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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
122/373

大編隊の交渉団

 グリフォンたちと作戦を相談した後、アデル達は悠然とドルンへと向かっていた。

 ネージュを中心とし、8体のグリフォンがその前後左右に並び、地表から50メートルほどの上空を大きめのダイヤモンド編隊を組んで整然と王都へと向かう。時刻は夕刻。夕焼けに照らされる白い竜と神獣の混成編隊は見上げる者全てを威圧するに充分であった。地面に落ちた影に気付いたか、編隊を目にした瞬間、旅人、冒険者等問わずに皆一目散にドルンへと走り去ろうとする。結局こちらの方が早いのですぐに追い抜いてしまうのだが。そしてその目撃の報を受けたか程なくして飛竜騎士団が1小隊――5騎が空に上がってきた。しかしドルケンのトップのエリート達でも流石にこれには委縮する様だ。


 アデル達の作戦、交渉内容はこうだ。

 まずは、密猟者がまだ山中にいる事を警戒し、群れの他のグリフォンにも声をかけ、母グリフォンを含んだ8体を彼女らの巣に残す。恐らく“王”の物であろう卵も含め、その場に他のグリフォン家庭の卵も集めて彼らで守る。どうやら産卵期であるらしく最初の番グリフォンの他にも10近い卵が一ヶ所に集められた。勿論、子が親を間違えない様に巣の中では別けて暖める。そして他の4体が周辺の探索と警戒にあたる。ただし、暗くなると飛行は困難になるため、拠点となった番の巣へと戻ることにした。母グリフォンはその間に協力的な精霊に呼び掛け、周囲に人間がいないか探すと言う。

 一方王都へは父グリフォンが先頭、団長として向かう。要求するものとして、速やかな山狩り。出来ないなら速やかなグルド山の封鎖を行い、彼らの卵が一刻でも早く元の場所に戻すようにと言うものだ。ただ、卵の密猟の事例は以前にも何度かあり、そのたびにこのような要求をしていた訳ではない。むしろ今回の方が異例と言えるので、グリフォンの群れ全体としての異常事態、“王殺し”についてをメインに伝え、その犯人の特定に対する協力を要請し、その延長で彼らの卵を見つける様にさせると言う交渉の作戦だ。要求が飲まれなかった場合は、ドルケン建国以来ずっと守られてきた“グリフォンから人族を襲わない”という保証の取り消し、ワイバーンやグルド山の危険動物や魔物の放置、今迄何度かあった、“王家の危機”に対する協力体制の解消等だ。『今迄あった王家の危機とは何か』とアデルが尋ねると、「内乱や他国との戦争」とのことだ。意外にもドルケンはかつて何度かテラリアの侵攻を受けた事があったらしい。もう百年以上昔の話の様ではあるが、そのたびにドルケン王家へとグリフォンたちが代々協力をしていたとのことだ。こうなるとやはりグリフォンの群れも、ある種の国、“王”が治める集団と言えるのかもしれない。恐らく初代の“王”同士の取り決めだろうとのことである。グリフォンは国の守り神でなく、王家の守護獣であり、その協力の元、人間の王家が複数の種族を纏めて国を維持しているという様子も覗えた。ナミやヴェンが、ヴィークマンら地方貴族に内乱を起す力はないと言うのはこの辺りも関連するのかもしれない。

 そこで、アデルは少し前の疑問へと当たる。ドルケンとグリフォンの不仲でなく、ドルケン王家とグリフォンの不仲であるなら、それを望む者がいるのではないか。と。

 ヴィークマン伯爵は中央主流派を揺さぶるべく国境の貴族たちを纏めているという。その主流派と手を組み、剰え自分を蔑ろにするカイナン商事は目障りこの上ない存在だろう。ウルマン子爵が結局裏でヴィークマン伯爵とつながっていたと考えるなら……グリフォン側から揺さぶりを掛ければ、ここぞとばかり馬脚を現す輩がでてくるのではないかとアデルは考え、提案した。


 予想通り上ってきた飛竜騎士が風の精霊を経由して何事かと尋ねてきたので、団長である父グリフォンから“王殺し”の話と自分たちの卵の密猟に関して説明をする。

 次にこちらの要求を突き付け、さらに“王殺し”の凶器と、現場にあった不審物を持ってきているので引き取るか?と尋ねると、騎士達は困惑した様子で騎士の一人が大急ぎでドルンへとと戻っていった。

 編隊を組んだまま、上空で10分ほど待機していると、先程の騎士が戻ってくる。

「……陛下がお会いになられるそうです。その……王宮の庭にお招きしろと……」

(え?いきなり国王出てくるの?俺らヤバくね?いらなくね?)

 と、アデルは思ったが、交渉材料の一つである凶器と不審物を持ち、また手渡せるのがアデルかアンナしかいないので仕方なく付いていく。

 飛竜騎士達はそこでようやく白竜の背に人間が乗っているのに気づいてぎょっとする。

「まさか……」

 飛竜騎士がアデル達を見てそう呟いた。

「まさか?」

 アデルが問うと、飛竜騎士はこう答えた。

「いえ、先程、グリフォンと白竜、そして人間が争ったと言う話を聞いたので……」

「……ああ、なるほど。本気の殴り合いの末に芽生えた友情って素敵だよね?」

 アデルがにこりと笑うと、騎士は無言で離れ、編隊の先導へと戻っていった。




 飛竜騎士の後ろを飛ぶ、竜1、グリフォン8の大編隊に王都ドルンは城、町問わずの大騒ぎとなった。

 グリフォンが王城に姿を見せる時は大抵2体が現れ、それはだいたい大事の前触れである。それが8体、さらに中央には竜と誰がどう見ても異常事態だ。それが今、王城の庭に着陸しようとしている。

 先に先導した飛竜騎士達が着陸し、すぐにその着陸スペースを空ける。

 グリフォン一行は、まず中央の白竜が少しだけ高度を下げつつ、魔力を乗せたダウンウォッシュを庭へと浴びせた。すると、庭が一面真っ白に染まる。ネージュの威嚇を兼ねたデモンストレーションである。

(ここまで出来て何故元の姿に戻れない?)

 アデルはそう思ったが口には出さなかった。

 一行が広さの都合で3回に分けて着陸を終えると、先程アデルに声を掛けられた騎士が、陛下がお見えになられるから竜から降り、姿勢を低くして待てと言う。アデルはネージュには“何かあっても合図するまでそのままで大人しくしていろ”と伝え、アデルとアンナはネージュの首から降り、王の到着を待つ。

 程なくして王冠を被った40才前後の男性が現れた。ここ1~2年で、侯爵、王女、王太子とはお目にかかってきたが、冠を被った、まさに職務中の国王本人を目にするのは初めてだ。内心で本当に王冠なんて被って活動してるのか……と妙な感心をしたが、周囲に倣って跪いて見せる。

 ドルケン王は、真っ白に染まった庭に驚き、そしてグリフォンの胸元の血痕を見て更に驚くと、まずはアデル達には目もくれず、すぐに父グリフォンに声を掛けた。

「…………」

 驚いたことに、王は精霊語でグリフォンに直接声を掛けた。父グリフォンもそれに合わせ、巣でアンナと話していた時よりも少し大きめの発声でそれに答える。

 アデルの横でこっそりとアンナが同時通訳をしてくれた。

「『話は“2件とも”聞いている。まずは御身の無事を喜びたい。傷の具合は如何か?』

『傷は治療され、今は大事ない。』

『早速だがご用件は?』

『先程騎士に伝えたが……』」

 と、密猟の件と、グリフォンの王が何者か人の手によって殺されたことを伝えられ、このままでは場合によっては――とグリフォンに直に決別宣言に近い物を突きつけられると王の表情がたちまち凍り付いていく。

 次にそれを回避する条件を伝え、その資料の一つとして“王殺し”の現場にあった凶器と不審物を引き渡す旨が伝えられた。

 グリフォンに直に声を掛けられ、アンナが立ち上がる。王を含め、周囲の者はまずアンナが直接グリフォンと会話をしていることに驚き、次にアンナが腕に抱えているもの――グリフォンの雛だ――に目を丸くする。

「お兄様。“王殺し”の凶器と不審物を渡せと。」

「……不審物なんだが……王様に直接渡していいのか?」

 本来なら訳す必要はないのだが、アンナはそれを精霊語にして直接王へと尋ねると、それに釣られたのか王も精霊語でアンナに返事をし、すぐ脇に控えていた者を数歩前に歩み出させる。

「あちらの方に渡せと。」

「わかった。」

 そう言うと、アデルとアンナの背負い袋に入れてきた、2振りの短剣と2つのやや大きな壺を取り出し、数歩前に出て受け取りを命じられた者の前に置く。

「これは……?」

 ドルケン王がアデルに声を掛けた。

「グリフォンの王夫妻の首にそれぞれ突き立てられていました。我々が見つけた時……そうですね。今日の15時くらいでしょうか。その時点で死後数日、腐敗が始まっていましたが、検分の結果他に外傷はありませんでした。王種の番は共にねぐらで折り重なるように死んでいて、ねぐら……少し広い空洞ですかね。には争った形跡もなく、不審に思い1刻ほど探索した結果、入り口から少し入った所にこの壺が左右に分かれて置かれていました。他には何も出て来ていません。」

「そうか……」

 そこで王は

「あの娘が抱いているのは?」

「……その王の遺児になります。4つあった卵の内の一つが輸送中に孵ってしまいまして……」

「輸送中?」

「おや?」

「む……?」

 そこでアデルと国王、それぞれ次に出る言葉を失う。

「ウルマン子爵領での話はまだ届いていませんか?」

「む?あれか。話は聞いたがまだ当事者が到着しておらん。」

「そりゃまあ、そうでしょうね……」

 王の言葉にアデルは小さくこぼす。

「アンナ、一応隊商の一件もグリフォンに説明してもらってくれ。」

「わかりました。」

 アンナが父グリフォンに伝えると、父グリフォンがそれに応える。アデルは今の内にと、一つ礼をして元の位置――ネージュの横である。に戻った。

 父グリフォンとドルケン王はやはり精霊語でやり取りをすると、程なくして王の顔色がまた悪くなると同時に、周囲に控えていた他のグリフォンたちも俄かにざわめきだす。

「ん?どうした?」

 アデルがアンナに事情を聞くと、「お兄様やネージュとの戦闘を結構細かく説明しています。」

「げっ!?」

 アンナの言葉に今度はアデルの表情が凍った。父グリフォンの胸の傷、抜け落ちた羽根はアデル達がやらかしたものだ。周囲のグリフォンがソワソワし出す。何となく嫌な予感しかしない。

「その後の交渉と和解の話になりました。」

「そこじゃなくて、隊商を襲ったいきさつとこの子が帰還中に生まれたことをだな……まあ、和解の話は必要か……」

 結局アデルは大人しくグリフォンの話が終わるのを待った。

 話が終わった所で国王が口を開く。

「仔細は聞いた。いずれ当事者が到着すればそちらからも直接聞く事になるだろう。が、そなたらにも聞きたいことがある。」

「なんでしょう?」

「まず、そのグリフォンの子をどうするつもりだ?」

「……極力この子の望む様に。“この子が嫌がる事は極力しない・させない”方向で考えています。」

「……そうか。」

 アデルの返答にドルケン王は少し困ったと言う表情を見せた。遠回しに、この雛を手放すつもりではないと言う意味を察したからである。

「次だ。そちらの娘は翼人か?」

 次の質問にアンナとアデルは顔を見合わせる。と、同時にネージュが軽く息を吸い込む動作を見せる。誰がどう見てもブレスを吐きだす予備動作だ。羽ばたきだけで周囲一面を真っ白に変えたネージュや、先程までのグリフォンと王の話を聞いていた者達が一斉に緊張を見せる。グリフォンはご丁寧にもネージュのブレスの“凶悪さ”を説明していたのだ。

「いや、他意はない。その隊商に翼人の娘がいたと聞いたのでな。」

 ネージュの首に乗ったアデルに卵を渡す時に翼を見せている。

「……そうですね。私ですが何か?」

 アンナはそう言うと翼を広げて見せる。パーカーがめくりあがり、ざっくりと背が開いたレザースーツと白い翼に、周辺の人間と何故か同伴のグリフォンたちもざわめきだす。

「母親の名は何と申す?息災か?」

「……」

「Guuu」

 王の問いかけにアンナは表情を険しくし沈黙し、代わりにネージュが唸り声と共に軽く息を吐くと地面の一部を凍りつかせる。

「アニタだったと思います。私が10になった所で私を捨てどこかへ姿をくらましましたから今どこでどうしているかはわかりません。年齢的にまだ死んではいないと思いますが。」

「…………そうか。」

 珍しくぶっきらぼうにアンナがそう答えるとドルケン国王は声と表情を暗く落した。

「わかった。」

 それだけ言うと、再度精霊語に戻し父グリフォンに話しかける。

「……山狩りはすぐには取りかかれないが、封鎖はすぐにでも行う。準備が整い次第山狩りを行い、密猟者は必ず捕え、王殺しの犯人も全力を挙げて追うと。」

 アンナが小声で訳す。どうやらこちらの要求は無事に飲まれた様だ。

「……では帰ろう。と。」

「わかった。」

 最後は父グリフォンの声だ。さすがにこのままの状態のネージュで王都に滞在する事は出来ない。王都に来る前に決めていたが、アデル達は一度グリフォンの巣へと戻る事に決めていたのだ。

 グリフォンたちが次々と空に戻る。アデルとアンナもすぐにネージュの首元に上ると、ネージュは置き土産とばかり冷気を王城庭に撒き散らせながら垂直に離陸した。

 ネージュもここまではノリノリである。




「……大変なことになった……」

 ドルケン国王を含め、5人の男がそれぞれにネージュ達を見上げながらそう言葉を漏らしていた。


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