うかもしれないが……私は結局、26の壁が高くて越えられなかったよ。」
というと自分は冒険者を志したのが25歳過ぎからで、一流になるような才能もなかった。それでも何とかして一線で戦えるようにと複数の技能を身に付けたんだという。最初は復讐の為。後に、自分と同様の被害者を少しでも減らすためだと言う。
「パーティのお陰ですね。この2人と……時には、他のメンバーにも協力してもらったりしてなんとか。町の防衛戦やキマイラとか特殊な魔物を相手に有利に動けたというのが大きいですね。」
アデルがそう答えると、マティルダは「へぇ……」と感心するように漏らす。
そして次にネージュの《暗殺者》と言う単語に目を見開いて驚く。犯罪絶対断罪レディには初にして少々突飛なワードだった様だが、こちらは飽く迄《戦士》と《斥候》のハイブリッド職の呼称であり、実際に暗殺を請け負っている訳ではないと説明する。苦手じゃないけど。
「ああ、こちらで言う《忍者》みたいなものか。」
どうやらドルケンには、《忍者》という同じようなクラスがあるらしい。
「《忍者》?」
「《戦士》と《斥候》、《魔具師》を足したような上級クラスだね。私もあと10才若かったら目指したかも知れないねぇ。まあ、10年前は夫と息子と平和にくらしてたんだがね。」
「なるほど。」
「ほほう。」
アデルとネージュが同時に声を返した。ネージュさんは《忍者》に興味があるようです。
夫と息子と平和に暮らしていた主婦が、今になって単身で“賊”専門の冒険者になっているあたり、何が起きたかは容易に想像できる。
「あんた達はなんで冒険者に?一攫千金って感じでもなさそうだけど……いや、よく見ると……結構いい装備してる?」
マティルダはアデル達を見てそう言う。
「まあ、うちは人間の賊じゃなくて、蛮族に村ごと……」
「……そうかい。私が言うのも難だが、あんまり無理するんじゃないよ?その装備を買えるなら、大人しく暮らすくらいの力はもうあるだろうに。」
「これ、大先輩からの貰い物でして……」
「へぇ。期待されてるんだ。まあ、その歳で侯爵様のお目に叶う(眼鏡に適う)なら実力は確かなんだろうね。」
そんな会話をしながら、彼女らの拠点へと到着する。
そこで待ち構えていたのは、10人程……正確にいうなら2パーティ計9人の冒険者たちだ。ドルケンではこのように複数パーティの集合体を“レギオン”と言うらしい。そしてそのうちの1パーティ4人には見覚えがあった。
「あれ?」
「お?」
アデルとネージュが驚きの声を上げると、向こうもそれに気づき同様の反応をしめす。
「ん?」
マティルダが怪訝な表情を見せると、アデルが「以前、別の依頼で……その時は俺が所属していた商会が雇い主でしたが……一緒になったことがありまして。」と説明する。
そう、先にいた2パーティの内の片方は、先日ドルンからグラン国境までの案内を依頼したアントン達であった。
「おお。先日は色々ありがとな。キマイラの素材は結構な収益になったぜ。」
(そのキマイラの皮は巡り巡って俺が買ったけどな……)
アデルは内心でそう思いながら言葉を返す。
「こちらも、お蔭でスムーズに仕事が終わったよ。あと3日遅かったら大変なことになっていた。」
「ほう?」
アントンが興味深げに聞き返す。
「あれ?噂とか入って来てないのか?俺らがグランについて、依頼回収してコローナに戻った3日後だかに、フィンとグランの戦争が始まったんだ。」
「……なるほど。そりゃ急いでいた訳だな。まあ、また一緒にやれるなら嬉しいぜ。」
「こちらこそ。」
そう言いながら差し出された手を握り返す。
「うーん……」
そこでアデルは少し考える。アントンたちはキマイラ戦においてネージュやアンナの“実力”を知っている。今回のリーダーであるマティルダにはなんだかんだとアデル達を子供――ひよっこに毛が生えた程度に見えているような気もする。そして今、ドルケンにおいては“グリフォンの羽根飾り”という、強力な身分保証もある。ふむ。
「すみません。紹介状って中を見させてもらってもいいですか?」
アデルがそう尋ねると、マティルダは怪訝な顔で紹介状を渡してくる。見ても問題ないのだろう。
中を確認すると、“他国の人間だが、むしろ地元の中途半端な冒険者よりは信頼できる。実力も申し分なく調査や探索のサポートをさせると良いだろう。”とだけ記されていた。
「うーん……アントン達と一緒なら……事前に手の内を明かしちゃってもいいかな?」
アデルはそう言いながらチラリとマティルダを見ると、やはり怪訝な顔をするが、“どうぞご勝手に”と言う感じで首を傾げた。
まず最初にグリフォンの羽根飾りを見せる。すると、やはり周囲から「おおお?」と強い関心を引く。
次、ヴェントの遺品である背負い袋からグリュンヴィントを出して紹介する。すると、やはり周囲は目を丸くしつつ、「ウソだろ?」などとつぶやきだす。
最後にネージュとアンナに声を掛け、翼を見せていいぞと声を掛けると、ネージュはここぞとばかりに翼を広げる。アンナは少々慎ましやかに広げたところで、マティルダも、そして知っている筈のアントン達も一緒に「おおおお」と驚きと感嘆の声を上げる。
おまけで、アンナの“不可視”の魔法をネージュに掛けさせると、一同さらに感嘆の声を上げた。
「調査・探索に使えというのはこういう事です。」
アデルがマティルダにそう告げると、
「そりゃ、侯爵直筆の紹介状が届く訳だ……だが、確かにこれなら今よりも良い作戦が立てられそうだな。」
マティルダはそう呟いた。




