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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
123/373

不可視の空襲

 王城での交渉を終える頃には陽は既に西に落ち、周囲はすっかり暗くなってきていた。

 帰路はネージュを先頭としたトライアングル隊形で東へと向かう。ネージュが先頭なのは、ネージュの暗視能力とアンナの(比較的)長距離灯明の魔法をあてにしたためだ。本来ならこのくらいの暗さになるとグリフォンは巣に戻り休む準備を始めている頃である。アデルも兜の暗視付与を展開し、周囲を気配を探るが、後方・下方ともに特別な気配は感じられなかった。

 無事に巣へと戻ると、父グリフォンと母グリフォンは互いの状況を確認し合った。巣の周囲を哨戒していた4体もすでに戻ってきており、異常はなかったと告げる。父グリフォンの方は、アデルが提案した条件をそのまま飲まれたと伝えられると、留守番のグリフォン達も一応の安堵を見せる。しかし、彼らの卵は未だ巣には戻されておらず、時間的に予断を許さない状況だ。

 アデルはまずネージュを休ませようとしたが、竜の姿が余程気に入ったのかそれを拒否した。出発前の提案とは逆で、下手に寝てしまうと元に戻ってしまうという懸念があったためだ。アンナは心配をしたが、ネージュが大丈夫だと言わんばかりのそぶりを見せるのでアデルは敢えてそのままを維持させた。一晩持つのであれば、アデルにとっても都合が良いからである。

 アデルとアンナは袋から保存食を取り出し齧る。一部を子グリフォンに与えようとするが、干し肉は固く、歯がないのでまだ早いと止められ、仕方ないとグリフォン夫妻の食糧ストックから何かの木の実を与えられた。夫妻が渡すなら大丈夫だろうとアデルが子グリフォンに与えると、子グリフォンはすごい勢いで実をつつきだす。

「王様にドルケンの地方語の茶色の風って何ていうか聞いてくれば良かった。」

 嘴で実を突つき、殻を割って中身を食べる子グリフォンを見ながらアデルはそう呟いた。

「これでは不十分らしいですよ。勿論野生生物なので数日の絶食は耐えられるそうですが、成長に影響が出かねないと……」

 母グリフォンの言葉をアンナが伝えた。

「俺らも山狩りでもしないとな……だが、まずは今夜だ。」

 アデルはそう言うと隣で座っているネージュの脇を突く。ネージュも何となくだがアデルの考えを察している様で目を細めてニヤリと笑って見せた。

「今夜……ですか?」

「ああ。こちらに来るにしろ、ここらから離れるにしろ、ヤツらが動くなら夜だろうからな。」

 アデルの言葉にアンナは首を傾げる。

「殺しはともかく、密猟の方は少なくとも地元の人間が関わっている筈だ。これだけの山深くからデリケートな卵を割らずに持ち帰らなきゃならんのだからな。他の生物との戦闘を避け、なるべく危険のないルートを選ぶはずだ。そして地元の人間なら、グリフォンが夜活動をしない事も把握しているだろう。唯一懸念があるとしたら、相手に“精霊使い”がいる事だな。こちらの精霊の行動がばれると警戒を強めるかもしれん。どんな様子だ?」

 アデルは母グリフォンに視線を向ける。勿論、アデルの言葉は通じないのでアンナ経由であるが。

「……相当規模の網を張り巡らせたようです。」

「……最初からそうしろよ……」

 アデルの言葉が伝えられると、母グリフォンはぷいっとそっぽを向いた。

 アデルは肩を竦めると、今の内とばかりにアンナから子グリフォンを受け取り、子グリフォンを目いっぱい撫でる。まだ薄い産毛しかない子グリフォンではモフモフを堪能する事は出来ないが、それでもかわいい物はかわいいのだ。自然と目じりが下がる。

 グリフォン夫妻の巣では少々狭いと、現在卵を抱えていない家族はそれぞれの巣へと戻っていった。この場に残ったグリフォンたちは臨戦態勢を取りつつも、複数家族の合同作戦にいつになく気合が入っている様だ。中には父グリフォンの話を聞いて、ネージュに勝負を挑みたいという者まで現れる。どこの社会にも一定数はこういう者がいるようである。


 夜も更け、数体のグリフォンは居眠りを始めたが、アデルとネージュ、そしてグリフォン夫妻はずっと神経を尖らせていた。そしてついに待っていたその瞬間がやって来る。

 協力中の風の精霊が少し離れた場所で丁度良さそうなサイズの袋を背負った人間グループを見つけてきたのだ。

 母グリフォンはまずその精霊に感謝を述べ、その現在地を尋ねる。どうやら南西に数キロ、ドルンとの巣の中間付近、そろそろ山を抜けようという所まで進んでいるということだ。グルド山を抜けてしまえば、王都なりアジトなり、連絡役に卵を渡す事は容易になるだろう。早期奪還のラストチャンスだ。

 アデルはその精霊にそのグループの事を尋ねる。人数、武器、そして光を持っているかどうかだ。

 人数は7~8人、武器も光も持っているとの事だ。弓の有無に関してはわからなかったが、杖を持つ女がいて、その杖に光を灯しているらしい。恐らくは“魔法使い”(スペルユーザー)。

 アデルはそれらの情報を纏め、巣の外に出ると、ネージュの首元に跨り、アンナに“不可視”の魔法を要求する。

 魔法は両者に掛けられると、互いの姿が見えなくなる……が、その状態で離陸しても効果は消えないことが確認できた。

 しかし、アデルが「行くぞ。」と声を出した瞬間、たちまち魔法は効果を失う。

 アンナが掛け直すかと尋ねるが、アデルはこのままでいいと暗視の兜を被った。

「卵の奪還を最優先する。子グリフォン達の事は頼んだぞ。」

 アデルがそう言うと、何もない中空へとアデルの体が浮かび上がっていった。



 南西へと少し飛んだところでアデルは、独り言だから反応するなよと言いながら周辺を探す。最初はあれほど怖かった高高度だが、大きな目標の元、今はそれほど苦にならなかった。感触は確かに残っているが、魔法により透けてしまっているネージュ越しに下方が丸見えになっている。不可視の魔法は光を屈折させて“無”に見せかける訳ではなく、物体そのものを透過させてしまうようである。ある意味怖い。と、同時に色々応用が利くんじゃないかとアデルは考える。

 アデルは遠く――ドルン王都を見るとそこから大量の光の波が東、こちらへ向って移動している事に気付けた。

「こうなったか。結果として良いか悪いか……まあ、行動が早いのは良い事か。」

 ドルンから寄せる光の波はおそらくはグルド山封鎖のためのドルケンの人員だろう。それが近づきすぎてごちゃ混ぜになる前に賊を見つけたい。もしかするとこの光景に賊が警戒し、姿をくらませようとするかもしれないと懸念する。しかしこの山の中、光なしでは歩けまい。7~8人全員が暗視、又は暗視付与の魔具を持っているとは考えにくい。実際、推定《魔術師メイジ》が自分の武器に“灯明ライティング”を使っている様であるし。

 程なくして精霊の指示した空域へと到着する。ネージュに魔力を乗せない様にぎりぎりまで高度を下げる指示を出す。アデルの装備はほぼ黒一色。しかもミスリルであることを隠すための煤の吹付によるものなので、漆黒の様な艶もない。光の範囲外から見つけるのは困難だろう。一応弓を警戒し、地表から高度30~40メートルの高さで索敵を開始する。

 見つけた。暗い山の中、木の陰に出たり入ったりしている為か、光が2つ、明滅を繰り返しながら、決して遅くはない速度で移動している。

 アデルはすぐに場所を教え、その上空へと忍び寄る。

 高度を下げ過ぎて音や気流で気付かれても勿体ないと、賊の後方50メートル、上方20メートルの位置に付くと、望遠鏡でその姿を確認する。賊は前後に別かれて移動している。前に5人、後に3人、荷物を背負っているのは後ろの3人だ。顔を見られない為か、全員フードつきの外套を身に付けている。前方集団の最後尾に情報にあった杖持ちがいた。動きの様子からして、やはり《魔術師》だろう。同様に観察すると、先頭は《斥候》(スカウト)、その後ろに《戦士》ファイターが2人武器を抜いたまま早歩きをしている。その後ろにもう一人《斥候》だろう、がいて例の《魔術師》、そしてその20メートル程離れた後方に荷物持ちが3人、こちらは装備などが見えないのでクラスの判断はしかねる。

 アデルは情報を整理した。

 前衛グループに斥候が二人いると云う事は恐らくは先頭が案内役、前から4人目が護衛か何かだろう。もしかしたらネージュ同様《暗殺者アサシン》かもしれない。しかも、グリフォンの王種を一方的に屠った猛者である可能性もある。今回の第1目標はグリフォンの卵の奪還。装備や荷物からすると、やはり後ろの3人が怪しい。奇襲で前衛グループを襲うか……それとも分断させるか。分断させたところで背負い袋を確認し奪うの暇はないか。そうなると、一気に倒すしか手はない。それなら、魔法対する警戒も含め、光を持つ魔術師から狙うべきだ。アデルはそう結論付け、ネージュに作戦を聞かせた。

「行くぞ!」

 ネージュが指示通りに魔術師に向けて一気に加速した。しかし――

「ん?なんだ?上か?上から何か来てる!」

 やはり凄腕か……4人目の斥候がいち早く異常に気付く。しかも気配だけでなく、“上”というところまで特定されている。

「撃て!」

 アデルがそう言うと、ネージュはまず収束型の氷柱ブレスを魔術師に向けて吐きつけた。

「!? ××!危ない!」

 ブレスを吐くと同時にネージュの“不可視”が解ける。それと同時に2人目の戦士が楯を構え、魔術師を庇うようにネージュとの間に割り込む。

 氷柱ブレスは戦士の楯と鎧に阻まれ、貫くことはできなかった。それでもその衝撃で2メートルほどは吹き飛ばす。

「見つかった!?ってゆーか竜!?なんで?話違うじゃん!」

 4人目の斥候の声が聞こえた。意外にも女の声だった気がする。向こうは恐らくは破れかぶれのグリフォンの強襲を想定していたのだろう。竜の姿を見て慌てる。

 しかし、次の瞬間にはネージュを目掛けて魔術師が魔法を放つ。早い。“火球ファイアボール”だろうか。ネージュが急いで拡散氷塊ブレスを吐こうとするが、先のブレスから時間もなく、中途半端に放たれる。

 ドーン!と大きな音がして、氷塊の中に火球が飛び込むと、その場で炸裂した。“火球”ではない。ソフィーが使っていた“爆裂エクスプロージョン”、爆発系の魔法の様だ。グリフォンを敵に回すだけあり、相当のレベルの冒険者の様である。

 相殺しきれなかった火の球、火の粉がアデル達を襲うが、氷と相殺したお陰か、数秒熱さを感じたものの深刻なダメージにはならなかった。

「やめろ!あまり大きな音や光を出すな!」

 先頭を走っていた斥候がそう声を荒げる。

「竜が出てくるなんて聞いてねーぞ!?」

「違う、誰か乗ってる……竜騎士!?」

 3人目の戦士と4人目の斥候がそう声を掛け合う。

「竜騎士だと?今ドルケンにはいない筈だが……」

 そう答えたのは先頭の斥候だ。恐らくこいつが地元民。

「魔術師に1度接近して高度を上げ直してくれ。」

「Guo」

 ネージュはアデルの指示に従う。魔術師に近づいたところで、アデルは長柄モードにセットした槍を楯で隠しながら鋭く突く。

「させるか!」

 するとやはり2人目の戦士が魔術師を庇うように割り込み、突きを払う。こいつが所謂“楯役タンカー”か。そうなると他の2人が“攻撃役アタッカー”か。アデルの読みは当たっていた。高度が下がったところで、まずは3人目の戦士の槍がアデルを狙ってくる。しかしこちらは高度と速度が出ている為、アデルに届くことはなかった。

「竜だ。竜の腹か翼から狙え!」

 先頭の斥候がそう叫ぶ。その時にはすでに高度を取り直していたが、次の手が困る。危険を承知で飛び込ませるか、或いはアデルが降りて相手をするか。

 相手がそこら辺の賊ならともかく、今回はやり手の冒険者だ。リスクは少ないほうがいい。そう判断したアデルはネージュに前衛グループに拡散ブレスを指示する。

 しかし、ネージュがそれに従おうと高度を少し下げたところで異変が起きる。

「Guo?」

 ネージュの身体、機動がガグンと下へ下がったのだ。ほんの一瞬のしかし、慣れることのない無重力にアデルは気持ち悪くなったが、それどころではない。

 ネージュは少し高度を取り直したと思うと、身体を山の木々にぶつける。下から攻撃されている様子はなく、それはあたかも自傷する様な動きであった。

 ネージュは数本の木を体と翼で薙ぎ払うと再度高度を取って、魔術師に向けて氷塊ブレスを吐きつける。例によって戦士が庇うが、今度は範囲重視の拡散モードであるため、敵前衛組全員にそれなりのダメージが行く。さらに、装備、足元、地面を凍り付かせ敵の動きを若干だが制限させることに成功する。

「くそが!聞いてねーぞ。話が違う。やってられるか!散開しろ。」

 先頭の案内役がそう言うと、前衛組が散り散りに散開する。

「待て!待ってくれ!」

 状況について行けないまま取り残されたのは袋を背負った荷物持ち組だ。

「くそ、仕方ない。あっちを狙うぞ。アイツらにもう一度今のを頼む。」

「アデルがそう言うとネージュは――こともあろうにハーフループ、インメルマンターンをしようとする。

「おいぃぃぃ!?」

 ネージュのピッチ角が70度くらいになったところでアデルが慌てて大声を上げる。

「Gua……」

 思わず、「あ……」と声を上げたネージュはすぐに機動を変えてアデルを落とさない姿勢へと戻すと、敵後衛に狙いを付けて氷塊ブレスを吐いた。

「くそっ!くそっ!」

 荷物持ちのうちの1人が背負い袋を捨てて逃げ出す。それにネージュとアデルが一瞬動きを止めたのに気づいて、彼らも狙いが背中の袋――卵と気付いたか、慌てて投げ捨てて逃げようとする。

「チッ!」

 アデルが咄嗟に1人槍を投げるとその槍は簡単に荷物持ちの背中を貫いた。

「ひぃぃぃぃ!?」

 それを見た他の2人が腰を抜かす。

「死にたくなければ投降しろ!空からの追跡から逃げられると思うなよ?」

 アデルがそう声を掛けるが、荷物持ち達も馬鹿ではない。アデルの狙いが卵と踏んで、構わずに逃げる。そしてその判断は急場しのぎとしては悪くない判断であった。

「くそっ!」

 アデルはそう毒づくと、結局はその袋を拾い中を確認する。やはり卵だ。一応、緩衝材に保護されていたため、深刻な傷は見て取れない。アデルは3つの背負い袋を拾い、中を確認しそれぞれに卵が収まっているのを確認すると、それを持ってグリフォンの巣へと引き上げるのだった。


誤字報告等有難うございます。

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