追跡者
王城の客間で一夜明かした翌日。結局アデル達はもう数日ドルンに残るという選択をした。
拠点はある意味当然なのかもしれないが、カイナン商事ドルン事務所の一室だ。
ドルケン国王、ダールグレン侯爵、ナミらはそれぞれの対処に大忙しと言った様子だったが、逆にアデル達は時間を持て余していた。
ドルンでやっておきたいことはすべて、先日、最初の出発の前にすべて済ませてしまってあるからである。
肥大化したネージュの角をどうするかと相談し、特別な思い入れがあるわけでもなく、いっそ削るか切るかするかと考えたが、竜人の角はどうやら骨の延長の様で硬さもさることながら、相当な痛みを伴うようであるので断念せざるを得なかった。しかたなくグリフォンの羽根飾りを髪飾りにしてしまおうとそれで角を隠す様にしたところ、大通りに出たところで数人が2度見をして彼らに道を開ける。そしてアデルの腕に収まっている、直径30センチメートル程のライトブラウンの毛玉の存在に気付くと、ざわめきと共にモーゼのアレよろしく人の海が二つに割れた。
ドルンにいる者なら、昨日・一昨日のグリフォンの大編隊はさぞかし記憶に残っていることだろう。
こりゃあまた……周囲の様子にアデルはただ苦笑いするしかない。とはいえ、竜人であること理由に難癖等を付けられることはなさそうだ。そこは亜人に若干優しい国。これでアンナの身の安全が保証されれば滞在するには悪くないのかもしれない。
アデルはまず半ば馴染みとなった防具店へと向かった。
「こんにちは。」
「ん?あれ?君たちか……え?」
店主はアデル達の顔を見て誰が訪ねてきたのかを確認すると、すぐに視線を落としアデルの腕へと注がれる。
「それは……まさか……」
「はい。まさかです……」
アデルはブリュンヴィンドを引き取ることになった経緯を説明する。
「そんなことが……いや、グリフォンの番を撃退したうえに和解ですか……」
呆れを通り越し、完全に引かれている。
「……で、ご用件は?」
「この子を外に連れ出すために丈夫な背負い袋を作ってもらおうかと……雑貨屋案件ではあると思うのですが、なるべく丈夫な革の袋にしてもらえないかと。」
「……なるほど……丈夫さや耐熱を考えるとワイバーンレザーが良さそうですが……そもそも大きさはどうするつもりなんですか?」
店主の言葉が微妙に丁寧語になっている。やはりグリフォンの威厳は相当の様だ。
「半年もあれば仔馬くらいの大きさになると聞いています。それに……ワイバーンレザーの背負い袋なんて前代未聞ですよ。値段に見合うかどうか……」
「デスヨネ。そうか、サイズも問題か……では馬の革で俺の背中が丸々隠れるくらいの袋を作ってもらえますか?」
「……うちは防具屋なんですがね。まあ、君たちには今後も世話になるかもしれないし……私でいいなら受けるが。」
アデルはそう言いながら袋からヴェントの皮を取り出す。
「こりゃ……まだ新しいな。」
「一昨日、グリフォンにやられた俺たちの馬の皮ですので……」
「……そりゃまた……しかし、ここから加工しようとするなら、最低でも1週間はかかりますよ?」
「む……まあ、そうですよね。1週間くらいなら構いません。それくらい滞在することになりそうですし。ただ、今日明日運ぶ物が必要ですね。離れたがりませんので……」
結局、アデルはヴェントの皮で袋を3人分作ってもらうことする。他の2つはネージュやアンナの飛行の邪魔にならないサイズの少し小さめなものを注文する。放っておくと腐るため、袋と同時にプルルの皮の防腐処理を施してもらうことにした。
ブリュンヴィンド用の袋は町中にいる間くらいは平気かだろうと結局雑貨屋で丁度良い大きさの物を見繕って購入した。その様に言うと店員にはあきれると言うか、完全に引かれていたが仕方ない。ブリュンヴィンドは最初こそ嫌がったものの、アデルやアンナの説得(?)に応じて恐る恐る袋を入ってみると、それ以降は居心地を気に入ったのか、嫌がる様子を見せなくなった。グリフォン夫妻よりブリュンヴィンドに言葉を教えろと言われたアンナは、事あるごとに精霊語で彼(仮)に語りかけている。そこに興味を持ったのはネージュだった。次に必要になるのがいつになるかはわからないが、竜の口や喉で発声して言葉に出来るなら覚えてみたいというのだ。ネージュとしては一晩ではあるが、言葉が通じなかったことがそれなりに堪えた様だ。
その後、アデルは2人とグリフォンを事務所に置いて、単身図書館へと向かった。まずはグリフォンに関しての情報収集である。
しかし、意外なことにドルンではコローナ程グリフォンに関する具体的な記述は見つけられなかった。蔵書数全体の問題もあるが、ドルケンに於いてグリフォンは観察対象ではなく崇拝の対象であるためか、成長過程や性格、生態等の学術的な本はあまりなく、王家や神話と絡めた本ばかりが見つかってしまうのだ。
その中で1冊気になったのが、グリフォンも話していた100年ほど前に行われたテラリアの侵攻だ。
グルド山の資源を求めて、南麓側から3回に亘る侵攻があったとされている。
初回はテラリアの軍がグルド山南東に現れ、グルド山南麓を一気に制圧しようとしたようだが、翼竜騎士団と地の利を活かしたドルケン軍が追い返したとある。
2度目はさらに人数を増やし、手堅く森を切り拓きながら軍事拠点を築きつつ、緩やかなペースで浸出。ただ、この時に亜人の集落を相当数焼き討ちしたことで、亜人たちが危機感を募らせ、ドルケン軍に積極的に関わるようになったという。その後、テラリアがさらに人員を増やして本格的にグルド山南麓をほぼ手中に収めようとしたところで、この時に焼け出された獣人が中心となって山岳部でゲリラ戦を仕掛け、兵站をボロボロにしたところをドルケン軍が包囲、殲滅したのが第2次ドルケン侵攻。
そしてそれから15年を経たテラリアの最後の侵攻は、テラリアでもワイバーンを運用しだし、聖騎士をリーダーとする中隊が対ドルケン地上軍、そして空軍相手にかなりの猛威を振るったが、その時にグリフォンのテリトリーを荒しに荒らした為、グリフォンの大群からの手厚い返礼を受け、制空権を失ったのが敗戦のきっかけとなったとある。この時に、ドルケンは正式にグリフォンのテリトリーを認め、原則人族は立ち入り禁止とされたとのことだ。
父グリフォンの話だと、かなり昔から関係があったようだが、それ以前は“住み分け”され、友好的な関係は維持されていたものの、正式に“同盟”と呼べるまでに発展したのはここ100年の話の様である。
そんな歴史に少し興味と時間を取られてしまったが、本題はグリフォンの生態だ。
辛うじて生態らしい記述がある本を見つけ調べると、成長過程は馬のそれに近いとのことだ。約2年で成獣となり、大きさは馬の1.5~2倍程度まで大きくなるようだ。知能は馬よりも高く群れを成し、言葉を覚えることもでき、群れの中や別の群れとの連携もとれるとのことだ。ただ、その中で特筆されていたのが“王種”の存在だ。金色に輝く羽毛を持ち、他のグリフォンよりも強靭な四肢を持つ。知能はさらに高く、人間の10歳~12歳くらいの知能を持つに至るとの事である。往々にして群れの中心となることが多く、体躯は通常のグリフォンよりも一回り大きいとある。
通常のグリフォンよりもさらに一回り大きいそうだ……
ドルケンはもとより、他国であっても受けれてくれる厩舎を持つ宿はそうそう見つからないだろう。アデルは更なる難問に頭を悩めた。
その後も丸2日ほど彼等には暇な時間が出来てしまった。
ネージュが先日行った温泉に行きたいと言い出したので、せっかくだし早速向かおうと思ったのだが、どうやら現在グルド山周辺は封鎖され、先のグリフォンとの約束通り、かなり大規模な山狩りが行われている様子であった。ネージュとしては少々の不満ではあったが、自分たちやグリフォンたち為であると納得する他なかった。ネージュとしてはそれ以上にグリフォンの羽根飾り効果で堂々と周辺を自分の翼で飛行できる喜びの方が強い様で、アンナと共に町を抜けてはグリフォンの巣へと遊びに行っている。封鎖とは一体なんなのか。いかにドルケンと言えど、不可視状態で空を移動する者までは追えない様だ。
一応、ナミには伝え、恐らくそこからダールグレン侯爵、ドルケン国王とその情報は上がる筈だ。国王らは自分たちの仕事が忙しいのかその辺りには一切干渉してこなかった。アデルとしてもグリフォンとの情報共有やブリュンヴィントの成長に都合がよいとそれを推奨した。特に大きな情報もないままそんな2日が過ぎ、動きがあったのはその翌日である。
まずはヴェン達が到着し、すぐさま軍やダールグレン侯爵らからの事情聴取が行われた。しかしこちらはすでにアデルやグリフォンが大半の事を伝えていた為、新たな情報としては、事件前夜のウルマン子爵の公邸や本人の様子、ヨハンからの事情聴取の結果程度のものしか出てこない。
その後、一時解放され、商会の事務所へと戻ってきたヴェンはナミに同様の説明をし、既に国、グリフォンと商会との和解を成し遂げいてたアデル達に深く感謝した。
ヴェンは程なくして戻ってきたネージュとアンナがグリフォンの巣に遊びに行ってきた帰りだと聞いて驚くと、さらにブリュンヴィントを見て目を丸くする。「何かしらで必ず報いる。」とアデル達にそう言い増えてしまった自分の仕事へと向かっていった。一方ヨハンの方は大分やつれた様子だったが、それでもなおアデルとネージュが強烈な殺気を飛ばすのを見て、ナミの判断により隔離されたところで謹慎処分となった。ヴェンによると単純に騙されただけで、どこかと裏でつながっているという様子は見えないとのことではある。
翌日、ダールグレン侯爵から今迄の経緯のまとめの報告会を行うということで、ナミの他、アデル達も城に呼ばれた。アデル達を呼んだのには、そのままグリフォンに先入観を与えずに伝えられるという事も期待しての事だろう。
報告会にはナミとアデルら、そしてダールグレン侯爵の他、国王、軍務大臣、国務大臣と先日の食事会のメンバーにナミを加えたメンバーで行われた。
ナミは当初驚いたが、内心でダールグレン侯爵以上のパイプが出来るかもしれないとほくそ笑んだ。勿論、それを他に気付かれる様はヘマはしないが。
一番大きな情報としては、“王殺し”に関してだ。軍務大臣によると2つの壺を徹底的に調べた結果、それぞれから別の種のエーテルが検出されたというのだ。それらは元々液体だが空気に触れると気化してしまう。それは全てのエーテルの共通項なので問題はないのだが、大きな問題となったのは、その2つを混ぜると極めて危険な毒になると言う話だ。事もあろうに無防備に再現実験を試み、技師2名が中毒症状で重体となってしまったという。王命で直ちにそれらのエーテルに関して詳しく調べた結果、それぞれ魔具の加工や魔石の溶解等、他国では魔具製作に於いて別々の役割を持ち、厳しく区分けされて使われるものであったそうだ。コローナでも魔具の黎明期には同様の事故が起こっていたという記述も見つかったらしい。
そしてそれらの入手ルートなどを調べていくと、やはり連邦――オーレリアへとつながる様だ。そこでナミがエーテルに関しての情報を渡す。“一般的”なエーテルの種類や用途、そして入手法だ。その大半がオーレリア連邦の中央から北部、黄国から黒国につながると言う。
だがそこでアデルが、
「運ぶのは別々に運べばいいとして、洞窟の中に使おうとすると自分たちも危険ですよね?団扇で扇いだところでどうにかなるとは思えないし……そうなるとやっぱり風の精霊?」
それに応えたのは意外にも国務大臣だった。
「それに関して、こちらからも情報があります。」
大臣はまず王に発言の許可を求める。無論、王にそれを妨げる理由ない。
「彼らが先日、『ドルケン人とは考えにくい』と、『連絡役に風の精霊使いがいるだろう』という話を参考に、冒険者ギルド経由でドルン及び周辺都市の冒険者の店に調査をしたところ……ここ半年、他国や地方の冒険者らに『良い仕事がある』と声を掛けていた者がいた様です。」
この言葉にアデルは眉を顰める。
「あれ?王都の……一番有名らしい店にいた様な。俺も最初様子見に行った時にそんな事を言われた覚えが。」
「「なんだと!?」」
アデルの言葉に国王と国務大臣が食いつく。
「いや……まあ、その時は護衛依頼中でしたし、俺も魔獣狩りの依頼がないかを見に行っただけでしたし、すぐに断ってそれ以上は関わりませんでしたので……どんな人物だったかは覚えていません。言われてみれば、推定ですが、レベルは俺らと同等か少し上、装備は当時の俺よりも大分上な感じでしたね。それこそ、ワイバーンレザーを装備していたような。」
「ふむ……つまりはその頃から計画があったという事かもしれません。この話にはまだ続きがありまして、その者が複数の冒険者パーティを抱え込んだという情報があります。その中にはグランの冒険者や、テラリアの冒険者などが含まれていたと言います。」
「グランの冒険者ですか……グランなら風の精霊を使役する《精霊使い》がいても不思議はありませんね。そして――グラン出身の風の精霊なら、術者の指示通りにグリフォンに危害を及ぼす事に躊躇はない筈です。まあ、実際に……なぁ?」
そこでアデルは苦笑してアンナを見た。
「そうですね……でも、グリフォンの呼びかけに最初に応えたのも、召還していた彼女ですよ?」
「どういうことかね?」
国王が問いかけてくる。
「まあ、何といいますか。最初にうちの馬を殺したグリフォンに一撃を見舞えたのは、風の精霊の力を借りて機動を下へと捻じ曲げたところを奇襲したものです。そして、取り押さえた後、止めを刺す前に止めたのがアンナです。」
「お兄様たちの攻撃の傷と風の魔法でぎりぎり飛行を維持していたグリフォンが、私の風の精霊に呼びかけて来たそうです。そのあと、卵を返してくれとか、密輸がどうこうなどを言っていたので……もう一体がネージュに取り押さえられたところで止めに入りました。」
「ふむ……まあ、その辺は置いておくとして……つまりは、グランの精霊使いが協力すれば、エーテルを洞窟に流し込むことが可能と。」
「洞窟の中で風を渦巻かせれば、混ぜ合わせる事も可能だと思います。」
アンナの言葉にドルケン勢が沈黙した。
「軍務卿は引き続きグルド山の封鎖と探索を。重体の技師には最善の治療を施すように。国務卿はその首魁たる冒険者を徹底的に追え。財務卿は国内へのエーテルの流通状況を徹底的に調べ上げろ。それと、ウルマン子爵の事情聴取もだ。」
「「「はっ」」」
3大臣が同時に返答し強く頷く。
「君達は出来ればここまでの話をグリフォンたちに伝え、壺などを持つ人間に警戒する様に伝えてほしい。それからナミと申したか?そなたにもエーテルの流通や輸送、保管等に関して財務卿に協力を頼みたい。」
「もちろんです。我が商会に向いた疑念を全て晴らすためにも全力でお手伝いしましょう。」
国王の言葉にナミが即答する。
「あー、すいません。1つお願いが……」
参加者らが力強く頷く中、アデルはおずおずと片手をあげた。ナミを含む周囲の者が、『お前、もう少し空気読めよ』と批難の視線を浴びせてくるが、アデルは恐縮だけして続けた。
「なんだね?」
「戦闘能力はなくてもいいので、騎乗用のワイバーンを1騎貸してもらえませんか?俺だけ山に行く手段がないので……」
「それは構わないが……扱えるのかね?」
「……無理そうなら大人しく留守番します。」
アデルの言葉に国王は苦笑した。
「軍務卿。軍備に差し障りのない範囲で1体、それに基本を教えられる騎士と共に融通してやれ。」
「畏まりました。」
その後、アデルは丸3日間ドルケン翼竜騎士団の基本訓練と特別な猛特訓を受ける羽目になった。その様子をネージュがブリュンヴィントを膝で愛でながらニヤニヤしながら眺めていた。




